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第二章 堕落し始めた女神
第41話 ロゼの逢引き・【どこでも時空門】
しおりを挟む「禁酒だ」
「「えええええええぇ!?」」
やらかしたエスティとミアは、使い魔の猫に怒られていた。ベロベロに酔っ払ってネクロマリアにお邪魔した、その翌朝だ。
「えええ、じゃない。当然だ!」
「でも、誰にも迷惑をかけてないじゃない」
「聖水を吐いた聖女が何を言う?」
ロゼの言葉で、ミアは黙って目を逸らした。
「お願いですよロゼ、私達はお酒が無いと生きていけません。これが生きがいなんです!」
「最悪ではないか! 一体どこで道を間違えたのだ……我は用事で出かける。二人共、ちゃんと片付けをしておけ」
「ぐぅ……泣きそうです」
エスティは悲しみながらロゼを見送った。
だが、そこでエスティはふと気が付いた。
外は雨が降ったり止んだりしている。
無理をしてまで出かける天気ではない。
そもそも、いつもなら「成典に会いに行く」などと内容を伝えるはずだ。なのに、今日のロゼは何も言わずに出て行った。
――何だか怪しい。
「……ミア、暇ですか?」
「暇じゃないわよ。エスティも片付けて」
「ロゼ、最近私達に隠し事してません?」
「隠し事?」
ミアに思い当たる節は無かった。ロゼとの会話は、せいぜいエスティの教育がどうとか、ネクロマリアの状況がどうとかを話し合う程度。あとは麻雀ぐらいだ。
「特に浮かばないわね。まぁあの猫にも隠したい事の一つや二つはあるでしょ。好きな女の子でも見つかったんじゃない?」
ミアの言葉で、エスティはカッと目を見開いた。
「それです!!」
◆ ◆ ◆
家から追い出すと脅されては、ミアも着いて行くしかなかった。
「さっぶぅ……」
「あっ、居ましたよ。静かに」
エスティはロゼを尾行していた。後片付けをすると言って残ろうとしたミアも巻き添えにして、秋の蓼科で猫のプリプリとしたお尻を追いかけている。
「私は何が悲しくて猫のお尻を……」
「(しぃーっ!)」
ロゼが足を止めたのは、道路から一本外れた道沿いにある小さな小屋だ。人のいる気配は無いが、放棄されているほど荒れてはいない。
そしてロゼが小屋の前に立つと――雪のような真っ白の猫が姿を現した。
「(ちょっと見て下さいよミア! ロゼは貴女と違ってあんな恋人をグェッ!)」
「(黙って見とけ)」
ミアの怪力でエスティが押さえられた。
ロゼは白猫に首を擦り付け、白猫の方もロゼに首を擦り付ける。お互いに好意的に想っているのだろう。首輪が付いていない事から、野良猫の可能性がある。
そしてロゼは首輪に括り付けていた、にゃおちゅ~るを白猫に渡した。
「(うわっ……あの猫、にゃおちゅ~るで買収してますよ!)」
「(極悪非道ね、役満だわ)」
「(もう少しだけ様子を見ましょう)」
ロゼがにゃおちゅ~るを開けると、2匹の猫は必死でペロペロと舐めだした。二匹で一緒に食べるつもりだったらしい。白猫はペロペロしながらも、ロゼに遠慮しているようにも見える。
「(しかし、にゃおちゅ~るを食べているときのロゼの顔は酷いですね)」
「(あいつめ、盛大にお祝いしてやる)」
「(ちょっと落ち着いて下さいミア。あの白猫、そこまで悪い猫ではなさ……)」
「へええぇっっぐち!!」
「ぶっ、汚なっ! ……あ」
聖女のくしゃみで、ロゼと白猫はこちらに気が付いた。白猫はにゃおちゅ~るを抱えて小屋の中へと潜り込んだ。
エスティとロゼは目が合う。
「――ロゼ、おかしいですね。私達には禁酒を告げておいて、自分はにゃおちゅ~るで逢引きですか?」
「ぐっ……!」
「さぁ、にゃおちゅ~るはここに沢山ありますよ。白猫ちゃんもほら、おいでおいでぐへへ……」
「や、やめろエス! 彼女は純白なのだ! 我の恋を実らせてくれ!」
エスティの両手には、大量のキャットフードとにゃおちゅ~る。
そろりそろりと小屋に近付く。
白猫の懐柔は早かった。
◆ ◆ ◆
エスティは露天風呂に浸かりながら、ちびちびとお酒を飲んでいた。
「雪見酒に雪見風呂とは、実に贅沢です」
「あぁ、我のシロミィちゃん……」
「振られたわけじゃないんでしょう、元気出してくださいよ……ぷはー」
あの後、白猫のシロミィちゃんはミアの嫉妬にまみれた剣幕で小屋の中に隠れてしまった。ロゼがノックしても反応が無かったので、キャットフードだけ置いて帰って来た。
最近出会ったばかりらしく、シロミィという名前もロゼが勝手につけていた。小屋に住みついていたらしい。もちろん、喋る事など出来なかった。
「いつでも会えるように、私が新たな時空魔法で繋げてあげますよ」
「いらん。愛は自分から……って、新たな時空魔法とはどういう事だ?」
「魔道具作ったんですよ。見ます?」
ロゼは不安に思った。
だが、確認しておかなければならない。
風呂上がりに工房へと向かう。
一足先に茹で上がっていたミアは、リビングのソファでくつろいでいた。
「その名も【どこでも時空門】です!」
エスティが取り出してきたのは、大型魔獣の皮2枚だ。色とりどりの複雑な魔法陣に加えて、部分部分に魔石がいくつも埋め込まれている。これ1枚を作成するだけでも時間が掛かりそうだ。
「とあるアニメから着想を得た、魔法使いなら誰でもどこでも時空門を開ける事のできる魔道具です」
「誰でもだと!?」
「はい。この陣の上に立って魔石に沢山の魔力を流し込めば、もう一枚の陣の上に転移する事ができます」
「凄いわねそれ……」
ミアも工房に顔を出し、食いついてきた。
ロゼとミアはエスティが指した陣を眺めた。
かなり大きな黒い魔石が中心にある。そして、エスティによって既に大量の魔力が魔石に流し込まれているようだ。それに気づいたミアは改めてエスティの魔力量の異常さに驚いた。
「あ、その魔石はフェイクですよ」
「何?」
「悪用されるのを防ぐ為です。そこに魔力を流し込んでも何も起こらないどころか、周囲に強烈な匂いがばらまかれます」
「ふふ。なるほど、面白い事を考えるわね。どんな匂いなのかしら」
「聖女の吐息ですよ。先日ミアがニンニクたっぷりの餃子を食べてゲップしたものグェッ!!」
「すぐに作り直せ」
エスティは聖女を積極的に貶めようとしていた。
「はぁ、はぁ……仕方ないですね。明日もっとキッツいやつに直します」
「ところでエス、我は魔法を使えぬが」
「……あ、そうでしたね」
するとエスティは【どこでも時空門】をポイッとベッドに投げ、リビングに戻ってソファで横になった。もう酔っているようだ。しかも風呂上がりで気持ち良くなり、今にも寝そうだ。
「まったく」
ロゼは気持ちだけ貰う事にした。
ロゼは近くの新聞に目をやった。
エスティが女神扱いされている記事だ。
『降臨の日は近い』オリヴィエント広報によると、そういう事になっているらしい。
バックスやムラカが既にオリヴィエントにいたのも、そういう事なのだろう。既に段取りが付いていて、後はエスティがいつ戻るかだけ。
次のバックスとのやり取りは3日後の朝。エスティは遠くない未来にと言っていたが、ロゼにはそれがすぐにやってくる気がしていた。
エスティは、静かに寝息を立てていた。
ロゼは膝掛けを咥え、エスティに掛ける。
「降臨か……」
そしてロゼの予想通り、その日は早く訪れる。
◆ ◆ ◆
「【どこでも時空門】これは凄いですよ殿下……!」
「どうやって使うのだ?」
「えぇと『これは使い切りです。大きい魔石に触れながら角にある紫の魔石に魔力を流し込むと、もう一方の【どこでも時空門】に転移します』」
「なんと、移動できるのか!?」
使い切りとはいえ、この移動効果は大きい。特に遠征の多いマチコデには有用だった。
「『まだ試作品です。ネクロマリアで使えるか、兄弟子で確認して下さい』。やってみましょうか」
「俺も乗る」
そう言って、マチコデも魔方陣の上に立った。ふくよかな男とイケメンが、狭い魔方陣の上で密着している。
もう1枚の魔法陣は部屋の角に置いた。
無事に転移できれば、相当売れるだろう。
「よし、行きますよ!!」
バックスは魔石に魔力を流し込んだ。
その途端――。
周囲の景色が、ヌルッと変化する。
そして、もうひとつの魔方陣に転移した。
しかし……。
「くっっっさ!!」
「オゥエッ!!」
大きな魔石が割れ、部屋中にニンニクの匂いが充満した。
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