神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第三章

9 最強冒険者偽銀の疾風の忘れ形見(自称) その1

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「シシャルちゃんシシャルちゃん!」

 昼食後に自分の部屋でくつろいでいたら、勢いよく扉が開けられた。

 この小屋に廊下はなく、玄関から隊長の部屋に行くにはシシャルの部屋を通らなければいけないから、鍵をかけるわけにいかない。
 そもそも鍵はついていない。

 なので、自分の部屋ではあってもすべて自由とはいかないのだが。

「私がいる時は扉叩いて返事があってから入るようにって、言わなかったっけ?」

「そんな悠長なこと言ってるひまないのですよっ」

 焦ってはいる様子だが、危機ゆえの緊急性があるという方向性ではない。

 目をきらっきらさせている。今にもぴょんぴょん飛び跳ねそうな動きをしている。
 長い三つ編みがしっぽのように揺れまくっている。

「偽銀の疾風の忘れ形見というとても美しくとても強い冒険者様が町に滞在していらっしゃるそうなのですよ。武者修行の途中なのだそうです」

 隊長、ちょっと落ち着いてきた。
 が、今にも外に出ていきたそうにうずうずしている。

「偽銀の疾風ってなんだっけ」

「わたしの憧れの第一級冒険者様ですよぅ! 細身の双子剣を振るい、その素早さはもはや神速、銀の残像は見る者を魅了する……っ。とてつもない美形でもあったそうなのです。きっと、どこに出しても恥ずかしくない紳士で、さわやか好青年なのです」

 隊長、ひらひらの服とかわいい飾りと切れ味のいい剣以外にもけっこう食いつくものが多い。
 今までそんなに目立たなかったのは、暮らしが厳しかったからだ。

「そんな人いるんだ。ところで、忘れ形見ってなんだっけ?」

 温度差が激しい。
 が、仕方ない。
 シシャルは他人に関心を持つことがあまりない。

「親の死後に遺された子供を指す言葉の一つですね。偽銀の疾風の死亡は確認されていませんが、生存は絶望視されているのですよ。結婚していたという話は聞きませんが、冒険者は結婚せず子供を作ることも多いそうなのです。貴族では言語道断ですが平民ではそんなに問題にならないそうですよ」

 隊長、ものすごい早口だ。
 練習したかのように淀みがない。

「と・に・か・くっ! 町の中は冒険者様の話で持ちきりなのです。なので買い物を途中で切り上げて急いで帰ってきたのですよ!」

「ふーん。その忘れ形見が町にいると何かあるの?」

「大ありですよ! なんでシシャルちゃんには伝わらないのでしょうかっ。あーもーっ」

 興奮しすぎてぴょんぴょん飛び跳ねては三つ編みを揺らす隊長と裏腹、シシャルはまったく関心を持てない。

 つい先ほどまで、お昼の煮込み残っちゃってるけど同じまま出すと文句言われるからどう味付け変えるか他に何を作るかとぼんやり考えていて、今もそちらに思考が持っていかれそうになる。
 それと、昼寝の習慣はないが昼寝の時間帯なので、少し眠い。

「あのですねっ。シシャルちゃんは見た目の美醜には興味ないかもしれませんが、冒険者様とお近づきになれれば、偽銀の疾風直伝の何かすごい技術を伝授していただけるかもしれないのですよ。戦闘技術ならシシャルちゃんも興味あるでしょう?」

「戦い方はおじさんに教わってるし、それで間に合うし」

 やる気皆無なシシャルの言葉に、隊長がかなりむくれている。

「どのおじさんですか。シシャルちゃん、そう呼んでる知り合い多いですよね?」

 近所の畑のおじさんが複数に、肉屋の専属狩人のおじさん、肥料屋のおじさん、隊長好きのおじさん複数。
 名前知らないし具体的に誰と分かるようにしても得はないので、おじさんと呼べる年代の男性はだいたいおじさん呼びしていた。

「ディールクおじさんだよ。隊長さんたちと会う前にお世話になった人」

 最初は掃除の仕方を教えてもらって、町での生活の基本やコツも教えてもらって、だんだんと、モツの下処理とかおいしい肝臓の選び方とか、タダ食材の調達方法とか、タダ食材でいかに美味しく自炊するかとか、いろいろ教えてもらった。

 いなくなってしまった後は、燃料確保の問題で頓挫し、生で食べられる物しか口にしようがなくなり、調達自体も困難になり、教えを生かせず衰弱していったわけだが。

「その方って、怪我をして討伐業引退したのでしたっけ」

 隊長は納得してくれた様子だ。
 が、不服そうではある。

「もっと役立つすごい技術を教わりたいと思いませんか?」

「役立つ技術ならけっこう知ってるし。装甲トカゲの急所とか、いざという時は木の枝で魔物を倒す方法とか、障気だまりのよけ方とか、魔族と会った時に敵視されないあいさつの仕方とか、暗黒の森で保存食切れた時に食べられる果物の見分け方とか、竜が喜ぶお供え物とか、竜が喜ぶなで方とか、子守歌代わりにいろいろ教えてもらったよ?」

「……そのおじさん、普通の冒険者なんです? って、話戻しましょう話! いえその前に着替えなきゃ! シシャルちゃんも出かける準備するんですよ!」

 そして、なぜか精一杯着飾った隊長に引っ張られ、偽銀の疾風の忘れ形見とやらに会いに行く羽目になった。



 移動中の隊長説明によれば、偽銀の疾風は銀髪は銀髪なのだけどちょっと暗めで、純銀よりも偽銀として紛れ込む金属の方に似ている色で、そのことから偽銀と呼ばれ、風のように戦うことから疾風と呼ばれた冒険者という。
 とんでもない美形でものすごくモテる男だったが女性関係はとにかくダメダメで、泣かせた女は星の数とか。

「とにかく、わりと大きな欠点はあるけどすごい人ではあったのです」

 町中は、途中まではいつもと変わらない様子だった。
 が、中心部に近づいてくると、人の姿が減り始める。
 なんで人がいないのかと思いつつも隊長の後を歩いていくと、なんでこんなにと驚くほどの人だかりが中央広場近くにできていた。

「まだ帰ってなかったのはうれしいですけど、さっきより人が増えてますよぅ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねたところで、隊長の身長では大人たちの背丈を超えて中心をうかがうなどできない。
 隊長好きもこの場にはいないか、あるいはいても隊長の存在に気付いていないかのようで、助け船もなかった。

「うぅ。見えないです。お願いです、肩車してください」

 貴族的に肩車はいいんだろうか。
 小さな子供を肩車して見せてあげている親がちらほらいるが、彼らはみんな平民だし、肩車してもらってるのはズボンをはいた子だけだ。

 隊長はひらひらスカート姿なのに、大丈夫か不安になる。

「後で後悔しても知らないよ」

 子供が子供を肩車したってそこまでの高さにはならないが、視線の高さはかろうじて他の人の頭の上になるだろう。
 重量軽減とかいろいろ魔術使って安全性を確保してから、隊長に背を向けてしゃがみ、肩車して立ち上がった。

「おぉーっ。これが背の高い人の視界ですかぁ。遠くがよく見えますね。うわぁー、すごーい。あ、ちょっと右に行ってください右。おぉ、ドレがいつも言ってたのはあれ」

 目線が高くなったこと自体に感動していらっしゃる様子だが、普段の買い物で見えなかったものが見えて喜んでいるようだが、目的を思い出してほしい。

「隊長さん? 目的の人は見えた?」

「え? えーっと、あ、見えました。すっごくかっこいいです。きゃぁっ、目が合いましたよぅっ。ドレより美形ですねぇ、とてもよく剣が似合っています」

 うれしさのあまりだろうが、全力で手を振りながら身体を揺らさないでほしい。
 そして、フードの上から髪をつかんだりぱしぱし叩いたりもしないでほしい。

 単に興奮しているだけで攻撃の意図はないのだろうし、防御魔術使っているので痛くもないのだが、嫌なものは嫌なわけで。

「もっと前に行けませんか? お話ししてみたいです」

「無茶言わない――」

「カユシィーちゃんも見に来てたんか! おーい、カユシィーちゃん通してあげようぜ」

 どこの誰か知らないが隊長好きの余計な助け船のせいで、肩車継続となってしまった。



 人垣をかき分け最前列に到着するまでに、隊長好きのみなさんの協力があっても数分かかった。
 新しく楽しい話題が乏しい町だ、何かあると人が集まりやすい傾向はある。

 今回も、隊長のように熱狂的な人よりも、ヒマ潰しや流行の話題に乗っかるためといった人の方が多そうだ。

「隊長さん。忘れ形見さんって、似てるの?」

「んー……。まったく分かりません……。本名もまったくと言っていいほど広まっていなくて、冒険者の似顔絵版画を見ても誰のことやらさっぱりでしたし」

「そういうものなんだ」

 話をする間に、青年の従者だかなんだかの指示で人だかりが遠ざけられる。

「では、人も集まりましたし、剣舞をはじめさせていただきます」

 従者の宣言、そして青年の一礼。
 人々が期待に満ちた目をしながら拍手する。

 そして、そこそこの広さの空間の中心で青年は剣を抜き、様々な型を披露し始めた。

「あぁ、なんて流麗な動きなのでしょう」

 隊長と比べればたしかに優れた技術だ。
 実戦に向くかは分からないが。

「きっと魔物討伐でもすごいのでしょうね」

「そうかなぁ。あの程度ならおじさんもできてたよ?」

 古傷と呪いのせいで動きが鈍っていたおじさんでもできる程度。
 つまり特別秀でているわけじゃない。おじさんの場合はすぐに疲れて座り込んでいたが。

「あの鋭い動き、風を切る音っ。しびれますねっ」

「そうかなぁ。本当にすごい人は無音で斬って遅れて衝撃が音になるって言ってたけど」

 今の俺じゃ無理と言われ、実演してもらったことはないが。

「ほら、あの動きっ。まるで舞うようでうっとりするくらい美しいではありませんか」

「そうかなぁ。魔物と戦うには無駄が多いと思うけど。森の中だと枝に引っかかりそう」

 認識阻害で正体ばれないのをいいことに、小声だが言いたい放題していたら、隊長に上からにらまれた。
 ついでに、声が聞こえていたのだろう数名にもにらまれた。

「どこの誰か知らんが、それだけ言うならお手合わせしてみてはどうかね?」

「えー……。勝っても何も出ないんでしょう?」

 気に食わないことを口走る生意気な奴に痛い目見せたいだけの人々に、報酬を用意する気概はない。
 シシャルが勝つなんてかけらも思っていない。

 逃げられないようにと言わんばかりに囲まれる。
 隊長はシシャルの頭をぱしぱし叩きながらも青年の剣舞に見入っている。

 仕方なく、シシャルも観衆の一人となった。



 青年は一心不乱に剣を振るい続け、数分。

 一通りの型を披露し終わったのか剣を鞘に戻すと深々と一礼した。

 わあっと歓声が上がり、拍手喝采の中で投げ銭が雨のように降り注ぐ。

 小銅貨が大半だから枚数の割に稼ぎは少なそうだが、数分の剣舞でかつてのシシャルの数日分の稼ぎをあっという間に超えるのはなんか釈然としない。

 手を振って応えるのも一区切りとなったところで、青年はこちらの一角を見て首を傾げた。

「おや、どうしたのですみなさん。私の剣、お気に召しませんでしたか?」

「いや、すげえと思ったぜ」

「この娘さんが冒険者さんより強いなどとのたまうもんで。ならば手合わせしてみたらどうかと言うとったのでっせ」

 隊長好きではなく面識もない、おそらく冒険者なのだろう男たちがにたりと笑った。

 たぶん、シシャルのセリフがあってもなくても突っかかる気だったのだろう。
 剣舞はすごいが戦えるのかとか本職冒険者の実力見せてやるとか。

 そこに、都合のいい身の程知らずが現れた。
 まずこいつを戦わせて様子見しておいて、倒せそうな実力なら真打ち登場とばかりに挑む魂胆か。

「ほう……。自分の実力を過信している駆け出しといったところかな。実力をわきまえさせることで後々の危険を取り除くのは先輩冒険者の務め。引き受けましょう」

 青年は美形によく似合う笑顔で、そこに嫌みは欠片もない。善意しか感じない。

「実戦形式ですかっ。じっくり観察して学ばせていただきます!」

 助け船出す気皆無の隊長は思いきり目を輝かせていた。

 なんにせよ、引き下がるのは難しいか。
 口は災いのもととはよく言ったものだ。

 しかし、子供が子供を肩車している構図になぜ何も言わないのだろう。
 認識阻害は『ここにいるのは闇属性のシシャル』を分からなくするだけであって、身長体格まで分からなくなる術ではないのだが。

 隊長を下ろす時も、広場から一番近い訓練場に移動する時も、何も言われなかった。
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