フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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九章:瓦解

第64話 それが出来れば苦労はしない

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「シャドウ・スローンのボスへの手がかりを持っているのは、金融街にいるらしいガトゥーシ・クロードという野郎みたいだ。強盗を抑えたら、俺はそこから別行動を取らせてもらう」
「ガトゥーシ・クロード?嘘でしょ ?」

 屋根も無い馬車の荷台で兵士達と共にうずくまりながら、クリスは語り始める。石の上を通る車輪のがたつきが振動として臀部に届き、ハッキリ言って痛かった。金融街での目的をクリスが話しながら髪に伝う雨水を拭っていると、メリッサは何かを知っている風に驚く。

「どうした ?」
「確か若手の資産家よ 。いくつも不動産を持っていて、影響力もあってか最近じゃ政界に進出するって噂もある。女好きって事でニュースもよく騒がせてるじゃない…聞いたこと無いの ?」
「いや、知らんな」

 メリッサが公にされている彼のプロフィールを語るが、クリスは興味無さそうに言った。もっと視野を広くして情報を吸収すべきだと説教を始めるメリッサに適当に相槌を返しながら、クリスは周りの兵士達の様子を見る。通信で送られてくる情報から犯罪者たちの始末が行われている事で、暴動の勢いにも陰りが見えている事は知らされていた。しかし、悪天候によって冷え込む中で働かされるのはやはり堪えるらしく、疲弊しきっているのが彼らの表情で良く分かる。

「おい」

 近くに座り込んでいる年少らしい兵士にクリスは語り掛けてみる。顔付きからしてこの手の仕事には慣れていないというのが見て取れた。

「は、はい… !」
「名前は ?」
「カルロスです…」

 カルロスと名乗る新兵はこちらに目を合わせることなく答えた。畏れ多さ故なのか、話をする気分じゃないのか…いずれにせよ何か違う事で頭がいっぱいになっているらしい。

「緊張か ?随分と気が沈んでいるみたいだが」
「…殺してしまったんです。一人」

 クリスが様子が変だという事を指摘すると、カルロスは一言だけ述べた。

「ほう」
「…逃げ遅れた民間人がいないかと周囲の警戒をしていたんです。そしたら近くの店で物音がして…到着してみると、男がいました。泣き叫んでいる女性の上に覆いかぶさって…自分はウブな子供なんかじゃありません。彼が何をしているのか、すぐに悟りました」

 カルロスの声は震えていた。

「すぐに引き離してから拘束しようとしたんです…そしたらナイフを振り回されてもみくちゃになって…蹴飛ばしてから思わず拳銃で撃ってしまいました。ただ…様子を確認するため近づいた時に、怖くなったんです…もしかしたら息があって…反撃しに来るんじゃないかと。だから…死んでいる筈の相手に何発も。死体の目が見開いていて…どれだけ苦しんで死んだのかは容易に想像できました。それが、忘れられなくて…」

 落ち着かなくなってきたのか、経緯を語る口調は次第に弱々しくなっていった。大きく一呼吸を入れるカルロスをクリスは見ていたが、やがて彼に対して穏やかに言い聞かせる。

「すぐに慣れる」
「慣れる… ?」
「最初の一人だけだ。そこから先、奪った命の数が積み重なれば罪悪感は消し飛ぶ。嫌でも分からされる。命の尊さなんていう物がまやかしなんだと。人間も所詮、他の生物と何ら変わらないんだって感じるようになる」

 慰めというには大変雑な一言を皮切りに、クリスが話し始めた。周りに者達も次第に興味ありげに彼の方を見ている。メリッサも同様であった。

「それに、殺らなきゃお前自身が死んでたんだ。襲われていた女性がどうなっていたかも分からない…だろ ?正しい事をした。自分を肯定して割り切るんだ。でなきゃ、いつか心が押し潰されるぞ」

 お前の行為は間違っていないとクリスは語り続けた。正直なぜこんな話をしようと思ったのかは自分でも分かっていない。戦闘続きで滅入っていた気を単純に紛らわせたかったのはそうだが、放っておけば死んでしまうんじゃないかと思える程に生気の抜けた彼を、無意識に憐れんだのかもしれない。自分を強者だと思ってるからこその余裕が含まれていたのも事実であった。

 そうこうしている内に馬車が銀行へ到着する。兵士達がそれぞれ配置に就くために飛び降りるのを見送ってから、クリス達も後に続いた。

「今のは年長者としての助言ってやつ ?」

 メリッサが笑いながら尋ねてきた。やけに口数の多かったクリスを面白がっていたらしい。

「人殺しを気に病んで、精神が壊れれば取り返しがつかない。メンタルケアってやつだ、気休めぐらいにはなるさ…勿論、多少の本心も入ってる」

 そう言いながら銀行の前に向かったクリスは、その敷地の広さに関心してしまう。国内最大級というだけあって、博物館かと見紛う大きさの建物がそびえ立っていた。なにより神殿を模したと思われる彫刻的な装飾や外壁が特徴であり、暗くて見えない正面玄関はさぞかし壮観である事が想像できる。出来れば白昼に全貌を視察してみたかった所だが、今はそれどころではなかった。入り口の施錠が開いているのを確認してからクリスとメリッサ、そして包囲を行っている者達以外の一部の兵士は中へと突入した。

 灯りは一切ない。自分達の足音や、装備同士が服とベルトによって擦れる音しか聞こえない程に静かであった。

「…強盗がいたんじゃないのか ?」
「場所は間違って無いのに…もう逃げられたのかしら」

 ひそひそとした声でクリスとメリッサは様子がおかしいと相談をする。やがて手分けをして捜索する事が決まり、メリッサは新兵を連れて二階へ、残りの兵士達で会計室や受付、そしてクリスが金庫室と地下を捜索する事が決まった。

「何事も無ければ、この玄関で落ち合おう」
「了解、金塊あるからって盗まないでね ?」
「そこまでするほど生活に困ってねえよ」

 冗談交じりに会話を済ませた二人は、すぐに行動を開始した。金庫室に向かおうとしたクリスだったが、大理石の床が少し濡れている事に気づく。強盗の靴に付着していた雨水かもしれないと言えばそれまでだったが、それにしては量が多い。見上げてみれば受付の天井を覆っているガラスドームの一部が割れていた。

「…あそこから侵入してきたのか ?」

 縄や他の道具を使った痕跡が無い事を不思議に思いながら先へ進んでいくと、貸金庫に繋がる扉がいくつも点在し、奥には重厚な金庫扉が立ちはだかっている。既に少し開けられており、付近には職員と思われる男性が頭から血を流して横たわっていた。

「開けさせられた後に用済みになったか…撲殺だな」

 死体や辺りに残っている血痕から不穏な気配を感じたクリスは、迷った末に金庫扉を開けて奥深くへ進んで行く。妙な胸騒ぎがあった。
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