フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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七章:狂宴の始まり

第48話 プリズン・ブレイク

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 アルフォイブ監獄は、レングート市の西方に位置する国内最大規模の刑務所である。多くの犯罪者が収容され、近年では刑法の変更に伴って絞首刑を始めとした死刑なども執り行っている。以前は国家における警察組織によって管理をされていた施設であったが、エイジス騎士団によって警察や軍が吸収合併された後には、彼らによる運営がなされている場所であった。

「よう、今の所異常なしだ」
「オーケー、じゃあ交代だな。女囚の監房を頼む」
「任せとけ」

 既に日も落ちて空に月が浮かび上がった頃、見回りをする看守の靴音だけが無機質な色合いの通路に響き渡っていた。見張りといってもくまなく目を光らせるわけではない。まるで市場で品物を流し見するように牢屋を眺めては次へ向かう。怪しい動きをしてるか、或いはしてなくともその日の気分によっては牢屋に入り込んで気が済むまで囚人を殴る。毎日がその繰り返しであった。ここに派遣される兵士の大半は、素行を問題視されて送り込まれる者達だらけだった故に、今や監獄は囚人達にとって最悪の環境と成り果てていた。

「…ん ?」

 今日はどいつで憂さ晴らしをしてやろうかなどと吟味していた時、通路の曲がり角へ消える人影を目撃する。慌てて追いかけてみたものの、その先は鍵の掛かっている中庭への扉があるだけであった。近づいてみたが鍵を開けられた形跡はなく、外を見てもそれらしい気配は無い。ここ最近まことしやかに囁かれている幽霊なのかと、期待と不安半ばで扉から離れた看守だったが、直後に背後からの視線に気づく。

 いつでも装備を使える状態と覚悟を備えた後に、すぐさま振り向いた次の瞬間であった。背後に立っていたアンディによって、拳銃を持っていた手を抑えられながら唇に人差し指を当てられる。みなまで言われるまでも無く、「静かにするように」という合図である。咄嗟に腕を振りほどこうとしたが、看守はすぐに思い留まってしまった。妖艶な目つきや良からぬ事を誘っているような仕草に引き込まれそうになる一方で、下手に抵抗すれば殺されるという殺気を確かに感じていた。

「シー…」

 自身の胸元に顔を近づけてきたアンディが囁いた。唇から指を離してそのまま顔の上を撫でるように滑らせると首筋をそっと触る。顔がこちらを見ている。中性的であり、正直に言えば女性と言われても違和感がないであろう美しい顔立ちであった。守衛の胸元が指でなぞられ、このまま押し倒されるのではないかと思えてしまうほどに体同士が密着していた。

「他の連中がいる…俺に何かあれば、必ず異常に気付くぞ」

 成されるがままにしてもらいたいところだったが、看守は辛うじて思い留まりながら言った。

「他の四人も…同じようなことを言っていた」

 吐く吐息さえも肌で感じられる程の距離で、アンディは艶めかしく囁いた。気が付けば拳銃を持つ手を放し、局部へと指先を忍び寄らせている。殺されそうになっているという恐怖と、快楽に溺れさせてくれるかもしれないという根拠のない期待の双方が体と心を蝕み始めた。

「こんなに逞しくて、強そうなのに…弱い人」

 抵抗をする事も出来ずに立ち尽くしていた時、そんな声が聞こえた。次の瞬間、喉元が熱くなり、溢れ出た何かが首を伝う。瞬間、意識は遠い暗闇に沈んでいった。

 血に濡れた床の上で倒れている看守をまさぐって鍵を探り当てると、アンディはそれを仕舞った後に彼の服を拝借した。少々ぶかぶかであったっが問題はない。鍵を奪奪ってからは、部屋番号を探り当てながら片っ端から格子の鍵を開けていく。

「合図を出したら好きにして」

 戸惑う囚人達を唆しながら、アンディは自身に課せられた仕事を続ける。一方、休憩室にて暇を持て余していた他の看守たちは、いつまで経っても戻って来ない同僚たちを不審に思う者が出始めていた。

「新入り、ちょっと様子でも見に行ってくれ」
「ええ、俺ですかあ ?」
「はは、残念だが先輩命令だ。安心しろよ。お前の分のクッキーは残しといてやる」

 周囲に命じられて仕方なく出向く羽目になった新米兵士は、休憩所を出てから戻って来ない他の者達を探したが、やはり見当たらない。不思議に思いながら女囚の監房が立ち並ぶ区画へ差し掛かった時、点々とした血痕が中庭へ続く入り口から伸びているのが見えた。足跡に付着したものである。

 緊張が体に走り、ホルスターから拳銃を抜いた手が微かに強張っていた。構えながら近づいていった先には、夥しい出血によって作られた血濡れの床に倒れる仲間の体だけである。服がはぎとられ、装備や持ち物に至るまですべてが無くなっていた。

 急いで報告に戻ろうとした瞬間、先程まで自分がいた休憩所から悲鳴が上がった。続いて銃声と、各地で振動と共に爆発音が響き渡る。只ならぬ何かが起こり始めてる事を震えとともに実感し始めた時、各地から鉄を勢いよく引き摺るような音が立て続けに起きた。忘れるはずがない。新人研修の一環、上司たちが鉄格子を開けては中にいる囚人達を殴っていたあの日を。鬱憤を晴らす前触れである鉄格子の開く音だった。唯一違うのは、今回それをするのは自分達ではないという事である



 ――――けたたましいサイレンによって叩き起こされたクリスは、大急ぎで制服に着替えて本部の作戦会議室へと向かう。道中では慌ただしく動く職員や兵士達が往来しており、時折ぶつかっては詫びを入れながら重厚に佇む焦げ茶色のドアを開いた。休暇を返上して戻って来たらしいデルシンが、一足先に待っていた。シェリルも近くの椅子に座っている。他の者は対応に追われるか、まだ到着していない様子だった。

「何があった ?」
「来たか…アルフォイブ監獄で暴動が発生。どうもそれだけじゃないらしいが…まずはそちらを優先しないといけない」
「よし、俺が行こう。皆には適当に言っといてくれ」
「あ、おい !」

 何をしなければならないかを簡潔に聞き出して、クリスはすぐさま会議室を出ていこうとする。デルシンは慌てて止めようと彼に呼びかけた。

「それだけじゃないって事は、時間が無いんだろ ?さっさと済ませてやるさ」
「マジか…現場は既に包囲しているが、中に生き残っている騎士団の関係者がいるかもしれん。救出最優先で頼む。シェリル、お前も一緒に向かってくれ。他の奴らには俺から言っとく」
「了解」

 困惑したものの、デルシンはすぐに目的を伝えて、隠密が得意であろうシェリルを同行させることに決めた。彼女もすぐさま頷くとクリスと共に監獄へ向かう準備を進めていく。ここ最近、自身の中に積もっていた疑念の数々を鮮明に思い出し、長い夜が始まそうだとクリスはどこか憂鬱気味であった。
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