神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第二章

10 新居探し、ただいま難航中

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 ドレとカユシィーの兄妹と勇者は、朝から新居探しに出発した。

 借家は勇者の仲間たちが交替で見張ってくれている。

 シシャルが追い出されてから丸々二日が経ち、町の人々にも周知され始めたため、四六時中誰かが見張っていなくても大丈夫なのではと思うが、追い出したと言いつつ借家の中にいるんじゃないかと話す人は少なからずいるらしい。

 いないと見せかけるためにあの小癪な壁は消してある――そう考えた人間が暴挙に出る可能性は、拭えていない。

「すぐに休み取れなくて悪かったな」

 本日の勇者は勇者装備を身につけているが、聖剣は持ってきていない。

 勇者装備なのは、本人いわく「俺の顔平凡だからこれ着てないと勇者って分かってもらえない」というわりと切実な理由だ。

 そんなセリフに続いて「ドレ氏は背が高くて美形でさらつやの金髪でいいよな。さすが半分神霊」とひがみたっぷりの言葉も付け足されたが、半分神霊なのも父親似なのも事実なので否定しなかったら舌打ちされた。

 カユシィーへのひがみがないのは、異性だからか、もはやこいつの中では偶像化しているからか。
 寝相の悪さから来る仲間たちへの被害を目の当たりにして治療に奔走したはずなのに、いまだにカユシィーちゃん可愛い最高を続けられる肝の太さには感服する。

「ドレ氏。なんか今俺のこと哀れまなかった?」

「いや別に。人の趣味はそれぞれだからな」

「ちょい待て。それはカユシィーちゃん好きなのを馬鹿にしたのか?」

「馬鹿にはしていないが、カユは見た目しか取り柄がないからな」

「そんなこと――っ、そんなこと、ねえぞ。カユシィーちゃんは何もかも可愛い。見ていると癒される。俺のすさんだ心が砕け散らなかったのはあの日出会ったカユシィーちゃんの天真爛漫さのおかげだ。カユシィーちゃんはその可愛さで世界を救うんだっ」

 結局可愛いしか言っていない気がするのは、気のせいだろうか。

「こいつの寝相の悪さのせいで被害に遭った仲間の前で同じことを言えるか?」

「言える。この可愛さを前には寝相の悪さくらいささいな問題だ」

 その寝相の悪さからくる文字通り無意識傷害事件で金貨が数枚吹っ飛びかけたのだが、最終的に無料で解決どころか少なからず利益を得てしまったため、勇者の中ではさほど大きな問題にならなかったようだ。
 仲間たちも最初こそ面食らい困惑したし病気や呪いを疑いもしたが、対処法をさっさと確立できたためか深刻にはならなかった。

「たくましいよな、君たち……」

「おう。それが俺たちの一番の強みだな」

「あの、ふたりともっ。わたしは寝相そんなに悪くないですっ。心外ですっ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるたびにさらさらつややかな髪もはねさせながら、カユシィーは不満そのものの顔をしている。
 勇者が「かわええ」とつぶやくのは聞かなかったことにして、角を曲がる。

「ドレ、勇者様。そんなに寝相悪いなら証拠を見せてくださいよぅ」

「分かった。後でシシャルに一晩録画させてやる」

 いったい何を要求されるやら不安になるが、背に腹は代えられない。



 雑談が途切れてしばし、一軒目の不動産屋が見えてきた。

 暗黒の森側の町外れに近い低価格帯物件を主に扱う不動産屋だそうだ。

「まずはここだ。俺が働いていた間、ヒマな奴らにいろいろ調べさせたんだぜぃ」

 差し出された資料が使い古しとはいえ羊皮紙な事実にめまいを感じるが、問題は勇者の金銭感覚と別のところにあった。

「ドレ。新居ってどうやって探すのですか? 町を歩き回って良さげな家があったら呼び鈴鳴らして借りるのかと思っていたのですけれど、なんだか違っていそうですよね」

 これは、育ち云々とは関係ない。
 ただ何も知らないだけだ。

 邪霊問題とか闇属性問題とか金銭問題とかいろいろあってろくに教育してやれなかったのは事実だが、さすがにおろそかにしすぎていたようだ。

「家を借りるためには、住居向け貸家組合やその加盟店や個人貸家業者を通す。ひっくるめて不動産屋と言うことが多いがな」

「ふどーさん? そのような名前の方が総責任者なのですか」

 人気のないところで助かった。
 どうせみなさん最終的にカユシィーちゃん可愛いで落ち着くにしても、おバカ可愛いと言われるのはちょっとかわいそうだ。

「違うからな。後で教えてやるからおとなしくついてくるように」

「……ドレ氏。今の家借りる時カユシィーちゃん一緒じゃなかったのか?」

「シシャルに押しつけて留守番させている間に一人で探していた」

 あの時は、たしか、帰りに唐揚げ買ってきてやるからとなだめてシシャルに留守番と世話係任せたはいいも、借家探しは一日で片付かず、唐揚げはどの店に行っても販売拒否に遭い、思い切りへそを曲げられたのだ。
 ふわふわ様かじりながらお腹すいたと繰り返してにらんでくる姿は、正直、ものすごく怖かった。

(新居見つけたらすぐにでもシシャルを探さないと。今までの詫びもしないと)

 思えば、ドレはさんざんシシャルを利用してきた。

 魔物討伐で疲れて帰ってきても家が清潔で快適であるようにとシシャルに家事全般教え、昼に帰ってこられなくてもカユシィーが空腹に苦しまないで済むようにとシシャルに料理を教え、カユシィーが朝から晩まで寝癖頭に寝間着のままで過ごさないように世話の仕方を教え、カユシィーの睡眠不足からくる暴走を抑えるために昼寝時間を確保させるように教え、カユシィーが寝相の悪さのせいで布団がずれてお腹丸出しになって風邪なんて引かないように見守ることまで教えたのだ。

 しかし、それだけ働かせたのに、見合った報酬を出してやれた記憶がない。

 追い出しを口実に逃げ出されても、文句を言えない。

 新居見つけてまた一緒に暮らすことがシシャルにとって幸せなのか疑問だが、我が家はシシャルなしでは立ち行かないのだ。

「あ、あの、ドレ。邪霊がいっぱいいます。他行きましょう」

「いつでもいっぱいいるだろう。それに新居見つからないとシシャルも戻れないぞ」

「ううぅ……。シシャルちゃんさえいれば向こうから消えてくのに、見ることさえなく排除できるのに。あんなにすごいシシャルちゃんを悪者扱いなんてみんなひどいですよぅ」

 涙目のカユシィーちゃんも可愛いとつぶやく勇者には気づかなかった振りをして、ドレは前途多難だと心の中だけでため息をついた。



 町はそこそこ広く、不動産屋もそこそこある。
 といっても、一つの不動産屋が扱う物件数はさほど多くないし、手当たり次第に当たれるわけじゃない。

 町には様々な建物があり、様々な用途がある。
 商売向けの物件を扱う不動産屋に行ったって意味がない。
 住居用物件を扱っていればどこでもいいわけでもない。

 冒険者組合でも冒険者向けの集合住宅や借家は調べられるが、あそこで紹介されている物件は少々特殊で、身元保証を冒険者組合がする代わりに冒険者は仲介手数料を払い、契約は不動産屋や大家と交わす形式だ。
 ややこしいし金がかかるし、何より審査が厳しい。

 パーティとしては安定して稼げているし、冒険者の品位を落とすような問題行動もしていないが、闇属性が仲間にいるという部分で却下されてしまった過去がある。

 だから、勇者の協力を得つつ不動産屋巡りをすることとなったのだが……。



 不動産屋から出てきた三人は、疲れていた。

「勇者様。カユシィーちゃんのためだからって、あんまり闇属性の利益になることすると神殿のお怒りを買っちゃうわよ」

 店を出る時に聞こえたそんなセリフがさらに疲労を増加させている。

 勇者パーティによる事前調査でだいぶ無駄は省けているはずなのだが、物件見学にさえたどり着けなかった。

「駄目でしたね……。なんでみなさんそんなにシシャルちゃんを嫌うのでしょう」

「個人の善し悪し以前に闇属性を嫌がっているだけだ。あの子が借家から追い出された件も広まっているが、借家が攻撃された件も広まっているからな」

「厄介ごとは避けたい心理っちゅうやつだよなー。さわらぬ神に祟りなし、と」

 たいていの人が闇属性嫌いで関わりたくないと言っているが、それはたぶん間違いなく本音ではあるのだが、同時に、周囲の目を極度に気にしている節がある。

「事前に調べたというのは、俺たちの収入でも借りられそうな物件を扱っているかどうかだけなのか?」

「すまん。あんたら兄妹だけに肩入れするならともかく、闇属性にもってなると、仲間内でも嫌がる奴がいてな。協力的な奴らでもいろいろ事情あるから、それが限界だった」

 勇者パーティは人数が多く、金が必要というせっぱ詰まった事情で腕を売り込んで仲間になった人もいれば、勇者と共に巨悪を倒した実績を得て箔をつけたいからと仲間になった人や、お偉いさんのごり押しで仲間になった人もいる。
 全員がカユシィー好きなわけないし、好きだからといって割り切れるわけでもない。

 勇者本人が同行してくれているだけでも充分すぎると思うことにしよう。

 門前払いを避けられるだけでもありがたいのだ。





 正午の鐘が鳴る直前。五軒目の不動産屋も空振りだった。

 誰も彼もが、自分が闇属性嫌いだからではなく闇属性と関わるせいで周囲の誰かににらまれるとか攻撃されるとか疎外されるとかを心配した末という方向で断ってくる。
 不動産屋が嫌がるのもあるだろうが、大家側の意向もあるのだろう。

 事件前であれば万一のために通常より多めの家賃を払うことで手を打ってくれそうな物件はいくつかあったが、その万一が起こってしまった今では二の舞になりたくない感情が勝つようだ。

「うちらだってカユシィーちゃんの力になってあげたいけどよぅ、闇属性と親しいなんて誤解されて周りににらまれると生活していけねえんだわ。ごめんな」

「カユシィーちゃんのためなら力になりたいし一肌脱ぎたいんだけどねぇ、闇属性と取り引きしたなんて思われると営業妨害されかねないからさ」

「悪いな。カユシィーちゃんの力にはなりてぇし快適に暮らしてもらいたいんだが、闇属性にも利益与えちまうと後が怖いんだよ。町の連中、闇属性憎しひでえからな」

 不動産屋も大家も、そろいもそろって、カユシィーちゃんの力にはなりたいけどと付けるのは、お約束か何かなのか。
 うちの妹の見た目が可愛いのは認めるが、それにしたって老若男女問わず魅了するような魔性を持っているとは思えない。

「町の方々、闇属性の人間を見るのはシシャルちゃんが初めてなのですよね? なのにどうしてあんなに目の敵にするのでしょう」

 人の少ない道を歩く中で、カユシィーは目に見えてむくれていた。
 それでも可愛く見えるのだから、もしかすると本当に魔性なんだろうか。

 母はそんな魔性持ってないし、この子の父は名門貴族と思えないほどに容姿も性格もぱっとしなかったのだが。
 出所分からないのが少し怖い。

「ドレはそのあたり教えてくれなかったのですけど、勇者様は知っています?」

「あー、そうだなぁ、いくつか理由はあるだろうけども……。とりあえず一つ。人間から闇属性は産まれねえって、そういう俗説があるんだよ。じゃあ、人間から闇属性が産まれないなら人間の姿をした闇属性は何者なんだ、って思うのは当然の流れだろ?」

 カユシィーはこくりとうなずき、はじかれるように顔を上げて目を見開いた。

「まさか、シシャルちゃんは、人間のふりした魔族だと思われているのですか?」

「あるいは、人間と魔族の間に産まれた混血だな。……そうとでも思わねえと納得できねえんだよ。真相を知る奴も知らない奴も、みんな、な。闇属性の人間が生きているはずはねえ、なのに生きてるなら……ってよ」

 神妙に黙り込んだまま歩くことしばし、町外れの墓地が見えてくる。
 借家があるのとは反対方向の町外れの墓地で、基本的に金持ち向けだ。

 魔物は森から出ないとされているが、絶対そうとは言い切れない。
 魔物は出てこずとも野生動物は出てくるし、魔族だって出てくる。
 何かあった時には暗黒の森側の町外れから被害に遭う。
 墓が荒らされるのは嫌だと考えるのは、当然のことだ。

「次行く不動産屋で駄目だったら、お手上げだなぁ……」

 この勇者、勇者装備をしているのに頼りなさ全開だった。





 結論として、借家は全滅だった。

 町に不動産屋はまだあるが、行くまでもなく無理だと除外している。
 取り扱い物件の価格帯が金持ちや貴族向けなため、闇属性云々以前の問題で門前払いと明らかなのだ。
 そして、そういう不動産屋では闇属性に貸しても惜しくない訳ありなんて扱わない。

「どこにも住めないとなると……町を出て行くしかないのでしょうか」

「住処を手に入れる方法は他にもあるぜカユシィーちゃん。家を買うのさ」

「家を、買う……。そっか、家を借りられないなら家を買えばいいのですね!」

 あまりに力強すぎて正論のように聞こえるが、暴論だ。

 勇者と妹は、お馬鹿なんだろうか。

「あのな、君たち。家を買うには借家を借りるのと桁違いの金がかかる。それを置いておくとしても、信用の問題はついて回るし、土地の扱いの問題も出てくる」

「あの、ドレ。とちって、ええっと、家の敷地のことですよね? 問題って?」

「土地と建物は基本的に別の扱いなんだ。家は売るが土地は貸すだけのところもあるし、家と一緒に土地を売るところもある。建物はなくて土地だけのやりとりもあるな」

 土地の売買といっても、法的には国内の土地すべてが国有地だ。
 売買されるのは土地そのものではなく、その土地を占有的に扱う権利となる。

 とはいえ、一般的には国が直轄で管理しているところは国有地でそれ以外は私有地という認識だ。
 権利の売買に国は絡まないし、一部の都市や貴族階級の私有地でもない限り固定資産税なるものもかからない。
 売買手続きはわりとお手軽だ。

 お手軽ゆえの問題も時々起こるそうだが、そこは今のところ気にしなくていい。

「なんにせよ、闇属性と契約を交わすのも嫌だが闇属性が資産を持つのはもっと嫌だと考える人間は多い。たとえ、名義上の持ち主が俺だとしても、な」

 借りられないなら買うという考え方自体は、決して悪くはないのだが。

 問題は、永続的に闇属性のものにしても惜しくない土地や建物なんてあるのか、ということだ。





 カユシィーを借家の女性たちに預けてから、ドレは勇者と少し話をした。

「俺とカユはしばらく魔物討伐に専念してできる限り金を貯める。その間に、土地と建物両方購入か、更地の土地を購入が可能か調べてもらえるか。闇属性のいる訳ありでもかまわないなら、予算は考えなくていい。なんとかする」

「なんとか、ねぇ……」

「最悪の場合、シシャルと勇者に丸投げ同然になるがな」

「なんで俺。金は貸さねえよっ?」

「シシャルが魔力結晶を作る。勇者が買う。それで購入資金はなんとかなる」

「おーう……。なんかいろんな意味でひでえ。ドレ氏、シシャルちゃんを都合よく使いすぎだろ。ちゃんと見合った対価払っているのかよ」

「できていたら、公的権力後ろ盾にしてまで逃げられなかったはずだ」

「なんで理不尽な追い出しが後ろ盾になるんだよ? なんかおかしくね? どんだけ心証悪化させたらそうなんの?」

「カユの邪霊問題と寝相問題だ。それさえなんとかなれば……」

「いやたぶんそれだけじゃねえよ、あんたらの問題」

 勇者に哀れむ目を向けられたことが、本日最大の失敗だった。
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