ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第35話 一目散

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「颯真、そいつ連れて逃げろ」

 一つ目小僧の方をチラリと見てから龍人が言った。化け猫達は真っ先に自分の名前を出し、おまけに顔まで把握していた。探している張本人さえ現場に留まっていれば、それ以外の木っ端が逃げおおせようと大した問題にはしないだろう。

「お前一人残してけってのか」

 だが颯真はバツが悪そうだった。少なくとも目の前にいる仮面を被った化け猫達は、凶器を無数に携え、肩や首を鳴らしながら辺りを囲いだしている。空にまで何かしらの細工をしているとは思い難いが、もしそのまま飛び去ってしまえば龍人は強制的に一人である。無事じゃ済まないかもしれない。

「そこまで薄情にはなれないぜ」
「御指名が入ったからな。後で連絡する」
「…こいつ匿ってからすぐ追いかける」
「じゃ、それで。行け」

 意見が合致して間もなく、颯真は一つ目小僧の腕を掴んで空へ舞い上がる。そのまま飛び去った彼らの方へは目もくれず、化け猫達は龍人の方だけを見つめていた。獲物が隙を見せるのを待っている猛獣の姿、それによく似ていた。

「やる気満々か…いいぞ、やってやる」

 龍人は笑った。楽しげな様子であったが、戦う素振りは全く見せない。すぐに後ろを向いて建物の屋上へと霊糸を放ち、それを使って自分の体を屋上へとあっという間に引っ張り上げた。

「気が向いたら、な」

 捨て台詞を残して走り出した直後、背後から怒鳴り声が聞こえた。「逃がすな !」という号令の下、化け猫達が身軽な体躯を駆使して次々と建物の屋上へ上り付き、龍人を猛追する。フリークライマーやパルクールの実践者…俗に言うトレーサーでさえここまで身軽には動けないだろう。だが、それは龍人も同じであった。ビルの間を軽々と飛び越え、立ち並ぶ配管ダクトを器用に渡り、そして潜り抜けていった。

 時折後ろを確認して、追跡者が追い付いてきそうだと判断すれば霊糸を貯水塔へ結び付けて引っ張り倒し、追手の進路を妨害する。真正面から戦おうとしなかったのは自分でも意外に感じていたが、佐那から言われた「死ぬぐらいなら無様でもいいから逃げろ」という教えのせいかもしれない。

 強者と勇者はイコールではない。強者とは勝ち方を熟知し、勝ち続ける事が出来る者である。派手に死にたいのなら勇者に、生き残りたいのならば強者になれ。彼女の教えである。この教えのお陰で少しだけ寿命が延びた気がする。そう思った時だった。ビルを幾つか飛び越えた先、別の団地の屋上へ降り立って走り出した時だった。右手側にあった屋上の入り口、その死角から化け猫が飛び出して、龍人の腰目がけて横からタックルを仕掛けてきたのだ。

「げっ」

 身体能力が開醒によって強化されているとはいえ、不意打ちへ対処が出来るほどまだ龍人は成熟していなかった。案の定、衣服と顔を床へ擦らせながら倒され、体勢を整えようとする前に化け猫が馬乗りになってくる。

「恨まんといてや !」

 その化け猫は拳にメリケンサックを付けていた。間髪入れず拳が降り降ろされるが、龍人は寸前で首を動かして顔の骨が破壊されるのを回避した。顔ではなく床を叩いて鈍い音を響かせた瞬間、龍人はすぐさま近くに立っていたアンテナへ霊糸を伸ばして絡め取る。そして勢いよく引っ張った。

 土台ごと引きちぎられたアンテナは霊糸に引っ張られ、龍人へ馬乗りになっている化け猫の方へと飛来して激突する。龍人は彼が怯んだ隙に押しのけて何とか立ち上がり、アンテナの瓦礫を踏み越えて化け猫を蹴り飛ばした。そして敵が屋上を囲っている柵の方へ吹き飛ばされ、悶えている隙にまた走り出す。敵の力量も数も分からない内から余計な手間をかけるほど、龍人は馬鹿では無かった。

 団地の屋上を走り、次の逃走経路となる建物を探そうとしたが見当たらない。二車線の道路があり、その向こう側に明かりがポツポツと灯った小汚い建物が見えるだけである。自分のいる方角からは窓になっており、薄手のカーテンのせいで中の様子は見えない。だが行くならばあそこしかない。

「よし…」

 屋上の柵から龍人は距離を取った。助走を付けるためである。背後からは先程の刺客の声も含めて賑やかになって来ていた。何もしなければ間もなく捕まるだろう。何もしなければの話ではあるが。

 十分な距離を取り、それからすぐに龍人は駆け出す。走る速度はその時点で出せる最高速度であり、迷いは一切ない。迷えば死ぬ。やがて柵に到達すると、跳躍して柵に足を掛けて更に高く飛翔した。だが龍人には翼など無い。すぐ重力に負けて落下が始まる。そのタイミングで両手から霊糸を出し、とある部屋の窓の端へと引っかけた。

「それ !」

 二本の霊糸で自分の体をスリングショットの如く弾き飛ばし、龍人は窓に激突した。龍人の質量相手に窓が勝てるはずもなく、途端に砕け散ったので龍人は中に転がり込むことに成功する。床を何度か転がり、勢いが収まった所で仰向けになった。仄かにピンク色をしている照明と、紅い壁紙の内装が目立っている。嫌な予感がした。

「あ~…その…」

 ガラスの破片の中から起き上がり、ズタズタになった上着を脱ぎ捨てた龍人は気まずそうにする。視線の先にはベッドがあった。二匹の妖怪が裸のまま、互いを守るように抱き合いながら呆然とこちらを見つめ返している。小鬼とろくろ首であった。

「邪魔してごめんな、悪気はなくて、その…うわっ、すげえおっぱい」

 謝罪と共にろくろ首の豊満な乳房へ称賛を述べた龍人は、Tシャツ姿のまま部屋を出る。「鍵はちゃんと閉めとけ」と言い残してドアを出ると、そのまま辺りを見回してみる。よりにもよってラブホテルだったとは思わなかった。だがまだ生きている。

 ところがそのまま動こうとした時に、先程出てきた部屋から悲鳴と群れを成しているかのような大量の足音が響いた。その場で一瞬立ち止まり、迷惑をかけた客の安否を確認しようか迷ってしまう。その決断をする前に通路の奥の、古いエレベーターも動き出していた。自分が立っている階を示すランプが付き、数人の化け猫のスタッフが出て来る。彼らは皆、龍人を見て面食らっていた。

「すまん、エレベーター借りるからそこ――」

 またとない好機だ。龍人は退くように叫んで走ろうとしたが、身の危険を感じて再び止まった。彼らが皆、黒擁塵を使って腕や手の中に武器を出現させていたのだ。背後では乱暴にドアを蹴破った刺客の化け猫達も現れ、龍人よりさらに後方から接近しつつある。廊下の両端を塞がれてしまい、逃げ場が無くなっていた。
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