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第1章 禁断の魔道士

魔道竜(第1章、50)

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あろうことか、それまで微動だにしなかった魔族がピクリと体をふるわせた。



人間が近づいたことによる警戒心がその封印をよわらせる。



この瞬間、固くとざされていた瞳がうっすらと開かれていく。



急がなくては。



呪文の文句を略称し少し早める。





【災う闇なるものよ、我が意に従え】





「メディエ・カタル(闇に、沈黙せよ)」





闇を呪縛する呪文。



うっすらと開かれつつあった瞳はゆっくりと閉じていく。魔族をふたたび深く混沌としたまどろみの海にしずめた。



「これでよし!こっちに来てもいいわよ、セルティガ」



「なっ!? 魔族を………」




こんなにもあっさりとあしらった、セルティガはその先につづく言葉をのみこんだ。



一体……お前は何者なんだ?



「さ、扉を開く呪文を唱えるわよ。準備はいい?」



ゴクリ…とセルティガは口のなかのものを嚥下する。



「お、おぅ!」



そして洞窟の入口をみつめた。



うごめく溶岩の泉に、地下へとくだる入口が錠をかけられている風でもなく、その漆黒色にそまった鉄扉は厳重な魔術によって封印がほどこされていた。



その横に転がる魔族。



「おぃ…この魔族、突然起き上がって襲いかかってきやしないだろうな」



「その時はその時よ。もしも襲いかかってくるような気骨のある魔族なら、完膚なきまでに叩きのめすまで」



「容赦ねぇなーお前って」



「魔族に少しでも容赦してたらこっちが痛い目にあうわ」



「…………。よかったよ、お前がこちら側の味方で」



セルティガは首をうなだれまどろむ魔族をみつめる。



お前…ついてるぜ、命冥加なヤツ。



これから先、なにが待ち受けているのか、想像しただけで身の毛がよだつ。



セルティガは腰に佩いた剣の柄頭に手をやる。



ティアヌのいうとおり、少しでも情けをかけ容赦してたらこちらの命とりとなる。



「なんとか日暮れまでに間に合ったようね」



ティアヌは鉄扉の前にたち、背に夕日の残光をあびながら門を開く呪文をくちずさむ。



「開け! ゴマ」



轟音とともに封印された鉄扉がゆっくりと独りでに開かれていく。



開かれたその扉のむこうはまさに虚無。



あきらかにここは色界ともどこの世界ともことなる。空気が違うのだ。



はりつめた弓のごとく凛として、それでいて禍々しい邪悪なる気。



あの伝承は真だったのかもしれない、ティアヌは口のうちにて呟いた。



セルティガもそれにうなずいてかえす。



遥かなる古、邪蛇は聖なる力と混沌なる闇をつかさどる巫女だったとか。



これが邪蛇の気……。



ティアヌの耳元を一陣の風がふきぬけざまに風鳴りの鎮魂歌を奏で、ひとふさの髪の束を梳(す)く。



行く手をはばむかのような強風をあびせられ、それは同時に長く閉ざされていた空間ではないことを示し、この先には開かれた空間が存在することを意味する。



「さぁ、行きましょう!」



しかし不思議に恐怖は感じられなかった。



感じるのは高揚する高鳴りと未知への探究心。



「おぅ!」




二人は闇よりもなお暗き、炎の聖域の入口へ足をふみいれる。



そしてその闇にまぎれると、扉はまた独りでに閉ざされた。







一方。




「きゃぁーーーーーーーーッ!?」



その頃、セイラ一人とどまったあばら屋の女主人宅では風雲急を告げる。



ティアヌとセルティガはそんなこととは露ともしらず、ほの暗い闇のなかをさまよう。



セイラの窮地を知る由もなく。




《第二章へとつづく》

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