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第12報『床屋』

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 自営業を営む三野さんが、ある日曜の昼過ぎ、散髪目的で行きつけの床屋の中に入ると、何故かパジャマ姿の店主が店の床の上に正座していた。

 その正面にはお客から切った髪を収納しておく床下スペースがあるのだが、そこの入り口がパッカリと開いており、中から埴輪のような小さな顔がひょっこり覗いて店主を見ている。

「あ」

 三野さんが思わずそう一言発すると、顔はヒョコッと素早く引っ込み、手動でしか開けられない筈の床の入り口がパタン、ひとりでに閉まった。

 店主がこちらを振り向き、「あちゃあ、見られたか」といった顔をする。

「三野ちゃん。この事は誰にも黙っといておくれな。これからずっと、タダで髪切ってあげるから――」

 ところが、その瞳はものすごい斜視になっており、両目のどちらとも三野さんの方に焦点を結んでいない。

 反射的に店を飛び出し、走って家に逃げ帰った。


 それからその床屋には二度と通わなかったというが、何故か未だに毎年 その店の主人から年賀状が届くので、参っているという。


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