神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第一章

9 闇の精霊の帰還からの帰還

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 新年二日目。

 まだ祭り期間中だが、隊長と副隊長は朝から魔物討伐のため出かけている。

 冒険者組合の借金制度は一日ごとに返済必要額が上がるから、新年休み終わるまでお休みというわけにもいかないのだ。

「ふわふわ様。今の私だと遠隔魔術ってどこまでできるの?」

『だいたい百二十リュームか、視える範囲すべてか、ってところかな? これ以上距離を伸ばすのは難しいし、魔力問題片付くまでは留守番続けるしかないね』

「そっかー……」

 留守番のシシャルは、ふわふわ様から補助魔術情報が来るまでやることがない。
 ふわふわ様、昨日は結局ほとんど調べ物してくれなかったのだ。

(やることないなー)

 借家の掃除は終えたし、防犯用の防御壁の設置も完了した。
 割れた窓があった場所にはとりあえず雨水侵入防止用に防御壁を設置してある。
 朝食はもう取ったし、昼食の時間はまだだし、夕食の準備もまだ必要ない。

「ふわふわ様。あとどれくらいで準備できそう?」

『ごめん、まだ時間かかる。今朝ご飯中。もうちょっとしたら図書館行くから』

 これから図書館に行って本を探して読んでとなると、午前中に勉強開始は無理そうだ。

 なので、ヒマな間、シシャルは居間兼寝室で使い魔の毛並みを整えたりもふもふふわふわ触りまくってかわいがったりしていた。



 もうそろそろお昼の準備始めるかという頃。

「ただいまー」

 玄関扉の開く音にビクッとしたのもつかの間、聞き覚えのある声と共に軽い足音が近づいてきた。

 顔をのぞかせたのは、ふわふわしていて量も多い黒髪の男の子。
 犬猫みたいな三角形の耳とふわふわのしっぽが、人間ではないことを示している。

 出かける時と服装は違うが、なんか無駄に豪華になっているが、さすがに別人と見間違えることはない。

「おかえり、ニクス。用は済んだの?」

 謎の魔導師に引き合わせてもらって以来ずっと一緒にいた闇の精霊ニクスだが、野暮用とかで年末年始はずっと別行動をしていた。

 見た目は五歳くらいの男の子だから一人でふらつかせるのは心配だが、闇属性といっても精霊を傷つける愚か者はさすがにいない。
 精霊は普通の人間には透けて見えるそうなので、人間と間違われて攻撃される可能性も低いのだとか。

「いちおうね。マスターは僕がいない間になんかあった? 家の周りが荒れてたけど」

 片付けしても消しきれない痕跡はあるし、修理業者は年末年始休み明けに来ることになっている。

「私が闇属性だからって器物損壊してくれやがった連中がいたのよ」

「年末なのにというより年末だからこそむしゃくしゃしちゃった方向性かな」

 ニクス君、鋭い。
 が、すごいと褒められるような状況でもなく。

「おかげで貯金ゼロになって借金背負って大変なのに、私は役立たずで立つ瀬がないの」

「そか。僕がいても役立たなかっただろうけど、いなかったのが申し訳ないよ」

「申し訳なく思うなら、髪さわらせて」

 ニクスの髪はさらさらしていると同時にふわふわなのだ。手触りがいいのだ。

「いいけど、その前にまだ質問。ドレさんとカユシィーさんは出かけてるの?」

「あの兄妹は借金返済のため魔物討伐に行ってる。私は訳あって留守番だけど」

「家の周りにあった壁魔術の維持か。じゃ、次。その動物何?」

「えーっと、この子は年末に暗黒の森で拾ったの。悪魔の元使い魔」

 冷静に質問しては答えを聞いていたニクスだが、今回は困惑を見せた。

「何があったの?」

 言いたくなる気持ちは、分かる。

 あの使い魔集団の正体は謎のままだ。

 冒険者組合で使い魔の死骸を提出する時、シシャルは外で待っていたので厳密なやりとりは知らないのだが、「あの闇属性がとうとう悪魔の使い魔じみたものまで作って仲間に討伐させて金を騙し取ろうとしている」と疑われたのだとか。
 で、何を言っても信じてもらえず、買い取ってもらえなかったそうだ。

 仕方なく、魔力化して自分たちで利用する方向になった。
 昨日のうちに魔力化し、今は魔力保管庫に入れてある。

 それなのに丸鶏揚げ買ってきてもらってしまったのが、ものすごく申し訳ない。
 あんなに高いと思わなかったのは事実だが、唐揚げとの大きさの違いを考えれば、すごく高いと想像できていてもいいはずだった。

 隊長副隊長も食べたがっていたし、年に一回の贅沢だし、というにしても、食べたいと言い出したのはシシャルだ。
 どう埋め合わせをしたらいいのかも悩みどころだ。

「マスター? おーい?」

「あ、ごめん。この子のことは、悪魔の使い魔って以外はよく分かんないの。もう制御は切れているし、害はなさそうだから飼うことにしたんだけどね」

「そういう変なものを連れてるとさ、また闇属性どうこう言われるよ」

「分かっては、いるけど、可愛いんだもん。さわり心地もいいし」

 ニクスがあきれた目をしている。

 この子、野暮用で出かけてくると言い出す少し前から、妙に大人びている。
 以前だったら、「マスターがまたふわふわしたものに負けてる」とむくれる方向だったのに。

 ふわふわ様にこっそり質問してみたら、『前世の記憶でもよみがえったんじゃない?』とのことだった。
 それで問題が起こることもなくはないが、性格や行動原理が著しく乖離していない限り、人格が破綻することはないらしい。

 が、前世で何歳まで生きたか次第では今まで通りの子供扱いは問題がありそうだから距離感は考えるようにと言われている。

「マスター……。あんまり外に出さないようにね。使役獣登録してあっても、闇属性の持ち物扱いだと安全は保障されないし、傷つけられても損害賠償請求できなそうだから」

 ニクスはそう言いながら使い魔をなで、シシャルの正面に座った。

 なんとなく、お説教時の副隊長に似ている。
 保護者が増えたようだ。

「マスターには、大切なものを失わせたくない。大事なものは肌身離さずね。マスターのそばが一番安全だから。いいね?」

 五歳児とは思えない真剣な表情だ。
 いや、普通の五歳児なんてシシャルは知らないが、子供っぽさは皆無だった。
 副隊長と同じ、いや、それ以上の年に錯覚する。

「わ、わかりました」

「よし。それじゃ、マスター、これあげるね」

 ふわり、と、柔らかい布を首にかけられた。

 つややかでなめらかで光沢の中に貝殻の内側のような虹の揺らめきがある、白い布だ。
 一見すると光や神聖のような雰囲気があるのに、柔らかくて優しくて、妙に肌になじむ。

「ニクス? これ、どうしたの」

 買ってきたとは考えづらい。
 買える金があると思えないし、いくらシシャルが無知でもここまで美しいものが辺境の田舎町に普通に売っているとは思えない。

「野暮用を済ませた後で、作ってきたんだよ。マスターへの恩返し」

 優しげな笑顔なのに、泣き出しそうに見えた。

 思わず、ぎゅっと抱きしめてしまう。
 頭をなでて、髪を梳く。

 前世の年齢次第で云々と言われていても、放っておけなかった。

 恩に思ってもらえるような何かをできた記憶はない。
 けれど、攻撃せず否定せずそばにいてくれるだけで救われることを、知っている。

 それだけで心の底から救われたと思ってしまうほどの悲惨を、知っている。

 大きな手の温もりに希望を見い出したことを、抱きしめられた安心感を、覚えている。

「その布ね、闇属性で治癒の力がこもっているから、マスターなら身につけて魔力を流すだけでちょっとした怪我はすぐに治るよ」

 治療布とか治癒布とか言われる品だ。
 作るだけならともかく効果を長期間維持するのが難しいそうで、治癒効果十日程度でも手のひら大でも金貨一枚くらいするという。

「このきれいな色が残っている間ずっと?」

「そう。久々すぎて勘が鈍ってるから一年くらいしか持たないけどね」

 聖都の神殿の織り手でも一月が限度なのではなかったか。

「……もしかして、下手に人に見られるとやっかいごとに巻き込まれる?」

「どうしてそういう思考回路に――、あ、待って」

 同じことを考えたかは定かでないが、ニクスも何か思い当たることがあったらしい。

「マスター。できるだけ身につけていてもらいたいけど、なるべく目立たないように。誰が作ったかは絶対に秘密で。お願いします」

「うん。そうするよ……」

 売れば一攫千金だが、恩返しの贈り物とかそういうの以前に、自ら危険を招き寄せるような命知らずな真似は絶対にしたくない。

「僕が何者かにも触れないでおいてもらえるといいな」

 これ、本当に、知りたいけど知っちゃいけない案件だ。
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