魔道竜 ーマドウドラゴンー

冰響カイチ

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第3章 精霊王

魔道竜(第3章、1)

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セルティガは洞窟から逃げ延びることに成功していた。



だが後悔の念が拭っても拭いされない。



「チッ。何をもたもたやっているんだアイツは」



すっかり辺りは白々と明け、長い夜の終わりを告げる煌々と焼ける赤い陽が地平線の彼方から姿を現しはじめていた。



「これで魔族が襲ってくる危険性は少なくとも回避できたはず。アイツも逃げ延びるチャンスに繋がるだろう。セイラ、もう少しの辛抱だ。すぐに休ませてやるからな」



セルティガは背後に向かって声をかける。



「…………」



だがセイラの返答はなかった。



セイラを背に担いだセルティガは、しっかりとした足取りで山の窪みにむけて歩みを進めた。



途中、トカゲ石にヒヤリと肝を潰しかけたが活動を制限される朝とあって沈黙をやぶることはなく、幸いして順調に窪みを目指すことに専念できた。



「思い返せば散々な夜だったよなセイラ。魔族には襲われるし、助けるつもりだったエイミルは邪蛇本人だったし。踏んだり蹴ったりだ。けど、その邪蛇とアイツは今も戦っている。俺たち、ここが踏ん張りどころだよな。根性みせろよ」



そう言ってセルティガは自身を奮い立たせた。



「もうすぐだからな、頑張れ」



セイラに負担のかからぬよう一歩一歩を慎重に進めた。



窪みは近いようでまだ距離がある。身を隠せる場所が限られる山頂にあって、最終的にそこを選んだ理由は大きく分けて2つあった。



窪みが洞窟の入り口からは見えずらい位置にあったこと。


もう1つの理由として、ティアヌが無事に脱出した場合を想定し、もっとも安全かつ迅速に山を降りられるようにと街に近いことに重きをおいて熟慮の末に窪みを選んだ。


それは魔剣士としての経験から導きだされたといっていい。



「着いたぞ」



やっと窪みまで来ると背中からセイラを下ろし、ゆっくりと体勢を横にずらさせた。



「…………」



ふと気づけば震い付きたくなるような美女の唇が間近にある。


ドキ、と心の臓が鼓動を打った。



丸見えを帯びた華奢な体に自然と目がいく。舐めるように谷間に意識が集中した。



「やっぱ胸は巨乳に限るよな」



柔らかな感触は今も背中に残っている。


はじめは喜びこそすれ、ひたる間もなく必死になって洞窟を駆け抜けた。



もしこんな場面でなければ押し倒していたに違いない。



「いかん!! セイラの意識があれば張り倒されているところだ」



激しく頭を振る。ホッとしたのかセルティガの頬がゆるみ、柔和に笑むとほがらかに告げた。



「けど、よく頑張ったな、セイラ」



頬にかかる赤い髪を指ですき耳にかけてやる。セイラの美しのかんばせには黒い煤のチークが引かれていた。


それを指で拭いとる。



「まだ意識は戻らないのか」



セイラは脱出する途中から意識を失ったまま今にいたる。


額に手のひらを押し当てるとやや熱い。あれほど溶岩に近づき熱気にあてられたのだから体に熱がこもって当然といえば当然。発散しきれずに今もセイラを苦しめている。


セルティガとて体がだるく不自然な重さを感じていた。



すぐに山を降りて医師に診てもらうべきところだが、斜面・直角90度にも見える断崖絶壁をセイラを背負って無事に下山する自信もない。そこへきて魔族の追っ手を振り切るなど想像しただけでも悪夢のようだ。



セルティガはセイラの横に座り山肌に背を預け空を仰いだ。



「ゴキブリ魔族を倒せたのはティアヌの力によるところが大きい。悔しいが俺ひとりの力だけじゃ無理だ」



上体を起こしてトカゲ石の様子をうかがう。



「異常はなし、と」



襲ってくるような様子もないことから再びセルティガは山肌に背を預けた。



だがここに長く留まることは死を意味する。


噴煙がそこかしこからあがり、今ここは風上で運良く煙りを避けられてはいるものの、気まぐれな風はいつ風向きを変えるともしれない。



「どうしたものか」



疲れからかセルティガの判断力を鈍らせる。



「アイツ一人で本当に大丈夫なのか?」



ティアヌを残して洞窟を放れて以降、魔族の襲撃が止んだのは何故だろう。



まるで真打ちの獲物が蜘蛛の巣にでも引っ掛かったように。



ゴキブリに憑依した魔族以降襲われなかった事こそその証拠に思える。



「ティアヌをおびき寄せんがために意図的に仕組まれた何らかの策略?」



チッと舌を打った。岩に手をつきのろのろと立ち上がる。



「せめて俺だけでも……」



ティアヌの安否が気になって踵を返したその時。トカゲ石に異変が!?



「!?」



セルティガは剣を抜刀した。



見る見るトカゲ石は石化して元の石に戻っていく。



「魔族の気配が消えた!? でも何故、急に」



セルティガは恐る恐る足を進める。


石はセルティガの気配にも動じず、目を開ける素振りすらもみせなかった。



「…………」



口の内でたまった酸いものを飲み込み、恐る恐る切っ先でトカゲ石を突いてみた。


コンコンと固い音が鳴る。



「アイツ、やりやがった!」



ティアヌは魔族をこの地から追い払うという偉業を成し遂げた。これはただ事ではない。魔族を追い払ったということはあの邪蛇をも追い払ったということだ。



「すげぇー!」



剣を掲げ突き上げた。すると懐で何かが転がる音が鳴った。



訝しげに首を傾げながら指をさし込み、懐をまさぐる。こん、と指に触れた。



「あ」



と呻いた。自らのバカさ加減にほとほと嫌気がさし、ククッと嘲笑を浴びせかける。



「そうか。こんないい物があったんだ」





ーーーー 一方、その頃。ティアヌは時空の歪みを抜け奇妙な場所に迷いこんでいた。



『ここは?』



鬱蒼とした木々が生い茂る密林の中にティアヌは一人呆然と立ち尽くしていた。



見上げると天井は抜け落ち、空には見たこともない色鮮やかな鳥が戯れていた。



規則正しい配置で巨石が立ち並び、それが列柱であることがうかがえた。そのどれもシダが巻き付き、そこに彫られた碑文を削り取るかのように石柱にしがみついている。



ティアヌはその一つに触れる。



『本当に実在したんだ』



列柱の廻廊は目視できる範囲を超えずっと先にまで延びている。



周囲を囲む壁らしきものもなく、およそ神殿に感じられる威圧感はない。それでも人々の信仰心の厚かった最盛期を偲ばせる遺物がそこかしこにみられた。



『…………』



ティアヌは右に折れて進む。



歩みを進めるにしたがって石像らしきものもいくつか確認できたが特に危惧すべき何かが起こる気配もない。


ただひとつだけ気になっていたことがある。



『次は左ね』



それは石柱に刻まれた矢印だった。指し示めされるままに突き進むことに多少の不安はある。が、ここが迷路だと考えればこれを造った作者の意図ともに何らかの法則がどこかに隠されているはず。



ティアヌは慎重に列柱を確認しながら左に折れた……その時。立っていられないほどの目眩がティアヌを襲った。


列柱に手をつき、うずくまる。


冷ややかなものが頬を伝った次の瞬間、ティアヌの耳が幻聴を捉えた。



『……唄?』



驚いて顔をあげる。



それは唐突に現れた。



『き、キャァーーーーーッ!!』



    
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