フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

文字の大きさ
79 / 115
十一章:戦火の飛び火

第79話 昨日の敵は今日の友

しおりを挟む
 一夜の間に発生した暴動の主犯として、ギャッツ・ニコール・ドラグノフの死亡が報じられると急激に暴徒達の活動は縮小していった。考えられる要因としては、自分達に報酬を払ってくれる者がいないという事を暴徒達が理解した点も勿論だが、裏社会における最大勢力であったシャドウ・スローンが大幅に弱体化した事を知り、がら空きになっているシノギを奪った方が早い事に気づいた者達も少なくなかったのである。

 結果として騎士団による暴動の鎮圧は成功したものの、ギャッツの殺害によって新しい火種が生み出される事となった。国内各地でギャングたちによるものとされる抗争や事件が報告され、治安の悪化が問題視されるようになったのは暴動の終焉から間もなくの事である。

 騎士団にとっての災難はそれだけではない。暴動に気を取られている間にブラザーフッドが動き出し、地方における農地や工業地帯への襲撃が発生。騎士団の対応も遅れたのがトドメとなり、魔術師による地域の占領や犯罪が相次いでいた。

 駐屯地にいる兵士達だけでは足りないという要請を受け、本部もすぐに動き出したが人材や資源の流入が滞っている現状に頭を抱える状態が続く事態に陥っていたのである。かくして緊迫した睨み合いが続く中で、騎士団はどうにか対策を打つ必要に迫られていた。

「二百九十九…三百…三百一…」

 クリスは一面が灰色の壁に覆われ、鉄格子付きの小窓から朝日が差し込む部屋でひたすらに腕立て伏せを行っていた。彼は懲罰房にいたのである。犯罪者の手によって隠蔽されてアジトとして利用されていたとはいえ、歴史的にも貴重な建築物を倒壊させてしまった責任を学者たちから問題視されてしまった事が原因であった。

 アルフレッドや法務部も出来る限り手を尽くしてくれたおかげで解雇や刑罰は免れたものの、お咎めなしでは他の者達に示しが付かないという配慮もあった事で一ヵ月間に渡る懲罰房での謹慎を命じられたのである。そんな中でもクリスは出来る限りのことをしたいと、ひたすら体を鍛え続けていた。初めて見た本気と思われるネロの力や、彼が自分と同じ不死身の体を持っている事を知り、いつしか漠然とした不安に襲われるようになっていた。

「おーい、いるかー ?」

 入り口をふさぐ鉄の扉の向こうから声が聞こえる。野太くも活気のある呼びかけの後に扉が開かれると、クリスの外套を持ったデルシンが入って来た。

「ほらよ。さ、久しぶりの娑婆といこうぜ」

 ようやく懲罰房から出たクリスは、背伸びをしながら本部へと続く通路を歩き始める。デルシンも彼の後に続いていた。

「しっかし、お前も災難だったなあ」
「非が無いわけじゃなかったからな…あんな城がそこまで大事な物とは思わなかったが」
「あの古城に関わる役人やら学者連中の中にも金を掴まされてた奴がいるってのに…おまえまで割を食うとは、世の中不平等だぜ」

 処罰に苦言を呈するデルシンと、仕方がなかったと考えるクリスは話をしながら本部の食堂へと向かって行った。昼下がりという事もあってか人もまばらになっている。

「ところで話は変わるんだがよ。最近、新人が入る事になったらしい。俺が教育していた奴とは別らしくてな…なんでも押しかけて騎士にして欲しいって頼み込まれたんだと。それも団長の自宅に」
「ほお、威勢が良くて結構じゃないか」
「それでなんだが…クリス、団長がその新人について話をしたいから、後で会いに来るように言ってたぜ。とりあえず伝えたからな !俺はこの辺で失礼するよ」

 デルシンは時計を見ながら急ぐようにクリスに伝えて、そそくさと立ち去ってしまう。一人寂しく昼食を取らなければならないのかと、少し残念そうにしながらクリスは食堂を歩き、ビュッフェ形式で設置されている料理の前へ向かった。

「クリス !良かったら一緒に食べないかい ?」
「グレッグ…ああ、いいぞ」

 背後からグレッグが嬉しそうにクリスの元へ近づいて来る。どうやら受け持っていた座学がちょうど終わった所だったらしく、二人はそのまま皿に食事をよそい始めた。

「…肉は無いのか ?」
「配給される食料に制限が出てるんだよ。果物や野菜もそうみたいなんだ…ブラザーフッドに農耕地を滅茶苦茶にされたのが効いたんだろうね。ホワイトレイヴンが協力してくれたおかげで、ウェイブロッドを始めとした港町は無事だったらしいから魚で代用するってさ」
「そんなに魚は好きじゃないが…まあ良いか」

 マッシュポテトや青魚のソテーを適当に盛ってから、二人は空いているテーブルに腰かけて騎士団が置かれている現状について語り合い続ける。

「魔術師や魔物用に使っている装備の原料であるクリナ鋼や銀を生産している地域まで攻め込まれているんだ。すぐにでも奪還する必要があるけど、治安の回復や農耕地の奪取まで…」
「人手が絶望的に足りないな…それに資源も」
「今はどれを最優先の目標にするか決めかねているよ。暴動で負傷した兵士達も少なくない。外部からの手助けも必要なんじゃないかな」

 騎士団がしなければならない仕事が次々と舞い込んで来ている状況を説明するグレッグに、クリスは相槌を打ちながらポテトを貪る。魚に関しては相変わらずの骨の多さと口に残るパサパサした食感に辟易してあまり手を付けようとはしなかった。

「ホワイトレイヴンに頼んで他の魔術師の勢力へ協力を要請するしかないか…」
「でも猶予はそれほど無さそうですね。すぐに協力してくれるような方々とは思えません」
「ああ確かにな…って…え ?」

 レグルが率いるホワイトレイヴンの力を借りたいものの、長々と時間は掛けられないとクリスが悩んでいた時だった。割り込んできた物腰の柔らかく若々しさのある声が、自分やグレッグの物ではない事に気づいたクリスは嫌な予感が頭をよぎる。恐る恐る声がした自分の右側を見ると、記憶に新しい人物が隣に座っていた。

「お久しぶりですね、クリス」
「…そういう事か」

 さわやかな笑顔でアンディは挨拶をすると、クリスは彼の纏っている袖の捲られた外套や胸元の紋章から大方の事情を溜息交じりに察した。二人の間柄について知る由もないグレッグは、キョトンとした顔でコーヒーを啜っている。

「き、君が話に聞いていた新人さん ?」
「アンディ・マルガレータ・コーマックと申します。グレッグ・ピーター・オールドマンさんで宜しかったですか ?」
「ああ。よ、よろしくね」
「噂は耳にしております。兵士達の間でも座学の評判が大変良いと」

 初対面の相手に少しドギマギしながらグレッグが尋ね、アンディは快く握手を求めながら自己紹介と他愛もない話をする。その後、団長が呼んでいると二人に伝えてから道中を案内して欲しいと頼んできた。勿論だと承諾するグレッグとは対照的に、何でこんな事になってしまったんだとクリスは複雑そうな心境と共に、食堂を出ていく二人の後を追いかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

処理中です...