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第3章

第21話 お目当て

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 サッチは庭の外で葉巻をふかしながら、退屈そうに腕時計を見た。兵士達が屋敷に入ってからまだ十分ほどであったが、既に三十分は待たされている様な感覚を彼は味わった。そして遂に我慢の限界に達し、自分の部下達に外で待機するように伝えるとそのまま屋敷の中へと消えていった。


 ――――ジーナ達が敵と遭遇する少し前まで時は遡る。一階にはサッチの部下たちが既に入り込んでおり、兵士達は各部屋をしらみつぶしに見て回っていた。するといくつかの部屋が並んでいる渡り廊下で、妙な物音がしたのを何人かの仲間が聞き取った。

「確認する。ついて来てくれ」

 他の者達もその合図に頷き、最終的に三人で物音がした方へと向かっていった。

 レイチェルは割れた花瓶を見ながら「しまった…」と呟く。セラムは周囲の足音からこちらに向かっている人数を予測すると、囮になってくれと彼女に伝えた。レイチェルは即座に返事をすると、ドアをわざと半開きにして準備を始めた。

 偵察に来た男たちはドアが開いているのに気づいた。慎重に開けて中に入ると、どこかに隠れようとしていたのであろう金髪の女性がこちらを振り返り、慌てて両手を上げた。

「ま、待って!話を聞いて!」
「動くな。そのまま大人しくしろ」

 女性の声に耳を貸すことも無く三人の兵士は銃を構えたまま近づいていく。すると女性は開き直った様に相手を見て笑いながら、ただ一言だけ添えた。

「…忠告したのに」

 彼女の視線の先にいたのは、開けっ放しにしていた扉の陰から両手首に仕込んでいた暗器と共に忍び寄るザーリッド族の男であった。

 生き残った兵士がその存在に気づいたのは、左側にいた自身の仲間達が襲われた時であった。一人は背後から頸動脈を掻き切られ、もう一人は背中から暗器で一突きにされた。驚いて銃を構えようとするものの、いつの間にか消音器を取り付けた拳銃を握っていた目の前の女性に膝を撃ち抜かれた。激痛のあまり絶叫しかけたがすぐにザーリッド族の男に口を塞がれてしまい、これから何をされるかも分からないという深刻な状況で涙を目に浮かべ悶える事しか出来なかった。

 ザーリッド族の男と金髪の女は、兵士の口を塞ぐとそのまま先ほど隠れていたと思われる死角へと連れ込んだ。

「大声は出すな。質問に答えろ。全部終われば解放してやる。分かったら首を縦に振ってくれ」

 男の方がジットリとした声で語り掛けた。

 男からの問いに対して兵士はひたすら首を縦に振り、抵抗する意思が無い事をアピールして見せる。

「お前達は誰だ?」
「ディ…ディバイダ―ズ…新聞とかで見たことあるだろ?」
「ここにいる仲間は何人だ?」
「俺含めて建物に十四人はいたはずだ…外にも十人。外は入り口を見張ってる奴と森を巡回している奴で分かれている」
「目的は?」
「…ひ、人探しと…ターゲットの殺害」
「よし、ありがとう」

 そう言うとセラムは凄まじい力で首を絞めて、兵士の気を失わせた。兵士は戸惑いと息苦しさを露にしながら枯れた様な声を途切れ途切れに出していたが、遂に彼の腕の中で意識を失ってしまった。

 レイチェルがこっそり部屋の外を覗くと、いつまで経っても戻って来ない仲間を探しに来たらしく、六人程度の兵士がこちらに向かっているのが分かった。

「また来るわよ」

 レイチェルからの情報を聞いたセラムは部屋の奥にある窓から外を見た。外に誰もいないのを確認すると、窓を開けて出た。

「連中が入ってきたら手榴弾を投げろ。後は俺がやる」

 セラムからそう言われたレイチェルは窓の近くでしゃがんでから手榴弾を取り出した。

 一方、兵士達は部屋に入ると倒れている仲間達の死体を発見した。

「遅かったか…!ん?」

 付近の血溜まりから仲間が手遅れであると悟った直後、開きっぱなしの窓から何かが投げ込まれる。その正体に気づく前に爆音と火薬のにおいが辺りに撒き散らされた。至近距離で喰らった三人の兵士はバラバラに吹き飛び即死した。間一髪で助かった者達は急いで立ち上がったが、爆発の後にすぐさま部屋に入り込んだセラムによって間もなく始末された。

 セラムは倒したのを確認すると、レイチェルを部屋へ呼び込んだ。外を見周りしている兵士の存在を危惧していたレイチェルは急いで部屋に入ると、窓を閉めて緊張が解けたかのように息を吐き出した。

「ひとまず動こう。他の三人と合流しないと」

 レイチェルがそう言って立ち上がり、セラムと共に部屋を出ようとした時だった。

 廊下から現れた人影が部屋の出口を塞いだ。出口を塞いだ顔に傷を持つノイル族の男は部屋の入り口に寄りかかりながら二人を見たが、すぐに気を落とした。

「なんだ、こいつらだけか…まあいいや」

 男はそう言うと首を鳴らしながら部屋に入ってきた。セラムはすぐに切りかかったが、男は腕を差し出すように前に出すとセラムに切断されてしまった。

(なぜ手応えが無い…?)

 手に伝わる感触と男の表情から、セラムはその男が丸腰というわけでは無い事に勘付くと急いで距離を取った。

 レイチェルはショットガンを構えてセラムが退いたタイミングで男に見舞ったが、これも全く効いていない様子で男は不敵に笑うばかりであった。

「続けてみるかい?」

 男はそう言いながらレイチェルとの距離を詰めて来た。セラムは背後から刀で刺そうとしたが、気づかれた男に腕を掴まれてしまう。

「しまっ…」
「やっぱりまずはお前からだ!」

 男はそのままセラムに体当たりをかまし、あろうことか壁を突き破って隣の部屋まで行ってしまった。

 壁が砕けるとセラムは部屋に放り出された様にして吹き飛ばされたが、すぐに体勢を整えながら着地し、もう一本の刀を抜いた。

「結構な勢いでぶちかましたつもりだが、思ってたよりタフなんだな」

 男は満足そうに言いながらセラムを見て笑った。その顔と口調はまるで高揚しているかのようであった。当然だがセラムは決して無事で済んだわけではない。現に背中や胴体にはハッキリと痛みが残っていたのである。壁がさほど頑丈では無かった事が幸いだったが、誰も見ていなければその場に倒れこみたいとさえ思っていた。

 にやけ面を浮かべている男の切り落とされた左の上腕からまた新たに何かが形成されているのをセラムは目撃した。うねっている黒いソレはあっという間に前腕を作り出し、男はセラムに対して元に戻った自身の腕をチラつかせた。

「面白いもんだろう?」

 そう言うと男はすぐに攻撃を始めた。攻撃をいなしつつ、再び刀で腕を切り落としたセラムだったが、男はなんとそのまま手首から先が無い状態であるにも拘らず、セラムを殴りつけた。咄嗟に刀で防いだものの、セラムはその衝撃でクローゼットに叩きつけられた。

 実際には瞬時に腕の修復を行ってから殴ったというのが正しかったのだが、セラムにとってはそれでも十分な脅威であった。レイチェルも拳銃やショットガンで援護をするものの、時折怯んだりする程度で致命傷に至っているようには見えなかった。

「焦らなくても後で相手してやるよ!」

 男はご機嫌そうにレイチェルに言うと、一歩ずつゆっくりとセラムに近づいてきた。すぐにクローゼットから体を引き起こしたセラムだったが、追撃が緩む事は無かった。すぐに左へステップを取った瞬間、男の拳が自身の顔をかすり、クローゼットを貫き、壁に風穴を開けた。さらに裏拳の要領で男が放ったエルボーも躱したが、これもまた拳と同じように壁を破壊していく。さながら特大の口径で作られたスラッグ弾であった。

 どうにか弱点を探ろうとセラムは隙を見つけては様々な場所を刀で切りつけた。だが痛手になっているという訳では無いらしく恍惚とした表情で戦闘を続行するこの男を心の奥底で次第に畏怖し始めた。

「薄々分かって来てるだろうけど言っとくよ。何やっても意味ないぜ。だって治っちまうんだもの…まあ滅茶苦茶痛いがな」

 その言葉がより深く冷たい絶望をセラムにもたらした。

 そんな最中に、ドタバタと走ってきたジーナ達がようやく騒ぎのする部屋に到着した。男は援軍と思われる三人の面子の中でも一際目立っているノイル族の女性を見た瞬間、脳裏に興奮と歓喜が沸き起こるのを感じた。

「ようやく…見つけた」

 高鳴る鼓動を我慢しながら男は話しかけた。

 ルーサーの事かと思ったシモンは自分の背後に隠れる様にルーサーを手で誘導する。

「ああ…いやこの際ガキはどうでも良いんだ…いや、勿論良いわけじゃないんだが。一応名乗っとく…俺の名前はサッチ。たぶんお前だろ?ゴリアテと殴り合いしたっていう命知らずの馬鹿は」

 男はジーナに指をさしながら勝手に喋り出した。その場にいた者達には、心なしかジーナの顔が少し曇った様に見えた。

「強かっただろあいつ…ノイル族の骨格や筋肉をベースに作ってるらしいぜ?俺も良くスパーリング相手にしてるよ」

 そこまで言うとサッチはジーナを見ながら、待ちきれないとでも言うように拳を鳴らし始める。

「単刀直入に言うが喧嘩しようぜ。俺とお前、一対一でな」

 サッチからの提案に一同は戸惑いと馬鹿らしさを声に漏らした。

「悪いけどタイマンで相手をしてやる理由が無い」
ジーナからの返答は至極当然、普通ならば誰もが言うであろう言葉だった。

「そうか…じゃあ全員でいい。その代わり、その時はこっちも外にいる仲間を呼んで大乱闘だぜ?そのガキ…最後まで守り切れるかなあ」
 
 サッチは無線に手を掛けながら悪戯っぽく、そして歯切れが少し悪そうに言った。

 そしてその後に続いた言葉がジーナに火をつける要因となってしまった。

「それに知りたいだろ?例えばヨーゼフ・ノーマンがどこにいるのか…なんてな」

 ジーナはそれが耳に入ると微かに動揺したのか、顔や体に緊張が走った。その雰囲気の変化に気づいたらしいサッチはしてやったりと言った具合に動作も交えながら挑発を続けた。

「ほら来いよ…タイマンで俺に「降参」と言わせられたら教えてやらんことも無いぜ?」
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