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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第15話 廃墟ホテルでの物資調達
しおりを挟む「また、随分と大きいですね」
エスティは廃墟ホテルの所有者の依頼で、白樺湖の畔までやって来た。
解体屋が壊す前に、廃棄物を多少でも減らして欲しいらしい。これも成典の伝手で、家具が必要なエスティと不要なものを処分したいホテルを繋げてくれた。
「基本的に全て処分するようだから、好きなだけ持って帰っていいわ。私はちょっとビジターセンターに配送してくるわね。1時間後ぐらいに迎えに来るから」
「分かりました。行ってらっしゃい、陽子さ……お母さん」
「え? ……ふふ、ありがとうエスティちゃん。良い子ね、行ってきます」
エスティは陽子の配送車に手を振り、後ろを振り返る。
「良かった。反応は上々ですね」
「悪いが、我には感覚がわからぬ」
「構いませんよ」
エスティは再び建物を見上げる。
外壁には、枯れた蔦が這っている。
「しかし、立派な城だ」
「これはお城ではなく宿屋ですよ。でも解体するだなんて、どう見てもまだ使えそうですが」
城に見えない事も無いが、掲げられた看板には『白樺ゴージャスホテル』と書いてあるらしい。5階建てで、全部屋から白樺湖を一望できるという近隣でも大型のホテルだった。
建物の反対側へと回り、裏口の扉を開く。
中に入ると、明かりの無い長い廊下が現れた。
整備された遺跡のようだ。
「ダンジョンを思い出しますね」
「もう遠い昔のように感じるな。あの頃は、エスが罠探知で先行していたか」
「えぇ。命懸けでしたけど、今思えば楽しかったですよ」
本来は勘の鋭いエルフがやる仕事を、エスティは好んでやっていた。基本的にスリルが好きなのだ。
廊下に散らばった使えそうな廃材を、空間に取り込みながら進む。
「そういえばエス、空間はどれぐらい収納できるようになったのだ?」
「以前の2割程度です」
「なっ……もう2割まで器が戻ったのか!?」
「はい」
魔女の庵を建てる前、エスティは家一軒分を収納できる程の空間容量だった。それが器が広がるどころか、もう2割も戻っているのだ。明らかにおかしい。
「信じられん」
「前例がありませんからね。私が時空魔法の歴史を作ってやりますよ……よいしょっと」
重く大きな扉を開けた先は、厨房だった。
この白樺ゴージャスホテルはビュッフェが有名だった。名の通った料理人がここに在籍していたそうだ。その影響か、調理器具も豊富に残っていた。
「おぉ、宝の山です!」
「我は魔物がいないか警戒しておく」
「ふふ、じゃあ折角なのでお願いします……お、この大鍋セットは使えそうです」
廃墟となってからも環境が良かったのか、まだ綺麗な物が多い。エスティは使えそうな道具を片っ端から空間の中へと取り込んでいく。
有難いが、勿体無いとも感じた。
使える物も廃棄する。
これも文化の違いだろうか。
「おーいエス! 2階にテーブルがあるぞ!」
ロゼの大きな声が通路に反響した。
声の方へ廊下を進むと、今度はエントランスホールに出た。3階までの吹き抜けになっており、物々しいシャンデリアが2つ吊ってある。今にも落ちてきそうだ。
「足下に気を付けろ。こっちだ」
ロゼが2階からひょっこり顔を出した。
エスティは埃やゴミが散らばったアーチ状の階段を上る。廃墟らしく静かだ。コツコツと階段を上る音がエントランスに響いている。
「恐らく、酒場の跡だろう」
「中々質も良さそうですね。ちょっとこのフロアも散策してみましょうか」
「エス、楽しんでるな?」
「ふふ、分かります? 魔物のいないお宝ダンジョンなんて、そりゃあ冒険者の血が滾りますよ。お酒が残っていても、ロゼにはあげませんからね」
「はぁ……程々にな」
◆ ◆ ◆
庵に戻ってきて荷物を確認する。
その結果。
「多すぎだ」
エスティは自身の持つ空間いっぱいに、椅子やソファなどを詰め込んできた。こうして並べてみたら、明らかに不要な家具が多い。
「また調子に乗ってしまいましたか……大きめの【弁当箱】を作れたらいいんですけど」
「作れるのか?」
「大型魔族の『動く心臓』がいるみたいです」
動く心臓は、魔獣を倒してすぐの素材だ。
止まったら終わりで、実質不可能に近い。
ゴミが空間を圧迫する結果となった。
「そ、そんな遠い目をしないで下さいよ」
「……我は昼寝をする」
「あー、ちょっと待ってください。ついでなので、このまま庵を《改築》します」
「《改築》?」
エスティは庵の魔石に触れた。
「えぇ。ここの《改築》って所を押すと、模様替え出来そうなんですよ。家具も手に入ったし、家電も寸法が分かったので、置き場所を決めてしまいます」
《改築》には、《設計魔図》のような記入箇所がある。ここに寸法を入れると必要素材数が出てくるのだ。
エスティが操作を始めると、エスティの指先と壁付けの魔石が共鳴するかのように光り始めた。魔法が発動し、魔力を吸っているのだ。
「というかこの庵、まさか《設計魔図》を取り込んでいたのか?」
「そのようです。えぇと……」
エスティは左手で家電のカタログを開きながら、右手で画面に入力していく。数字は読めるが文字は読めない。時折首をかしげながら、エスティは寸法を確認していく。
「私、工房も欲しいんですよね」
「また何か作る気か」
「はい。【弁当箱】も増産しますし、そもそも魔道具を作るのは好きですからね。あと、【弁当箱】を作っていて気が付いたのですが、時空魔法の魔道具って他の色インクと混合する方が汎用性があるみたいで」
インクには属性があり、光や水などの属性に合わせて色を使い分ける。そのうち、最も魔力を吸い取る黒インクだけで【弁当箱】を作り上げたのだ。
「そうなると、時空魔法以外の魔法知識もいるんですよ。私、時空魔法の事は大抵分かるんですが、それ以外はからっきしなので、実験ができる環境が欲しいのです」
「ふむ」
ロゼは、その実験という言葉に引っかかった。
学校にいた頃は、エスティに付き合わされた実験ではろくな目に遭わなかった。灰猫を金猫にするといって振りかけられた粉で、数日の間ずっと声が裏声になり爆笑された事もあった。
だが【弁当箱】の前例が出来てしまった。
厄介だが仕方がない。
「……どうか爆発だけはやめてくれ」
「もう、何を言うのですか! まさか爆発なんてしませんよ、ふふふそんなまさか!!」
エスティは奇特な性格をしている。
失敗を好み、あえてやらかす。
ロゼは陰鬱な気分になり、溜息を吐いた。
「はぁ……それで、トイレはどうなる?」
「オプションで付けようかと思ったのですが、見た事のないこの世界の素材が必要らしくて諦めました。なので、別の案を考えます」
この世界の素材という事は、庵がこの地に順応していると同義だった。発動場所によって魔法の内容が変わるというのはバックスの資料には無く、ロゼも聞いた事が無かった。
「ちなみに何という素材だ?」
「太歳」
「タイサイ?」
「はい。山から水を生み出し、浄化もしてくれるそうです。日向に調べてもらうつもりですが、珍しい物で間違いないでしょう。ネクロマリアの素材だけで何とかなると思いましたが、予想外でした」
どちらにせよ、購入資金は無かった。そのためエスティは、庵の構造は出来る限り工夫する方向で考えていた。
「温泉も忘れるなよ」
「ふふ、ロゼもすっかり気に入ってるじゃないですか」
「わ、我はエスの事を考え言ったのだ!」
温泉が湧き出る場所までは少し距離がある。いずれは建物を繋ぎたいが、今ある素材ではウッドデッキで繋げる程度になった。
工房の部屋や棚、家電を置くスペース。
キッチン用にダクトも付けた。
形だけだった暖炉にも煙突を取り付ける。
《改築》に新たな家の設計図を入力し終えたエスティは、今度は気に入った家具を家の中に設置していった。
幸いな事に、素材は持ってき過ぎたソファなどを分解して流用できるようだ。なので、不要な物は素材として広場へポイポイと置いて行く。
「しかし、魔力が無尽蔵というのはいいですね。魔法使い放題ですよ」
「普通はあり得ない話だがな」
――これで、準備ができた。
「ではロゼ、一旦外に出ていてください」
「今度は大丈夫か、エス?」
「大丈夫ですよ。だから、そんな不安そうな顔をしないでください」
気持ちは嬉しいが、猫がそんな顔をすると可愛くて笑ってしまう。エスティはロゼの背中を優しく撫でて、庵の外へと背中を押した。
そして、魔石に魔力を込める。
「……すみませんね、ロゼ。大丈夫かどうかは、やってみないと分からないんですよ」
――《改築》発動――
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