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第1章
転生、マーブルとマイキー。
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「……きて……起きて……起きて下さい!」
誰かの声が、遠くで響いている。
その声に導かれるように、意識がゆっくり浮かび上がっていく。
――パシンッ。
「いってぇ!」
頬に鋭い痛みが走った。
ぼんやりと目を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
焦ったように覗き込みながら、両手を胸の前でぎゅっと握っている。
「やっと目を覚ましましたね。大丈夫ですか?」
「……あ、ああ。大丈夫……。ここ、どこだ?」
体を起こしながら辺りを見回す。
見渡す限りの深い森。木々の間から差し込む光は柔らかく、どこか幻想的だ。
鳥の声が聞こえる。土の匂いがする。
――ここは確かに、もう“あの世界”じゃない。
「ここはモルグの森です。
こんな所で倒れていたので、心配していたんです」
モルグの森。
聞いたことのない名前。
(……ここが、異世界か? 本当に、転生したのか?)
「ありがとう。どうやら……眠っていたみたいだな」
頭を掻きながら立ち上がる。服装も見慣れない。
黒い布のチュニックに、革のベルト、粗末なブーツ。
鏡がなくてもわかる――もう“舞鶴キイチ”じゃない。
女性は安心したように息をついた。
「実は私、この森へ薬草を採りに来たんですが、道に迷ってしまって……。
そしたら、あなたを見つけて。よければ、一緒に街まで行きませんか?」
「あー……実は俺も、道がわからなくて」
「そ、そんな……!」
女性は一瞬、目に涙を浮かべて肩を落とす。
森の奥で迷子×2。どう考えても望ましくない状況だ。
「ま、まあ……1人よりは2人でいた方が気が楽だろ?」
とっさに笑いながら言うと、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「そうですね。では、2人で街を目指しましょう!」
気を取り直した彼女は、小さくスカートの裾をつまみ、軽くお辞儀をする。
「私の名前はマーブル。薬師の見習いです。あなたは?」
「俺は……マイキーと呼ばれてた」
「マイキーさんですね。よろしくお願いします!」
「よろしく」
森の木漏れ日の中、マーブルが微笑んだ。
その笑顔がやけにまぶしくて、マイキーはふと空を見上げた。
青く広がる空。流れる雲。
――ここから、俺の“異世界の人生”が始まるのか。
――ガサッ。
背後で、低く湿った音がした。
マイキーとマーブルは同時に振り向く。
次の瞬間、マーブルが青ざめた顔で叫んだ。
「が、ガーキーっ!!」
「ガーキー?」
聞き覚えのある名前だった。
木々の間から姿を現したそれは、身長一メートルほど、緑色の皮膚に鋭い牙、
手には粗末な木の棒を握った醜い魔物――。
まさしく、あのゲーム《Crystal Wonder(クリスタルワンダー)》に出てきたモンスター、“ガーキー”だった。
(……まさか)
心臓が一瞬、跳ねた。
そして試しに、小さく呟く。
「ステータスチェック」
――ピコンッ。
目の前に、半透明の板が現れた。
まるでホログラムのように、空中に文字が浮かび上がる。
「うおっ……マジかよ……!」
画面には見慣れたデザイン。
そして――
レベル:1000(MAX)
ありえない数値が、そこにあった。
さらに詳細を確認すると、スキル、アイテム、魔法の構成――
すべてが、自分が十代の頃に遊んでいたデータそのままだった。
(……強くてニューゲーム、ってやつか?)
呆然としながらも、マイキーは呼吸を整える。
ガーキーがギャアッと喉を鳴らし、木の棒を振り上げ突進してきた。
「来る……っ!」
反射的に手をかざす。
そして心の中で――唱えた。
(――ファイアボール)
空気が熱を帯び、掌の前に炎が集まる。
瞬く間に直径一メートルほどの火球となり、ガーキーへと放たれた。
――ドゴォォンッ!
轟音とともに爆発が森を震わせる。
爆風が通り抜け、焦げた匂いが鼻を突いた。
「うおっ……びっくりしたぁ……!
レベル最大だと、弱い魔法でもこの威力か……。気をつけないとな」
煙が晴れると、そこにはもう何も残っていなかった。
ガーキーの姿は跡形もなく消え、ただ焦げた地面だけが黒く残る。
「す、すごい……! マイキーさんは凄い魔道士なんですね!」
マーブルが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「い、いやぁ……そんなことないよ」
マイキーは頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。
(――神が言っていた“力”って、これのことか……)
胸の奥で小さく呟く。
「魔物は俺がやる。街まで……なんとか進もう」
「ハイっ!」
マーブルは嬉しそうに頷いた。
その瞳には、恐怖よりも希望の光が宿っている。
――異世界。
俺には、あの《Crystal Wonder》そのものの力がある。
ならば、俺には“勝つ方法”がわかる。
マイキーは拳を握った。
神から与えられた使命と、この圧倒的な力。
それらが、ゆっくりと現実味を帯びていくのを感じながら。
ガーキーとの戦闘を終え、森の奥へと進む。
木漏れ日の差し込む道を、マイキーとマーブルは並んで歩いていた。
「それにしても……驚きました」
「ん?」
「見た目は完全に初心者の冒険者装備なのに……あんなに強い魔道士なんて」
「初心者装備……?」
マイキーは思わず自分の服装を見る。
粗末なチュニック、革ベルト、そして布のマント。
どう見ても、最初の町で支給されるレベルの低い装備だ。
(……あっ!)
心の中で、ひとつの可能性が浮かぶ。
(“ニューゲーム”したら、装備は初期状態……。
つまりこの装備はそのせいか? いや、そもそもここが本当に《Crystal Wonder》の世界なのかもわからない。
似ているだけで、全く違う世界って可能性も……)
「どうかしました?」
マーブルが首をかしげる。
「い、いや。なんでもないよ」
とりあえず誤魔化しつつ、マイキーはそっと呟いた。
「……ステータスチェック」
――ピコンッ。
半透明のウィンドウが再び現れる。
さっきと同じ構成だが、今回は“アイテム欄”に意識を向けてみた。
指を伸ばすと、手が画面をすり抜ける。
だが、集中して“触る”イメージを描くと、パッと光のエフェクトが走った。
――開いた。
画面には、かつて自分が集めた膨大なアイテムのリストがずらりと並んでいる。
「……あの時のままだ」
懐かしさが胸を満たす。
目でスクロールし、パンのアイコンを選択。
瞬間、目の前の空間が揺らぎ、白い湯気を立てた焼きたてのパンが出現した。
「よっしゃ……!」
思わずガッツポーズを取る。
その様子を見ていたマーブルが、目をまん丸にしていた。
「そ、それは……パン、ですか?」
「うん。腹、減ったろ?」
横目で見ると、マーブルが明らかに食べたそうな顔をしている。
マイキーは笑って、そのパンを差し出した。
「どうぞ」
「えっ……いいんですか?」
「いっぱいあるから、気にすんな」
もう一つパンを取り出し、2人で並んで座って食べる。
ふんわりとした香ばしい匂いが漂い、マーブルの顔に笑みが浮かぶ。
「おいしい……! 森の中で、こんなに柔らかいパンが食べられるなんて」
「だろ?」
食べながら、マイキーはもう一度ステータスを確認する。
装備欄には“初心者装備”の文字。
(……やっぱりな。
この世界でも装備を変えれば、一瞬で換装されるんだろう。
でも……あまり目立つことをすると、不自然に思われるかもしれないな。
今はまだ、控えておこう)
そう心に決めて、マイキーはウィンドウを閉じた。
パンの香りと森のざわめきの中、2人は再び歩き出す。
――そして、木々の向こうに、街の屋根らしき影が見え始めていた。
時折、木々の間から顔を出すガーキーを倒しながら、マイキーとマーブルは森を進んでいた。
湿った風が吹き抜け、木の葉を揺らす。
やがて――ぽつ、ぽつ、と冷たい感触が頬を打つ。
「……雨、か」
見上げると、灰色の雲が空を覆いはじめていた。
次第に雨脚が強まり、二人の服を濡らしていく。
「やばいな……このままだと、風邪ひきそうだ」
「マイキーさん、あそこに……!」
マーブルが指さした先、岩山の陰に黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
小さな洞窟――ちょうど雨宿りにはぴったりの場所だ。
「助かった。ここで休んでいこう」
「はい……!」
二人は急ぎ足で洞窟の中へと駆け込む。
雨音が外の世界を遠ざけ、代わりに静寂が満ちていく。
中はやや湿っているが、奥行きがあり、しばらく身を寄せるには十分だった。
マイキーは周囲に目を配ると、転がっていた古びた木片を拾い集めた。
「これ、燃えそうだな」
それを重ねて置き、掌をそっとかざす。
心の中で小さく唱える。
(……ファイア)
――ぽっ。
手のひらから、ライターほどの小さな火が生まれた。
ゆらゆらと揺れる橙の光が木片に移り、やがて焚き火となって温かく燃え始める。
「そーっと……そーっと、だな」
マーブルが目を丸くして見つめる。
「魔法って便利ですね。……」
「強くやると、洞窟ごと燃えるかもしれないしな」
「ふふっ、そんな冗談言わないでください」
2人は焚き火を囲み、じわじわと体を温める。
雨音と火のはぜる音だけが響く。
マイキーは軽く伸びをして、ステータス画面を開いた。
「さてと……何か食べやすいもの、あったかな」
アイテム欄をスクロールしていくと――懐かしいアイコンが目に入る。
「……ピザ?」
試しに選択すると、香ばしい匂いとともに、アツアツのピザが空間に現れた。
切り分けられた一切れを手に取り、マーブルに差し出す。
「食べてみる?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん」
恐る恐る一口かじったマーブルの表情が、一瞬でほころんだ。
「……美味しい! なにこれ!? こんな美味しいもの、初めてです!」
その反応があまりにも素直で、マイキーは思わず笑ってしまった。
――ピザは一切れ分だが、在庫数を見ると「×998」。
「……まあ、遠慮しなくていいぞ」
「じゃ、じゃあ……もう一切れだけ!」
二人は焚き火のそばで、温かいピザを分け合って食べた。
雨音が静かに響き、焚き火の光が洞窟の壁を赤く染める。
やがて、心地よい眠気がマイキーを包みこんだ。
「……マーブル、もう寝ていいか?」
「ええ。おやすみなさい、マイキーさん」
マーブルの微笑みを最後に、マイキーはゆっくりと目を閉じた。
焚き火の明かりが、静かに2人を照らし続ける。
――異世界での、初めての夜が、静かに更けていった。
「……さん……イキーさん……マイキーさん!」
肩を揺さぶられ、マイキーは目を覚ました。
「いてっ……ん? どうした?」
焚き火は小さくなり、外の雨はすでに止んでいる。
だが、マーブルの表情は明らかに怯えていた。
「洞窟の……奥から、声が聞こえませんか?」
耳をすます。
――かすかに、確かに聞こえる。
(……誰かの声?)
マイキーは立ち上がり、火を少し強めた。
「行ってみよう。俺が前を行く」
マーブルは不安そうに頷き、彼の背にぴったりとついてくる。
焚き火の明かりを頼りに、奥へ、さらに奥へと進む。
湿った岩肌をなぞると、そこには人の手で削られたような滑らかさがあった。
「……おいおい、ここ……自然の洞窟じゃないな」
ほどなくして、彼らは異様な光景を目にする。
目の前に広がっていたのは、整然と並んだ石の壁と、左右に伸びる石造りの通路。
「何だこれ……地下遺跡か?」
左右どちらにも道が続いており、先は闇に包まれている。
どこかで水の滴る音が、ぽちゃん、ぽちゃんと響いていた。
その時だった――
――ドドドドドッ!!
背後から地響き。
慌てて振り返ると、来た道が一気に崩れ落ちていく。
岩石の塊が次々と落ち、洞窟の入口があっという間に塞がった。
「クソッ! なんだよ、これ!」
マイキーが拳を握りしめる。
埃が舞い、空気が一瞬で重たくなる。
後ろでマーブルが小さく震えていた。
「これじゃ……戻れませんね……」
その声には、諦めと不安が滲んでいた。
「……仕方ない、進むしかないな」
マイキーは息を整え、再び耳を澄ませる。
微かに――人の声のようなものが、右側の通路の方から聞こえる。
「声は……右だ。マーブル、離れるなよ」
「はい……!」
二人は慎重に歩を進めた。
足音が、石の床に小さく反響する。
闇の奥へ――何が待っているのかも知らぬまま。
誰かの声が、遠くで響いている。
その声に導かれるように、意識がゆっくり浮かび上がっていく。
――パシンッ。
「いってぇ!」
頬に鋭い痛みが走った。
ぼんやりと目を開けると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
焦ったように覗き込みながら、両手を胸の前でぎゅっと握っている。
「やっと目を覚ましましたね。大丈夫ですか?」
「……あ、ああ。大丈夫……。ここ、どこだ?」
体を起こしながら辺りを見回す。
見渡す限りの深い森。木々の間から差し込む光は柔らかく、どこか幻想的だ。
鳥の声が聞こえる。土の匂いがする。
――ここは確かに、もう“あの世界”じゃない。
「ここはモルグの森です。
こんな所で倒れていたので、心配していたんです」
モルグの森。
聞いたことのない名前。
(……ここが、異世界か? 本当に、転生したのか?)
「ありがとう。どうやら……眠っていたみたいだな」
頭を掻きながら立ち上がる。服装も見慣れない。
黒い布のチュニックに、革のベルト、粗末なブーツ。
鏡がなくてもわかる――もう“舞鶴キイチ”じゃない。
女性は安心したように息をついた。
「実は私、この森へ薬草を採りに来たんですが、道に迷ってしまって……。
そしたら、あなたを見つけて。よければ、一緒に街まで行きませんか?」
「あー……実は俺も、道がわからなくて」
「そ、そんな……!」
女性は一瞬、目に涙を浮かべて肩を落とす。
森の奥で迷子×2。どう考えても望ましくない状況だ。
「ま、まあ……1人よりは2人でいた方が気が楽だろ?」
とっさに笑いながら言うと、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「そうですね。では、2人で街を目指しましょう!」
気を取り直した彼女は、小さくスカートの裾をつまみ、軽くお辞儀をする。
「私の名前はマーブル。薬師の見習いです。あなたは?」
「俺は……マイキーと呼ばれてた」
「マイキーさんですね。よろしくお願いします!」
「よろしく」
森の木漏れ日の中、マーブルが微笑んだ。
その笑顔がやけにまぶしくて、マイキーはふと空を見上げた。
青く広がる空。流れる雲。
――ここから、俺の“異世界の人生”が始まるのか。
――ガサッ。
背後で、低く湿った音がした。
マイキーとマーブルは同時に振り向く。
次の瞬間、マーブルが青ざめた顔で叫んだ。
「が、ガーキーっ!!」
「ガーキー?」
聞き覚えのある名前だった。
木々の間から姿を現したそれは、身長一メートルほど、緑色の皮膚に鋭い牙、
手には粗末な木の棒を握った醜い魔物――。
まさしく、あのゲーム《Crystal Wonder(クリスタルワンダー)》に出てきたモンスター、“ガーキー”だった。
(……まさか)
心臓が一瞬、跳ねた。
そして試しに、小さく呟く。
「ステータスチェック」
――ピコンッ。
目の前に、半透明の板が現れた。
まるでホログラムのように、空中に文字が浮かび上がる。
「うおっ……マジかよ……!」
画面には見慣れたデザイン。
そして――
レベル:1000(MAX)
ありえない数値が、そこにあった。
さらに詳細を確認すると、スキル、アイテム、魔法の構成――
すべてが、自分が十代の頃に遊んでいたデータそのままだった。
(……強くてニューゲーム、ってやつか?)
呆然としながらも、マイキーは呼吸を整える。
ガーキーがギャアッと喉を鳴らし、木の棒を振り上げ突進してきた。
「来る……っ!」
反射的に手をかざす。
そして心の中で――唱えた。
(――ファイアボール)
空気が熱を帯び、掌の前に炎が集まる。
瞬く間に直径一メートルほどの火球となり、ガーキーへと放たれた。
――ドゴォォンッ!
轟音とともに爆発が森を震わせる。
爆風が通り抜け、焦げた匂いが鼻を突いた。
「うおっ……びっくりしたぁ……!
レベル最大だと、弱い魔法でもこの威力か……。気をつけないとな」
煙が晴れると、そこにはもう何も残っていなかった。
ガーキーの姿は跡形もなく消え、ただ焦げた地面だけが黒く残る。
「す、すごい……! マイキーさんは凄い魔道士なんですね!」
マーブルが目を輝かせて駆け寄ってくる。
「い、いやぁ……そんなことないよ」
マイキーは頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。
(――神が言っていた“力”って、これのことか……)
胸の奥で小さく呟く。
「魔物は俺がやる。街まで……なんとか進もう」
「ハイっ!」
マーブルは嬉しそうに頷いた。
その瞳には、恐怖よりも希望の光が宿っている。
――異世界。
俺には、あの《Crystal Wonder》そのものの力がある。
ならば、俺には“勝つ方法”がわかる。
マイキーは拳を握った。
神から与えられた使命と、この圧倒的な力。
それらが、ゆっくりと現実味を帯びていくのを感じながら。
ガーキーとの戦闘を終え、森の奥へと進む。
木漏れ日の差し込む道を、マイキーとマーブルは並んで歩いていた。
「それにしても……驚きました」
「ん?」
「見た目は完全に初心者の冒険者装備なのに……あんなに強い魔道士なんて」
「初心者装備……?」
マイキーは思わず自分の服装を見る。
粗末なチュニック、革ベルト、そして布のマント。
どう見ても、最初の町で支給されるレベルの低い装備だ。
(……あっ!)
心の中で、ひとつの可能性が浮かぶ。
(“ニューゲーム”したら、装備は初期状態……。
つまりこの装備はそのせいか? いや、そもそもここが本当に《Crystal Wonder》の世界なのかもわからない。
似ているだけで、全く違う世界って可能性も……)
「どうかしました?」
マーブルが首をかしげる。
「い、いや。なんでもないよ」
とりあえず誤魔化しつつ、マイキーはそっと呟いた。
「……ステータスチェック」
――ピコンッ。
半透明のウィンドウが再び現れる。
さっきと同じ構成だが、今回は“アイテム欄”に意識を向けてみた。
指を伸ばすと、手が画面をすり抜ける。
だが、集中して“触る”イメージを描くと、パッと光のエフェクトが走った。
――開いた。
画面には、かつて自分が集めた膨大なアイテムのリストがずらりと並んでいる。
「……あの時のままだ」
懐かしさが胸を満たす。
目でスクロールし、パンのアイコンを選択。
瞬間、目の前の空間が揺らぎ、白い湯気を立てた焼きたてのパンが出現した。
「よっしゃ……!」
思わずガッツポーズを取る。
その様子を見ていたマーブルが、目をまん丸にしていた。
「そ、それは……パン、ですか?」
「うん。腹、減ったろ?」
横目で見ると、マーブルが明らかに食べたそうな顔をしている。
マイキーは笑って、そのパンを差し出した。
「どうぞ」
「えっ……いいんですか?」
「いっぱいあるから、気にすんな」
もう一つパンを取り出し、2人で並んで座って食べる。
ふんわりとした香ばしい匂いが漂い、マーブルの顔に笑みが浮かぶ。
「おいしい……! 森の中で、こんなに柔らかいパンが食べられるなんて」
「だろ?」
食べながら、マイキーはもう一度ステータスを確認する。
装備欄には“初心者装備”の文字。
(……やっぱりな。
この世界でも装備を変えれば、一瞬で換装されるんだろう。
でも……あまり目立つことをすると、不自然に思われるかもしれないな。
今はまだ、控えておこう)
そう心に決めて、マイキーはウィンドウを閉じた。
パンの香りと森のざわめきの中、2人は再び歩き出す。
――そして、木々の向こうに、街の屋根らしき影が見え始めていた。
時折、木々の間から顔を出すガーキーを倒しながら、マイキーとマーブルは森を進んでいた。
湿った風が吹き抜け、木の葉を揺らす。
やがて――ぽつ、ぽつ、と冷たい感触が頬を打つ。
「……雨、か」
見上げると、灰色の雲が空を覆いはじめていた。
次第に雨脚が強まり、二人の服を濡らしていく。
「やばいな……このままだと、風邪ひきそうだ」
「マイキーさん、あそこに……!」
マーブルが指さした先、岩山の陰に黒い穴がぽっかりと口を開けていた。
小さな洞窟――ちょうど雨宿りにはぴったりの場所だ。
「助かった。ここで休んでいこう」
「はい……!」
二人は急ぎ足で洞窟の中へと駆け込む。
雨音が外の世界を遠ざけ、代わりに静寂が満ちていく。
中はやや湿っているが、奥行きがあり、しばらく身を寄せるには十分だった。
マイキーは周囲に目を配ると、転がっていた古びた木片を拾い集めた。
「これ、燃えそうだな」
それを重ねて置き、掌をそっとかざす。
心の中で小さく唱える。
(……ファイア)
――ぽっ。
手のひらから、ライターほどの小さな火が生まれた。
ゆらゆらと揺れる橙の光が木片に移り、やがて焚き火となって温かく燃え始める。
「そーっと……そーっと、だな」
マーブルが目を丸くして見つめる。
「魔法って便利ですね。……」
「強くやると、洞窟ごと燃えるかもしれないしな」
「ふふっ、そんな冗談言わないでください」
2人は焚き火を囲み、じわじわと体を温める。
雨音と火のはぜる音だけが響く。
マイキーは軽く伸びをして、ステータス画面を開いた。
「さてと……何か食べやすいもの、あったかな」
アイテム欄をスクロールしていくと――懐かしいアイコンが目に入る。
「……ピザ?」
試しに選択すると、香ばしい匂いとともに、アツアツのピザが空間に現れた。
切り分けられた一切れを手に取り、マーブルに差し出す。
「食べてみる?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん」
恐る恐る一口かじったマーブルの表情が、一瞬でほころんだ。
「……美味しい! なにこれ!? こんな美味しいもの、初めてです!」
その反応があまりにも素直で、マイキーは思わず笑ってしまった。
――ピザは一切れ分だが、在庫数を見ると「×998」。
「……まあ、遠慮しなくていいぞ」
「じゃ、じゃあ……もう一切れだけ!」
二人は焚き火のそばで、温かいピザを分け合って食べた。
雨音が静かに響き、焚き火の光が洞窟の壁を赤く染める。
やがて、心地よい眠気がマイキーを包みこんだ。
「……マーブル、もう寝ていいか?」
「ええ。おやすみなさい、マイキーさん」
マーブルの微笑みを最後に、マイキーはゆっくりと目を閉じた。
焚き火の明かりが、静かに2人を照らし続ける。
――異世界での、初めての夜が、静かに更けていった。
「……さん……イキーさん……マイキーさん!」
肩を揺さぶられ、マイキーは目を覚ました。
「いてっ……ん? どうした?」
焚き火は小さくなり、外の雨はすでに止んでいる。
だが、マーブルの表情は明らかに怯えていた。
「洞窟の……奥から、声が聞こえませんか?」
耳をすます。
――かすかに、確かに聞こえる。
(……誰かの声?)
マイキーは立ち上がり、火を少し強めた。
「行ってみよう。俺が前を行く」
マーブルは不安そうに頷き、彼の背にぴったりとついてくる。
焚き火の明かりを頼りに、奥へ、さらに奥へと進む。
湿った岩肌をなぞると、そこには人の手で削られたような滑らかさがあった。
「……おいおい、ここ……自然の洞窟じゃないな」
ほどなくして、彼らは異様な光景を目にする。
目の前に広がっていたのは、整然と並んだ石の壁と、左右に伸びる石造りの通路。
「何だこれ……地下遺跡か?」
左右どちらにも道が続いており、先は闇に包まれている。
どこかで水の滴る音が、ぽちゃん、ぽちゃんと響いていた。
その時だった――
――ドドドドドッ!!
背後から地響き。
慌てて振り返ると、来た道が一気に崩れ落ちていく。
岩石の塊が次々と落ち、洞窟の入口があっという間に塞がった。
「クソッ! なんだよ、これ!」
マイキーが拳を握りしめる。
埃が舞い、空気が一瞬で重たくなる。
後ろでマーブルが小さく震えていた。
「これじゃ……戻れませんね……」
その声には、諦めと不安が滲んでいた。
「……仕方ない、進むしかないな」
マイキーは息を整え、再び耳を澄ませる。
微かに――人の声のようなものが、右側の通路の方から聞こえる。
「声は……右だ。マーブル、離れるなよ」
「はい……!」
二人は慎重に歩を進めた。
足音が、石の床に小さく反響する。
闇の奥へ――何が待っているのかも知らぬまま。
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カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
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