只人であれば幸福だったか

継津 互

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「ハ?それでおめおめと帰ってきたってのか?お前は」

 呆れてものも言えない、を聖霊は全身で表す。

「帰ってくれと言われたのだから仕方ないだろう」
「なんッでそういうところでだけポンコツになるんだ、お前は昨日俺になんつって出てった?」
「……なんて言った?」
「『致命傷を負ってしばらく動けないだろうからその間に色々と聞くつもりだ』みたいなことだ、思い出したか?!」

 そんな感じのことも言ったな、と焦げ目のついた腸詰めを口に放り込みながら狩人は思う。

「全治させてしまったからもう無理だな」
「お前はバカだ、大バカ者だ」

 店主は手で勢いよくその顔面を覆った。

「……だが吸血鬼の回復力に関しては色々分かったんだろう」

 指の隙間からその瞳がのぞく。

「両足の骨折に片腕の欠損まであって、完治に必要な血液の量は人一人分もなかった。おれかあの吸血鬼かもしくは両方が特殊な場合も考えられなくはないが」
「凄まじいな」
「それと再生箇所はある程度自分で選択できるらしい」
「これまでの知見通りだ」
「あと、血を吸われただけでは眷属化はおこらない」
「ほう?」
「あの吸血鬼は眷属を作ったことはないが、方法は知っているようだったな」

 聖霊は考え込むようなポーズをとる。

「お前、噛まれはしたか」
「いや」

 そういえば彼は頑なに噛もうとはしなかったなと狩人は考える。牙を使うことがトリガーになったりするのだろうか。だがそれはなかなか不便ではなかろうか。血を吸うために牙をたてたら片っ端から眷属になってしまうなんてのは。

「いい、いい、それだけわかれば上出来だ」

 聖霊はぶつぶつとなにか呟きながら裏に引っ込んでいった。

 軽食とともにひとつ丸々置かれた林檎を齧る。少し前の強風で地面に落ちてしまったのをどこぞの農場から安く譲ってもらったとかでまだ完全には熟れておらず、そう甘くもない。箱で買ったらしいので、店主のやる気があるなら明日か明後日にはコンポートかなんかにでもなるだろう。

「ヴェラーゼル」

 呼ばれて狩人は顔を上げる。店主は紙束を手に、奥から戻ってきていた。

「お前はしばらくこのあたりに留まれ」
 
 無言によって続きを促す。

「吸血鬼の出現情報が山程ある。それの処理をするんだ」

 手渡された紙束には字のみならず地図や絵まで、情報がびっしりと書かれている。ざっと目を通すが、人型はほとんどいない。絵があるもので、蝙蝠、野犬、怪鳥、およそ一般的な人間の外見とはかけ離れた容貌のなにか。暗い夜に動くからか、抽象的な特徴しか書かれていないものも多く能力に関してはほとんどが未知。出現場所もこの拠点付近とはいえバラバラだ。

「本当はお前にはもっとデカいのを任せたいんだがな」

 その店主の言葉で被害についての記述を見る。確かに家畜がやられた、知り合いが噛まれた、ぐらいでこれまで刃にかけてきたやつらの引き起こしたものに比べれば軽微だ。

「古城の吸血鬼についてはしばらく目を瞑る。放置しても大きな害はないだろうがな、万が一心変わりでもあったら厄介だ、ちゃんと見張るんだぞ」

 了解した、と狩人は答える。
 にしてもどれから処理しろというのか。紙束を店主に返し指示を待つ。

「あの古城の周りには、昼間に身を隠せそうな場所と言ったら森や小さな洞穴しかない。あそこの主がいなくなったとなれば、皆次は自分だとばかりに古城に向かうだろう」

 言わんとすることを狩人は理解する。
 
「つまりしばらくはあの古城付近にいろと」
「おい、みなまで言うな」

 店主はすっと目を細めた。

「非敵対的で意思の疎通ができるというのはかなり魅力的だ。引きずり込めるならそれに越したことはない。——だが忘れるな、相手は吸血鬼だ。お前のもてる選択肢は、飼い慣らすか殺すかだぞ」

 飼い慣らすか殺すか。

 黒と銀の店主の虹彩がギラリと光ったように、狩人には見えた。




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