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第三章 運命のカウントダウン
第90話 騎士と聖女の出張
しおりを挟む翌日、転移門の部屋。
「嫌だよぉ! 行きたくないよぉ!」
ミアがエスティの足にすがり付いていた。泣いてはいないが、エスティの太股に顔を擦り付けている。
「すぐに帰れますから」
「遊ばせてよぉ! エスティだけずるいよぉ!」
「世界平和のためです。諦めて下さい」
朝からゴネゴネだ。
「明日からガチャフェスなのにぃ! 無課金で頑張って石を集めたのにぃ!」
「ああぁもううるさいですね! マチコデ様に会えるから良いじゃないですか!」
「………………ほんと?」
「……」
エスティは目を逸らした。
「エスティのばかぁ~!!」
「……はぁ」
マチコデは現在、ガラングと共に外交中だ。
「おいミア、いい加減行くぞ」
「仕方ないわね。エスティ、転移門でいっちょ魔王の所まで飛ばしてくんない?」
「いいですよ」
エスティは転移門を開いた。
見た目は、いつもの門と同じだ。
「はいどうぞ」
「……これ、本当に魔王の所に行けるの?」
「行ける行ける」
「こういう時に2回繰り返して言うのって、大体は嘘なのを……ばたん」
会話の途中で、ミアが突然倒れた。
「ムラカ、改良型の【快眠ドラッグ】です。5分後に目覚めます」
「便利だな。では行ってくる」
「行ってらっしゃい。気を付けて下さいね」
ムラカがミアを背負い、転移門へと吸い込まれていった。
そして、エスティが門を閉じる。
急に、庵が静まり返った。
「……これで良かったんでしょうか」
エスティはボソッと呟いた。
「エス。お前は早くこの問題を解決して休みたいのではないか?」
「えぇ、その通りです。ですが、こうして選択した事に罪悪感はあります。それが役目だとも感じています。縺れた糸はちゃんと綺麗にほぐしますよ、私が気にならないようになるまでは」
「……それでいい。我はエスに従う」
エスティはリビングに戻り、暖炉に薪を足した。
そのまま工房に入り、椅子に座ってぼんやりと棚を見上げた。
空だった本棚も、いまや魔術教本がギッシリと敷き詰められている。その中から、魔石に関する参考書とネクロマリアの植物辞典を引き抜き、机にどんと置く。
「さて……と。分厚いですね」
「これからどうする?」
ロゼは窓際のベッドに丸まり、エスティに尋ねた。
「んー。まず、今の方針は2つあります」
①魔族に安定的に魔力を供給する事
②ネクロマリアに魔力の種を植える事
「特に②は厄介ですね。これが解決しない限り、①が終わりません。兄弟子は上手くやってくれるのでしょうかね?」
「期待は出来んな。エスの補助が要るのではないか。②をやってのけたのは、ラクリマスだけなのだろう?」
「……そうですね。両方を平行して進めましょうか。まずは①ですが――」
エスティは、木箱から小さな魔石を取り出した。
小指の爪ほどの魔石は、ムラカの剣にも埋め込んだタイプの物だ。魔力を安定保存するのに優れており、壊すとその魔力が周囲にばら撒かれる。
ここで問題となるのは、必要数だ。
「これ、何個必要なんですかね?」
「そもそも、統率者は何体いるのだ?」
「……100体ぐらい?」
「大陸北部全土だろう、もっといる」
魔族にとって、魔力は生命の源だ。
仮に10,000の魔力を詰めた魔石を作り、そこから1日に100魔力を消費するとすると、100日はもつ。それが100体分必要とすると、作る個数は1日100個。不可能に近い。
「……あのヴェンが1日100しか魔力を消費しないなんて想像できないですし、しかもその眷属の、低級魔族もいるんですよね」
「一体、どこまで救わねばならんのだ」
「限界がありますよね。でも、放っておくと今度は人族が亡くなります」
エスティは手元の魔石を、机の上でころころと転がしながら考える。
何か、逆転の発想はないものか。
例えば、ガラングに送り付けた【仮面の女神】は、スカートを除けば魔力が回復するようになっていた。魔石を壊さずともいい。だが、あれも結局、魔力の籠った魔石が埋めこまれていた。
では、魔石を使わずに魔力を回復するにはどうすればいいか。
この蓼科では、ありとあらゆる場所に魔力が漂っている。植生物を中心として、特に手付かずの自然から流れてくる傾向が強い。漂う魔力は空気や温泉にも豊富に含まれていて、量があれば魔石に詰め込むのと何ら変わりなく――。
空気と水。
「最初は、庭先の雪解け水をそのまま送り続けてみましょう。それなりに魔力がありますから、魔族にとっては命の水ですよ」
「そんなのでいいのか?」
「あまり期待させてもアレですしね。さて……ひとっ風呂浴びてリフレッシュしますか」
◆ ◆ ◆
オリヴィエント城、バックスの個室。
「――という訳だ」
「な、なるほど。魔族の地ですか」
ムラカはバックスに事情を説明した。
ここオリヴィエントは、人族の地の南部中央に位置する。そこから魔族の地へ渡るには、かなりの日数を要する。
北東部にあるマルクールに転移して進むのが最短距離だが、ヴェンのルートからは外れる。ムラカは一旦ラクスまで飛び、そこからヴェンの山嶺を通過して魔族の地へと入るつもりだった。
「ところで、マチコデ様は何処に?」
「殿下は現在、大陸東部です」
大陸をぐるりと周る予定で、まだ東部。
まだまだ時間が掛かりそうだ。
「あの方は将来、指導者になる……いてて……ための教育を受けてるみたいですね」
「ん、どうした?」
「最近、畑を始めたんです。それでずーっと土を触っているせいか、情けない事に腰をやってしまいまして」
バックスは腰をトントンと叩いた。
「ミア、治してやってくれ」
「……駄目よムラカ。ここでの魔力は貴重なのよ。それに、回復魔法ばかりに頼って生きてたら人間が腐っちゃうわ」
「お前が言うか」
「しかし、傷付いた子羊達は私の聖なる力を待っているの。私はバックスのように困っている人を放っておけないわ……!」
すると、ミアは【弁当箱】から薄っぺらい何かを取り出した。
「敬虔なる聖女の使途バックスよ。貴方には、この魔道具を差し上げましょう」
「何だこれは?」
「湿布よ」
「……」
ムラカはその湿布に見覚えがあった。ミアが買い物中に知り合ったお婆ちゃんから、大量に貰ったやつだ。使用期限は2、3年過ぎている。
「いや、あんた馬鹿にしてるけど、これは凄い発明なのよ。バックス、温湿布と冷湿布があるから、使い方に気を付けてね」
「ありがとうございます!」
「魔法ばっかりに頼ってたら体が弱くなるわよ。貴方、普段から運動していないでしょう。ラジオ体操と寒風摩擦で、新陳代謝をよくするのよ」
「わ、分かりました」
絶対に分かっていないとムラカは思ったが、注意するのも面倒臭くなった。
「大体、ネクロマリアの人々は魔法に依存しすぎなのよね。戦闘は仕方が無いとしても、料理や掃除や医療、それに夜もランタンがあるのに安易に光魔法を使うってのは――」
「お前が言うか」
そして、ミアは閃いた。
今度は懐中電灯とLEDランタン、それに文房具などを並べだした。更にはカップラーメンや銀マット、ジャンルを問わずにポイポイと取り出してくる。
「ミア様、これは……!?」
「これ全部、私の名義で売りなさい」
「おい、さっさと行くぞ!」
「ちょ、ちょっとムラカ! わあああ! まだ商談がああぁ!」
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