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5章:鐘は泣いている
第169話 決行、そして失敗
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深夜、<障壁>外部での活動のために用意されているシボークの別邸は、全てが死しているかのように静まり返っていた。見張り達はいるのだが、誰もが雑談をする事も無く黙々と周辺を歩き、流れ作業の如く周辺を雑に見回しては上の空といった心持だった。
雑木林とむさ苦しい雑草の生い茂っているこの地には似合わない佇まいの邸宅であり、国外から取り寄せたという大理石が、火の灯りに照らされて煌めくことがしばしばあった。記憶が正しければターリナー一派は庶民派を気取っていたそうだが、もはやそれを覚えている者も、わざわざ公に指摘する気概のある者もいない。そんな事をすれば、”お国のために頑張っているターリナー様は、豪遊で英気を養ってもらわないと困る”という支持者たちの頭の悪い言い訳を聞かされ、尚且つ非国民として石を投げられる。故に黙っているしかないのだ。
「はぁ…」
周りに誰もいない中、見張りの男は邸宅を見て溜息をつく。とにかくうんざりしていた。わざわざ狼さえ眠っている様な時間に、外に引っ張り出されて仲間達と共に心細く歩きまわされる。武器を持たせて貰ってはいるが、いくらなんでも警戒しすぎだろうに。ターリナー一派の周りに集る自警団は、ボランティアという名目もあってかまともに給料も出ない。深夜の仕事など、やる気になる筈も無いのだ。上層部だけはたんまりと貰い、それをターリナーに貢いで彼の権力のおこぼれを必死に頂こうとしてるらしいが、何とも無様である。
噂によればここ最近は、民衆達によって自警団や役人との衝突が各地で起きるようになったと聞く。政府は<障壁>内部にまで影響が無ければ、金にもならん田舎の騒ぎなどどうでも良いと思っているのかもしれないが、このままいけば更に大きな事件に発展するのではないか。もしそうなりそうであれば自警団を抜けてしまった方が良いかもしれない。
まんまと騙されてターリナーを祀り上げた自分の浅はかさに後悔していた時、見張りの男はようやく異変に気付いた。静かなだけではない。気が付けば、あまりにも人気が無くなっていた。邸宅の周りを各々が一周するように歩きまわっている以上、誰かしらの声か足音、或いは携えている灯かりを感じる筈である。しかし、先程からそのような人気のある痕跡に全く出くわしていない。見張りを始めた直後は確かにあったというのに。
恐ろしくなってきた。愚痴にうつつを抜かしている間、取り返しのつかない事態が進行しつつあったのだ。報告をするか ? いや、出来ない。ヘマをしたとバレれば自分の処遇に関わってくる。何より、敵は見ている筈だ。今の自分の姿を。下手な動きを見せれば、間違いなく始末をしに動いてくる。
誰かと合流しなければ。そう思った男は、自分の気が動転している事をどこかの誰かに隠すためか、呼吸を少し荒くしながらも再び歩き出そうとした。が、その直後に何者かに背中を引っ張られ、力強く抱き寄せられた。抵抗はおろか、叫ぶ事すらままならない。そして次の瞬間に首を捻られ、血と泡の混じった液体を垂れ流して絶命する。
「あった」
倒れた死体を弄り、鍵の束を見つけたサラザールは後方に現れたルーファンへそれを投げ渡す。ルーファンは黙ったまま頷き、剣に付いた血を拭ってから邸宅の玄関へと接近していく。すり足気味に移動し、両開きの扉の前に二人で構える。互いが正反対の方向に待機してからルーファンが鍵を一つずつ入れて確かめていくと、三本目の鍵がようやく回り、扉が小さく音を立てた。
――――ロウルは埃の目立つ書斎に居座り、椅子に腰を掛けたまま使っている気配の無い書物に目をやる。知識人を気取る人間はこれみよがしに本に囲まれようとし、その姿を他人に見せたがるのはなぜだろうか。本来の用途で使われる事も無く、承認欲求を満たすためのハリボテとして利用されて放置される書物たち。どうしてか、それらが哀れだと思えてしまった。
声と物音がした。家具が引っくり返され、脆いガラスや食器が割れ、しまいには銃声も聞こえる。最初こそ祭りの如く賑やかになったと思ったが、その騒音は刻一刻と過ぎていく度に縮小し、やがて再び静かになる。客がやってきたようだ。だが、不思議とロウルは落ち着いていた。何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのか。既に察しているからである。
ドアが開き、手と顔が血まみれになったルーファンとサラザールが現れた。標的がおらず、自分がまんまと騙された側だというのに、表情には何の動揺も見られない。恐らく自分より年下なのだろうが、そうとは思えない殺気立った雰囲気と眼力がロウルを僅かに怖気づかせた。
「なるほど…どうりで情報に聞いていたよりも手薄なわけだ。お前が魔法使いか ? 名前は確か…ロウル・カモリ」
ルーファンが言った。
「噂通りの男だな、ルーファン・ディルクロ。殺戮によって血塗られた道を作り、通った後に残るのは屍のみ…復讐とやらを盾に他国の内政に介入し、非国民どもに英雄の如く祀り上げられるのは心地いいか ?」
「知るか。シボークはどこにいる ? 逃げ出したか ?」
「ああそうだ。悲しい事に彼は命を狙われることを恐れ、<障壁>の内側に引きこもる事を選んだ」
「嘘をつくな。もし来る気が無いなら、そもそもこんな場所に囮を用意する必要すらない」
「…思っていたよりは鈍くないか」
ロウルは立ち上がり、それを見たルーファンは剣を握っていない左手に闇の瘴気を纏わせる。
「吹き飛ばせ」
だがロウルがいち早く呪文を唱えると、いきなり窓が割れた。突風が大砲の様に窓と壁を突き破り、その破片を巻き込んだままルーファン達へ激突してくる。咄嗟に顔を覆ったルーファンだが、鎧や顔の一部にガラスが刺さり、小さく呻いた。そのまま二人は壁ごと壊して廊下に放り出されてしまうが、まだ命に別状はない。
「カモリ家を侮るなよ」
窓とその周辺の壁が丸ごと壊され、差し込んで来る月の光を背に首を鳴らしながらロウルは言った。
雑木林とむさ苦しい雑草の生い茂っているこの地には似合わない佇まいの邸宅であり、国外から取り寄せたという大理石が、火の灯りに照らされて煌めくことがしばしばあった。記憶が正しければターリナー一派は庶民派を気取っていたそうだが、もはやそれを覚えている者も、わざわざ公に指摘する気概のある者もいない。そんな事をすれば、”お国のために頑張っているターリナー様は、豪遊で英気を養ってもらわないと困る”という支持者たちの頭の悪い言い訳を聞かされ、尚且つ非国民として石を投げられる。故に黙っているしかないのだ。
「はぁ…」
周りに誰もいない中、見張りの男は邸宅を見て溜息をつく。とにかくうんざりしていた。わざわざ狼さえ眠っている様な時間に、外に引っ張り出されて仲間達と共に心細く歩きまわされる。武器を持たせて貰ってはいるが、いくらなんでも警戒しすぎだろうに。ターリナー一派の周りに集る自警団は、ボランティアという名目もあってかまともに給料も出ない。深夜の仕事など、やる気になる筈も無いのだ。上層部だけはたんまりと貰い、それをターリナーに貢いで彼の権力のおこぼれを必死に頂こうとしてるらしいが、何とも無様である。
噂によればここ最近は、民衆達によって自警団や役人との衝突が各地で起きるようになったと聞く。政府は<障壁>内部にまで影響が無ければ、金にもならん田舎の騒ぎなどどうでも良いと思っているのかもしれないが、このままいけば更に大きな事件に発展するのではないか。もしそうなりそうであれば自警団を抜けてしまった方が良いかもしれない。
まんまと騙されてターリナーを祀り上げた自分の浅はかさに後悔していた時、見張りの男はようやく異変に気付いた。静かなだけではない。気が付けば、あまりにも人気が無くなっていた。邸宅の周りを各々が一周するように歩きまわっている以上、誰かしらの声か足音、或いは携えている灯かりを感じる筈である。しかし、先程からそのような人気のある痕跡に全く出くわしていない。見張りを始めた直後は確かにあったというのに。
恐ろしくなってきた。愚痴にうつつを抜かしている間、取り返しのつかない事態が進行しつつあったのだ。報告をするか ? いや、出来ない。ヘマをしたとバレれば自分の処遇に関わってくる。何より、敵は見ている筈だ。今の自分の姿を。下手な動きを見せれば、間違いなく始末をしに動いてくる。
誰かと合流しなければ。そう思った男は、自分の気が動転している事をどこかの誰かに隠すためか、呼吸を少し荒くしながらも再び歩き出そうとした。が、その直後に何者かに背中を引っ張られ、力強く抱き寄せられた。抵抗はおろか、叫ぶ事すらままならない。そして次の瞬間に首を捻られ、血と泡の混じった液体を垂れ流して絶命する。
「あった」
倒れた死体を弄り、鍵の束を見つけたサラザールは後方に現れたルーファンへそれを投げ渡す。ルーファンは黙ったまま頷き、剣に付いた血を拭ってから邸宅の玄関へと接近していく。すり足気味に移動し、両開きの扉の前に二人で構える。互いが正反対の方向に待機してからルーファンが鍵を一つずつ入れて確かめていくと、三本目の鍵がようやく回り、扉が小さく音を立てた。
――――ロウルは埃の目立つ書斎に居座り、椅子に腰を掛けたまま使っている気配の無い書物に目をやる。知識人を気取る人間はこれみよがしに本に囲まれようとし、その姿を他人に見せたがるのはなぜだろうか。本来の用途で使われる事も無く、承認欲求を満たすためのハリボテとして利用されて放置される書物たち。どうしてか、それらが哀れだと思えてしまった。
声と物音がした。家具が引っくり返され、脆いガラスや食器が割れ、しまいには銃声も聞こえる。最初こそ祭りの如く賑やかになったと思ったが、その騒音は刻一刻と過ぎていく度に縮小し、やがて再び静かになる。客がやってきたようだ。だが、不思議とロウルは落ち着いていた。何が起きたのか、そしてこれから何が起きるのか。既に察しているからである。
ドアが開き、手と顔が血まみれになったルーファンとサラザールが現れた。標的がおらず、自分がまんまと騙された側だというのに、表情には何の動揺も見られない。恐らく自分より年下なのだろうが、そうとは思えない殺気立った雰囲気と眼力がロウルを僅かに怖気づかせた。
「なるほど…どうりで情報に聞いていたよりも手薄なわけだ。お前が魔法使いか ? 名前は確か…ロウル・カモリ」
ルーファンが言った。
「噂通りの男だな、ルーファン・ディルクロ。殺戮によって血塗られた道を作り、通った後に残るのは屍のみ…復讐とやらを盾に他国の内政に介入し、非国民どもに英雄の如く祀り上げられるのは心地いいか ?」
「知るか。シボークはどこにいる ? 逃げ出したか ?」
「ああそうだ。悲しい事に彼は命を狙われることを恐れ、<障壁>の内側に引きこもる事を選んだ」
「嘘をつくな。もし来る気が無いなら、そもそもこんな場所に囮を用意する必要すらない」
「…思っていたよりは鈍くないか」
ロウルは立ち上がり、それを見たルーファンは剣を握っていない左手に闇の瘴気を纏わせる。
「吹き飛ばせ」
だがロウルがいち早く呪文を唱えると、いきなり窓が割れた。突風が大砲の様に窓と壁を突き破り、その破片を巻き込んだままルーファン達へ激突してくる。咄嗟に顔を覆ったルーファンだが、鎧や顔の一部にガラスが刺さり、小さく呻いた。そのまま二人は壁ごと壊して廊下に放り出されてしまうが、まだ命に別状はない。
「カモリ家を侮るなよ」
窓とその周辺の壁が丸ごと壊され、差し込んで来る月の光を背に首を鳴らしながらロウルは言った。
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