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第3章
魔力炉製作へ
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研究所での日々は、時間の感覚を失わせるほどに濃密だった。
ヒューガは夜遅くまで机にかじりつき、積層魔方陣の線を一本ずつ追い、符号を読み解いては紙に書き写す。魔力の流れを確認するため、時には自身の魔力を流し込み、微細な反応を丹念に記録する。
夜更けまで明かりが絶えることはなく、眠りに就くのは明け方。だが翌朝にはまた、何事もなかったように解析に戻る。その繰り返しだった。
研究所の実験室に入れるのはヒューガと研究者達だけで、護衛のガレスとエリサは別室を借り、交互に待機していた。二人は暇を持て余しつつも、毎晩フラフラになって部屋を出てくるヒューガを見て、「またやりすぎだ」と呆れ、そして心配していた。
セレスとバルトも手分けして補佐に回る。セレスは解析した結果を整え、バルトは記録用の写本や補助的な魔法陣の転写を担う。ユリウスもまた時間を見つけて顔を出し、議論に加わることも少なくなかった。
――そして1週間。
積層魔方陣の全てを読み解き、記録としてまとめあげた時、研究所の空気は大きく変わった。
「これで……全部だ」
ヒューガが積み上がった膨大な紙束を前に呟いた瞬間、セレスもバルトも、心からの溜息を吐きながら小さく拍手を送った。
「次は――自作の魔力炉を作る。そのための設計図を書き始めます」
ヒューガはそう宣言し、疲労の色を浮かべながらも瞳を輝かせていた。
新しい一歩が、確かに始まろうとしていた。
研究所の会議室にて、ヒューガは積み上げられた解析結果を前に深く息をつき、視線を仲間たちへと向けた。
「さて――早速、設計図を書きたいと思いますが、その前にいくつか聞きたいことがあるんです」
セレスが手を組みながら首を傾げる。
「何かしら?」
「魔力炉の本体に使う素材についてです。鉄なのか、銅なのか、それとも魔法鉱石か……適したものは何でしょう? 皆さんに心当たりがなければ、いくつか試作を重ねて、実際に性能を比べてみたいと思うのですが」
会議室に一瞬、静寂が落ちた。
セレスが少し考えてから言う。
「……答えは出ていません。これまでに残された記録もなく、私たちも手探りです。確かに、素材ごとに性能を比較するしかないでしょうね」
「そうですか。ではもうひとつ」ヒューガは身を乗り出す。
「中核に置く魔石について。以前修理したときに使ったあの大きな魔石は、どこから持ってきたんですか?」
セレスが顔をしかめる。
「あれは研究所に保管されていた予備です。でも、もう在庫はありません。あの規模の魔石となると……冒険者ギルドを通じて討伐依頼を出すしかないでしょう。もちろん高額になりますけど」
「なるほど……」ヒューガは腕を組んで考え込み、それから不意に笑顔を見せた。
「じゃあ、僕に取りに行かせてもらえませんか? 正直なところ、最近ずっと実験室に籠もりきりで、体が鈍ってきている気がするんです。外で思い切り動きたいんですよ」
セレスが目を細める。
「……大丈夫なの? その大きさの魔石を持つ魔物といえば、かなりの強敵よ。騎士団でも隊を組んで挑むレベルだわ」
ヒューガは両手を広げておどけてみせる。
「大丈夫ですよ。――知ってますか? ここに賢者の弟子がいるらしいんですよ。試しにそいつに頼んでみるのはどうです?」
冗談めかした口ぶりに、会議室に小さな笑いが起こる。
セレスは呆れたように溜息をつきつつも、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……本当に、自分で言うのね。いいわ、正式にあなたに依頼するわ。研究所として――ヒューガ、あなたに魔力炉の中核となる魔石を持ち帰ってきてほしい」
「僕に直接、ですか?」
「ええ。ギルド経由にすれば時間も費用もかかるし、信用できる人間に頼めるとも限らない。でも、あなたなら確実に持ち帰れる。賢者の弟子としてだけでなく、ここまでの働きで充分に証明しているわ」
セレスの真剣な眼差しを受け、ヒューガは頷いた。
「分かりました。依頼、引き受けます。魔力炉の完成のために必ず持ち帰ってみせます」
こうしてヒューガは、魔力炉製作に必要な「魔石」入手のため、自ら冒険に赴くことを決意したのだった。
「幾つか試作するので、魔石は一つでは足りません。複数必要です」
ヒューガの言葉に、会議室は静まり返る。
セレスが頷き、机の上に地図を広げた。
「……前回、研究所に残っていた魔石は“オーガ”から採取されたものだと報告を受けているわ。オーガは強力な魔物よ。知っての通り、通常は騎士団の部隊を組んで討伐に当たる相手」
ヒューガは真剣な眼差しで地図を見つめた。
「その魔石が必要なんですね」
「そう。あの山の奥地、オーガの生息地とされる谷――ここから馬車で一日ほどの距離。普通なら最低でも五日は討伐に費やすけど……あなたなら二日で戻って来られるでしょう」
セレスの視線は鋭い。だが、そこに信頼が混じっていることをヒューガは感じ取った。
「……分かりました。任せてください」
彼は心中でひとつ決める。
――ガレスとエリサには、最初は伝えない。
オーガ討伐と知れば、護衛として止められるに決まっている。危険だからこそ、まずは自分の意思で動かなければならないのだ。
「魔石を入手するには、馬車と御者が必要ね」
セレスは少し考えてから続けた。
「……そういえば、あなた専用の御者がいると聞いているわ。名前までは知らないけれど、常にあなたを送り迎えしているのよね?」
ヒューガは小さく笑って頷いた。
「ええ、ゲイルです。頼れる御者ですよ。今回も彼に任せます」
「そう。ならば安心ね。出発は明日。帰りは――転移魔法陣を使って研究所に戻りなさい」
「はい。二日で必ず戻ります」
こうしてヒューガは、ガレスとエリサ、そして御者のゲイルと共に、オーガの生息地を目指すことになった。
まだ仲間に告げていない“真の目的”を胸に秘めたまま――。
ヒューガは夜遅くまで机にかじりつき、積層魔方陣の線を一本ずつ追い、符号を読み解いては紙に書き写す。魔力の流れを確認するため、時には自身の魔力を流し込み、微細な反応を丹念に記録する。
夜更けまで明かりが絶えることはなく、眠りに就くのは明け方。だが翌朝にはまた、何事もなかったように解析に戻る。その繰り返しだった。
研究所の実験室に入れるのはヒューガと研究者達だけで、護衛のガレスとエリサは別室を借り、交互に待機していた。二人は暇を持て余しつつも、毎晩フラフラになって部屋を出てくるヒューガを見て、「またやりすぎだ」と呆れ、そして心配していた。
セレスとバルトも手分けして補佐に回る。セレスは解析した結果を整え、バルトは記録用の写本や補助的な魔法陣の転写を担う。ユリウスもまた時間を見つけて顔を出し、議論に加わることも少なくなかった。
――そして1週間。
積層魔方陣の全てを読み解き、記録としてまとめあげた時、研究所の空気は大きく変わった。
「これで……全部だ」
ヒューガが積み上がった膨大な紙束を前に呟いた瞬間、セレスもバルトも、心からの溜息を吐きながら小さく拍手を送った。
「次は――自作の魔力炉を作る。そのための設計図を書き始めます」
ヒューガはそう宣言し、疲労の色を浮かべながらも瞳を輝かせていた。
新しい一歩が、確かに始まろうとしていた。
研究所の会議室にて、ヒューガは積み上げられた解析結果を前に深く息をつき、視線を仲間たちへと向けた。
「さて――早速、設計図を書きたいと思いますが、その前にいくつか聞きたいことがあるんです」
セレスが手を組みながら首を傾げる。
「何かしら?」
「魔力炉の本体に使う素材についてです。鉄なのか、銅なのか、それとも魔法鉱石か……適したものは何でしょう? 皆さんに心当たりがなければ、いくつか試作を重ねて、実際に性能を比べてみたいと思うのですが」
会議室に一瞬、静寂が落ちた。
セレスが少し考えてから言う。
「……答えは出ていません。これまでに残された記録もなく、私たちも手探りです。確かに、素材ごとに性能を比較するしかないでしょうね」
「そうですか。ではもうひとつ」ヒューガは身を乗り出す。
「中核に置く魔石について。以前修理したときに使ったあの大きな魔石は、どこから持ってきたんですか?」
セレスが顔をしかめる。
「あれは研究所に保管されていた予備です。でも、もう在庫はありません。あの規模の魔石となると……冒険者ギルドを通じて討伐依頼を出すしかないでしょう。もちろん高額になりますけど」
「なるほど……」ヒューガは腕を組んで考え込み、それから不意に笑顔を見せた。
「じゃあ、僕に取りに行かせてもらえませんか? 正直なところ、最近ずっと実験室に籠もりきりで、体が鈍ってきている気がするんです。外で思い切り動きたいんですよ」
セレスが目を細める。
「……大丈夫なの? その大きさの魔石を持つ魔物といえば、かなりの強敵よ。騎士団でも隊を組んで挑むレベルだわ」
ヒューガは両手を広げておどけてみせる。
「大丈夫ですよ。――知ってますか? ここに賢者の弟子がいるらしいんですよ。試しにそいつに頼んでみるのはどうです?」
冗談めかした口ぶりに、会議室に小さな笑いが起こる。
セレスは呆れたように溜息をつきつつも、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……本当に、自分で言うのね。いいわ、正式にあなたに依頼するわ。研究所として――ヒューガ、あなたに魔力炉の中核となる魔石を持ち帰ってきてほしい」
「僕に直接、ですか?」
「ええ。ギルド経由にすれば時間も費用もかかるし、信用できる人間に頼めるとも限らない。でも、あなたなら確実に持ち帰れる。賢者の弟子としてだけでなく、ここまでの働きで充分に証明しているわ」
セレスの真剣な眼差しを受け、ヒューガは頷いた。
「分かりました。依頼、引き受けます。魔力炉の完成のために必ず持ち帰ってみせます」
こうしてヒューガは、魔力炉製作に必要な「魔石」入手のため、自ら冒険に赴くことを決意したのだった。
「幾つか試作するので、魔石は一つでは足りません。複数必要です」
ヒューガの言葉に、会議室は静まり返る。
セレスが頷き、机の上に地図を広げた。
「……前回、研究所に残っていた魔石は“オーガ”から採取されたものだと報告を受けているわ。オーガは強力な魔物よ。知っての通り、通常は騎士団の部隊を組んで討伐に当たる相手」
ヒューガは真剣な眼差しで地図を見つめた。
「その魔石が必要なんですね」
「そう。あの山の奥地、オーガの生息地とされる谷――ここから馬車で一日ほどの距離。普通なら最低でも五日は討伐に費やすけど……あなたなら二日で戻って来られるでしょう」
セレスの視線は鋭い。だが、そこに信頼が混じっていることをヒューガは感じ取った。
「……分かりました。任せてください」
彼は心中でひとつ決める。
――ガレスとエリサには、最初は伝えない。
オーガ討伐と知れば、護衛として止められるに決まっている。危険だからこそ、まずは自分の意思で動かなければならないのだ。
「魔石を入手するには、馬車と御者が必要ね」
セレスは少し考えてから続けた。
「……そういえば、あなた専用の御者がいると聞いているわ。名前までは知らないけれど、常にあなたを送り迎えしているのよね?」
ヒューガは小さく笑って頷いた。
「ええ、ゲイルです。頼れる御者ですよ。今回も彼に任せます」
「そう。ならば安心ね。出発は明日。帰りは――転移魔法陣を使って研究所に戻りなさい」
「はい。二日で必ず戻ります」
こうしてヒューガは、ガレスとエリサ、そして御者のゲイルと共に、オーガの生息地を目指すことになった。
まだ仲間に告げていない“真の目的”を胸に秘めたまま――。
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