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第四章 問題解決リアリティーショー
第102話 帰省する女神と猫とブローカー聖女
しおりを挟む「また、随分と大荷物ですね」
ラクスに帰省してエスティの師匠に会うというだけなのに、ミアは何だか慌ただしい。リビングにはミアの服や雑貨など、まとめきれない荷物が散乱していた。
「化粧品よ。淑女の嗜みでしょ」
「その割には木箱が多いですが」
「全部そうね」
エスティは目に留まった木箱を空けた。中には、ミアがドラッグストアで買いだめしていたファンデーションと化粧水がぎっしりと詰まっていた。
「厚化粧すぎる」
「まぁ、猫には分かんないわよねぇ」
「人間にも分からないですよ……」
ミアがようやくすべての木箱を【弁当箱】に収納し終え、準備が整った。
「よーし。いいわよ、エスティ」
「では、行きますよ」
エスティは面を被り、転移門を開いた。
◆ ◆ ◆
エスティの考えたルートはこうだ。
まずはいつもの転移門にて、バックスの背中を経由してオリヴィエントへと向かう。そしてバックスと共に、トルロスへの転移門を開いた要領でラクスへの門を開く。開く先はエスティが住んでいた空家だ。
「いやはや……転移とは驚愕だよ」
「そういえば兄弟子は初めてでしたか。今度蓼科に来て下さい、ご馳走しますよ」
「あぁ、ビーコンがあれば行けるんだね。そっちで研究もしたいし、頼むよ」
無事ラクスに到着したエスティ達は、歩きながら情報共有をしていた。
いつものラクスの街並みと変わらない。
だが、エスティは違和感を感じていた。
「……エス、気を付けろ」
ロゼが注意深く周囲を確認する。
「見られてますか。ロゼが目印ですね」
「いや、ミアだな。道行く人々が、可哀想なものを見る目でミアを見ている」
「余計なお世話よ!!」
ミアは、ラクス唯一の聖属性魔法使いだった。有名人だったのだ。それが今や、国王に勲章を授与される程の聖職者ドレンティンに完全にお株を奪われている。
そんなミアの帰還を見て、ラクスの人々は驚いていた。
「(ママ、あの人どうしたの?)」
「(しーっ! 見ちゃいけません!!)」
「(ミア様、ラクスに戻ったのか?)」
「(婚活の旅に出たって噂よ、泣けるわ)」
ミアの隣を、ひそひそ話が通り過ぎる。
「……ぐああああぁお前ら黙れえぇー!! 一旗上げてやるわよおおぉ!!」
「なんだなんだ!?」
「皆、逃げろおおぉ!!」
大通りに居た人々が、ミアが突如放った光魔法で散り散りになって去って行った。
「チッ……! 私は別行動するわ!!」
ミアが蟹股で歩いて行った。
「……ロゼ、不安なので」
「みなまで言うな、承知した」
ミアとロゼを大通りに残し、エスティとバックスはラクス城門へとやってきた。
兵士たちはあっさりと通してくれた。ミアの派手な帰省の挨拶で、エスティ達が戻って来ているという情報が伝わっていたようだ。
そのまま王に謁見をと頼まれたが、緊急の仕事があると言ってお断りした。立派な服を着た兵士は残念そうに了承した。エスティはどこかで見た顔だと思ったが、今のはマチコデのご兄弟だったようだ。
「僕の研究室はまだございますか?」
「バックス様の部屋は現在、倉庫になっておりますが……」
「あ、じゃあ丁度良いですね。妹弟子、そこに【時空のビーコン】を設置させてもらおう。それから、ガラング様から陛下宛てに――」
バックスは、いつの間にか敬語を使われる立場となっていたらしい。背中の魔術師と時空の女神は、ラクスの生んだ大魔法使いとして扱われていたのだ。
「……いやぁむず痒いね、これは」
「ふふ、慣れますよ」
ビーコンの設置を終えた2人は、そのまま護衛の兵士と共にラクスの魔法学校へと向かう。とはいえ、歩いてすぐの距離だ。城に隣接している、ラクス唯一の小さな魔法学校である。
「この入口も、随分と久しぶりに感じるよ」
「兄弟子は城勤務でしょう?」
「それだけ激動の日々だったって事だよ」
魔法学校は校門だけは立派だった。防壁の魔法陣が張り巡らされ、装飾も豪華。それなのに、門の隣の外壁は大人でも簡単に乗り越えれる程に低く、無防備だ。
今の時間は授業中だろう。
護衛の兵士の合図で、学校の門がゆっくりと開かれた。
「「お帰りなさ~い!!」」
「おぉ……?」
校門の向こうはすぐに学校の入口がある。その入口と校門とのちょっとした隙間に、生徒たちがわらわらと集まっていた。卒業生であるエスティが来た事を、全員で歓迎していた。
「生エスティ様だ……!」
「エスティ様~!」
「……こ、これはむず痒い」
「お帰りなさいませ、エスティ様」
メガネをかけた初老の女性が前に立ち、エスティに深く礼をした。それに合わせて生徒たちも礼をする。
「や、止めてください校長先生! それよりも、ご歓待感謝します。突然の訪問で恐縮ですが、カシエコルヌ先生はいますか?」
「カシエコルヌ先生ですか?」
校長は付き添いの教師にカシエコルヌの居場所を確認する。その間にも、エスティは生徒たちに嬉々とした表情で視線を集めていた。
エスティが手を振ってみると、子供達がぱぁっと笑顔になる。バックスは微笑みながら、その様子を眺めていた。
「エスティ様。カシエコルヌ先生は現在、素材の仕入れに出ているそうです。もう少しで戻るようなのですが、連れて参りましょうか?」
「い、いえ。悪いのでここで待ちますよ」
「承知しました。では、その間に生徒たちと魔法で遊ぶのは如何でしょうか?」
エスティと校長は目を合わせ、微笑む。
校長は悪戯な顔でウィンクした。この人物は、エスティが生徒時代の時から校長だった。悪さばかりしていたエスティの事をよく覚えていた。
「……ふふ、お世話になった校長先生の頼みとあらば断れませんね」
「良かったですね、皆さん! では、女神様に講堂でお話して頂きましょう!」
「えぇ!!?」
◆ ◆ ◆
「うふふ。美しい奥様を見ていると、幸せな気分になるわ。もう一本オマケよ」
「あらあらミア様、お上手ね。じゃあ、こちらのファンデーションとやらも頂こうかしら。お土産用に5つ程欲しいのだけれど」
「わたくしにも頂けるかしら?」
「わ、わたくしも!」
ここはラクスの貴族向けの商店の一角。
木箱を並べたミアの周りには、ラクスの若奥様達が集まっていた。
大量の金貨を得てホクホクなミアを、ロゼはじーっと見ていた。
「まいどありぃ!」
「……ブローカーか」
「違うわ、個人商店よ。必要なものを必要なだけ必要な場所に届けるという、立派な志を持った崇高な商売よ」
その割には値段が高い。
化粧水一つに金貨1枚は高すぎる。
ラクスの聖女は、一体どこに向かうのか。
「いやー、人件費が嵩むわね」
「とんでもない聖女だ。親の顔が見たい」
「けっ! あんたには見せてやんないわ」
「――ミア。お前、何しとるんじゃ?」
「……ん?」
ミアが声の方に振り向くと、店の前に一人の男性が立っていた。貴族の店に相応しくない、農作業の格好をした高齢男性だ。
「――――お……お父さんっ!!?」
ミアの帰省の噂を聞き付けてやって来た、ミアの父だった。
「ミアお前、ずっと遊んでおったな。いい加減仕事は見つかったんか。ああ゛?」
「ち……ちゃんと真面目に働いてるじゃない! 見てよ、こうしてほら!」
「転売だがな」
「ロゼちょっと黙ってろ」
ミアの父の目が厳しくなる。
「……転売なんてなぁ、人様の物を買い占めて高く売る商売じゃろ? もっと世の中の為になる商売につけぇ! 汗水垂らしてな、一生懸命に働かんと仕事ではないんじゃ!」
「ぐっ……」
ミアは正論を言われた悔しさよりも、実の父に怒られている娘という構図が恥ずかしかった。しかも、よりにもよって貴族の店だ。びっくりしてお父さんと言ってしまった自分のミスだ。
しかし、そこに救世主が現れた。
「――アンタ、その辺にしとき」
「――――お……お母さんっ!!?」
ミアの帰省のうわさを聞き付けてやって来た、ミアの母だった。
ロゼは息を呑んだ。
ミアの母はぽっちゃりとしていて化粧が濃く、雑草を香水代わりにして体中に塗っていた。貴族の店にやって来るためにバッチリとキメた化粧だったが、新種のグリーンオークのようだ。
「ミア……もしやお前、オー」
「ロゼ、言いたい事は分かるけど黙っとけ」
ミアの母は、ミアの父を宥め始めた。
「アンタ。そんなネチネチせんとちゃんと見てみぃ。ミアちゃんも、こうして一生懸命働いとる。お貴族様の店でな、お貴族様を射止めようと必死なんじゃ」
「……ん?」
「ミアちゃん、親としては仕事よりも旦那じゃ。旦那はどうしたんじゃ?」
「ウッ!!」
フォローのような攻撃に、ミアの傷口がえぐられていく。家に帰るたびに毎回聞いてくる悪夢の質問だ。貴族の店で若奥様達の注目を浴びながら、ミアの母による結婚はまだなのか攻撃が始まった。
「早く孫の顔が見たいの。手遅れだけはいかん、ミアちゃんももう29歳じゃ」
「28歳よ!」
「一緒じゃ。ほら、あの美形の冒険者の人はどうしたんじゃ、マタヨシやったか」
「マチコデ様よ!!」
こうして、ミアの地獄が始まった。
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