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第五章
2 この地に厳冬はないけれど 重いお見送り
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吐く息が白くなり、守護竜たちが寒さに文句ばかり言うようになり、桶にたまーに薄い氷も張るようになる頃、年末年始の準備が始まる。
シシャルにとっては、一番憂鬱な時期だ。
鶏の半身揚げを買うために攻防を繰り返している親父は屋台ごと撤収してしまうし、他の屋台も年末年始休みに入るところが少なくないし、町中に光属性の品物があふれるようになるし、いつも以上に闇属性への目が厳しくなるし、隊長は町の飾り付けに憧れてこっそり光属性の飾りを収集し始めるし、怖いもの知らずな子供たちが光属性の魔力結晶をどこからか持ってきて投げつけてくるし、新年にしか飾らない太陽石なる光属性の光る石を振り回してくるし、いろんな意味でつらいのだ。
今年が終わるまであと十日ともなると、勇者と姫も帰省してしまう。
「たぶん、いや絶対生きて帰ってくるから、帰りが遅くても神殿吹っ飛ばさないでね?」
しかし、今年の別れは妙だった。
防寒着姿の勇者は少しひきつった笑みを浮かべて、冷や汗もたらしている。
「勇者のために捨て身の攻撃なんかしないよ。困るのは主に隊長さんで、精神すり減らすのは副隊長さんだからね」
と言いつつ、どっさりとお守りだの魔術符だのを詰め込んだ袋を渡す。
「でも、ディールクおじさんの二の舞にはしないから安心してね。あの頃とは比べものにならないほど品質のいいものをすごい量入れたから。私が作れる一番すごいお守りも入ってるから。動力用の魔力結晶も入ってるからね」
この会話、防音してある。
魔力結晶は普通に買うと高価なものだ。
「お、おう。重い……。あ、いや、ありがとな。大事に持っとく」
「勇者君、僕からも無事を祈るよ。マスター、これで帰ってこられなかったら国滅ぶんじゃない? というくらい入れてたから。お願いだからこの子の精神に致命傷与えないでね。勇者君のことはなんとも思ってないけど、知り合いにお守り渡したのに行方不明がまたあったらなにやらかすか」
ニクスは時々シシャルに対する認識がおかしい。
「お、おう。……使う機会なんてないと良いなー」
「あ、そうそう。おみやげには聖都のおいしい食べ物お願いね。空間圧縮できる封印保管庫入れておいたから。できれば鶏料理の種類が豊富だとうれしいな。それがお守りの代金代わりでいいから。いっぱい詰め込んできてね」
「おう。おう……」
年末年始で帰省する勇者は、どこまでも遠い目をしていた。
「あ、でも、全部で大銀貨一枚くらいでいいからね。高級料理食べたいわけじゃないから。あ、前回の帰省で買ってきてくれたクロケー? とかいうお芋と肉を混ぜて揚げたものも多めで」
あれはおいしかった。
名前はうろ覚えだが、それは店によって多少呼び方が違っていて、どの店がどれだったかを覚えていないせいだ。
「おぉう……」
「え、高い? それじゃあ、小銀貨三枚くらいでも……」
「勇者君の目がいっちゃってるのは、逆の理由じゃないかなぁ」
それだと、安すぎると言っているように聞こえるのだが。
「で、でも、おみやげの食べ物に大銀貨一枚相当要求って贅沢すぎない? 面の皮厚すぎない? 聖都って物価どれくらい高いんだっけ。屋台飯も小銀貨一枚くらいするわけないよね? 海辺の屋台はちょっと高いくらいだったし」
ペンギンの綿毛採集は、距離が距離なので毎年恒例にはなっていない。
シシャルは二回行っただけだ。
魔族は闇属性以外で認識偽装使える者が持ち回りで行っているらしい。
「封印魔導具は貸し出すだけだし、元手タダだし、時給中銅貨三枚相当だったら、妥当……じゃない? ごめんなさい最初のはぼったくりすぎました」
時給基準は土地によっていろいろだが、最辺境のこの町では時給中銅貨三枚くらいが平均的だ。
日給月給もそれを基準にされている例が多いという。
「……素材を手に入れるためにかかった時間と加工難度も考慮しよっか」
「え。じゃ、じゃあ、もっと安くしないとダメ? そうだよね、勇者の手伝い中に手に入れたとか、片手間で作ったとか、集中して仕事してる人と一緒のお金もらったら申し訳ないよね。……もう勇者の気持ち次第で適当でいいよ」
「それが一番困るよ。勇者君、とりあえずマスターが食べたそうなもの片っ端からよろしくね。怪しまれない程度に」
「おー……う」
一方、そんな勇者を尻目に姫は隊長を抱きしめほおずりしている。
「カユシィーちゃん。それぞれの家や血がどうであろうと、私はずっとカユシィーちゃんの味方ですわ。お父様やお兄様たちになんと言われようとカユシィーちゃんのために一つでも進展するような情報をつかみ取ってまいりますわ」
言葉遣いも声音も気品があるのに、なぜか姫は今日もどこか子供っぽい。
「お願いします。お父様がどのように暮らしているかの近況をちょっとだけでもうれしいので、無理はしないでくださいね」
「ええ。帰ってこられる程度にとどめておきますわ。……聖王家の力のなさは知っているもの。ここに帰ってくるのを最優先目標にしますわ」
隊長から離れてじっと顔を見つめる姿は、まるで戦いに行く風だ。
が、やはり姫はどこか幼げで頼りない。
身なりだけなら気品ある大人の女性と言ってもいいのに。
そんな姫にもシシャルはお守りその他諸々の入った袋を渡し、二人が聖都行きの乗り合い馬車に乗り込むのを見届ける。
(ディールクおじさんを見送る時もこんな感じだったけど……今回は大丈夫。守護竜様の鱗の欠片使った最高級身代わり守りも百枚ずつ入れたし)
防御の魔術符は守護竜の全力しっぽ打ちに耐えた。
守護竜魔術でもっとも破壊力があるという魔力砲にはどの魔術符も耐えられなかったが、身代わり守りによって防御対象は無傷で済んだのだ。
これでダメなら死因は破滅的な天変地異しかないんじゃないか、と、ニクスもふわふわ様も言っていたのだ。
なので、シシャルは安心して家路についた。
翌日、シシャルが魔物討伐から帰ってくると、隊長が庭でくるくる回っていた。
「あ、シシャルちゃん。おかえりなさい! 猫、とうとう猫を手に入れたのですよ!」
毎月のお届け物、というよりは一足早い新年の贈り物か。
見せびらかしにきた隊長の手には、本物と見紛うような精巧な大きさと毛並みの猫ぬいぐるみが握られていた。
ただし重さは猫じゃなくぬいぐるみ基準らしい。
(猫のぬいぐるみでいいなら、もっと早く解決していたのでは)
そうは思うが、一瞬本物かと疑うくらいふわふわで猫らしい形で愛らしいぬいぐるみなど、最辺境の地にあるはずもなく。
それ以前に、ぬいぐるみという概念を知っている人がどれだけいるか。
子供のおもちゃとしてぬいぐるみが定番なのは、一定以上の金を持つ貴族だけらしい。
「ぬいぐるみなのにあったかいのです。それに、ここを軽く押すと、にゃーって鳴くんですよっ。すごいでしょうっ」
隊長がお腹の辺りを押すと、本当に「にゃー」と本物っぽい声で鳴いた。
「このあたりをなでるとごろごろ言うんですよ。かわいーですぅ」
『(動物の毛並みのような質感の布を知り合いの知り合いの知り合いが手に入れてくれたので、隊長さんの母親が一ヶ月かけてぬいぐるみを作ったんだよ。ちなみに、温かいのも鳴くのも、そういう魔導具入れてるから。……本物の造形の再現にかなりの時間を食ってしまい申し訳なかった)』
「(ふわふわ様は悪くないよ。猫神霊様が発端ではあるけど、呼んだのは隊長さんの母親でしょ。……あ、いや、監督不行き届き? ってのになるの?)」
『(年中溶けている私が人を監督するのは困難だけど、そういう感覚だね)』
猫ぬいぐるみをなで回して至福の笑みを浮かべる隊長は、それはそれはかわいいものだ。
勇者なら可愛さにもだえすぎて七転八倒間違いなし。
姫なら思わずぎゅっと抱きしめてほおずりしていただろう。
しかし、勇者も姫も帰省済み。
この場にはシシャルと隊長とふわふわ様しかいない。
「本物の猫は一緒に森には行けませんけど、この子ならいつでもどこでも一緒にいられるんですよ。お母様もたまには粋なことをするのです」
「そっかー。よかったねー」
できるだけ共感している風を装いたいが、心が一切こもらなかった。
(これで猫騒動は解決、だといいなぁ)
その時のシシャルの目は、ちょっとうつろだった。
年末になると、一般の店が年末年始休みになるのに供えて生活必需品と食料の買い出しを行い、大掃除を行い、そして新年のための飾り付けをする。
「おい、ぬぁんでてめーら闇属性より綺麗にできねーんだ!」
『(魔術使えない一般人には無茶ぶりではないかなぁ)』
町の中心部は飾り付け完了間近だが、端の方になるとまだまだ掃除中だ。
「って、闇属性! 見てるなら掃除しろや! 町が汚れるのも綺麗にならないのもテメーのせいなんだぞ。尻拭いくらいきっちりしろや」
年末になると、こういうのがよく湧く。
底辺の人間たちは、年末年始になると一般人との格差をより強く感じやすくなり、みじめさが増すのだ。
シシャルもそういう時期があった。
年齢と体格と属性の違いがあって、シシャルは常に食ってかかられる側だったが。
「いや、私似てるらしいけど別人なので」
本人だが、認識阻害術で正体不明になっている。
存在には気付かれるが誰だかは分からない方向性だ。
「……ちっ、似てるけどたしかに違うな。とっとと行けや」
使っててよかった認識阻害。
一年で一番使用頻度も必要強度も上がるのが年末年始。
(不自由なく動けるようになったけど釈然としないのは変わらないなぁ)
それでも、年末年始はいろいろと動かなければならない。
今年も底辺脱出できなかったのは闇属性のせいだとか、年越しの資金が足りないのは闇属性のせいだとか、怪我や病気が治らなくて仕事に復帰できなくて年末年始もひもじいのは闇属性のせいだとか、年末なのに倅が帰省してくれないのは闇属性のせいだとか、いろいろ理不尽な逆恨みを受けて攻撃されやすいのだ。
勇者と姫が不在なのも相まって、この機に乗じて今度こそ本性現して凄惨な事件起こすのではなんて噂も飛び交うから、火消しが非常に面倒くさい。
「ただいまぁー」
夕方にようやく本日の火消しが終わり、帰宅する。
夜は夜でいろいろ起こるが、主に夜間の襲撃への対処となるので敷地内にいた方が都合は良い。
「おかえり、マスター。大量だね」
ニクスは物干し台の近くにいた。
作業中のようだ。
「……うん。でも唐揚げないんだよね。いつも行く地域じゃなかったから」
妖精さんへのささやかな感謝は基本的に食料だ。
「滅多に行かないところにも噂広まってるんだね……。大丈夫かなぁ」
不安そうにしっぽを垂れさせつつも、綺麗な群青色の布を干している。
恐ろしく長い。
いつの間にか、敷地の半分くらいがシシャルとニクスの趣味や実益のために使用されている。
物干し台が増えたのは居候が増えて洗濯物が増えたせいもあるのだが、ニクスが五人を職人の道に引き込もうと様々な体験会を行っているせいでもある。
「その布、乾かしたらどうするやつ?」
「あの子たちの服を作ろうかと思ったんだけど、不評だったから売るよ」
「そんなに綺麗な色なのに? 夕方だからそう見えるだけ?」
「綺麗な色の布ではあるんだけどね。子供の目には魅力がないみたい。地味、可愛くない、暗い、年寄り臭い、って言われたよ。どんなに良いものでも気に入ってもらえなきゃ意味ないから、この布はフルト君経由で売って、そのお金で子供服専門職人から購入することにしたんだ」
若干複雑そうだが、怒っている様子はまったくない。
「僕は大人の儀礼用の服が専門だから、子供服には縁がなくてね。子供が好む色使いも形もまったく分からない。こういうところは変な意地を張っても良いことないでしょ?」
言いながら、どこまで長いんだと驚愕するほど長い布を干し続ける。
「ねえ、ニクス。そんなに長い布織ってたの」
最近のニクスは朝から晩まで自室のような作業部屋のようなところにこもり、夜だけシシャルの部屋にこもる暮らしをしている。
生き生きとしているから、精霊の身体の構造は生身とは異なるから、口を挟むのも難だが、生身の人間なら倒れていてもおかしくない。
「あぁ、うん。でもこれは平織りで無地だからそこまで手間じゃないよ。同じ長さでも、マスターの服に使ってる布の百分の一以下の時間しかかかってないからね」
この精霊、シシャルに使う布だけ熱の入れ方が尋常じゃない。
以前、フルトさんに相談したら、「長様は神々しいものに弱いから」と笑っていた。
なんでも、生前の彼の最後にして最高の傑作は強大な力ある美しい竜人の依頼を受けて作り上げたもので、今のシシャルの服など足元にも及ばない極上品だったそうだ。
「帰ったって伝えてきたら? 隊長さんは気付いているだろうけど、いちおうね」
「あー、うん。行ってきます」
猫問題はぬいぐるみで解決してくれたが、邪霊恐怖と寝相問題はそのままだ。
実家の件が片付くのが先か、邪霊問題片付くのが先か。
誰にも分からない。
シシャルにとっては、一番憂鬱な時期だ。
鶏の半身揚げを買うために攻防を繰り返している親父は屋台ごと撤収してしまうし、他の屋台も年末年始休みに入るところが少なくないし、町中に光属性の品物があふれるようになるし、いつも以上に闇属性への目が厳しくなるし、隊長は町の飾り付けに憧れてこっそり光属性の飾りを収集し始めるし、怖いもの知らずな子供たちが光属性の魔力結晶をどこからか持ってきて投げつけてくるし、新年にしか飾らない太陽石なる光属性の光る石を振り回してくるし、いろんな意味でつらいのだ。
今年が終わるまであと十日ともなると、勇者と姫も帰省してしまう。
「たぶん、いや絶対生きて帰ってくるから、帰りが遅くても神殿吹っ飛ばさないでね?」
しかし、今年の別れは妙だった。
防寒着姿の勇者は少しひきつった笑みを浮かべて、冷や汗もたらしている。
「勇者のために捨て身の攻撃なんかしないよ。困るのは主に隊長さんで、精神すり減らすのは副隊長さんだからね」
と言いつつ、どっさりとお守りだの魔術符だのを詰め込んだ袋を渡す。
「でも、ディールクおじさんの二の舞にはしないから安心してね。あの頃とは比べものにならないほど品質のいいものをすごい量入れたから。私が作れる一番すごいお守りも入ってるから。動力用の魔力結晶も入ってるからね」
この会話、防音してある。
魔力結晶は普通に買うと高価なものだ。
「お、おう。重い……。あ、いや、ありがとな。大事に持っとく」
「勇者君、僕からも無事を祈るよ。マスター、これで帰ってこられなかったら国滅ぶんじゃない? というくらい入れてたから。お願いだからこの子の精神に致命傷与えないでね。勇者君のことはなんとも思ってないけど、知り合いにお守り渡したのに行方不明がまたあったらなにやらかすか」
ニクスは時々シシャルに対する認識がおかしい。
「お、おう。……使う機会なんてないと良いなー」
「あ、そうそう。おみやげには聖都のおいしい食べ物お願いね。空間圧縮できる封印保管庫入れておいたから。できれば鶏料理の種類が豊富だとうれしいな。それがお守りの代金代わりでいいから。いっぱい詰め込んできてね」
「おう。おう……」
年末年始で帰省する勇者は、どこまでも遠い目をしていた。
「あ、でも、全部で大銀貨一枚くらいでいいからね。高級料理食べたいわけじゃないから。あ、前回の帰省で買ってきてくれたクロケー? とかいうお芋と肉を混ぜて揚げたものも多めで」
あれはおいしかった。
名前はうろ覚えだが、それは店によって多少呼び方が違っていて、どの店がどれだったかを覚えていないせいだ。
「おぉう……」
「え、高い? それじゃあ、小銀貨三枚くらいでも……」
「勇者君の目がいっちゃってるのは、逆の理由じゃないかなぁ」
それだと、安すぎると言っているように聞こえるのだが。
「で、でも、おみやげの食べ物に大銀貨一枚相当要求って贅沢すぎない? 面の皮厚すぎない? 聖都って物価どれくらい高いんだっけ。屋台飯も小銀貨一枚くらいするわけないよね? 海辺の屋台はちょっと高いくらいだったし」
ペンギンの綿毛採集は、距離が距離なので毎年恒例にはなっていない。
シシャルは二回行っただけだ。
魔族は闇属性以外で認識偽装使える者が持ち回りで行っているらしい。
「封印魔導具は貸し出すだけだし、元手タダだし、時給中銅貨三枚相当だったら、妥当……じゃない? ごめんなさい最初のはぼったくりすぎました」
時給基準は土地によっていろいろだが、最辺境のこの町では時給中銅貨三枚くらいが平均的だ。
日給月給もそれを基準にされている例が多いという。
「……素材を手に入れるためにかかった時間と加工難度も考慮しよっか」
「え。じゃ、じゃあ、もっと安くしないとダメ? そうだよね、勇者の手伝い中に手に入れたとか、片手間で作ったとか、集中して仕事してる人と一緒のお金もらったら申し訳ないよね。……もう勇者の気持ち次第で適当でいいよ」
「それが一番困るよ。勇者君、とりあえずマスターが食べたそうなもの片っ端からよろしくね。怪しまれない程度に」
「おー……う」
一方、そんな勇者を尻目に姫は隊長を抱きしめほおずりしている。
「カユシィーちゃん。それぞれの家や血がどうであろうと、私はずっとカユシィーちゃんの味方ですわ。お父様やお兄様たちになんと言われようとカユシィーちゃんのために一つでも進展するような情報をつかみ取ってまいりますわ」
言葉遣いも声音も気品があるのに、なぜか姫は今日もどこか子供っぽい。
「お願いします。お父様がどのように暮らしているかの近況をちょっとだけでもうれしいので、無理はしないでくださいね」
「ええ。帰ってこられる程度にとどめておきますわ。……聖王家の力のなさは知っているもの。ここに帰ってくるのを最優先目標にしますわ」
隊長から離れてじっと顔を見つめる姿は、まるで戦いに行く風だ。
が、やはり姫はどこか幼げで頼りない。
身なりだけなら気品ある大人の女性と言ってもいいのに。
そんな姫にもシシャルはお守りその他諸々の入った袋を渡し、二人が聖都行きの乗り合い馬車に乗り込むのを見届ける。
(ディールクおじさんを見送る時もこんな感じだったけど……今回は大丈夫。守護竜様の鱗の欠片使った最高級身代わり守りも百枚ずつ入れたし)
防御の魔術符は守護竜の全力しっぽ打ちに耐えた。
守護竜魔術でもっとも破壊力があるという魔力砲にはどの魔術符も耐えられなかったが、身代わり守りによって防御対象は無傷で済んだのだ。
これでダメなら死因は破滅的な天変地異しかないんじゃないか、と、ニクスもふわふわ様も言っていたのだ。
なので、シシャルは安心して家路についた。
翌日、シシャルが魔物討伐から帰ってくると、隊長が庭でくるくる回っていた。
「あ、シシャルちゃん。おかえりなさい! 猫、とうとう猫を手に入れたのですよ!」
毎月のお届け物、というよりは一足早い新年の贈り物か。
見せびらかしにきた隊長の手には、本物と見紛うような精巧な大きさと毛並みの猫ぬいぐるみが握られていた。
ただし重さは猫じゃなくぬいぐるみ基準らしい。
(猫のぬいぐるみでいいなら、もっと早く解決していたのでは)
そうは思うが、一瞬本物かと疑うくらいふわふわで猫らしい形で愛らしいぬいぐるみなど、最辺境の地にあるはずもなく。
それ以前に、ぬいぐるみという概念を知っている人がどれだけいるか。
子供のおもちゃとしてぬいぐるみが定番なのは、一定以上の金を持つ貴族だけらしい。
「ぬいぐるみなのにあったかいのです。それに、ここを軽く押すと、にゃーって鳴くんですよっ。すごいでしょうっ」
隊長がお腹の辺りを押すと、本当に「にゃー」と本物っぽい声で鳴いた。
「このあたりをなでるとごろごろ言うんですよ。かわいーですぅ」
『(動物の毛並みのような質感の布を知り合いの知り合いの知り合いが手に入れてくれたので、隊長さんの母親が一ヶ月かけてぬいぐるみを作ったんだよ。ちなみに、温かいのも鳴くのも、そういう魔導具入れてるから。……本物の造形の再現にかなりの時間を食ってしまい申し訳なかった)』
「(ふわふわ様は悪くないよ。猫神霊様が発端ではあるけど、呼んだのは隊長さんの母親でしょ。……あ、いや、監督不行き届き? ってのになるの?)」
『(年中溶けている私が人を監督するのは困難だけど、そういう感覚だね)』
猫ぬいぐるみをなで回して至福の笑みを浮かべる隊長は、それはそれはかわいいものだ。
勇者なら可愛さにもだえすぎて七転八倒間違いなし。
姫なら思わずぎゅっと抱きしめてほおずりしていただろう。
しかし、勇者も姫も帰省済み。
この場にはシシャルと隊長とふわふわ様しかいない。
「本物の猫は一緒に森には行けませんけど、この子ならいつでもどこでも一緒にいられるんですよ。お母様もたまには粋なことをするのです」
「そっかー。よかったねー」
できるだけ共感している風を装いたいが、心が一切こもらなかった。
(これで猫騒動は解決、だといいなぁ)
その時のシシャルの目は、ちょっとうつろだった。
年末になると、一般の店が年末年始休みになるのに供えて生活必需品と食料の買い出しを行い、大掃除を行い、そして新年のための飾り付けをする。
「おい、ぬぁんでてめーら闇属性より綺麗にできねーんだ!」
『(魔術使えない一般人には無茶ぶりではないかなぁ)』
町の中心部は飾り付け完了間近だが、端の方になるとまだまだ掃除中だ。
「って、闇属性! 見てるなら掃除しろや! 町が汚れるのも綺麗にならないのもテメーのせいなんだぞ。尻拭いくらいきっちりしろや」
年末になると、こういうのがよく湧く。
底辺の人間たちは、年末年始になると一般人との格差をより強く感じやすくなり、みじめさが増すのだ。
シシャルもそういう時期があった。
年齢と体格と属性の違いがあって、シシャルは常に食ってかかられる側だったが。
「いや、私似てるらしいけど別人なので」
本人だが、認識阻害術で正体不明になっている。
存在には気付かれるが誰だかは分からない方向性だ。
「……ちっ、似てるけどたしかに違うな。とっとと行けや」
使っててよかった認識阻害。
一年で一番使用頻度も必要強度も上がるのが年末年始。
(不自由なく動けるようになったけど釈然としないのは変わらないなぁ)
それでも、年末年始はいろいろと動かなければならない。
今年も底辺脱出できなかったのは闇属性のせいだとか、年越しの資金が足りないのは闇属性のせいだとか、怪我や病気が治らなくて仕事に復帰できなくて年末年始もひもじいのは闇属性のせいだとか、年末なのに倅が帰省してくれないのは闇属性のせいだとか、いろいろ理不尽な逆恨みを受けて攻撃されやすいのだ。
勇者と姫が不在なのも相まって、この機に乗じて今度こそ本性現して凄惨な事件起こすのではなんて噂も飛び交うから、火消しが非常に面倒くさい。
「ただいまぁー」
夕方にようやく本日の火消しが終わり、帰宅する。
夜は夜でいろいろ起こるが、主に夜間の襲撃への対処となるので敷地内にいた方が都合は良い。
「おかえり、マスター。大量だね」
ニクスは物干し台の近くにいた。
作業中のようだ。
「……うん。でも唐揚げないんだよね。いつも行く地域じゃなかったから」
妖精さんへのささやかな感謝は基本的に食料だ。
「滅多に行かないところにも噂広まってるんだね……。大丈夫かなぁ」
不安そうにしっぽを垂れさせつつも、綺麗な群青色の布を干している。
恐ろしく長い。
いつの間にか、敷地の半分くらいがシシャルとニクスの趣味や実益のために使用されている。
物干し台が増えたのは居候が増えて洗濯物が増えたせいもあるのだが、ニクスが五人を職人の道に引き込もうと様々な体験会を行っているせいでもある。
「その布、乾かしたらどうするやつ?」
「あの子たちの服を作ろうかと思ったんだけど、不評だったから売るよ」
「そんなに綺麗な色なのに? 夕方だからそう見えるだけ?」
「綺麗な色の布ではあるんだけどね。子供の目には魅力がないみたい。地味、可愛くない、暗い、年寄り臭い、って言われたよ。どんなに良いものでも気に入ってもらえなきゃ意味ないから、この布はフルト君経由で売って、そのお金で子供服専門職人から購入することにしたんだ」
若干複雑そうだが、怒っている様子はまったくない。
「僕は大人の儀礼用の服が専門だから、子供服には縁がなくてね。子供が好む色使いも形もまったく分からない。こういうところは変な意地を張っても良いことないでしょ?」
言いながら、どこまで長いんだと驚愕するほど長い布を干し続ける。
「ねえ、ニクス。そんなに長い布織ってたの」
最近のニクスは朝から晩まで自室のような作業部屋のようなところにこもり、夜だけシシャルの部屋にこもる暮らしをしている。
生き生きとしているから、精霊の身体の構造は生身とは異なるから、口を挟むのも難だが、生身の人間なら倒れていてもおかしくない。
「あぁ、うん。でもこれは平織りで無地だからそこまで手間じゃないよ。同じ長さでも、マスターの服に使ってる布の百分の一以下の時間しかかかってないからね」
この精霊、シシャルに使う布だけ熱の入れ方が尋常じゃない。
以前、フルトさんに相談したら、「長様は神々しいものに弱いから」と笑っていた。
なんでも、生前の彼の最後にして最高の傑作は強大な力ある美しい竜人の依頼を受けて作り上げたもので、今のシシャルの服など足元にも及ばない極上品だったそうだ。
「帰ったって伝えてきたら? 隊長さんは気付いているだろうけど、いちおうね」
「あー、うん。行ってきます」
猫問題はぬいぐるみで解決してくれたが、邪霊恐怖と寝相問題はそのままだ。
実家の件が片付くのが先か、邪霊問題片付くのが先か。
誰にも分からない。
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結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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