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十二章:コールド・ハート
第98話 凶行
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辺り一面が白銀で埋もれている旧市街地の大通りをはずれ、クリスは建物に隠れながら潜行し続ける。子供が敵として立ちはだかっているという状況に、少しばかり戸惑いと緊張が走っていた。その感情が寒さによるものとは違う形で体を強張らせている。せめてもの救いは殺さなくても良いという指令があった事だが、もしうっかり殺害してしてしまうような事があればどうなるだろうか。
この時、クリスは他人に嫌われることを恐れる自分の感情に改めて気づく。昔とは違い、周りからの否定を力だけで覆せなくなっている自分の立ち位置がそうさせているのかもしれなかった。必要であれば覚悟をしなければならないのかもしれない。しかし、自分への侮蔑を露にしていたルーシーの顔が忘れられない。
「…っ!!」
ぼんやりと考えていた矢先、何かが装甲を掠めた。続けざまに吹雪の中から音も無く飛来してくるのは無数の鋭い氷柱である。幸い、大した攻撃ではなく十分に装備の防御力で事足りる攻撃であった。
それでも居場所を知られているというのは、決して良い状況ではない。クリスはすぐさま近くの建物にある窓から内部へ転がり込み、氷柱を放った者達がこちらへ来ることに期待して二階へと身を隠す。どうやら民家だったらしく、積もりに積もっていた埃はクリスが動くたびに舞い上がった。窓などから離れた部屋の隅で装備の具合を確認してみる。ひとまず拳銃などの装備に関しては装甲の持つ保温機能もあってか、これといって動作不良は見られない。出来れば撃って確認したかったが、この状況では自分の居場所を教えてしまうと諦めるしか無かった。
本人の拘り故か、銃火器は使用しないというイゾウの事を思い出したクリスは初めて彼を羨ましく思った。そんな最中、クリスは辺りの状況を確認しようとサイネージを使って気配を探る。特に辺りにそれらしい動きは無く、拍子抜けした様にクリスが立ち上がった時だった。
「クリス、聞こえる!?」
突如として通信装置のランプが点滅した事に驚いたクリスは、慌ててダイヤルを捻る。どうやら装置も大幅に改良されていたらしく、ある程度の距離であれば中継地点を介さずに使用できるようになっているらしい。技術の進化は常に日進月歩である事は知っていたが、こうも便利になっていくスピードが速すぎるのは想定外であった。
「何があった ?」
「とにかく来て !場所はヘイルマン通り !」
メリッサだった。何やら必死な様子でこちらへ捲し立てた後に返答も聞かずに通信を終わらせる。只事では無いのかもしれないと感じたクリスは、地図を取り出してから現在位置を確認する。そして彼女の言った場所がそれほど遠くないのを確認してから再び動き出した。
言われた地点へクリスが現れたのは、十分程度経過してからである。雪に少し足を取られることもあったが、何とか身を隠しつつ進んでいるとメリッサと思われる人影が道の端で跪いている。付近には無数の決して大きくはない体らしきものが横たわっており、雪によって隠されつつあったが辺りには鮮血らしき飛沫や血だまりがあった。装甲によって体温を守られているにもかかわらず、全身に悪寒が走る。
「…何があった…!?」
近づいたクリスは、その光景に息を呑みながらメリッサに尋ねる。彼女も困惑しているのか、こちらを見てから首を横に振った。
「分からない…そろそろイゾウと鉢合うルートだと思って来たんだけど、見ての通り…これ見て」
重苦しく経緯をメリッサは話し、死体の顔をクリスに見せる。血に濡れた子供の顔であった。死因を確認するために服を取っ払ったらしく、露出した肌には一閃の大きな切り傷が深々と刻まれている。よく周囲を観察してみれば、四肢のどれかが欠損している死体をいくつか確認できた。
「イゾウ…なのかな ?…惨い」
「俺の方に一度攻撃が来たが、追撃は無かった…恐らく仲間の危機を知ってこちらの方へ来たんだろう…結果は変わらなかったみたいだが」
目を背けそうになる彼女に、クリスは自分の心当たりを打ち明けて仮説を立てる。二人の間に出来た疑問は言わずもがなこの事態を引き起こした犯人が誰なのかだが、真っ先にイゾウが槍玉に挙げられてしまう。しかし作戦前から様子がおかしかったとはいえ、彼は理屈も無しに禁じられている一線を越えてしまうような馬鹿ではない。もし犯人だったとして何がそこまでイゾウを駆り立てているのか、二人は全く分からなかった。
――――自分の弟子であり、手駒である子供達へ指示を出した後にヴァーシは聖堂に戻って本の続きを開いていた。適当に流し見をしながらページを捲っている時、扉が勢いよく開いて誰かが入って来る気配を感じ取る。血に濡れた装甲を動かし、刀身が真っ赤に染まった刀を握りしめたイゾウがゆっくりと侵入した。
「…なんだ、ガーランドじゃないのか」
アイツじゃなければどうでも良いと振り返っていたヴァーシは体勢を元に戻し、再び本に集中する。ベルトからナイフを取り出したイゾウは、おもむろにそれを後頭部めがけて投げつけた。しかし空気中の水分を一点に集め、それらを凍らせてから作り出した氷柱がナイフを迎え撃つ。衝突した氷柱が砕けるのと同時に、ナイフは軌道が大きく逸れて付近に並べられている椅子に突き刺さってしまう。
「自殺志願者かしら ?度胸あるわね」
自分の時間を邪魔された事に少し苛ついたらしい彼女は、イゾウへ言いながら立ち上がる。彼は特に反応をすることなく刀の切っ先を彼女へ向けた。
「やっぱりお前だったか。嬉しいよ…こんな形で会えるなんて」
「悪いけど記憶に無い。他を当たって頂戴」
イゾウは因縁があるかのような含ませた物言いで語り掛けるが、当の本人は知った事ではないから失せろと遠回しに伝える。これまでに無いほど殺意と怒気に満ち溢れているイゾウの表情など、マスク越しでしか見えないヴァーシは知る由も無かった。
この時、クリスは他人に嫌われることを恐れる自分の感情に改めて気づく。昔とは違い、周りからの否定を力だけで覆せなくなっている自分の立ち位置がそうさせているのかもしれなかった。必要であれば覚悟をしなければならないのかもしれない。しかし、自分への侮蔑を露にしていたルーシーの顔が忘れられない。
「…っ!!」
ぼんやりと考えていた矢先、何かが装甲を掠めた。続けざまに吹雪の中から音も無く飛来してくるのは無数の鋭い氷柱である。幸い、大した攻撃ではなく十分に装備の防御力で事足りる攻撃であった。
それでも居場所を知られているというのは、決して良い状況ではない。クリスはすぐさま近くの建物にある窓から内部へ転がり込み、氷柱を放った者達がこちらへ来ることに期待して二階へと身を隠す。どうやら民家だったらしく、積もりに積もっていた埃はクリスが動くたびに舞い上がった。窓などから離れた部屋の隅で装備の具合を確認してみる。ひとまず拳銃などの装備に関しては装甲の持つ保温機能もあってか、これといって動作不良は見られない。出来れば撃って確認したかったが、この状況では自分の居場所を教えてしまうと諦めるしか無かった。
本人の拘り故か、銃火器は使用しないというイゾウの事を思い出したクリスは初めて彼を羨ましく思った。そんな最中、クリスは辺りの状況を確認しようとサイネージを使って気配を探る。特に辺りにそれらしい動きは無く、拍子抜けした様にクリスが立ち上がった時だった。
「クリス、聞こえる!?」
突如として通信装置のランプが点滅した事に驚いたクリスは、慌ててダイヤルを捻る。どうやら装置も大幅に改良されていたらしく、ある程度の距離であれば中継地点を介さずに使用できるようになっているらしい。技術の進化は常に日進月歩である事は知っていたが、こうも便利になっていくスピードが速すぎるのは想定外であった。
「何があった ?」
「とにかく来て !場所はヘイルマン通り !」
メリッサだった。何やら必死な様子でこちらへ捲し立てた後に返答も聞かずに通信を終わらせる。只事では無いのかもしれないと感じたクリスは、地図を取り出してから現在位置を確認する。そして彼女の言った場所がそれほど遠くないのを確認してから再び動き出した。
言われた地点へクリスが現れたのは、十分程度経過してからである。雪に少し足を取られることもあったが、何とか身を隠しつつ進んでいるとメリッサと思われる人影が道の端で跪いている。付近には無数の決して大きくはない体らしきものが横たわっており、雪によって隠されつつあったが辺りには鮮血らしき飛沫や血だまりがあった。装甲によって体温を守られているにもかかわらず、全身に悪寒が走る。
「…何があった…!?」
近づいたクリスは、その光景に息を呑みながらメリッサに尋ねる。彼女も困惑しているのか、こちらを見てから首を横に振った。
「分からない…そろそろイゾウと鉢合うルートだと思って来たんだけど、見ての通り…これ見て」
重苦しく経緯をメリッサは話し、死体の顔をクリスに見せる。血に濡れた子供の顔であった。死因を確認するために服を取っ払ったらしく、露出した肌には一閃の大きな切り傷が深々と刻まれている。よく周囲を観察してみれば、四肢のどれかが欠損している死体をいくつか確認できた。
「イゾウ…なのかな ?…惨い」
「俺の方に一度攻撃が来たが、追撃は無かった…恐らく仲間の危機を知ってこちらの方へ来たんだろう…結果は変わらなかったみたいだが」
目を背けそうになる彼女に、クリスは自分の心当たりを打ち明けて仮説を立てる。二人の間に出来た疑問は言わずもがなこの事態を引き起こした犯人が誰なのかだが、真っ先にイゾウが槍玉に挙げられてしまう。しかし作戦前から様子がおかしかったとはいえ、彼は理屈も無しに禁じられている一線を越えてしまうような馬鹿ではない。もし犯人だったとして何がそこまでイゾウを駆り立てているのか、二人は全く分からなかった。
――――自分の弟子であり、手駒である子供達へ指示を出した後にヴァーシは聖堂に戻って本の続きを開いていた。適当に流し見をしながらページを捲っている時、扉が勢いよく開いて誰かが入って来る気配を感じ取る。血に濡れた装甲を動かし、刀身が真っ赤に染まった刀を握りしめたイゾウがゆっくりと侵入した。
「…なんだ、ガーランドじゃないのか」
アイツじゃなければどうでも良いと振り返っていたヴァーシは体勢を元に戻し、再び本に集中する。ベルトからナイフを取り出したイゾウは、おもむろにそれを後頭部めがけて投げつけた。しかし空気中の水分を一点に集め、それらを凍らせてから作り出した氷柱がナイフを迎え撃つ。衝突した氷柱が砕けるのと同時に、ナイフは軌道が大きく逸れて付近に並べられている椅子に突き刺さってしまう。
「自殺志願者かしら ?度胸あるわね」
自分の時間を邪魔された事に少し苛ついたらしい彼女は、イゾウへ言いながら立ち上がる。彼は特に反応をすることなく刀の切っ先を彼女へ向けた。
「やっぱりお前だったか。嬉しいよ…こんな形で会えるなんて」
「悪いけど記憶に無い。他を当たって頂戴」
イゾウは因縁があるかのような含ませた物言いで語り掛けるが、当の本人は知った事ではないから失せろと遠回しに伝える。これまでに無いほど殺意と怒気に満ち溢れているイゾウの表情など、マスク越しでしか見えないヴァーシは知る由も無かった。
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