神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第二章

23 拾いものと治療魔術

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 シシャルが二人背負い、勇者が一人背負ったまま、暗黒の森に入って野営地に向かう。
 今日は多数の冒険者が魔物を狩りまくっていたからか、魔物は出なかった。

「ニクス。治療して欲しい人がいるんだけど、大丈夫?」

「ん……? まだ夜中だけど、なにがあったの」

 寝ぼけ眼でもふもふもちもちな抱き枕もとい虫を抱えて出てきたニクスは、草の上に寝かされた魔族二人を見ると、思いっきり困惑顔を見せた。

「マスター。いったい何を拾ってきたのかな」

「行き倒れ魔族。たぶん、魔族ってばれて町の人に攻撃されたんだよ」

「いや……町の一般人程度が魔族を傷つけられるとは思えないし、仮にできたとしたらトドメを刺されていてもおかしくないような」

 言われてみれば、そうだ。
 人間にどんなに似た姿であっても、魔族に人権は認められていない。
 殺しても罪に問われない。

 だからこそ、魔族の血筋疑惑がある闇属性にもほとんど人権がないわけだ。

「事情は起きてから聞くか。この人たちが悪である可能性は?」

「ないと思う。この男の人、私にニクスを会わせてくれた恩人だから」

 ニクスはしばしシシャルと男性を交互に見た後で、思案げになり、最後には盛大に肩を落として何かあきらめたように目を伏せた。

「な、なにその反応」

「マスターは知らなくていいことだよ。でも、念のために、魔族以外のここにいる全員と全部の持ち物に防御の術をお願いね。もちろん、この子たちにも」

 シシャルに抱き枕状態の虫を渡しつつ、ニクスが微笑む。
 この子、こんなに黒い笑みをする子だっただろうか。
 もしや前世で因縁があるのだろうか。

 疑問を覚えつつ、ささっと無詠唱で防御魔術をかける。
 今回は膜状だ。

「よし。勇者君と姫様もいれば戦力は充分だから、万一があっても大丈夫でしょ」

 姫はシシャルの寝床に寝かされて完全に熟睡しているのだが、幸せそうな寝顔は起きる気配ゼロなのだが、戦力に数えていいんだろうか。

「聖剣持ってきてねえんだけど」

 勇者の聖剣と勇者装備は、昼間はほぼ分からないが常に淡い光を放っている。
 真夜中には目立つ。
 聖剣も同様だ。
 なので、今も剣も防具も身につけてはいるが地味なものだ。

「戦力は十分の一以下かな。ま、大丈夫でしょ」

「そこまで弱体化してねえし。聖剣と勇者装備が本体ってのはちょい心外だ」

「勇者の聖剣の特性を利用して無茶な振るい方ばかりしていない? 久々に普通の剣で訓練したらなんか変な癖がついていたと自覚して愕然としたりしてない?」

 そんな言葉に勇者はすうっと目をそらし、「んなことねえよ?」とごまかした。

「マスター。いざって時はマスターが頼りになるから、油断せず警戒するように」

「わかったよ……。恩人でも状況分かんなかったら暴れかねないもんね」

 ニクスはそんな納得の仕方に少し不安を持ったらしいが、治療魔術を開始した。



 呪われてさえいなければ、と注釈がつくが、治療魔術は理論上どんな怪我でも癒せる。
 怪我をした時期や傷の深さによって難易度が異なるし、状態に合わせて術式を変えた方が効率的というが、一番簡単な治療魔術でも魔力消費と必要時間を度外視すればたいていの傷を治せるという。

 ニクスが使う治療魔術は、傷の状態に合わせたものだ。
 効率的だから魔力消費も必要最低限で済む。
 そのかわり、術式を覚える手間が膨大で、繊細な魔力操作も必要という。

 糸紡ぎしながら魔力を込めるのは魔力操作の練習にもなるから、繊細な糸を作れる者は治療魔術の実力も高くなりやすいのだとか。

 本人の自称だが、ニクスは最高峰の治療術師でもあるのだそうだ。



「これでよし。……こっちの女性の傷、いったい何があったんだろうね。ものすごく強力な剣で顔の皮を剥がれたみたいなひどいものだったよ。鼻の再建は、さすがにこの場で即興は無理だから、皮膚の再生でとどめるしかなかったのがちょっと悔しいな」

 さらっとした説明だったが、怖気が走った。

「鼻削ぐって、魔族だからって、女性相手にひどくねえか……?」

「そうだね。かなり古い傷だったから、十四年前の事件の被害者かも」

 十四年前の事件と言われても、シシャルにはぴんとこない。
 ふわふわ様の教える知識が偏っているせいで、数百年前の歴史には詳しいくせに最近のことには疎いのだ。

 しかし、勇者には思い当たる節があったのか、苦い顔になっている。

「あと、呪いってわけじゃないから治療魔術に影響はしなかったけど、障気に似たものが身体の中でよどんでいるね。身体に悪いから、マスター、解呪しちゃってくれる?」

「え。障気って、邪悪属性に染まってよどんだ魔力、だよね? 解呪でいいの?」

「え、待て待て待てっ、あんた解呪使えんのかよっ?」

「無属性術式に限るけどね。お世話になった人が呪われてたから解くために覚えたの」

 ディールクおじさんがかけられた呪いは何種類もあって、弱いものはシシャルがいるだけでいつの間にか消えたそうだが、強力なものは若干弱まる程度だった。

 そんな強力な呪いは付け焼き刃じゃどうにもならず、解くのには苦労したものだ。

「お世話になってた人が呪われてたってどーゆーこと?」

「暗黒の森の深部の魔物にやられたんだって。古傷の上に呪いが巣くってたの」

「いや、あの、暗黒の森の深部の魔物? え、深部に行ける実力者?」

「隣国貿易の護衛中に怪我したって言ってたよ」

「超凄腕じゃんそれぇっ? 俺みたいな神殿に都合がいい中で最強なんてのじゃなく本気で最強な奴じゃんか……っ。そんな人が呪われるって、暗黒の森の最強格って……。つうか邪神ってそれより凶悪ってことでは? え? 俺大丈夫? 神の加護とか守護竜の加護とか精霊の加護とか持ってないけど勇者の聖剣さえあればなんとかなる案件なのこれ?」

 青ざめてがたがた震え始めた勇者をそのままに、魔族たちに向き直って解呪を始める。

 解呪は空間や体表面に対してなら複数同時に可能だが、体内の解呪は一人ずつ。
 ニクスの指示で、まだ浸透が軽いという女性の方から解呪を行う。

 今回の解呪は魔力こそ多く使わないが、もやもやっとしたよく分からない煙を魔力でこし取って集めつつ浄化して捨てるような感覚で行う。

 悪方向に染まった魔力を無属性化しつつは共通だが、刻まれた術式や打ち込まれた呪いの芯を取り除けばいい通常の解呪と異なるため、高い集中力を必要とする。

 呪おうと思って呪ったものより、偶発的にそれっぽい効果になったものの方が、基本的に解呪難易度は高い。
 弱いものなら解析も繊細な魔力操作もなしでごり押しできるが、今回はそれが不可能な程度には強力だ。
 通常の呪いのように既存の術を動かしておけば自動でやってくれるわけじゃないから、手動で取り除かなければならない。

 じっとりと汗をにじませながらも解呪を続けるうちに、空が白み始めていた。



 ニクスに用意してもらった温かいお茶を飲みながら一息つく。

「超絶技巧の解呪ってすげえな……。マジでなんであんた闇属性なん?」

「知らないよ。あれ、解呪ってもしかして使える人少ない?」

「少ないな。解呪なんて聖女候補上位者や高等神官でも使えない奴ざらだぜ? 聖女だったら選定条件に解呪も加わるから全員使えるけどよ、一番簡単なのでも使えることには違いねえってごり押されること多いらしいぜ?」

「そんな稀少さがあるからこそ、神殿での解呪は時価なのですわ」

 寝癖頭で出てきた姫は、世話してあげなきゃ駄目な子という雰囲気が全面に出ている。
 シシャルより十歳は年上のはずなのだが、どこか隊長に通じるものがある。

「今の神殿がものすごい拝金主義で、むしりとれるだけむしり取ってやろう魂胆があるのは否定しませんが」

 そういえば、ディールクおじさんも、ただの傷の治療なら可能な金は持っているが、解呪を伴うと下手したら通常治療の百倍以上の金がかかるから全然足りないと言っていた。

「そ、そういえば、私が解呪できるのは隠しとけって……。今回のこと、見なかったことにしてもらっていいかな?」

「かまわねえけど……つうか黙ってる以外になくね? どうせ誰も信じねえし」

「あなたが光か神聖属性であればわたくしの技術を伝授しましたのに……っ」

 二人の反応はだいぶ違うが、なんかペテン使ったのではと疑う様子は皆無だった。

 こいつなら何ができてもおかしくないという、信頼にも似た何かがある気がするのは、気のせいだろうか。





 魔族二人が目を覚ましたのは、姫の髪をすいて結ってまとめ終わった頃のこと。

 二人とも、知らない場所で寝かされていることに驚愕して戦闘態勢をとろうとして、勇者と姫の姿に気づくと顔をひきつらせた。

「な、なぜ、勇者と姫が」

 どうやら、魔族にも二人の顔は知られているらしい。
 それとも、この二人、町でひっそり暮らしていたのだろうか。

「なぜも何も、行き倒れてたあんたらを見つけたのは俺だぜ?」

「は? な、なぜトドメを刺さない。正体に気付いていないわけでは」

「さすがになんもやってねえ魔族を攻撃するほど魔族憎しじゃねえし」

「はっ。何もやってない? は、はははははっ。勇者の目は節穴か。俺がただの魔族に見えるのか? 悪魔に落ちたこの――、あれ?」

 恩人が魔族だったのには驚いたが、別れてから何かあったんだろうか。
 覚えている印象とだいぶ違う。
 前は落ち着きがあって頼りがいのある人だった気がするのだが。

「ちょ、ちょっと、どういうことよっ。顔が、顔が治って」

 女性の方は包帯を外してぺたぺたと顔を触りながら震えている。

「そっち驚く前に他に驚くことあるだろぉっ?」

「他に何に驚けとっ? どんな解呪師でも太刀打ちできなかった聖剣の呪いが、あの醜い傷跡が消えているのよっ? 鼻は治ってないけどもっ、でもぉっ」

 顔の傷、聖剣によるものだったのか。
 まさかこの勇者の手によるもののはずもなし、先代か先々代の勇者の仕業だろうか。
 先代勇者はひどく性格の歪んだ奴だったというし、あり得ない話とはとてもじゃないが言い難い。

「あれ? 聖剣の呪いなんて解いた覚えないんだけど」

「そもそも聖剣に呪いなんてあったか? ま、まさか、俺が使いこなせていないだけ?」

「呪いは常に邪悪属性ですわ。神聖とは相反するもの。両立なんてあり得ませんのよ」

 姫の言葉に勇者は納得顔をした後、首をひねった。

「呪い、というのは語弊があったかしら」

 魔族の女性はすっと居住まいを正し、まっすぐに勇者を見据えた。

「強すぎる光と神聖の魔力でもって、傷の治りを阻害する呪いと同様の効果を与えるのよ。治癒魔術の効きも極度に悪くするわ。厳密には呪いじゃないから解呪はできないし、強固すぎて自然に消えることもない。忌々しいものなのよっ」

「そんな呪い? が、なんでいつの間にか消えてるんだ?」

「知らないわよっ! 理由分かるならとうに救われているわよっ!」

 涙を散らしながら叫ぶ女性魔族は、いろいろ訳ありで追いつめられていたようだ。

「あ、後でこの報いはきっちり受けさせてやるから覚えてなさい!」

 恩人に向けるものと思えない言葉を吐き捨て、女性は暗黒の森の中に消えていった。

「あの人、何者なんだ? 魔族さん?」

「……散々俺の復讐邪魔しやがって。気絶したのだっててめえらの仕業だろうが!」

 魔族の男性は怒り心頭過ぎてぷるぷる震えながら勇者を指さした。

「えー……。俺ら何もしてねえよ。邪霊除けのために町歩いてただけだよ」

「ふざけるな! しらばっくれるな!」

「あ、あの。魔導師様……? お久しぶりです」

「あ? あ……、あぁーっ! そういうことかよちくしょう! 覚えてやがれ!」

 魔族の男性はシシャルの顔をまっすぐに見たかと思うと、女性魔族の後を追うように走り去っていった。

「え、なんで? 私なにかした?」

「しらねえよ……」

 残されたのは、状況を理解できなすぎて神妙になった空気だけだった。



 訳が分からないながらも状況を整理することしばし。

「なあ、ニクス。もしかしてこいつっているだけで聖剣の呪い解いちゃったりする?」

「かもね。光はともかく神聖属性には割と優位に立てるし」

 勇者とニクスがそんな会話を始めた。
 こいつら、シシャルをなんだと思っているのか。

「ほんとになんで闇属性なん? いや、そもそも人間?」

「マスターは半分は人間だよ」

「半分ってなにっ? この間もほんとに魔物に襲われるか半信半疑だったよねっ?」

 前世の記憶が戻ってからのニクス、シシャルに対する評価がわりとひどくないか。

「あー、うん、マスターのぶっとびは時々人外だから、ね」

 ニクスに目をそらされた。
 そんなに言い難い真実か何かを知っているのか。

「ま、まあまあ。解呪できる奴に悪い奴はいねえっつうし、な?」

 なぜ勇者が冷や汗だらだらで慰め側のような態度をとっているのだろう。

「もしかすると、あなた、闇属性なおかげで命拾いしたかもしれませんわよ。今の神殿に高等な解呪術使えると知られたら、あまりに稀少すぎて幽閉されかねませんもの」

 神妙な姫の言葉にさらに困惑させられる。

 底辺の底辺でぼろ雑巾とどっちがいいのか、幽閉生活など想像もできないシシャルには判断が付けられない。
 とりあえず衣食住の心配はないんだろうか。

「唐揚げは食べられる?」

「は? からあげ? ……い、いいえ。唐揚げに限らず、神殿は原則肉食禁止ですの。いろいろ理由をつけてみなさん召し上がっているようですけれど、外食に限るのですわ。稀少価値ゆえに捕らわれて大切すぎて幽閉されるような方は、きっと、神殿内の塔にでも入れられるのでしょうし、神聖とされる食物しか口にさせてもらえないでしょうね」

「そういや、親父、たまに家に帰ってくると食べたいものは肉しか言わなかったな。神殿の食堂じゃ肉料理出てこないからとか言ってた」

「肉のない暮らしなんて、生きる意味の大半が消える……っ」

 闇属性で良かったと、初めて思った瞬間だった。
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