ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第47話 一本取られた

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「しまったやべえ…完全に忘れてた… !」

 猛スピードで空を飛びながら颯真が焦っていた。一つ目小僧の配信者をストランドに送り届け、保護をしてもらうよう頼んだ際に「この店を何だと思っているのか」と、アンディを始めた従業員たちに愚痴を聞かされた。その詫びとして店のメニューに出す予定の新作料理の試食会に付き合わされ、龍人の事が後回しになってしまった結果である。酒まで振舞われてしまい、そのせいで尚の事気分が良くなってしまっていたのだ。

「飲酒飛行でウチの警備にしょっ引かれなきゃいいけど…それよりどこだ龍人…⁉」

 神通力で索敵をしながら街を見渡すが、どこもかしこもそれらしい気配で溢れかえっているせいで全く分からない。索敵範囲だけは一丁前に広い癖に、こういった人探しには致命的に向いていない。才能の悲哀をつくづく感じしてまう。

 一方、龍人の方は想像以上に手こずっていた。無尽蔵に、それも四方八方、ありとあらゆる局面から繰り出されてくる武器の連撃が続く。黒擁塵の中から瞬時に現れては消え、目を離した隙に体術も織り交ぜて襲い掛かる様は、戦っているというよりも弄ばれているという言い方が近い。捕食者である獣が、獲物を簡単には殺さずにいたぶる姿を連想させる。違いといえば、獲物側である龍人が粘り強く応戦している所くらいだろう。

 しかしそれでも一方的な防戦状態である事に変わりはない。何せ武装錬成で得物を切り替える暇もなく、やろうとしてもレイの攻め手の豊富さと切り替えの速度について行けないのだ。それに相手の攻撃の予測に集中しすぎるお陰で動きも鈍くなる。彼女の部下達は、一切手助けに入る事も無くヘラヘラとしながら見守っていた。「手ェ出すなや」と指示をされたのも効いたのだろうが、いずれにせよ大層な信頼感である。

「こうなったら…」

 レイが繰り出した環首刀の攻撃を見切り、彼女に蹴りを入れて辛うじて龍人は距離を取る。そこから自分の背後にある団地へチラリと目をやり、ある考えを思いついた。とにかくどうにかしてレイの動きに制限を設けなければならない。

「あっ、おい !」

 レイが叫ぶ。龍人の取った行動…それは彼女に背を向け、団地へと突入する事だったのだ。窓を割りながら飛び込み、そのまま手近にあった部屋へと身を隠す。戦いの場を仕切り直すのも、時には必要な戦術である。佐那からの教えだった。レイが薙刀、鞭、ウルミ、バスターソード、斬馬刀、槍といったリーチの長い武器についても心得があるというのは先程の応酬で分かっている。他にどんな隠し玉があるかは知らないが、少なくとも屋内…それも家具を始めとした障害物に囲まれている状況ならば、大型の得物を扱いたがらないであろう。

 部屋の空間もそれほど大きくはない上、部屋を仕切っている壁も薄い。開醒を発動している今なら簡単に壊せそうであり、いざという時は壁をぶち抜いて避難も出来る。自分が有利になっているかは正直に言えば分からないが、少なくともレイにとってメリットらしいメリットは無いだろう。何もしないよりはマシというやつである。

「さあ来い」

 印を結び、刀を錬成した龍人は呼吸を整える。これぐらいの長さが丁度いい。狭い部屋での取り回しも悪くない上に、ナイフや素手に比べればリーチも稼げる。後はレイがこちらの誘いに乗ってくれるかどうか、そこが重要であった。

 だが少ししてから、龍人はもどかしさを感じた。辺りにそれらしい気配がなく、不審な物音も無い。もしかすると、彼女は団地の中に入って来ていないのだろうか。片手で蛇進索を行い、辺りの生物の気配を探ってみる。住人と思わしき影が無数にある。この中のどれかに、レイが混ざっている可能性も十分に考えられる。

 たちが悪い点と言えば、皆が忙しく動いている事である。何かの作業をしているのか、日々の営みをこなしているのかは知らないが、動きなどから判別をするのはかなり難しい。少なくとも龍人が探れる範囲では、怪しい気配を探知できなかった。

「ビビったのか… ?」

 小声で龍人はぼやく。そんなわけないとは分かっているが、自分を少しだけ安心させたかったのかもしれない。ゆっくりと動き、別の部屋へ壁をぶち抜いて移動してやろうかと思った時であった。玄関の向こう、通路の部分からコツコツと硬い足音が聞こえてきた。間もなく、玄関の安っぽいドアが叩かれる音まで聞こえ出す。音の大きさからして、間違いなくこの部屋のドアが叩かれている。

 どうするべきだろうか。いや、そもそもドアを叩いているのは何者なのか。わざわざ敵がいるかもしれない場所にノックをして入ろうとするほど、レイが悠長な人柄をしているとは思えない。かといって無関係な住人に違いないと断定できる証拠も無い。

 蛇進索の出番である。龍人はすぐに発動し、改めて周辺の気配を探る。そこでようやく変化があった。自分のちょうど真上に別の気配がある。微動だにせず、待ち伏せているかのようだった。ドアの向こうにも気配に関しても、相変わらず扉を叩いているのだ。住人だというならあまりに不自然である。

 成程、見えてきたぞ。龍人は単純な戦術だとせせら笑いたくなる。おおよそ、自分がドアの音に釣られて玄関まで移動した隙に、真上の部屋から天井を壊すなりして侵入をしてくる魂胆だろう。あれだけの武器の数ならば、何かしら突破方法の一つや二つはあってもおかしくない。

 それならば自分のやる事は一つである。龍人は再び印を結び直し、槍をどうにか錬成して見せた。佐那に教わってようやく出来るようにはなったが、実戦で使うのはこれが初めてである。やがて蛇進索で探った気配がある位置に狙いを定め、一気に突いた。

 手ごたえはありだった。切っ先が固い天井を突き破った後、何か柔らかい物を貫く。一瞬顔がほころんだ龍人だが、すぐに自分の判断が誤りだと悟った。くぐもった呻きが聞こえたのだが、その声は低かった。ハスキーな、高めのダミ声であるレイとは大きく異なっている。つまり、上にいたのは別人である。

 すぐに槍を引き抜いて刀を再び錬成した龍人だが、更に別の事に気付いてしまった。ドアを叩く音が聞こえなくなっていたのだ。そこから、今更になって別の疑問点が浮かび上がってしまう。仮にドアを叩いていたのが団地の住人だとして、なぜ一言も喋らなかったのか。そこについて、もう少し強めの疑心を持ち合わせておくべきだったのだ。

 呼吸が荒くなり、動こうにも動けなくなっていた。やってしまった。自分の間抜けさが恨めしい。そう思うのも無理はない。眼球を動かして足元に目をやった時、自分の背後に靴が見えた。先程まで殺し合っていた敵、それが履いていた物と全く同じ色のスニーカーである。
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