時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

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第四章 問題解決リアリティーショー

第116話 春の八島ヶ原湿原

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 高原らしい抜けるような青空。
 そして、遠くには雪化粧された山々。

 それらを映し出しているのは、湿原の湖。


「おおぉー!」
「ほぉ、美しい」

 エスティとロゼは、霧ヶ峰高原の北西部に位置する八島ヶ原やしまがはら湿原にやって来た。


「今日も快晴だねぇ!」
「今年は例年に無いほどの暖冬だね」

 日向と成典は空を見上げながら話す。

 既に朝靄は消え去り、日は高く昇っている。開けた高原の景色は空を飛んでいるかのように絶景だが、エスティは目の前に広がるそれ以上のものに驚いていた。


「とんでもない魔力量ですよ、ここ……!」
「む、どこからだ?」
「視界の全てからです」

 エスティの背負ったザックから、ロゼが顔を覗かせる。

 見渡す限りの地面から、溢れんばかりの濃い魔力がウヨウヨと漂っている。日向達の目から見れば美しい風景だが、魔力を見る事の出来るエスティからすると中々の禍々しさだ。


 ふと、エスティの目端に遊歩道が映った。

 土曜日のお昼過ぎとあってか、観光客らしき一団が見える。トレッキング用のカラフルな服装で、茶色い景色の差し色のようになっていた。


「成典さん、ここは人気なんですか?」
「うん。個人的なベストシーズンは夏なんだけどね、氷の溶ける今頃からこうして人が増えだすんだ」

 成典はそう言って、靴紐を結び直す。

 湿原の周りは整備された遊歩道となっている。ぐるりと一周するのにかかる時間は約90分、お手軽なトレッキングコースだ。

 再び背中のロゼがモゾモゾと動く。


「(エス、大丈夫なのか?)」
「(ん、何がです?)」
「(魔力の種の件、時間が無いだろう)」

 ロゼはエスティが行き詰っていた事を知っていた。そして、今日のように現実逃避しがちな性格だという事もよく理解していた。

「気分転換は必要ですよ……ん~!」
「まったく……」

 エスティは大きく伸びをした。
 そして深呼吸する。
 澄んだ空気が美味しい。


 準備を済ませた所で、日向が口を開いた。

「ミアさんに気を遣わせたかな……?」
「いえいえ! 気にしちゃだめですよ日向。90分歩くと伝えたら『私シロミィと留守番するわ』と言って自分から引っ込んだのです」
「だから奴は太るのだ。ムラカの代わりに、奴が二重アゴの時に叩いてやる」
「殺されますよロゼ」

「――おぉい二人とも、行くよー!」
「はぁい、今行くー!」

 先に歩き出していた成典の元に、エスティ達は駆け足で進み始めた。


◆ ◆ ◆


 足元の木の遊歩道は、大きな湿原を囲うように張り巡らされている。手すりもあって安全だ。そして周りには桁違いの魔力の湿原。そんな景色を眺めながら、エスティ達はまったりと歩く。

「この魔力、私がこちらに来てから一番です」
「そうなの?」

 一見するとただの湿原だ。
 蓼科の森の自然と一体何が違うのか。


「年季が入ってるからかなぁ?」
「12,000歳でしたっけ」
「うわ、エスティちゃん詳しい!!」
「ふふ」

 この湿原は1万2千年もの昔から積み重なって出来ている。以前見た植物図鑑には、そう記載されていた。あながち、正解かもしれない。


 エスティは沼地を見渡した。
 この量があれば、ネクロマリアも……。

(……駄目ですね)

 目の前の立て札にある通り、採取禁止だ。
 この世界の自然は人が管理している。


「――半分ぐらいか、いやぁ清々しい!」

 成典は写真を取りながら辺りを見回す。

「成典さん。なぜこの湿原は、1万2千年も変わらずに植物が生きてるんですか?」
「お、生きている訳ではないんだよ」

 八島ヶ原湿原は泥炭層と呼ばれる湿地。
 ここに積み重なっているのは、泥炭だ。


「簡単に言うと泥炭とは泥状の炭だね。この一見すると何の変哲のない泥だけど、実は可燃物なんだよ」
「へぇー! お父さん、これ燃えるの?」
「乾かせば、多分ね」

 燃料として使用できる一方で、落雷などによる延焼要因にもなる。


「それでエスティちゃんの質問の答えだけど、ここは冷涼な沼地で、植物の遺骸が分解されずに凝縮されて堆積してるんだ。これだけ積もったのは、長い間涼しい気候で安定していたから、というのが答えになるかな」
「なるほど、気候ですか……」

 魔力の凝縮された植物の炭が1万2千年分。それだけ気候が冷しいままで、更に日光に霧や雨風などコケなどが育ちやすい環境だった。

 曇天のネクロマリアとは根本的に違う。せいぜいトルロスまで行けば光が当たるし、雨も降ってくれる。冷涼な気候といえばネクロ山脈だが、あそこも降らない。


 …………そうか、もしかして……。


「――――曇天」


 なぜ、ネクロマリア大陸だけ曇天なのか。

 空の雲は動かないものだし、雨も降らないのが普通。それが当たり前だと思っていて、生まれてからずっと違和感を感じなかった。

 それが違うのだ。

「エスティちゃん……?」


 雲の中では氷の粒が生まれ、それが雨になる。原理はこちらの世界で解明されていた。では、なぜネクロマリア大陸の空では氷の粒が生まれないのか。

 空の上に雲があるという事は、水分は存在する。そして雲の向こうには、トルロスのような光もある。あの群島で見たように、植物だって育ちやすい環境となるはずだ。トルロスの雲は、確か流れていた。


 もしかして……。
 あの雲を吸い取って、水にすれば……。

 ネクロマリア大陸の空がある!


「……何かヒントになったかい?」
「はい、ありがとうございます! ――いやでも、しかし……むぅ」

 なぜ、今まで誰も雲に手を付けようとしなかったのか。魔族の対策に追われていたからか、そんな高くまで魔法を撃つ意味も無かったのか。


 何か原因があるのかもしれない。

 戻ったらバックスに手紙を送ろう。
 そう決めた後のエスティの足取りは、空を飛ぶように軽かった。


◆ ◆ ◆


 エスティが向かった後のリビングにて。


「――ようやく、二人きりになれたわね?」

 ミアが、逃げようとしたシロミィを捉えた。
 両脇を掴んで持ち上げる。


「チッ……何の用?」
「それよそれ。あんた口悪すぎよ」
「アタイはこれで仕切ってたんだ、森を!」
「……ん、アタイ? 仕……切る……?」

 シロミィのその言葉で、ミアはシロミィの本質を理解した。

 漫画で読んだやつだ。この白猫はもしかすると、ヤンキーデレと呼ばれる希少種の可能性がある。しかも、アタイという一人称はSSSランクに等しい。

 濃すぎてキャラを作ってるのかと思って凝視したが、面白い事に本音だった。ミアの目からは、徐々にシロミィがお笑いのサンプルに見えてくる。


「まぁ……アタイも聖女を仕切ってたわ」
「ニャーー! 馬鹿にするな!!」
「ヤバい、死んじゃう~! てへペロ!」

 シロミィはロゼと同様、言語理解しか出来ていない。ゆえに戦闘能力は皆無で、引っ搔かれても痛くも痒くもない。

 ミアはシロミィが急に可愛く思えてきた。
 この子を舎弟にしよう。

 にっこりと優しく微笑みながら、シロミィをたしなめる。
 

「いけないいけない、私ったら怒っちゃった、うふふ! ……ねぇシロミィ。貴女はメス猫界のトップになるのよ。私が人生の先輩として、淑女の嗜みというものを教えてあげる」
「何が先輩だ、独身の足臭女!!」
「てめええええええ!!!」
「ニャーー!!」

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