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第3章

第23話 未練への回答

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 翌日、シモン達は屋敷に踏み込んだ結果として見つけた物をエリーとローレンスに差し出し、事の顛末と自身たちの推測を伝えた。

「そうでしたか、まさか既に無くなっていたとは…!」

 話を聞き終えると、ローレンスは目を丸くしながらシモン達に言った。エリーも少しショックだったのか憂鬱そうに黙っていたが、すぐに気を取り直した。

「そういえば先程、警察の方から連絡がありました。新聞を騒がせている一味の仲間が押し入っていたそうですが、皆さんお怪我はありませんでしたか?」

 エリーがそう聞くとシモンがこれ見よがしに笑った。

「問題ありません!あの手の輩の相手は慣れていますから…ただ建物は、その…無事では済まなかったようでしたがね」

 威勢が良かった筈のシモンは、建物の有様を伝える際にはすっかり萎れている様子だった。ふとセラムは竜頭蛇尾という言葉を思い出し、口元が緩くなりかけた。

「依頼の際にお伝えしましたが、ご心配なさらず。どの道取り壊す予定の物でしたから。警察には我々からも上手く言っておきましょう」

 シモンを慰めるようにローレンスが言った。

 エリーも微笑みながら彼らの話を聞いていたが、話題は遂に報酬の件へと移った。

「母の墓前に仮面を持っていく事が出来なかったのは少し残念でしたが、ようやくわだかまりが取れてスッキリしました。報酬は用意していますので是非お持ち帰りくだ…」
「ああ、それについてですが…今回は見つかっても見つからなくても良いという条件ではありました。しかし依頼人のご期待に添う事が出来なかったという点で我々にも落ち度があります。そこで…今回の報酬はそちらで用意されているものの内、半額のみとさせていただきます」

 シモンからの提案を聞いたエリーは意外そうな顔をしたが、すぐに首を横に振って切り返した。

「そう仰らないでください。あなた方のご足労あって真相を知る事が出来たんです。是非受け取って貰えないでしょうか?」

 エリーからの返答にシモンとセラムは顔を見合わせたが、すぐに頷いてから彼女とその執事を見た。

「そこまで言われてしまうと、断るわけにはいかないですね。分かりました…では受け取らせていただきます。また何かあればいつでもご相談ください」

 そう言いながら報酬が入った小包を受け取ったシモンは、エリーやローレンスと握手を交わした。セラムもまた同じようにすると「今後ともご贔屓に」と商売人の決まり文句を言い残す。

 立ち上がってからシモンはエリーに何かを尋ねていたが、セラムは特に意識することなく先に出て行った。外でしばらく待っているとシモンが出て来たので、2人で並んで街の道をのんびりと歩いていく。

「随分と遅かったが、何を話し込んでいたんだ?」

 セラムは往来する人々に目を向けながらシモンに聞いた。

「ん…仕事につかえそうな情報をまあ、色々とな。後で話すよ」

 二人はそのままジーナ達の待つネスト・ムーバーへと戻って行った。

 ネスト・ムーバーの車内ではシャワーを浴び終わったジーナがソファの上で横になっていた。炊事場からの物音に目を開くと、ルーサーがコーラの瓶を掴んでいるのが見える。

「…ジーナも飲む?」

 ソファで寛いでいたジーナにルーサーは遠慮したように笑ってそう言った。

 二人で向かい合ってテーブルに座りながらコーラを飲み、ノイズだらけのラジオの周波数を適当に弄り続けていた時、ルーサーが凛とした顔で自分を見ている事にジーナは気づいた。

「改めて言うけど、助けてくれてありがとう」

 唐突に発せられた感謝の念にジーナは少したじろいだ。

「え…どうしたの、急に?」
「昨日ウォルハイプから助けてくれたお礼…ちゃんと言えてなかったから」

 ジーナからの問いに妙にかしこまりながらルーサーは答える。やはり照れ臭かったのか、慌てて目を反らした。

 ジーナはコーラを少し飲んでから彼に微笑む。それはいつもの堅物そうな険しい表情や相手を挑発するときに見せる笑顔とは違う、温もりや慈しみを感じる物であった。

「それが今の私にやらないといけない事だからやっただけ。感謝なんかしなくて良いわ」

 優しく接しようと彼女なりに努力をした結果、不器用そうな笑顔と共に出てきた言葉がそれだった。

 ジーナにとってその考え方が正しいのか間違っているのかは正直分からなかった。淡々と仕事をこなし、身内以外からは感謝の言葉も無く報酬を貰って終わる…少なくとも旅が始まる前まではこの繰り返しの日々であった。決して豊かとは言えなかったが、少なくとも飢えはしなかった事から特に他の生き方を選ぶ気にもならなかった。結局の所、目の前にいるのは子供とはいえ取引の材料である。そんな考えが脳裏をよぎるせいで、さらに踏み込んだ関係になる勇気は今の彼女には持ち合わせていなかった。

 彼女からそんな形であしらわれると思ってなかったのか、ルーサーは少し言葉を失った様子だった。少し暗くなった彼の表情を見て流石にマズいと思い、ジーナは大急ぎで弁解をし始めた。

「あの、ほら…まだ子供でしょ?助けられて当然なんだから変に気負わなくて良いって事。ね?」

 発言に対して精一杯の擁護をすると、ルーサーも少し気分が戻ったらしかった。

「そうだとしても、助けてくれた事には変わりないよ」

 ルーサーはそれでも引き下がろうとせず、彼女に感謝を伝えた。そんなルーサーの熱意をようやく受け止めるようにジーナも照れくささを隠しながら「どういたしまして」と返す。

 その後しばらく他愛のない雑談をしていると買い出しを終えたレイチェルや依頼の報告を済ませたシモン達が帰還した。少し賑やかになった車内が落ち着くと、期待を膨らませたシモンがテーブルに小包を置いた。勿体ぶったように慎重に開けると、そこには一千万万ルゲン相当の札束が隙間なく並べられていた。

「よーし上々だな!ハト婆に送金する分を分けても八百万は残る」

 札束をパラパラと指で数えながらシモンは上機嫌に言った。

「ところでこれからどうするんだ?すぐに移動するんだろう?」

 セラムは目の前にある札束に一切動じず、シモンに尋ねた。

 それを聞いたシモンは何かを思いだしたように札束を置き、椅子の笠木に腕と顎を乗せながら座った。

「そうだ、すぐ次に向かおうと思う。今回の件で本格的に狙われ始めている事も分かったからな。出来る限りは転々として一定の場所に留まらないようにしたい。そこでだ…」

 シモンは一瞬間を開けて周囲の反応を伺った。気分はどうあれ全員が興味津々に聞いている事が分かると、今後の方針について語り始めた。

「このディチランドで一番デカい街であるビーブックシティに向かう」

 あまり馴染みのない土地という事もあってか、セラムがビックリした理由がシモンを除く一同には良く分からなかった。

「シモン…流石にやめた方が良いんじゃないか?あそこはお世辞にも…」
「分かっている。だが、目的あっての事さ」

 セラムからの苦言ももっともだという様にシモンは返しながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら説明を始める。

「実は依頼の後、二人に聞いたんだ。『他の知り合いにそのオークションで似たような美術品を手に入れた奴はいないのか』ってな。そしたらビーブックシティにいる上に、一仕事してくれる人材を欲しがってるんだと」

 水を飲みながらシモンは冷静に話していく。他の者達もその話に静かに耳を傾けていた。

「話からするに、そいつもまたかなりの貯えがあるみたいだ。仕事がどんなものか分からないが、上手くいけば早いうちに稼いで移動できる…そしてもう一つ理由がある」

 シモンの話には続きがあるらしく、飲み終わった瓶をテーブルに置くと話を再開した。

「もしだ…あのノーマンや俺達の追手に関する手がかりを見つけられたとしたらどうする?連邦政府がいつまでダンマリを決め込んでるかも分からない。なら俺達でも出来る事はしていった方が良い。有力な情報が手に入ればそれを元手に報酬を吹っ掛ける事だって出来る。それに、追ってくる奴を片っ端からぶっ倒していけばいつかは向こうも諦めてくるだろう」

 得意気に語るシモンだったが、セラムだけはどうも納得がいかない様子だった。

「無茶だ。サッチと名乗っていたあの男の実力を見ただろ?あの水準の強さを持っている奴がどれほどいるのか分からないが、狙っている勢力の全貌が分かってない状況なんだぞ」

 セラムの考えもまた、最もな言い分であった。ハト婆からの情報でテロリストのみならず民間軍事会社まで自分達を狙っている事が分かっている以上、下手に動けばリスクが増えるばかりである。だがシモンは問題ないとでも言うように笑って見せた。

「あいつらが俺たちのいる場所をピンポイントで当ててきたっていうのが重要だ。ジーナがゴリアテと戦った事を知っている辺り、俺達の情報はある程度行き渡っている。恐らくだが、トゥーノステの一件に俺達が関わっているってのも想定してるはずだ。双方ともに目的は勝ち負けじゃなく奪うか守れるか…おまけに自分達の武装に対処できる程の敵を相手にするにも拘らず寄越してきたのはたった一小隊規模の兵力…一体何でだろうな?」

 長い説明の後に提示されたシモンからの問いに暫く全員が黙ったが、ジーナがハッとした様に答えた。

「…すぐに十分な数を用意できるほど人材が多くないって事?」
「ご名答。まあ、ここまでは俺の推測だがな」

 そんなジーナに対して、シモンは指を鳴らしながら正解だと告げる。ここまで言えばもう分かるだろうと言わんばかりに自慢げな表情のシモンは、冷蔵庫にある二本目の瓶に手を掛けていた。

「世間の目もあるだろうし破壊活動以外には大規模な行動はしない筈だ。グリポット社も企業である以上、あまり人目に付く様な事は出来ないだろう。つまり、警戒は続けなければいけないが、恐れる必要は無いって事だ」

 そう結論付けたシモンに対してなお、懐疑的な顔をしていたセラムであったがようやく観念したらしく、最終的に彼の考えに従う意思を見せた。

 こうして次の方針が決まると、一行は準備を急いで行いネスト・ムーバーを発進させた。次に向かうビーブックシティへの道のりを確かめながら旅を再開すると、ジーナは台所に立って食事の準備に取り掛かり始めた。

「気でも変わったの?」

 ジーナは後ろのテーブルで銃の手入れをしていたシモンに尋ねた。

 とぼけた様に何のことだとシモンが聞き返すと、作業の手を止めて彼の方へ振り返った。

「リスクは避けるに越した事は無い。なのにわざわざこんな進路を選ぶのが分からなくて…ただの思い違いなら良いんだけど、私がノーマンの情報を欲しがっているのを知ったせいで気を遣ってくれてるんだとしたら…」

「そんなものは知らんな。こういう生活だと待っているだけじゃ金は入って来ない…だからこそ動く。連中に関する情報収集は金を稼ぐチャンスだと踏んだってだけさ。ま、俺なりのポリシーを貫いているんだ」

 銃を片付けてからシモンは背伸びをした。そしてそのまま寝室へと向かう。

「喋り過ぎたか…ちょっと昼寝をしたいから飯出来たら起こしてくれ」

 寝室に入るとセラムが壁に寄りかかっていた。ルーサーはシャワールームに行っているのか、その場にいなかった。

「つくづくお人好しだな」

 セラムは見透かしているかのようにシモンに言った。

「安心しろよ。これでもちゃんと考えてるんだぜ?連中の戦力を削いでやったんだから金を寄越せとでも政府の役人に言ってやろうか…とかな。それに、あの街には多少コネがある」

 胸騒ぎがしないと言えば嘘だったが、決まってしまった以上は敢えて言わずに違う話題へと話を変え、部屋の向こうから腹の虫が鳴き出しそうな香りが漂うのを二人は待ち続けた。
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