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第3章 精霊王
魔道竜(第3章、9)
しおりを挟むもともとセイラの家は王族と親戚筋にあたる。
セイラの伯母は王のもとへと嫁ぎ、また王女が伯爵家へ輿入れするなど、そういった関係性からもわかるように血筋正しい王族にもっとも近い一族だった。
現国王、その王妃亡きあともセイラの父は献身的に仕え、王のよき参謀として力をふるっていた。
しかしこの国ではある問題をかかえていた。
それは次期国王となる王子が不治の病に。いつ果てるかもわからず、次期国王争いで王宮はゆれていた。
となると、一番厄介になるのはセイラの家系。いや、血統が、というべきだろう。
政敵である保守派の一派からありもしない皇太子暗殺未遂という嫌疑をかけられ、あれよというまにろくな捜査もされぬまま父母のみならず弟二人が縛首刑にかけられていった。
「どうしてセイラは無事だったんだ?」
「さぁ。どうしてかしら」
気のない返答をするセイラ。果てしなくどうでも良さそにみえるのは気のせいだろうか。
「あれじゃない? 王様は今は亡き王妃様に生き写しだったというセイラを殺められなかった、とか」
「ほぅ? まぁ、一応スジは通っているな。それほど王妃を愛していたってことか」
するとセイラは皮肉たっぷりにせせら笑う。
「それはどうかしら、罪を償うという罪状で寺院に出家させられ尼にされたのだから。牢獄よ牢獄。さんざんだったわ」
「…………」
ティアヌとセルティガは言葉を失った。
これは美談ではないのだ。
そこでの待遇など容易に想像できる。
蝶よ花よと温室の花のように大切にされてきたものが、突如下女にもおとる暮らしに転落したのだから。
セイラの心情を慮るだに、さぞ苦労を強いられてきたことだろう。
「だからわたしが女僧だというのは紛れもない事実。どんな地獄にも仏っているものなのね。そこで出会ったマザーが手ほどきしてくれて精霊召還術士となった」
けど、と口ごもる。
『出家だけで許されるのは手ぬるい』ーーそう王に進言する者が現れた。
結局はその血統のせいだ。
セイラは再び投獄された。
「結局、王の前王妃への愛なんてその程度のものよ。だからわたしは目に見えない愛なんて信じちゃいないわ」
刑が執行される前夜のことだ。
これが王の温情だといわんばかりに最後の晩餐には真っ赤な葡萄酒と木製の皿に温かいスープがなみなみとあふれんばかりに。
自棄になってスープの底があらわになるまで飲み干すと異物が出てきた。牢獄の鍵だ。
この鍵をいれたおかげでスープはあふれんばかりになったのだろう。
この不当な死刑に対して反感を抱いた人もいたようだ。
皿底には、時刻と船の名が刻まれている。
ーーそうよ、むざむざ殺されてなるものか!
誰に恥じることはない。
生きることは罪ではない。
誰の上にも平等にあたえられた権利だ。
「そんなわけで無事に牢獄をぬけだし、謎の人物が手配してくれた船にのって国を脱出したの。でも落とし穴があったのよね…………」
フ、と遠い目をして想いを馳せるセイラ。
それを見たセルティガが閃いたように手のひらを打った。
「ん!? わかったぞ! 船は船でも海賊船だった!」
「そう」
「なるほどね。無力でか弱い女だと思われれば誰かの慰め者にされるだけ。ただでさえセイラは美人だもの、髪を深紅に染め眼帯をし、額に髑髏の入れ墨までこさえたってことね」
「これはシールよ。特殊なインクで1ヶ月ぐらいは洗っても消えないやつ」
「ぁぁ、昔流行ったわよね。それしてって先生にこっぴどく大目玉をくらったもの。石鹸でも漂白剤をつかっても絶対におちないのよ」
「そうなの! デスキラーをもってしてもダメだったわ」
「わかるわかる! 私なんてトイレキラーで試したもの」
デスキラーにトイレキラー。不吉な名称が飛び交う。
セルティガは背筋が凍るおもいがした。
「ぉ、ぉぃ?」
「ティアヌも試したの!? あれって呪いの一種なのかも……術色さえ解明できればすっきり消えそうだもの」
「確かに! ーーぁ、良い子は真似しちゃだめよ!! とくにセルティガ」
思わぬところで白羽の矢が向けられ目を剥くセルティガ。
「ぁん!? 何で俺が?? するわきゃないだろう!!」
常識だ、と吐き捨てる。
するとティアヌが腕を組んで言う。
「だって、アナタ、火竜玉しか使えないじゃない。そのせいで高価な回復石なんてもたされていたんでしょう?」
「だからなんだ」
「これは回復呪文が扱えるからできた話しであって、使えなきゃ肌がただれるぐらいじゃすまないもの。とても回復石だけじゃ回復がおいつかない。だって世界最高峰を誇る最強のお掃除劇薬だもの、わかるでしょう?」
「てことはーー溶ける?」
「そうね。運がよければ大火傷? その程度ですめばいいけれど、皮膚を移植ものよ、ね?」
「そうね」
うんうんと頷くセイラ。
「……………」
この二人。短気というかおおざっぱというか。
セルティガは呆れて深いため息を吐く。
「そこまでして消したかったんかい! シールなら除光液を使え!!」
「ぇーー? だってあれはね?」
視線をからませあう。
「ぇぇ。臭いじゃない? ペンキとかあの類いの臭いって苦手なのよ」
うんうんと意気投合させるティアヌとセイラ。
「肌荒れより臭いの方が嫌なのか!?」
くら、と眩暈に襲われるセルティガ。
シール製造元はなぜシール消しまで販売しなかったのか。ご丁寧にも1ヶ月は絶対に消えないシール。すぐにクレームがかかり製造中止になったそうだが、今もセイラが愛用していたとなると闇で取り引きが続いていたということだろう。
「でも時期に消えるはずよ。もうすぐ1ヶ月たつし」
にじみ出る女っぽさをかきけし、尚且つ、海賊としてのハクをつけるにはもってこいのインパクト。
だが足を洗った今のセイラには無用なものになった。
「…………」
ティアヌは重いため息を吐いた。
どれほど心細く、悲しみと孤独を味わってきたことだろう。
けれどそれを感じさせない【意志】が眸に宿している。
ある意味、ティアヌと同じように家族を失い、その不当性に憤り、それによって苦しんできた者の眼だ。
「セイラ、あなたはこの船を襲う目的で乗船した訳じゃないのね?」
「違うわ! これは真実よ、信じて!」
「俺にはセイラが嘘を言っているようには聞こえない。俺は信じる。あの邪蛇を前に、セイラは必死だった。疑う余地もないほどにな」
「ティアヌ、お願いだから信じて! わたしはどんな願いでも叶えてくれるというアノ島へ行って家族を取り戻し汚名を返上する。そのためになら形振りかまわず何だってする! だから…………」
この時、確かにティアヌの目にはセイラの頭上に黄金に輝く王冠が見えた。
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