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第3章
133 秋の風《前編》
九月二十二日。ごちゃハウスで秋風と会う、当日がやってきた。
五人での動画のストックも少しずつ減ってきてしまい……今はしゅごフェスの舞台裏や、珀斗のゲーム中の手元動画や、これまでの配信の面白かったところの切り抜き、総集編などで誤魔化している状況だ。
これ以上、グループの配信や動画の撮影を休止しているわけにはいかない。夕陽さんいわく秋風は卒業配信をして辞めようとしているみたいだが、俺としてはできるだけ阻止したい。
秋風が絶対にどうしてもごちゃまぜを辞めたいのなら、それは止めることはできないけれど……。
「今日しゅーくんに会いに行くんでしょ? おにい!」
「仲直り、頑張ってねっっ!!」
朝、学校に行く双子を玄関先で見送っていると、わーわー飛び跳ねて全力応援されてしまった。
こないだ否定したのに、やっぱりまだ喧嘩だと思われてしまっているらしい。
ちゃんと説明しなければと思いつつ、これは俺一人で決められることじゃないから困った。双子にも夕陽さんにもいまだに説明できずにいて申し訳ないが、秋風の意思が大切だ。
「……お、おう……」
俺は歯切れ悪く返し、首をかいた。
「……」
すると二人は、靴を履きながら、何やら視線を交わした。
「……」
「……」
「……?」
不思議に思っていたら、双子が意を決したように言ってきた。
「……あのね……まだ、話してなかったんだけど」
「これはしゅーくんに、内緒だよって言われてたんだけどね」
「……?? ど、どうした……?」
首を傾げる俺に、双子はぐっと拳を作って答えた。
「仲直りには、秘策があるのっ!!」
「秘策……?」
「うんっ!!」
海乃莉が自信満々に頷く。
それから、海依斗が小さな声でヒソヒソと俺に説明してきた。
「ここだけの話! しゅーくんを懐柔するには、手料理が良いよ……!」
「え……?」
「いくら内緒って言ってもさ、もう時効だよね」
「うん。さすがにもう時効だよ」
「? な、何言ってんだ? 時効……??」
「にいちゃん、十年前、しゅーくんがうちに泊まった日のことを覚えてる?」
「え……?」
(十年前……?)
双子の話があちらこちらに飛ぶものだから、追いかけるのが大変だ。
俺は慌てて頭の中の記憶を探り、該当のものを見つけた。
「……あ、ああ……。俺が中学生の時のやつか? 覚えてるぞ。秋風がうちに来たよな」
「うん! あの時、みんなでおにいの作ったご飯を食べたでしょ? おにいは知らないと思うけど……あの時しゅーくん、ご飯を食べながら泣いてたんだよ」
「つまりしゅーくんは、にいちゃんの手料理に弱い!!」
「そう! おにいの料理は、魔法の料理……!!」
「美味しすぎて人を泣かせちゃうんだもん!!」
「さすがだよね!!」
俺を置いてけぼりにして、双子は何やら盛り上がっている。
かと思ったら、急に海依斗がハッとスマホの時間を見た。
「!! あっ! やば……海乃莉、学校!」
「! やばっ! じゃあね、おにい、頑張ってね……! 行ってきまーす!」
「行ってきます! 料理を振る舞えば、しゅーくんはイチコロだよ~!」
「仲直り大成功!」
「いぇーい!」
騒がしい二人がバタバタといなくなっていく。
「…………」
俺は閉まった玄関ドアを、ただただぽかんと口を開けて見つめていた。
(秋風が……俺の料理を食べて……泣いてた……?)
なんだそれ。
俺は見ていない。
隣で泣き出したら、さすがに俺だって覚えてるはずだけど……。
「いつ……、…………!」
考えを巡らせて、そういえばと気がついた。
あの日の俺は、たしか夕食の途中で爺ちゃんに呼ばれて、一旦居間を離れたかもしれない。もしかして……その時だろうか?
俺が戻った時には、秋風には泣いたそぶりはなかったし、話題にも出なかった。
秋風なら、料理が美味しすぎて泣いたのなら、それをそのまま褒め言葉として言ってくれるはず。
なのに、なんで……泣いたことを、隠したんだろう。
恥ずかしかったから?
「……」
(ていうか……そもそも、美味しかったからって、泣くか……?)
俺の料理の腕前は別にプロレベルというわけじゃない。そんなふうに人を感動させられる特別な味なわけがない。
だって、必要に迫られたから覚えただけで、極々一般の、家庭料理なのだ。本当に、普通の…………。
「…………」
……もしかしたら、秋風には、その普通がなかったのだろうか。
秋風のお父さんはかの有名な蓮見グループの会長だ。要は、秋風は財閥の一人息子で、桃星以上のお坊ちゃん。
遊びに行ったことはないけど、見送りでチラッと家の前を通った時は、とてつもない豪邸だった。
普通を知らないから、庶民の味にびっくりしたということだろうか。
(いや、でも、びっくりで泣くのか……? そんなに……?)
いまいちピンとこない。
俺は答えの見つからない思考にうんうん唸りながら、約束の時間まで家事をした。
双子は仲直りに料理を振る舞えばと言うが、今回はそういう問題ではないので、何も持っていかない。
桃星の時は家にお邪魔するお礼&お見舞い目的で持って行ったけど、今回はさすがに別だ。
「父さん。俺、ちょっと出てくるよ」
今日は父さんのアルバイトがお休みだ。家事をした後、父さんの部屋を覗いて声をかけてみれば、布団に横になっていた。
「……ああ。うん……」
背中は向けたままだけど、ちゃんと返事が来た。横になっているならお酒は飲まないだろうし、大丈夫だろう。
「行ってきます……」
俺は小さく告げ、父さんの部屋の引き戸をそっと閉めた。
(そういえば、あの日……。秋風は、家出してうちに来たんだよな)
ごちゃハウスの最寄り駅に向かって電車に乗っている最中も、俺の頭の中はさっき双子が言っていた十年前の日のことで埋まっていた。
(珍しかったな。結局、あの日以外そんな日はなかったし……)
吊り革を掴み、移りゆく電車内の映像広告をぼうっと見つめながら、俺は考えを巡らせた。
優等生の秋風が家出なんて、とすごく驚いたのを覚えている。
あの日、お家で何かあったのだろうか。
部屋着で俺の家の近くの公園のベンチに座っていた秋風は、どうみても変だった。
けど、秋風が何も言わないから、聞かれたくないのかと思って……。
結局その日は、他の話をして、俺のベッドで一緒に眠ったのだ。確か。
次の日は、朝から秋風が爺ちゃんの介護を手伝ってくれて、双子と一緒に遊んでくれて、それから──。
「……あ……!」
そんなことを考えているうちに、がたんと揺れて電車が止まり、目的の駅に着いた。
ぞろぞろ降りていく人たちの後ろに並び、俺もホームに向かう。
それからしばらく歩き、ICカードをタッチして、無事に改札から出られた。
改札を出た瞬間──どこからか風に乗って、ふわりと金木犀の香りがしてきた。
「……!」
(そっか。もう、こんな時期か)
思わず口元が緩んでしまう。
本当、好きだ。主張しすぎないほのかな甘さで、どこかホッとする優しい香り。
この香りと遭遇すると、いつもなんだか幸せな気分になれる。
でも、我ながら、男では珍しい好みだと思う。あんまり人に共感を得れたことはない。
だから、四年前、秋風の誕生日に何が欲しいかと聞いたら、金木犀の香りの香水が欲しいと言われたのにはかなり驚いた。
男が使うんなら、もっとウッディ? だったり、スパイシー? だったりするやつの方が人気だし大人っぽくて良いんじゃないかと思ったからだ。
意外だったけど……希望通りプレゼントしてみたら、秋風はあれからずっと俺があげたやつと同じ香水を使っている。
使い切っても、また新しく買っているのだろう。相当気に入ったみたいだ。
「あ……。そういや、あの日も……──」
歩きながら好きな香りに癒されていたら、ちょうど考えていた十年前のことが頭に浮かんだ。
中学生の時、秋風がうちに泊まった翌日の朝。秋風を見送るために、一緒に家を出たんだ。
そう、あの時も、秋だった。
あの時、秋風と歩道を歩いていたら、金木犀の香りがしてきて──。
──『……実はな。俺、今の季節が大好きなんだよ』
「…………」
俺は思わず、足を止めた。
突然頭に響いた声は、一体誰のものなのか。
この、言葉は…………。
──『秋、な。まあ、秋っていうか……正確に言うと、金木犀の香りが好きなの。この世の香りの中で一番好きだ』
「……え…………?」
あの日の景色が、目の前に浮かびあがってきた。
秋風がいる。
今より若くて、今より中性的で、今より少しだけ背も低い秋風が、俺に聞いている。
──『確かに良い匂いがするね。この匂いがしたから、さっき笑ったの?』
中学生の俺が、笑って答えている。
──『うん。そう。俺、この匂いを秋の風が運んできてくれると、幸せな気分になるんだよなー、いつも。……ん??』
「……」
──『──『秋の風』? あれっ……それって、お前じゃん!!?』
ひらめいた俺が、人差し指で得意げに秋風を指さした。
俺の指の先の秋風は……ぼやけている。
あれ……。この時、秋風はどんな顔をしてた?
見えない……。思い出せない。もう少しで、指の先に届きそうなのに。
──『なるほどなるほど。秋風は、俺に『幸せをくれる存在』なんだな~。……なーんつって』
そう言った俺を、秋風はただ、じいっと見ていて……。
「……──」
どかんと。
──「『君のことが、大好き。ずっと隣にいてください』っ!」
耳の奥に、花火の音が響いた。
頭によぎるのは──夏の、しゅごフェスのステージ。
(そうだ……。あの時…………)
抱きついた俺を見る秋風の表情に、デジャブを感じたのだ。
歌えなくなった秋風が、じっと、俺の瞳だけを見つめていた。
苦しそうな、怒っているような。よく分からない表情で、目を細めていた。
あの表情を俺は、以前確かに見たことがあった気がした。
きっと、それが──十年前。家まで見送る時の歩道で見た、秋風だったのだろう。
──『俺が……波青を、幸せにしてあげられるのかな?』
「…………」
中学生の秋風と、しゅごフェスの日に見た秋風の表情が、頭の中でぴったりと重なった。
俺はたまらず、がむしゃらに走り出していた。
「…………~~っ」
──『?? 怒ったのか? 風扱いして。えと……俺、金木犀と同じくらい、秋風のことも好きだからな。拗ねんなよ……って、──わあっ!!』
怒ったのかと勘違いした俺を、中学生の秋風は抱きしめた。
縋りつくみたいに、必死な力だった。
こんなにも大切なこと。
どうして俺は、今まで忘れていたんだ。
(どうして……)
どうしてお前は、忘れてる俺を責めなかったんだ?
(秋風……、)
今まで、どんなことを考えてた?
どんな気持ちでずっと、俺の隣にいてくれた?
「秋風……っ」
知ってくれ。
友達でも、友達じゃなくても、お前が大切なんだってこと。
笑わないでいい。
作り物の笑顔も、嘘も、全部無しで、話がしたい。
空気なんてもの、読まなくていい。
俺に、いっぱいいっぱい怒っていい。
なんでも聞くから。
だから──。
(本当のお前を、教えて)
知りたいんだ。
お前と、話がしたいんだ。
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