地上を創った僕らが、今そこにいる

モデル.S

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第1章

薬草

翌朝。
宿で早めに目覚めたタイガは、簡単な食事をとると、ギルドへと向かった。
昨日の喧騒が嘘のように、朝のギルドはまだ静かだった。

壁に並んだ依頼掲示板の前には数人の冒険者がいたが、目立つ人影は少ない。
カウンターには昨日と同じ、柔らかい笑顔の受付嬢が座っていた。

「おはようございます、タイガさん」

「おはようございます。……初日なので、依頼について教えてもらえますか? 何か、おすすめがあれば」

「もちろんです。ちょうどいい依頼がありますよ。薬草の採取です」

受付嬢はカウンターの下から一枚の紙を取り出して見せてくれた。
依頼番号、目的、報酬、注意事項が細かく書かれている。

「対象は《セリン草》という薬草です。小指くらいの細さで、先端に小さな紫色の花がついています。
薬師の間で重宝されていて、ギルドでは**“10本一束で銀貨1枚”**の買取をしています」

「……条件は?」

「はい。根っこを含めて、傷つけずに丁寧に採取することが条件です。
乾燥・加工前提なので、根を切ったり途中で折れているものは、数に含まれません」

タイガは真剣に聞きながら頷いた。
“刈る”ではなく“掘る”タイプの依頼。少し時間はかかりそうだ。

「どこにあります?」

「ギルドから東に出てすぐの森、“リンフ森”の中腹です。陽当たりと湿度の関係で、そこが一番よく群生しています」

受付嬢の声が少しだけ低くなった。

「ただし……その森には小型の魔物が出ます。特に朝方と夕方は縄張り意識の強い種が出やすく、無防備に踏み込むと危険です」

「なるほど」

「Fランク向けとはいえ、“安全”とは言い切れません。ですので、初心者には“複数人で行くこと”を推奨していますが……」

受付嬢はちらりとタイガの腰のあたりを見た。武器が見当たらないのだろう。

「武器は……これから?」

「ええ、少し見て回るつもりです」

「でしたら、薬草採取のついでに――森で手ごろな木の枝を拾って使う方もいますよ。
戦闘は避けて、魔物の気配を察知したらすぐ引く。それが鉄則です」

タイガは軽く笑って頷いた。

「助かります。……それ、受けます」

「はい、ではこちらが依頼票です。森に入る際は、ギルドカードを提示すれば門番も通してくれますので。お気をつけて」

「ありがとうございます」

依頼票と一緒に小さな紙袋が手渡された。
中には折れにくい小型の麻紐と紙タグ。採取した薬草を束ねるためのものだ。

 

こうして、タイガの最初の冒険者としての仕事が決まった。

それは地味で、誰にも注目されない小さな仕事。
だが、確かにここから“この世界での生”が動き出した。

 

リンフ森は静かだった。
湿った土と苔の香り。差し込む木漏れ日。
タイガは足音をできるだけ立てずに進みながら、根元に紫の花をつけた細い草――《セリン草》を探していた。

発見は容易だった。群生地に入っていれば、目を凝らさずとも見つかる。
問題は、根から丁寧に抜き取ること。
タイガは手で地面を掘り、指先で細く絡んだ根を折らないように慎重に取り出す。

(地味だな……でも、こういうのは嫌いじゃない)

草を10本束ね、タグを巻いて袋に詰める。
1束。2束。少しずつ袋が膨らんでいく。

途中で、小さな木の枝を見つけて拾った。
丸く握りやすく、先端がやや硬い。
(いざとなったら、これを棒代わりに使えるか)
そう思って腰に挟んでおいた。

 

採取を始めておよそ1時間――

空気が、変わった。

 

「……ッ」

気配がある。
気づけば、鳥の声が止んでいた。

木立の陰、複数の視線。
踏みしめる音。
低く、湿ったような喉鳴り。

「ゴブリン……か」

現れたのは、3体。
緑灰色の肌に黄色い目。
粗末な布を腰に巻き、手には木槍と錆びたナイフ。

「キィ……ヒヒヒッ!」

一体が叫んだ瞬間、残りが同時に突っ込んでくる。
動きは素早い――が、タイガの視界では“止まって見える”程度だった。

タイガは、拾った棒を手に取り、構えもせず――ただ、一歩前へ出た。

「……ごめんな」

 

瞬間。棒が横に振るわれた。

 

乾いた“バシュッ”という破裂音。
一体目のゴブリンが空中で回転し、木に叩きつけられて沈黙する。
そのまま棒が反転、逆の手で振り下ろす。

ゴキィッ!

二体目の頭蓋が崩れたような音を立て、痙攣して崩れ落ちた。
最後の一体が方向転換して逃げようとした瞬間――

「遅い」

一歩で詰め、突きで胸を貫いた。

 

……静寂。

地面には、原形を留めない3体のゴブリンの亡骸。
棒は無傷。血もついていない。圧倒的な速度と力が、摩擦すら許さなかった。

「……やりすぎたか」

力を抑えたつもりだった。
だが、木を吹き飛ばし、骨を砕き、刃を持った敵すら一瞬で沈黙させるその威力は、
どうやっても“Fランクの戦闘”ではなかった。

 

タイガは、棒を静かに地面に置いた。
少しだけ深く息を吐いて、袋を持ち直す。

「……とりあえず、もう少し採ろう。今日の目標、あと2束」

淡々と、作業へ戻る。
だが、その背後には、静かに沈む3体の魔物の影があった。

誰も見ていない場所で、ひとつの化け物が静かに始動していることを、誰も知らない。


日が傾き始めた頃、タイガは薬草の詰まった袋を手に、再びゼリアの冒険者ギルドへ戻ってきた。
夕方特有の喧騒の中、ギルド内では依頼帰りの冒険者たちが報告を済ませたり、掲示板を眺めたりしていた。

受付には、朝と同じ女性――栗髪の受付嬢が笑顔で迎えてくれた。

「お帰りなさい、タイガさん。無事でしたか?」

「ええ、森には行ってきました。……これが採取分です」

タイガは、袋をカウンターに静かに置いた。

受付嬢が中を確認しようと開けた瞬間、目を見開いた。

「これ……全部、セリン草……?」

彼女の指先が動き、1束、また1束と取り出していく。
どれも、根まできれいに残された状態で、折れや傷もない。
1本1本がそろっており、束の形も整っている。

「10束……! 初日にこれだけ採る人、そうそういませんよ……。しかも、すごく丁寧に採られてる……」

「気をつけましたから」

「すごいです、本当に……っ!」

しばし感嘆したのち、受付嬢は手元の記録板を確認しながら、報酬袋を取り出す。

「報酬は銀貨1枚 × 10束で、銀貨10枚となります。お疲れさまでした」

「ありがとうございます」

銀貨の入った小袋を受け取った瞬間、確かな“手応え”があった。
戦って、働いて、報酬を得る――それが、この世界での現実だ。

受付嬢がふと表情を引き締めた。

「ところで……森で、魔物に会いませんでしたか?」

「……会いました。ゴブリン、3体」

「っ……!」

「拾った棒で、倒しました。時間はかかりませんでした」

一瞬、受付嬢が言葉を失いかけたが、すぐに業務モードに戻る。

「……すごいですね。それだけで済んでよかったです。
 あの、ひとつ、覚えておいた方がいいことがあるんですが……」

タイガは首を傾げる。

「魔物の多くは、胸の近く――心臓と肺の間あたりに“魔石”を持っています。
 小さなものでも、ギルドに納品すれば報酬になります」

「魔石……?」

「はい。特にゴブリンの魔石は、小さくても銅貨10枚以上。大きいものなら50枚を超えることもあります。
 等級にもよりますが、数をこなせば薬草採取よりずっといい収入になります」

「知らなかった。回収するには?」

「基本は、倒した後に胸を少し切り開いて探ります。血が苦手なら、専用の解体ナイフを使う人も多いですよ。ギルドでも売っています」

「次から、気をつけます」

受付嬢は微笑んだ。

「タイガさんなら、すぐに慣れると思います。……きっと、Fランクのままでいる方が難しいかもしれませんね」

軽口のようで、目は本気だった。

タイガはそれには返さず、礼だけ言ってギルドを後にした。


ギルドの扉を開け、石畳の通りに足を踏み出した瞬間だった。

「わっ……きゃっ!」

細い悲鳴と同時に、何かが正面からぶつかってきた。

タイガの体はまったく揺るがなかったが、ぶつかってきた側――小柄な少女は、後方によろけて尻もちをついた。

紅茶色のポニーテールが揺れ、手には何か包みを持っていたらしく、地面に落ちてコロコロと転がった。

「いててて……どこ見て歩いてんのよ、あんたっ!」

見上げてきたのは、あどけなさの残る少女――いや、装備を見るに、年若い冒険者。
短剣を2本腰に下げ、軽装の皮鎧を着ている。

(ぶつかってきたのは向こうだと思うんだけど……)

タイガが何か言う前に、慌てて駆け寄ってきた女性が二人。

「ちょっとリリィ!また前見ないで歩いたでしょう、まったく……!」

「申し訳ありません、この子が……ご迷惑をおかけしました」

先に口を開いたのは、落ち着いた雰囲気の眼鏡の女性。
そして、彼女の後ろからゆっくりと近づいてきたもう一人――金髪に氷のような青い瞳の女性が、静かにタイガとリリィを見比べた。

「……立ちなさい、リリィ。恥ずかしいわよ」

「う、うぅ、ごめんってば……」

リリィがもぞもぞと立ち上がる。ミナと呼ばれた眼鏡の女性が、落ちた荷物を拾い上げながら深々と頭を下げた。

「本当に、すみません。うちの妹が……そそっかしくて」

「いや、こっちは大丈夫です。怪我もないので」

タイガが手を軽く振って応じると、ミナはほっとしたように微笑んだ。

「ありがとうございます……ああ、あの、もしかして、さっきギルドにいた方ですよね?登録したばかりの」

タイガが頷こうとした時、金髪の女性――セリアが、一歩前に出た。
静かな眼差しで、タイガを見つめる。

「あなた、名前は?」

「……タイガです」

「そう。タイガさん……」

ほんのわずか、目を細める。
冷たい印象ではない。ただ、観察するように、“値踏みするように”。

「……へぇ、見た目は普通。でも、ちょっと匂うわね。違う風が」

タイガは眉をひそめる。

「風?」

「ええ。人は皆、強さや過去や“何か”を背負ってる。あなたからは……そういう“気配”がするの。少し、面白い匂い」

「セリア、それちょっと怖い言い方になってるから……!」

ミナが小声でツッコミを入れる。

「ま、まあ、こいつらちょっと変わってるけど……さっきはごめんね!」

リリィがぺこっと頭を下げ、タイガは軽く笑って返す。

「こちらこそ。では、俺はこれで」

「うん。またどこかでね!」

3人の女性パーティーとすれ違いながら、タイガは無意識に肩の力を抜いた。

(ただのぶつかり……じゃないかもしれないな、あれ)

名前すら聞いてこないくせに、「気配がする」と言い切ったあの視線。
あれは――力を持つ者が、自分と同じ匂いの何かを感じ取った者の目だった。

ギルドの門を背に、夕暮れの通りへと足を進めながら、
タイガは新しい“出会い”が、ここでもう一つ始まったことを、うっすらと感じていた。

 

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