バウンダリーズ・イン・ザ・バビロン

シノヤン

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第7章

第47話 後悔

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 グリポット社が管理する収容所に連れて行かれたサッチの側近は、変わり果てた仲間の姿を見て呆然としていた。ゲルトルードとその部下たちはそれぞれが部屋の中で縮こまり、体を震わせながら何かを恐れ続けている。時折悲鳴に近い奇声を発しては、部屋をのたうち回って何かから逃げようとしていた。

「なんだこれは…」
「お前らが狙ってるあのガキの仕業だ。これでも落ち着いた方だぜ」

 グルームは側近に告げると、肩を強めに掴んでから無理やり彼を振り向かせる。

「俺達は奴らといつでも連絡が取れる。もし情報を渡さないっていうんなら、すぐにでも頼み込んでこいつらと同じ目に遭わせてやるぞ」

 側近を脅すグルームの顔は、妙に不気味だった。



 ――――陰鬱としているスークシティの雰囲気に少々不安を感じつつも、一行はロドリゴという男について街で聞き込みを行い続けていた。どんな店や人物に尋ねてみても、知らないと言われるばかりで話を前に進められない事にやきもきしながら、仕方なく喫茶店で休憩をしていた。

「まさかとは思うが、もう死んでいるなんて事は無いよな?」

 砂糖を多めに入れたコーヒーを啜りながらシモンはそんな事を言った。

「その時は諦めて、グリポット社から連絡が来るのを待つしか無いわね」

 ジーナはトーストにマーガリンを塗りながらそうやって言い返す。ここまで情報が無いとなれば、既にこの街から居なくなってると考えた方が良いのではないかと全員の意見が一致しそうになった時、ウェイトレスが新しい皿を運んできた。チリソース付きのホットドッグが乗っている。

「それとこちらを…」

 ウェイトレスは皿を置いた後にメモを渡して厨房へと戻って行った。自分達が人探しをしている事も把握しており、とある倉庫を尋ねてくれれば会ってやるという内容であった。

「本人からだと思うか?」
「でもそれ以外手掛かりは無いだろ?」

 セラムは全員に見えるようにチラつかせてから意見を求めたが、シモンからの押しもあってか最終的に全員で向かう事になった。

 街の片隅にある寂れた倉庫へ辿り着くと、一人の老人が入り口の前に佇んでいた。ボサボサな髭を指でいじっているその老人はシモン達を見ると、軽く微笑んで見せる。

「…自己紹介は要らん、来な」

 老人は埃臭い倉庫を開け、全員を中へ招いた。様々な荷物が積まれている間をすり抜け、奥にある事務所へと案内されると、そこにはザーリッド族の老紳士がいた。忙しそうに書類に目を通しながら、時折それらの上でペンを走らせている。

「ロドリゴ・エンシーナス・マルタだな」
「…出来れば、もっと落ち着いて話をしたかった仕方がない」

 シモンからの質問に、老紳士は否定をしなかった。そのまま応接に使っているソファへ全員を座らせると、戸棚から何やら分厚い封筒を取り出して戻って来る。

「此処に来た理由も分かっている。ヘブラス・エンフィールドの行方だろう…私は確かに彼とは友人だった。美術品を始めとした様々な品物のオークション…彼もよく参加してくれていたが、ある日を境にオークションは中止した。それから間もなく、彼も亡くなった。癌だったよ」
「ハァ?」

 あまりにも唐突に告げられた真相に全員が思わず声を上げた。だが思い返してみれば、こんな状況にもかかわらず消息も分かってない上に何の連絡も寄越さないという時点で嫌な予感はしていた。いきなり自分の父の死を告げられたルーサーに至ってはショックのあまり何も喋る事が出来なくなっている様子であった。

「…彼が死ぬ前に私に託した遺書だ。知りたい事はこれに書かれているだろう」

 ロドリゴから渡された封筒には非常に長い文章が書き連らねられており、全員は静かにそれを読み進めていった。



 ――――ジーナ達がスークシティにいる頃、ダニエルは頭を抱えていた。諜報員によってサッチが殺害され、その部下さえもが拿捕され、名目上はこちら側の勢力であったはずのグリポット社は単なるスパイであった事など処理が出来ない問題が増えすぎてどうしようも出来なくなっていたのである。

 ダニエルにとって、テロリストとしての活動を始めた理由は故郷を奪った連邦政府への復讐であった。戦前から存在していた多様な人種が住む村こそが彼の故郷であった。戦争とは無縁の田舎の土地にて、どんな種族だろうが分け隔てなく農耕や狩りに勤しむ平和な集落だったが、「バビロンの発展に向けた開発のために」という名目で土地を奪われていった。おおよそ土地に眠っている資源の採取が目的だったのだろうと分かってはいたが、都市部と統合されることで自分達の生活も豊かになると唆され、最終的には合意を果たした上で土地を明け渡した。

 だが、連邦政府が村人へ補償をする事は無かった。ましてや近代化を果たした社会についてあまりにも無知であった村人たちは惨めな生活を送る羽目になり、やがて幸せとは言えぬ末路を辿って行った。その真相を知り、復讐を誓った彼の元に現れたのが他でもないヨーゼフ・ノーマンであった。それも今となっては自分の体を実験台にしていただけかもしれないと、ダニエルは引き返せない所まで来てしまった現状の中でひたすら後悔し続けた。

「…ダニエル、少し良いかい?」

 ドアから聞こえたノックに返事をすると、ベンが憂鬱そうな顔をしながら入って来た。

「ノーマンが呼んでる。兵器の開発も進んでいるし、恐らくは例の件を実行に移すつもりみたいだ。だから今後の方針について話したいってさ」

 ダニエルは何を言うわけでも無くベッドから起き上がり、今までに無いほどに重たい足取りで部屋を出て行った。
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