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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第18話 営業の勇者と背中の魔術師
しおりを挟むバックスにとっては、何もかもが初めての出来事だった。
王子に促されるがままに馬車の中へと連れ込まれ、震えながら同席する。
王子の両側に座る女性は、どちらも超有名人だ。
整った容姿に長い黒髪をだらりと垂らし、目が合うだけで切り裂かれそうな鋭い眼光を放つ、凄腕の女騎士ムラカ。
そして金髪碧眼で包容力はあるが、残念な食いしん坊と噂の聖女ミア。
そんな見目麗しい女性2人と王子、それにポッチャリ系の自分が相乗りし、彼等のイチャイチャを見ながら入城する。
そしてそのまま連れてこられたのは、『ラクス救助隊』の拠点にしている一室。
バックスは心の中で気合いを入れ直した。
ここからが本番だ。
「――座れ。俺は跪かれるのを好まん」
その言葉で、聖女ミアがバックスをソファへと誘導する。バックスは体を震わせたまま腰掛けた。
「それで、秘宝は今どこにある?」
マチコデは射貫くような視線でバックスを見た。返答を準備していたはずのバックスは一瞬、言葉に詰まる。目の前にいるのは百戦錬磨の剣士だ。
「……秘宝は、エスティが壊しました」
「な、何だと!?」
今度は驚きと怒りの表情でバックスを見た。
だが臆してはならない。
「あの秘宝は、古代の特殊な魔法が組み込まれた物だったのです」
「どういう事だ!」
「殿下、時空魔法というものをご存じでしょうか?」
その質問が予想外だったのか、バックスの一言で場の空気が変わった。
「……詳しくは存ぜぬ。時間と空間を超越した、古代の魔法だったか」
「仰る通りです。あの魔石はそれが組み込まれておりました。エスティは酔った勢いでそれを使い、時空魔法が発動して異世界へと飛ばされました」
その言葉で、マチコデの後ろで聖女ミアが「は?」と声を上げた。
「あれは殿下が窮地に陥った時に発動するものだったのでしょう。殿下を異世界へと飛ばすことで、命だけは救う事できる、と」
全てを見通す目を持つ聖女ミアは、バックスの話に唖然としていた。
あれは緊急時にマチコデをこの王城へと逃がすための転移の魔石。ミアの目にはそう映っていた。同様に、マチコデもミアから事前にそう聞いていた。
話が違う。
使用者を、異世界に飛ばす?
王子は低い声で返事をする。
「説明を続けろ」
「――お待ちください、マチコデ様」
ミアがバックスの言葉を制止した。
「その者が話す内容には何も証拠がありません。私の目は間違いなく、あの秘宝が転移の魔石である事を見抜きました。ですが、その者は嘘を吐いておりません」
「よい。ミアを疑うつもりはない」
このパーティは命懸けの討伐を繰り返している。メンバーを疑う者は誰もいなかった。
……エスティ以外は。
「こちらがその証拠です。ミア様、これに何が組み込まれているか、お判りでしょうか?」
バックスは懐から【弁当箱】の入った布袋を取り出した。中身をテーブルの上に置く。
一見すると、ただの真っ黒な魔石だ。
だが、ミアは驚愕した。
「――――時空、魔法……!?」
そんなものは眉唾だと、はるか昔から言われていた。ミアは聖女としてある程度の魔法を学んでいたが、時空魔法については胡散臭い話しか聞かされていなかったのだ。
しかし……自分のこの目は全てを見抜いてしまう。これが時空魔法で出来ている事は、ミアとエスティにしか分からない。
バックスは話を続ける。
「これは魔女エスティが生み出したものです。彼女はもうただの空間魔法使いではなく、古代の時空魔法使いなのです」
「話についていけない。ミア、どういう事だ。これは何なのだ?」
マチコデも状況が把握できていない。
ミアは【弁当箱】を一つ手に取った。
そして魔力を流し始める。
すると、ミアの傍に空間が現れた。
「おい、これはまさか……」
ミアは空間からパンを引き出した。
焼き立てでホカホカの、ベーコンエピだ。
「私に空間魔法の才能はありません」
ミアは何となく流れでパンをかじった。ほのかに魔力を感じるそれは、パリッとしてフワッとしてたまらなく美味しい。
「……もぐもぐ……あら、美味しい」
「おいミア、続きを聞かせろ」
ミアは行儀悪く、食べながら話す。
「マチコデ様。これは空間魔法使いが保有する空間と似た性質を持つ、時空魔法の魔石です」
「な、何だと……!?」
ミアは残りのパンを懐にしまった。
後からこっそり食べるつもりだ。
「ただ、空間魔法とは決定的な違いがあります」
「何だ?」
「まず、空間自体の大きさが小さめに制限されています。ですがそのおかげで消費魔力が少ないので、複数個持ち歩けば空間魔法使いは不要となるでしょう。そして最も大きな違いは……中に入れた物の時間を静止する事」
「時間を静止!? そんな馬鹿な――!?」
今まで静かにしていた騎士ムラカが、驚きの声を上げた。
中にある物が劣化しない。これはつまり、食料や生命の花などを管理せずに持ち運べるという事だ。
ミアは嘘を吐くことが無い。
それが真実を告げていた。
沈黙が訪れた所で、バックスが再び口を開いた。
「これは時空の魔女エスティが作り上げました。しかも彼女は、ある条件の元でこの魔道具を量産する事が可能です」
「何ですって……!?」
「私はつい先日、これを販売するために商会を立ち上げました。この魔道具はあらゆる魔法使いに需要があるでしょう。今後の魔族討伐にも大きな影響を及ぼします。……ですが、時空魔法の商品など誰も信じません」
そこまで聞いて、マチコデは察しがついた。
「なるほど。ミアに宣伝しろというのか」
「いえ、殿下にも宣伝をして頂きたい。この『ラクス救助隊』が、時空魔法の先駆者になって欲しいのです」
エスティのせいで、マチコデの悪評が広まった。それなのに、何ともずうずうしいお願いをしている。もし首が飛ぶならこの場面だと、バックスは思っていた。
「どうかお願いです。殿下ほどの人物が便利さを宣伝してくれれば、もっと世界が良くなります」
「……王子であり勇者でもあるこの俺が、お前の商会のために営業しろと言うのか? しかもあの魔女の魔道具を?」
バックスは慎重に言葉を選ぶ。
失敗は出来ない。
だが、分かっていた。
この王子は、人の為になる事を断らない。
そして、本音の方が喜ぶという事を。
「……私はしがない研究者として、時空魔法という謎の深淵を覗いてみたい。ですがその魔法を使う人物は、殿下の知るとおりの奇天烈で無鉄砲な魔女、エスティです」
バックスは一呼吸置いた。
「魔女エスティに飴と研究材料を与えるには資金が必要です。彼女にはこれから大量の【弁当箱】を生み出してもらい、得た資金で更なる時空魔法の道具を作って貰います。それを今後は優先的に殿下にお渡しします」
妹弟子からこちらの情勢に関する質問があったが、余計な心配をさせたくはない。エスティは自由気ままで調子に乗せた方が成果を出せるのだ。そして普段は聡いロゼも、エスティの言うことなら素直に聞く。
そしてエスティはマチコデ王子の事を避けていたから、王子の事もバラさない方がいい。バックスは二人の間に入り、上手くコントロールするつもりでいた。
「……ミア、この話どう思う?」
「パンは売れますよ」
「そうではない!」
「ふふ、マチコデ様。私は今、前例のない魔法に触れて興奮しております。これが世界の為になるならば、協力してもいいのではありませんか?」
マチコデはどうすべきか考える。
そして、少し過去を思い出していた。
エスティが切っ掛けで国王や貴族達の前で受けた屈辱は、今も脳裏に焼き付いている。
期待していた勇者のこの体たらくは何事かと、貴族達はそんな目で見下ろしていた。自分たちも同じ事をしているのにも関わらずだ。
美しき魔女エスティ――。
会いたくは無い。
だがこの【弁当箱】は人を救う。
「いいだろう。協力してやる」
人助けの冠を持つ勇者に、選択肢は無かった。
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