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第二章 堕落し始めた女神
第49話 串揚げを貪る28歳2人
しおりを挟むエスティがカレーを食べている頃。
ミアとムラカは、大帝レストランのすぐ近くにある串揚げ屋を訪れていた。
この蓼科高原の別荘地には、こうした様々なジャンルのレストランが数多く並んでいる。そのどれもが別荘オーナー向けでクオリティが高く、どこに行っても大抵は美味しい。
ミアはそんな飲食店を、食のリサーチと称してエスティと食べ歩いていた。
ここはその中でもイチ押しの店。
その名も『串揚げお嬢』だ。
「いらっしゃいませー」
店内はカウンター席が四角形に並び、その中央で職人が串揚げを作るライブキッチンスタイルだ。
「いつもありがとうございます」
「生2、ご飯セット2、お任せコース2オネガイシマス」
「畏まりました」
ミアはメニューを確認せずに注文した。
店員の方も、ミアを知っていたようだ。
「お前、もしかして常連なのか」
「そうよ。エスティもね」
「ふ、仲が良いじゃないか」
「駄目人間なのよ、私達」
そう言いながらも、ニヤッと笑ってビールを飲む。
ミアは今や、エスティの事を可愛い妹のように思っていた。似ていると言われて、嬉しかったのだ。
職人が串揚げを持ってきた。
「牛フィレです」
目の前に牛フィレ串が置かれる。
「こんな感じで、シェフが目の前で揚げた串を提供してくれるの……あつ……おいひぃ!」
ミアはハフハフと食べている。それを見たムラカも、牛フィレ串をタレにつけて口へと運ぶ。衣がサクサクで、肉も驚くほど柔らかい。ジューシーな肉汁と甘辛いタレの相性もよく、あっという間に食べてしまった。
「……美味いな」
「でしょう? 私、舌がいい事に気が付いたのよ。生まれ変わったら料理人になるわ」
「今も料理人みたいなものじゃないか」
「今は食い道楽よ。自由を満喫してるの」
ミアは幸せそうに笑った。
それを見て、ムラカは昔を思い出した。
冒険者時代のミアは、恋だ聖女だと何かしら気に病んでいた。そのため、ネクロマリアで精神的に参っていた時、環境を変えるために無理矢理エスティの元へと送り込んだのだ。
動かなければ、何も変わらない。そして、エスティは自由を愛する女だ。彼女を見て、親友の何かが変わればいいと思ってとった行動だった。
それが、まさかこんな顔が見れるようになるとは。
「――ん。どしたの、じーっと見て?」
「お前、体重はどうなった?」
「ウッ!」
「ふふ、いや悪かった。この店のこの味で気にしてはいけないな」
「そ、そうよ! 好きなだけ食べなさい。貴女も早くこっち側の人間になるのよ」
そう言って、ミアはアスパラベーコン串にかじり付く。
「私はこれが一番好きね。マチコデ様のように魅力的よ」
マチコデとアスパラベーコンが同じレベルなのかとムラカは思ったが、何も言わずに食べた。確かにこれは美味しい。
「……それでムラカ、私達はどうなるの?」
「どう、とは?」
「私の上司にあたるカンドロール大司教が魔族だったんだし、ミラールもまずいんでしょう。ここに居ろという指令が正しいのか、私には判断がつかないわ」
ムラカはビールを飲み、ふぅと息を吐いた。
「……今、ラクス内は揉めている。王家で意見が二分していてな。ミラールの難民を受け入れるかどうかでだ」
「受け入れない、という選択肢があるの?」
「ある。そもそも、物理的に国内に入りきらないのだ。ミラールは大国でラクスは都市国家。あの人数を受け入れるには、オリヴィエントでも困難だろう。かと言って、見殺しにするわけにもいかない」
ムラカは一旦話を止め、目の前に置かれた次の串揚げを手に取った。今度はサーモンのようだ。職人の揚げ方が良いのか、身が固まらずにフワフワとしていて美味しい。
飲み込んだムラカは、再び口を開いた。
「単純な労働力としてなら、私やミアは必要だろう。だが今はそれどころでは無い、というのが現状なんだよ。ラクスはミラール問題と国民感情を抑えるので手一杯だ」
「なるほどねぇ。そういえばさ、群島開発って今どうなってるの?」
ミアが尋ねると、ムラカは深い溜息を吐いた。
そして小声で話す。
「エスティには決して言うなよ……群島の領有権を巡っての会議が、実は英雄達の集会の前に行われていたのだ。そこで、ラクスは負けた」
「負けたって……じゃあどうなるのよ!?」
「開発は完全にとん挫だ。今頃は揉めているだろうな。国民は閉じ篭もって魔族と戦うか、他国と同じようにオリヴィエントへと逃げ延びるしかない。そこにきてミラール問題だ。国王も参ってるだろうさ」
ムラカのビールが進む。
手に取った串揚げは7本目に突入した。
「少し腹が膨れてきたな」
「早くない? 私はメニューを一周出来るわよ」
「一周って何本だ?」
「30本」
「いやお前……ふふっ!」
ビールの入ったグラスを手に持ち、ムラカは俯きながら笑い始めた。酔いも回ってきて気分が良い。
「まぁゆっくり飲むか。帰ったら時限爆弾と寝ることになるからな」
「うわ、嫌な事思い出しちゃったわね」
そのまま閉店まで食べ続けたミアは、一周半の新記録を叩き出し、闇夜の蓼科に聖水を吐き出した。
◆ ◆ ◆
ミラール王国北西部、フロンストン迷宮。
魔族の群れは目前に迫っていた。
「こ、これが女神の新たな魔道具――!」
「お父様!!」
驚きのあまり腰を抜かしそうになったミラール王を、娘のドロシーが支える。
ミラール王の目の前にあるのは、つい先程エスティから送られてきたばかりの新たな魔道具、その名も【地中貫通爆弾の陣】。
複雑な魔方陣をいくつも描いた魔獣の革を複数枚重ね、それを魔石で繋いだものだ。魔石も一つではなく、ぱっと見ただけでも20個は埋められている。
最も恐ろしいのは、魔方陣の中心にある桁違いの魔力が詰め込まれた黒い魔石だ。なぜか魔力が漏れ出している。ジジジと音を立て、その危険度をアピールしていた。
「父上、本当によろしいので?」
マチコデは跪き、ドロシーに支えられたままのミラールを見上げた。
「……構わぬ。この迷宮が、魔族の手に渡るのだけは避けねばならん」
フロンストン迷宮は古くから存在する地下遺跡だ。グールやレイスが蔓延り、難易度は高い。その分良質な魔石や素材が取れるため、ミラール国の中でも人気の迷宮だった。
それが、いよいよ魔族の手に渡ろうとしている。そんな事態だけは許されなかった。
「しかしマチコデよ、本当に壊せるのか?」
「はっはっは! なぁに、大丈夫ですよ。柔らかい地面から固い魔石まで、女神エスティのクシャミで更地にしてやりましょうぞ!!」
「「うおおおおぉ!!」」
マチコデが鼓舞すると、兵士達は武器を空に掲げた。士気は十分だが、兵士達は別に何かをしに来た訳では無い。ただの付き添いだ。
「では皆様、私はバックスと共に魔道具の準備にかかります。また後程、元気な笑顔でお会いしましょう!」
「頼んだぞ、マチコデ!!」
「マチコデ新王に女神の祝福を!!」
そう言い残して、ミラール王一行は王城へと去って行った。
「…………」
迷宮の入り口に残されたのは、マチコデとバックスの2人。
「殿下、見栄を張りました?」
「……バックス、もう一度説明してくれ」
「『この【地中貫通爆弾の陣】は地形を変える程の威力を持った時限式の爆弾です。設置した位置から地中を200m程度を稲妻のように掘り進み、そこで爆発します』」
ここまでは分かる。
「『爆発の仕方ですが、ボールのように丸い空間を作って消失させると思って下さい。その直径は1kmです。消失した空間は真空となり、周囲の空気を急激に吸い寄せます。その後、もう一度普通に爆発します。その規模は分かりません』」
「そこだ!! それが狂ってる!!」
「ですよね……」
地面に1kmの穴を空けるのもおかしいが、まだ目を瞑ってもいい。だが、その次の爆発の規模が分からないというのが怖すぎる。
「真空ってどういう状態でしょうね?」
「知らん。だが結果を見ずに帰国する訳にはいかん。少し離れた場所に【どこでも時空門】を設置するぞ」
【地中貫通爆弾の陣】の傍に【どこでも時空門】を設置し、そこから数km離れた場所にもう一つの【どこでも時空門】を設置する。爆破の様子がギリギリ見える高台だ。
「よし。起動してくれ」
「殿下、私は子供の顔を見たかったです」
「やめろバックス! 俺達は生きて帰るんだぞ!!」
バックスの余計な一言で、マチコデも緊張し始めた。バックスは悲しい表情で【地中貫通爆弾の陣】の上に立ち、ジジジと唸っている起動の魔石に触れる。
「起動したら、すぐに移動しますよ」
「勿論だ」
「――起動!!」
バックスが魔石を起こした瞬間、魔法陣の上の空気がズシリと重くなった。マチコデは急いでバックスを担ぎ、【どこでも時空門】に乗る。
「早くしろ、バックス!!」
既に魔石にはヒビが入っていた。
「行きますよ!」
視界が一瞬だけ暗転し、移動先の陣の上に降り立った。
陣が起動したのは、匂いで分かる。
「オゥエッ!!」
「よし、バックス。様子を見るぞ」
そして、およそ30分後。
「そろそろ……かああぁっ!?」
地面が大きく揺る。
そして――。
「で、殿下!! ……へ、へっくち!」
バックスは地面に伏せながら、爆弾の方角を指差した。
「おいおい、冗談だろう……」
地面のあちこちが崩落していた。1kmの範囲どころではない。遠くの山でも、連鎖的に地滑りが起き始めている。
「さて、帰りましょうか殿下」
「お前もかなり場慣れしてきたな……っておい、バックス走れ!!」
「ん、殿下どうしいいいいい!!?」
バックスの背後。
ガガガガとい大きな衝撃と共に地面が崩れ、崖が目の前にまで迫って来ていた。
バックスは急いで走り始めた。
「で、殿下!! 私デブで!!」
「痩せろおおお!!!」
その後、魔族の足止めに成功したマチコデの功績はネクロマリア全土に広がり、フロンストン迷宮跡は後に『女神のクシャミ』と呼ばれるようになった。
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