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序章
1 闇属性と闇の精霊
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悪逆の悪魔の陰謀は、芽が出る前に摘み取られた。
「かわいい! この子すっごくかわいい!」
利用しようと連れてきた子供の、斜め上な反応によって。
(え? あぁ……っ? かわいい……? まじで?)
なんか、やろうとしてたのと違う。
生まれたばかりの精霊を前にきらきらと目を輝かせる五歳前後の子供の姿に、悪逆を自負する悪魔でさえ引いていた。
「さわっていいっ? せーれーさん?」
生まれたばかりの精霊はゆるやかな窪地の底でぼんやりと目を開け、周囲の魔力を真っ黒な服にして身にまとうと、ふにゃりと笑った。
この精霊、ぱっと見は黒髪黒目の人間の赤ん坊だが、髪の量がだいぶ多く、頭の上には三角形の犬猫じみた耳があり、尻辺りからはふわふわのしっぽが生えている。
かわいいかどうかはともかく、邪気はゼロだ。
「いいのかな? よ……っと。あ、かるい、あったかい、ふわふわぁー」
子供は精霊を抱き上げ、感激のままにほおずりを始めた。
(おかしい。いや、ま、まずは状況を整理せねば。オレは冷静だ、冷静に冷静に)
ここは暗黒の森と呼ばれる地域で、闇属性の魔力が濃い。
森自体も鬱蒼としていて日差しが少なく、植物も動物も黒っぽいものが多い。
そんな土地だから、たいていの生物が闇属性を持っている。
野生動物も魔導生物も魔族も魔物も闇属性ばかりだし、精霊だって闇属性が一番多い。
属性が偏っていても生態系はうまく成り立っている。
なにせ太古の昔からこうなのだ。
「あぁ、もふもふ、にげられない、かわいい、もふもふぅぅ」
子供は悪魔の存在を忘れたかのように闇の精霊をなで回している。
生まれたばかりの精霊は意識がはっきりしていないのだろう、されるがままになっている。
(なんか語彙力低下している気がするんだが、大丈夫かこの子)
いや、たしかに、いろいろ追いつめられていてチョロそうと選んだわけだが。
生まれた精霊の姿に恐怖して悲鳴上げた瞬間を狙って生贄にすることで邪神誕生の運びとする予定だったのだが。
(そもそも、あの精霊、なんであんな少し獣要素程度のほぼ人間姿で産まれた?)
この場所は暗くよどんだ見た目に違わず邪気が強く、そんな場所で産まれる精霊なら確実に見た目も中身も邪悪なはずではなかったのか。
実際、精霊の卵と呼ばれる魔力溜まりは禍々しかったのだ。
魂を宿す前に発見できたから、恨み辛みと激しい憎しみを持ったまま漂っていた魂を押し込んでやったのだ。
それから数年かけて精霊の卵は淀みの中で邪気と憎悪を含んだ魔力によって身体を生成し、今日、とうとう人間への災いの象徴として誕生するはずだったのだ。
人間に偽装していても隠しきれない邪気を放っている悪魔を虫けら扱いするほど凶悪な存在が生まれるはずだったのだ。
なのに、なのに、いろんな意味で無害っぽいのはなぜなのか。
(誕生直前に邪悪要素を打ち消された? いやあれほどの邪気の浄化など不可能だ。神霊自ら出張ってきて邪魔でもしない限り。そもそも神聖連中は神域を出られないはず。どこで何を間違えたのだ?)
あの子供、相変わらず可愛らしい小動物を抱えているかのような仕草をしているが、その腕に抱かれているのはそんな愛らしい存在ではない……はず、なのだ。
「あの、まどーしさま! この子ほんとにもらっていいんですかっ?」
子供はひとまず満足したようで、悪魔の方を向き直る。
その琥珀色の瞳には、漆黒のマントを羽織り漆黒の帽子を目深にかぶったいかにも怪しい男の姿が映っているはずだ。
が、そういえば、この子、この姿見ても怯えてなかった。
はじめは怯える体力もないのかと思っていたが、回復後も平然としていた。
もしかするとなんか勘違いしていたのかもしれない。
「あ、ああ……。大事にしてやるように」
この悪魔が、なぜ、状況を理解できず流されなければならんのか。
「やった。これでわたしも、せーれーじゅつしに!」
「いや。あー、その、だな。喜んでいるところ申し訳ないんだが、その精霊、生まれたばっかりだから、育つまでは精霊術を使えないぞ」
予定通りであればそもそも言う必要もなかった事実を、口にする。
我に返った子供の顔はさーっと青ざめていく。
そして必死にすがりついてくる。
「じゃ、じゃあ、せーれーじゅつしなれないのっ? ごはんたべられないのっ?」
これで空腹から逃れられるという期待が、一瞬で絶望に塗り替わる。
(絶望は見たかったが、こういう意味じゃないんだよなぁ……)
悪魔は目をそらした。
なんかもう、いろんな意味でぐだぐだだった。
この子供、近くの町の出入り口近くの路地で見つけた死にかけの孤児である。
名前はシシャルと名乗ったが、本名なのかは知れない。
人間と魔族じゃ名付け法則違って当たり前だが、人間の言語に照らし合わせてもなんの意味もない音の羅列にしか聞こえないのはどうにも腑に落ちない。
五歳だと言ったが、それが正しいのかも判断がつかない。
両親の顔も名前も知らず、出身がどこかも知らないという。
ずっと閉じこめられていた部屋から出され、馬車から突き落とされ、山だか森だかをさまよった末にあの町にたどり着いたそうで、あの町出身じゃないことだけはたしからしい。
悪魔がこの子供を見つけた時には、路地の暗がりでぐったりと横たわっていた。
よほど空腹だったのだろう、どう考えても食料ではなさそうな白くてふわふわした塊を口にくわえてもぐもぐやっていた。
目はうつろだった。
元々は金色系統だったらしい髪はもつれているし、ゴミもついていた。
頭からかぶるだけの簡素な服はどこで拾ったゴミかと思うくらいのぼろ。
靴も大きさが合っていない上に、靴底を無理矢理つぎはぎして紐でしばってごまかしていた。
痛ましいほどに頬はこけていたし、熱いものでも押しつけられたかのような火傷痕が左頬にくっきり残っていた。
身体もやせ細っていて、怪我の痕もところどころにあった。
虐げられてきたのは明らかだったが、人間は人間だと、同情はしなかった。
そして、この状態なら行方不明になったところで騒ぎにはなるまいと、まともな飯で釣って連れ出し、生贄とすることにしたのだ。
今、子供はさほど汚れていないし、空腹でもない。
汚れきっていた髪は間違いなくきれいな金色で、うつろだった目は澄んだ琥珀色。
顔立ちは想像以上に整っていた。
見る目のある者であれば、手元に置いてまともな食事を与えて身体の手入れをしてやれば極上の商品になると直感しそうなものだ。
なのに、この子供に手をさしのべる者はいなかった。
生贄を欲して物色していた悪魔以外、誰一人。
(あぁ、人間とは、同族にも外道過ぎるものなのか)
そもそも、気のせいくらいの微弱な闇属性でも闇は闇だと殺されかけたり、闇属性は人間じゃないと福祉政策対象から外されたり、光属性の発光石を頬に押しつけられ火傷させられたり、大人からも子供からも暴力を振るわれたり、聞けば聞くほど悲惨すぎる。
この子供は種族こそ人間だが、人間扱いを一度もされていない。
悪魔に身を落とすに至る絶望と比べたら軽いと思ってしまうが、それはそれとして無視できるものでもない気がしてくる。
「ごはん、ごはんのおかねだけでも、なんとかならないの?」
いくらこの子が憎い人間の一人でも、気の毒になってきた。
「今すぐには無理だ。わしは嘘などついておらんぞ。ちょっと時間がかかるだけだ」
嘘をついていないのは事実だが、なんか後ろめたくも感じてきた。
人間滅ぼすため暗黒に身を落とし邪悪に染まった、元魔族な悪魔の身の上なのに。
「おっきくなるまでどれくらいかかるのっ?」
「たぶん、三年くらい」
適当である。
精霊の成長速度など知らん。
コレは予定外なので事前調査もしていない。
「さ、ん、ね、ん」
とうとう、子供は崩れ落ちるように座り込んだ。
しっかりと精霊を大事そうに抱えているところだけは立派だ。
「そんなの……っ。ふわふわさまかじってごまかすのもういやだよぅ……」
こんなか弱い子供に誰も手をさしのべないなど、人間社会はおかしいのではないか。
いや、疑問に思うまでもないか。
この地に古くから暮らす生き物はほぼ闇属性だが、一方でこの地の人間はほぼすべてが闇以外の属性だ。
特に火と光と神聖が多い。
人間はすべてが何百年も前に他の大陸から渡ってきた自称『移民船団』の子孫であり、この地の先住民とは種族から異なっている。
属性の違いもそのあたりに起因するらしい。
そのせいなのか、人間から闇属性は産まれず、人間を脅かす敵はほとんどが闇属性。
そんな場所で闇属性に産まれた人間が人間扱いされる可能性など、考えるまでもない。
育児放棄も遺棄も差別も迫害も暴力も、ただ闇属性というだけで理由には充分なのだ。
たとえ、ほぼ無属性と言えるほど微弱な闇属性であっても、だ。
「ごはんたべたい。からあげたべたい」
人間社会から離れて魔族のところに行けば闇属性差別などなくなるが、今度は人間への敵意がある。
人間と他種族の争いは、自称移民船団な侵略者の襲来からずっと続いている。
こんな子供が、暗黒の森で魔物を返り討ちにしながら一人で生きられるとも思えない。
「冒険者組合なら十歳未満でも見習い扱いで簡単な仕事を斡旋していたはずだ」
コレは断じて善意などではない。
(この子は年齢関係なくまともな職には絶対につけないし、仮に働かせてもらえてもまともな給料などまず入らない。うまい飯どころかまともな飯も、まぁまず無理だな)
計画を修正する。
(気の毒に思ってやろう。哀れんでもやろう。だが……お前は人間だ。暗黒の森の奥でひっそりと暮らしてきた無害な魔族を相手に虐殺の限りを尽くした悪党どもと同じ種族だ。我らの父祖を虐殺した仇敵の子孫だ)
この子供は虐げられてきた。今後も悪意によって傷つけられるだろう。
邪悪に転じる余地は充分すぎるほどにある。
ならば、芽生えた邪悪が精霊の邪悪も強めるだろう。
ただ餓死されるだけ、ただ病死されるだけでは、絶望が足りないのだ。
時期を見計らって精霊の前世の絶望的な最期を思い出させ、かわいがってきた精霊に襲いかかられて殺される絶望により、邪神を誕生させよう。
(オレはお前にはこれ以上手出ししない。いずれ、お前が絶望しすべてを憎み、その精霊を邪悪に染め、邪神が産まれる。それこそ……愚かな人間どもの罪の報いだ)
「かわいい! この子すっごくかわいい!」
利用しようと連れてきた子供の、斜め上な反応によって。
(え? あぁ……っ? かわいい……? まじで?)
なんか、やろうとしてたのと違う。
生まれたばかりの精霊を前にきらきらと目を輝かせる五歳前後の子供の姿に、悪逆を自負する悪魔でさえ引いていた。
「さわっていいっ? せーれーさん?」
生まれたばかりの精霊はゆるやかな窪地の底でぼんやりと目を開け、周囲の魔力を真っ黒な服にして身にまとうと、ふにゃりと笑った。
この精霊、ぱっと見は黒髪黒目の人間の赤ん坊だが、髪の量がだいぶ多く、頭の上には三角形の犬猫じみた耳があり、尻辺りからはふわふわのしっぽが生えている。
かわいいかどうかはともかく、邪気はゼロだ。
「いいのかな? よ……っと。あ、かるい、あったかい、ふわふわぁー」
子供は精霊を抱き上げ、感激のままにほおずりを始めた。
(おかしい。いや、ま、まずは状況を整理せねば。オレは冷静だ、冷静に冷静に)
ここは暗黒の森と呼ばれる地域で、闇属性の魔力が濃い。
森自体も鬱蒼としていて日差しが少なく、植物も動物も黒っぽいものが多い。
そんな土地だから、たいていの生物が闇属性を持っている。
野生動物も魔導生物も魔族も魔物も闇属性ばかりだし、精霊だって闇属性が一番多い。
属性が偏っていても生態系はうまく成り立っている。
なにせ太古の昔からこうなのだ。
「あぁ、もふもふ、にげられない、かわいい、もふもふぅぅ」
子供は悪魔の存在を忘れたかのように闇の精霊をなで回している。
生まれたばかりの精霊は意識がはっきりしていないのだろう、されるがままになっている。
(なんか語彙力低下している気がするんだが、大丈夫かこの子)
いや、たしかに、いろいろ追いつめられていてチョロそうと選んだわけだが。
生まれた精霊の姿に恐怖して悲鳴上げた瞬間を狙って生贄にすることで邪神誕生の運びとする予定だったのだが。
(そもそも、あの精霊、なんであんな少し獣要素程度のほぼ人間姿で産まれた?)
この場所は暗くよどんだ見た目に違わず邪気が強く、そんな場所で産まれる精霊なら確実に見た目も中身も邪悪なはずではなかったのか。
実際、精霊の卵と呼ばれる魔力溜まりは禍々しかったのだ。
魂を宿す前に発見できたから、恨み辛みと激しい憎しみを持ったまま漂っていた魂を押し込んでやったのだ。
それから数年かけて精霊の卵は淀みの中で邪気と憎悪を含んだ魔力によって身体を生成し、今日、とうとう人間への災いの象徴として誕生するはずだったのだ。
人間に偽装していても隠しきれない邪気を放っている悪魔を虫けら扱いするほど凶悪な存在が生まれるはずだったのだ。
なのに、なのに、いろんな意味で無害っぽいのはなぜなのか。
(誕生直前に邪悪要素を打ち消された? いやあれほどの邪気の浄化など不可能だ。神霊自ら出張ってきて邪魔でもしない限り。そもそも神聖連中は神域を出られないはず。どこで何を間違えたのだ?)
あの子供、相変わらず可愛らしい小動物を抱えているかのような仕草をしているが、その腕に抱かれているのはそんな愛らしい存在ではない……はず、なのだ。
「あの、まどーしさま! この子ほんとにもらっていいんですかっ?」
子供はひとまず満足したようで、悪魔の方を向き直る。
その琥珀色の瞳には、漆黒のマントを羽織り漆黒の帽子を目深にかぶったいかにも怪しい男の姿が映っているはずだ。
が、そういえば、この子、この姿見ても怯えてなかった。
はじめは怯える体力もないのかと思っていたが、回復後も平然としていた。
もしかするとなんか勘違いしていたのかもしれない。
「あ、ああ……。大事にしてやるように」
この悪魔が、なぜ、状況を理解できず流されなければならんのか。
「やった。これでわたしも、せーれーじゅつしに!」
「いや。あー、その、だな。喜んでいるところ申し訳ないんだが、その精霊、生まれたばっかりだから、育つまでは精霊術を使えないぞ」
予定通りであればそもそも言う必要もなかった事実を、口にする。
我に返った子供の顔はさーっと青ざめていく。
そして必死にすがりついてくる。
「じゃ、じゃあ、せーれーじゅつしなれないのっ? ごはんたべられないのっ?」
これで空腹から逃れられるという期待が、一瞬で絶望に塗り替わる。
(絶望は見たかったが、こういう意味じゃないんだよなぁ……)
悪魔は目をそらした。
なんかもう、いろんな意味でぐだぐだだった。
この子供、近くの町の出入り口近くの路地で見つけた死にかけの孤児である。
名前はシシャルと名乗ったが、本名なのかは知れない。
人間と魔族じゃ名付け法則違って当たり前だが、人間の言語に照らし合わせてもなんの意味もない音の羅列にしか聞こえないのはどうにも腑に落ちない。
五歳だと言ったが、それが正しいのかも判断がつかない。
両親の顔も名前も知らず、出身がどこかも知らないという。
ずっと閉じこめられていた部屋から出され、馬車から突き落とされ、山だか森だかをさまよった末にあの町にたどり着いたそうで、あの町出身じゃないことだけはたしからしい。
悪魔がこの子供を見つけた時には、路地の暗がりでぐったりと横たわっていた。
よほど空腹だったのだろう、どう考えても食料ではなさそうな白くてふわふわした塊を口にくわえてもぐもぐやっていた。
目はうつろだった。
元々は金色系統だったらしい髪はもつれているし、ゴミもついていた。
頭からかぶるだけの簡素な服はどこで拾ったゴミかと思うくらいのぼろ。
靴も大きさが合っていない上に、靴底を無理矢理つぎはぎして紐でしばってごまかしていた。
痛ましいほどに頬はこけていたし、熱いものでも押しつけられたかのような火傷痕が左頬にくっきり残っていた。
身体もやせ細っていて、怪我の痕もところどころにあった。
虐げられてきたのは明らかだったが、人間は人間だと、同情はしなかった。
そして、この状態なら行方不明になったところで騒ぎにはなるまいと、まともな飯で釣って連れ出し、生贄とすることにしたのだ。
今、子供はさほど汚れていないし、空腹でもない。
汚れきっていた髪は間違いなくきれいな金色で、うつろだった目は澄んだ琥珀色。
顔立ちは想像以上に整っていた。
見る目のある者であれば、手元に置いてまともな食事を与えて身体の手入れをしてやれば極上の商品になると直感しそうなものだ。
なのに、この子供に手をさしのべる者はいなかった。
生贄を欲して物色していた悪魔以外、誰一人。
(あぁ、人間とは、同族にも外道過ぎるものなのか)
そもそも、気のせいくらいの微弱な闇属性でも闇は闇だと殺されかけたり、闇属性は人間じゃないと福祉政策対象から外されたり、光属性の発光石を頬に押しつけられ火傷させられたり、大人からも子供からも暴力を振るわれたり、聞けば聞くほど悲惨すぎる。
この子供は種族こそ人間だが、人間扱いを一度もされていない。
悪魔に身を落とすに至る絶望と比べたら軽いと思ってしまうが、それはそれとして無視できるものでもない気がしてくる。
「ごはん、ごはんのおかねだけでも、なんとかならないの?」
いくらこの子が憎い人間の一人でも、気の毒になってきた。
「今すぐには無理だ。わしは嘘などついておらんぞ。ちょっと時間がかかるだけだ」
嘘をついていないのは事実だが、なんか後ろめたくも感じてきた。
人間滅ぼすため暗黒に身を落とし邪悪に染まった、元魔族な悪魔の身の上なのに。
「おっきくなるまでどれくらいかかるのっ?」
「たぶん、三年くらい」
適当である。
精霊の成長速度など知らん。
コレは予定外なので事前調査もしていない。
「さ、ん、ね、ん」
とうとう、子供は崩れ落ちるように座り込んだ。
しっかりと精霊を大事そうに抱えているところだけは立派だ。
「そんなの……っ。ふわふわさまかじってごまかすのもういやだよぅ……」
こんなか弱い子供に誰も手をさしのべないなど、人間社会はおかしいのではないか。
いや、疑問に思うまでもないか。
この地に古くから暮らす生き物はほぼ闇属性だが、一方でこの地の人間はほぼすべてが闇以外の属性だ。
特に火と光と神聖が多い。
人間はすべてが何百年も前に他の大陸から渡ってきた自称『移民船団』の子孫であり、この地の先住民とは種族から異なっている。
属性の違いもそのあたりに起因するらしい。
そのせいなのか、人間から闇属性は産まれず、人間を脅かす敵はほとんどが闇属性。
そんな場所で闇属性に産まれた人間が人間扱いされる可能性など、考えるまでもない。
育児放棄も遺棄も差別も迫害も暴力も、ただ闇属性というだけで理由には充分なのだ。
たとえ、ほぼ無属性と言えるほど微弱な闇属性であっても、だ。
「ごはんたべたい。からあげたべたい」
人間社会から離れて魔族のところに行けば闇属性差別などなくなるが、今度は人間への敵意がある。
人間と他種族の争いは、自称移民船団な侵略者の襲来からずっと続いている。
こんな子供が、暗黒の森で魔物を返り討ちにしながら一人で生きられるとも思えない。
「冒険者組合なら十歳未満でも見習い扱いで簡単な仕事を斡旋していたはずだ」
コレは断じて善意などではない。
(この子は年齢関係なくまともな職には絶対につけないし、仮に働かせてもらえてもまともな給料などまず入らない。うまい飯どころかまともな飯も、まぁまず無理だな)
計画を修正する。
(気の毒に思ってやろう。哀れんでもやろう。だが……お前は人間だ。暗黒の森の奥でひっそりと暮らしてきた無害な魔族を相手に虐殺の限りを尽くした悪党どもと同じ種族だ。我らの父祖を虐殺した仇敵の子孫だ)
この子供は虐げられてきた。今後も悪意によって傷つけられるだろう。
邪悪に転じる余地は充分すぎるほどにある。
ならば、芽生えた邪悪が精霊の邪悪も強めるだろう。
ただ餓死されるだけ、ただ病死されるだけでは、絶望が足りないのだ。
時期を見計らって精霊の前世の絶望的な最期を思い出させ、かわいがってきた精霊に襲いかかられて殺される絶望により、邪神を誕生させよう。
(オレはお前にはこれ以上手出ししない。いずれ、お前が絶望しすべてを憎み、その精霊を邪悪に染め、邪神が産まれる。それこそ……愚かな人間どもの罪の報いだ)
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