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第三章 運命のカウントダウン
第92話 【恋する運勢の農薬】
しおりを挟む『――美味しくなれと願うと、美味しいパンが焼き上がる。野菜も同じだよ』。
エスティは成典からそう聞いていた。
実際に、野菜に音楽を聞かせている農家もあれば、『今日も可愛いね』という声を送り続けている農家もあるそうだ。
「そんな訳で、兄弟子の力になれないかと思い、この世界の農業について学んでいたんですよ」
エスティは工房にて、ネクロマリアに根付かせる種の研究を進めていた。
「……エス、続きを聞かないと駄目か?」
「はい。失敗したので意見を聞きたくて」
「失敗?」
エスティは立ち上がり、工房の窓を開けた。
空気の入れ替えだ。
今は3月の上旬。
春が近いからか、ここ最近は日中で冷え込む日が減ってきていた。水が凍り付くのは朝だけで、庭に出て草木を刈るのも容易になっている。
「フォーチュンクッキーってあるじゃないですか。あれから着想を得た農薬、その名も【恋する運勢の農薬】」
「語呂が悪い」
エスティは机に緑色の球を転がした。一つ一つの球に小さな魔法陣が刻まれており、地面に埋め込む事で起動する仕組みだ。
「美味しい野菜を育てるには、愛が必要らしいんですよ。愛ってやっぱり、ラブですから。この丸い農薬には混乱と魅了の呪いが付与されており、使うたびに頭がおかしくなって、農薬を好きになります」
ロゼは話を聞きながら真顔で考えていた。
なぜ、農薬に呪いを付与したのか。
「……愛とラブは同じ意味だ。というか、野菜ではなく農薬を好きになるのか」
「そこが失敗したんですよ。これでは、兄弟子がただの農薬好きなおじさんに……ぷぷっ!!」
「笑うな、エス。分かるが笑うな」
ロゼは机にぴょんっと飛び乗り、前足で農薬をコロコロと転がした。
「そもそも、魔力を根付かせるためには農薬が必要なのか?」
「分かりません。まだ手探りですからね。兄弟子にも過去の資料を漁ってもらっています。それで、これは私の予想なんですが――」
ネクロマリアで植物が育たないのは、その魔力が地中の時点で霧散してしまうからだ。それは種自体に魔力量が足りないのもあるが、新芽の時点で枯渇するのは、根付いていない事も要因の一つのはず。
だったら、植えた種に一気に魔力を注ぎ、時空魔法で生育を早めてしまっては?
「なるほどな。エス、この小さな魔法陣が生育を早める時空魔法なのか?」
「いいえ、それは呪いです。この前オリヴィエントへ行った時に、人の心を操る呪い屋さんってヤバそうなお店で、ヤバそうな魔法書を買ったんですよ」
「……エスは馬鹿なのか」
「失礼ですね! 研究の前段階ですよ!」
時間を進める時空魔法は未知数のため、安易に刻んで暴走されては困るのだ。
「ちなみに、どの辺が『運勢の』なのだ?」
「5分の1の割合で、草団子が混じっています。そこに魔法陣はありません」
「……もう何も言うまい」
「さ、そろそろ時間ですよロゼ」
あと数分で、バックスとのやり取りだ。
エスティは転移門の部屋に移動し、木箱に物を敷き詰めていく。
しかし、今日の要望はいつもと違う。
「湿布に便秘薬、文房具にソーラー式のランタン……こんなに沢山、どうする気なんでしょうか?」
「ミアの差し金か? 便利ではあるが」
「便利ですけど、この量の湿布を体に貼ったら兄弟子は木乃伊になりますよ」
エスティは転移門を開き、木箱を一通り送り付けた。
「あ、【恋する運勢の農薬】も送っちゃった」
「問題無い。バックスも怪しんで使わぬ」
「そうですね」
今度はバックスが送り返す番となり、木箱が次々と送られてくる。
いつもと同じ量を、エスティは自身の空間に収納していき――。
「ん?」
最後の木箱かと思ったら、収納できない。
「……」
「た、ただいま。帰って来ちゃった……」
◆ ◆ ◆
ミアは、やる気十分だった。
朝早く目覚めてヨガをし、昼はムラカと共に魔族の領地を走って汗を流し、夜は節制してお酒を飲まずにおやつも食べない。
休憩時間にも筋トレをして自分の肉体をいじめ続けた。時折現れるお酒とおやつへの欲望も、ノンアルコールビールで誤魔化して耐え続けたのだ。そのおかげで、体重は5日間で2kgも痩せた。
しかし、旅する上で致命的な問題があった。
ずーっと我慢していたムラカは、ついにそれを口にした。
「ミア、すまん――お前は足が遅い」
「ブフーッ!!」
「あんたが行けって言ったんでしょう!!」
ムラカ一人の方がはるかに早かったのだ。ヴェンの示した道は地形的に危険な場所もあった。ミアはそこを四つん這いになって進んでいたが、ムラカは飄々と飛び越えていたのだ。
「そういえば、ミアはパワー系聖女でした。足の早さは盲点でしたね」
「けっ! こんな虚しい帰還は無いわよ」
やさぐれたミアは、お酒を飲み始めた。
まだ朝の8時過ぎだ。
「ミア、魔族の地はどうだったのだ?」
「っぷはぁ~! どうって……これぞネクロマリアって感じね。基本的にはラクスの周りと同じ景色だけど、地割れや谷は多かった気がするわ」
魔族の地は、資源が乏しい不毛の大地だと言われていた。過去、人族が魔族を滅ぼそうと乗り込んだ事はあったが、その魔族の多さと魔力の少なさ、そして得るものの少なさから、次第に境界線であるネクロ山脈を越えなくなった。
山の向こうに行く意味がない。
そんな経験から、山脈を封鎖した方が手っ取り早いとなったのが現在だ。
「魔族はどうでした?」
「それが不思議な事に、一度も遭遇しなかったのよ。流石にここまで現れないのは様子が変だと、ヴェンも疑っていたわ」
「むぅ……兄弟子も今は鎮静化していると言っていましたが。ムラカ、無事だといいんですが……」
魔族の侵攻停止は、ネクロマリア全土て起きていた。マルクールが決壊した今こそ攻め入るチャンスのはずだが、突如として現れなくなったのだ。マチコデが外交に周れるのもそれが理由だが、原因は分からない。
都合は良いが、気味が悪い。
「へーきへーき。足が速いもん」
「流石、根に持ちますね」
「私が蓼科に来て力が強くなったいたいに、ムラカは体力が増えて足が滅茶苦茶速くなったのよ。あの調子だと、魔法陣を設置してすぐに帰って来るわよ」
ミアはそう言って、お酒を収納した。
「お風呂いこ。エスティはどうする?」
「天気もいいですし、私はホームセンターで腐葉土を大人買いしてきますよ」
「そ。お土産待ってるわ。いやーガチャフェスに間に合っちゃった! へへっ!」
ミアは手をひらひらとふり、お風呂へと向かって行った。
「……やはり、駄目人間が集う家か」
「ちょっとロゼ、私は働いてますよ!!」
◆ ◆ ◆
オリヴィエント城、バックスの畑。
アメリアが腹を抱えていた。
「アメリアよ、バックスは大丈夫なのか?」
「こ、これは殿下……ふふふっ……!」
【どこでも転移門】によって一時的に帰還していたマチコデの目の前で、バックスが農薬に魅了されて微笑んでいる。
「可愛いねぇこの農薬! 君も――! 君は違うな……あ、君は最高だねぇ!!」
「あっはっは! あーっはっは!!」
「アメリアよ……」
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