116 / 138
第四章 問題解決リアリティーショー
第116話 春の八島ヶ原湿原
しおりを挟む高原らしい抜けるような青空。
そして、遠くには雪化粧された山々。
それらを映し出しているのは、湿原の湖。
「おおぉー!」
「ほぉ、美しい」
エスティとロゼは、霧ヶ峰高原の北西部に位置する八島ヶ原湿原にやって来た。
「今日も快晴だねぇ!」
「今年は例年に無いほどの暖冬だね」
日向と成典は空を見上げながら話す。
既に朝靄は消え去り、日は高く昇っている。開けた高原の景色は空を飛んでいるかのように絶景だが、エスティは目の前に広がるそれ以上のものに驚いていた。
「とんでもない魔力量ですよ、ここ……!」
「む、どこからだ?」
「視界の全てからです」
エスティの背負ったザックから、ロゼが顔を覗かせる。
見渡す限りの地面から、溢れんばかりの濃い魔力がウヨウヨと漂っている。日向達の目から見れば美しい風景だが、魔力を見る事の出来るエスティからすると中々の禍々しさだ。
ふと、エスティの目端に遊歩道が映った。
土曜日のお昼過ぎとあってか、観光客らしき一団が見える。トレッキング用のカラフルな服装で、茶色い景色の差し色のようになっていた。
「成典さん、ここは人気なんですか?」
「うん。個人的なベストシーズンは夏なんだけどね、氷の溶ける今頃からこうして人が増えだすんだ」
成典はそう言って、靴紐を結び直す。
湿原の周りは整備された遊歩道となっている。ぐるりと一周するのにかかる時間は約90分、お手軽なトレッキングコースだ。
再び背中のロゼがモゾモゾと動く。
「(エス、大丈夫なのか?)」
「(ん、何がです?)」
「(魔力の種の件、時間が無いだろう)」
ロゼはエスティが行き詰っていた事を知っていた。そして、今日のように現実逃避しがちな性格だという事もよく理解していた。
「気分転換は必要ですよ……ん~!」
「まったく……」
エスティは大きく伸びをした。
そして深呼吸する。
澄んだ空気が美味しい。
準備を済ませた所で、日向が口を開いた。
「ミアさんに気を遣わせたかな……?」
「いえいえ! 気にしちゃだめですよ日向。90分歩くと伝えたら『私シロミィと留守番するわ』と言って自分から引っ込んだのです」
「だから奴は太るのだ。ムラカの代わりに、奴が二重アゴの時に叩いてやる」
「殺されますよロゼ」
「――おぉい二人とも、行くよー!」
「はぁい、今行くー!」
先に歩き出していた成典の元に、エスティ達は駆け足で進み始めた。
◆ ◆ ◆
足元の木の遊歩道は、大きな湿原を囲うように張り巡らされている。手すりもあって安全だ。そして周りには桁違いの魔力の湿原。そんな景色を眺めながら、エスティ達はまったりと歩く。
「この魔力、私がこちらに来てから一番です」
「そうなの?」
一見するとただの湿原だ。
蓼科の森の自然と一体何が違うのか。
「年季が入ってるからかなぁ?」
「12,000歳でしたっけ」
「うわ、エスティちゃん詳しい!!」
「ふふ」
この湿原は1万2千年もの昔から積み重なって出来ている。以前見た植物図鑑には、そう記載されていた。あながち、正解かもしれない。
エスティは沼地を見渡した。
この量があれば、ネクロマリアも……。
(……駄目ですね)
目の前の立て札にある通り、採取禁止だ。
この世界の自然は人が管理している。
「――半分ぐらいか、いやぁ清々しい!」
成典は写真を取りながら辺りを見回す。
「成典さん。なぜこの湿原は、1万2千年も変わらずに植物が生きてるんですか?」
「お、生きている訳ではないんだよ」
八島ヶ原湿原は泥炭層と呼ばれる湿地。
ここに積み重なっているのは、泥炭だ。
「簡単に言うと泥炭とは泥状の炭だね。この一見すると何の変哲のない泥だけど、実は可燃物なんだよ」
「へぇー! お父さん、これ燃えるの?」
「乾かせば、多分ね」
燃料として使用できる一方で、落雷などによる延焼要因にもなる。
「それでエスティちゃんの質問の答えだけど、ここは冷涼な沼地で、植物の遺骸が分解されずに凝縮されて堆積してるんだ。これだけ積もったのは、長い間涼しい気候で安定していたから、というのが答えになるかな」
「なるほど、気候ですか……」
魔力の凝縮された植物の炭が1万2千年分。それだけ気候が冷しいままで、更に日光に霧や雨風などコケなどが育ちやすい環境だった。
曇天のネクロマリアとは根本的に違う。せいぜいトルロスまで行けば光が当たるし、雨も降ってくれる。冷涼な気候といえばネクロ山脈だが、あそこも降らない。
…………そうか、もしかして……。
「――――曇天」
なぜ、ネクロマリア大陸だけ曇天なのか。
空の雲は動かないものだし、雨も降らないのが普通。それが当たり前だと思っていて、生まれてからずっと違和感を感じなかった。
それが違うのだ。
「エスティちゃん……?」
雲の中では氷の粒が生まれ、それが雨になる。原理はこちらの世界で解明されていた。では、なぜネクロマリア大陸の空では氷の粒が生まれないのか。
空の上に雲があるという事は、水分は存在する。そして雲の向こうには、トルロスのような光もある。あの群島で見たように、植物だって育ちやすい環境となるはずだ。トルロスの雲は、確か流れていた。
もしかして……。
あの雲を吸い取って、水にすれば……。
ネクロマリア大陸の空がある!
「……何かヒントになったかい?」
「はい、ありがとうございます! ――いやでも、しかし……むぅ」
なぜ、今まで誰も雲に手を付けようとしなかったのか。魔族の対策に追われていたからか、そんな高くまで魔法を撃つ意味も無かったのか。
何か原因があるのかもしれない。
戻ったらバックスに手紙を送ろう。
そう決めた後のエスティの足取りは、空を飛ぶように軽かった。
◆ ◆ ◆
エスティが向かった後のリビングにて。
「――ようやく、二人きりになれたわね?」
ミアが、逃げようとしたシロミィを捉えた。
両脇を掴んで持ち上げる。
「チッ……何の用?」
「それよそれ。あんた口悪すぎよ」
「アタイはこれで仕切ってたんだ、森を!」
「……ん、アタイ? 仕……切る……?」
シロミィのその言葉で、ミアはシロミィの本質を理解した。
漫画で読んだやつだ。この白猫はもしかすると、ヤンキーデレと呼ばれる希少種の可能性がある。しかも、アタイという一人称はSSSランクに等しい。
濃すぎてキャラを作ってるのかと思って凝視したが、面白い事に本音だった。ミアの目からは、徐々にシロミィがお笑いのサンプルに見えてくる。
「まぁ……アタイも聖女を仕切ってたわ」
「ニャーー! 馬鹿にするな!!」
「ヤバい、死んじゃう~! てへペロ!」
シロミィはロゼと同様、言語理解しか出来ていない。ゆえに戦闘能力は皆無で、引っ搔かれても痛くも痒くもない。
ミアはシロミィが急に可愛く思えてきた。
この子を舎弟にしよう。
にっこりと優しく微笑みながら、シロミィをたしなめる。
「いけないいけない、私ったら怒っちゃった、うふふ! ……ねぇシロミィ。貴女はメス猫界のトップになるのよ。私が人生の先輩として、淑女の嗜みというものを教えてあげる」
「何が先輩だ、独身の足臭女!!」
「てめええええええ!!!」
「ニャーー!!」
0
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
【完結】追放勇者は辺境でスローライフ〜気づいたら最強国の宰相になってました〜
シマセイ
ファンタジー
日本人高校生の佐藤健太は異世界ソレイユ王国に勇者として召喚されるが、騎士団長アルフレッドの陰謀により「無能」のレッテルを貼られ、わずか半年で王国から追放されてしまう。
辺境の村ベルクに逃れた健太は、そこで平和な農民生活を始める。
彼の「分析」スキルは農作業にも役立ち、村人たちから感謝される日々を送る。
しかし、王国の重税取り立てに抵抗した健太は、思わぬ形で隣国ガリア帝国の騎士団と遭遇。
帝国の王族イザベラに才能を認められ、ガリア帝国への亡命を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる