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第壱念珠
#002『側溝』
今から約10年前。平下さんが大学時代の夏休み、田舎町にある親戚の家まで泊まりがけで遊びに行った時の話。
煙草がなくなったので夕刻、近くのコンビニまでぶらぶら買い物に出た。
目的の煙草と雑誌を一冊買い、何気なく周囲の長閑な光景を眺めながら帰り道を歩いていると、
「うぉーい、うぉーい、そんな所に居たのか、うぉーい!!」
野太い、物凄く大きな男の声が背後から被さってきた。
誰かに呼び止められたのかと思って直ぐに振り向いてみると、何と先ほど通過した道から車道を隔てて反対側の路肩、側溝の金網部分に、プロレスラーでもあろうかというほど体格の良い男が四つん這いになって何やら吠えているのだ。
「〇〇君じゃないか-!何でそんな所に居るんだ-、今助けるからねー!!」
呆然として眺める平下さんを尻目、男は金網の下に向かって相変わらずの大音響を轟かせている。
「〇〇君、〇〇君、しっかりするんだ〇〇君~~!!」
何やら人の名前を呼んでいるようだが、何故かそこだけよく聞き取れない。
(うわ、やべぇ・・・ぜってーアブない人だ・・・)
口元が引きつった、という。
あんな所に人間がはまり込んでいる筈ない。可能性がないわけではないが、普通、ありえない。しかも、あのラリアット一発で簡単に人を殺せそうな鍛え方は何だ。着ている迷彩柄のタンクトップがはち切れそうなほどの、あり得ないマッスルボディだ。
・・・筋肉が脳に達した人なんだろう。
平下さんは、反射的に男から目を逸らした。
見なかったことにするべ―― そう思って厄介になっている親戚の家の方へ向き直り、帰り道を辿るべく歩き始めたその時、
(・・・・・・ ・・・・・・あれ?)
声が止んだ。
また、振り返ってみた。
金網の辺りには、誰もいない。
(え、うそ!今まで、つい2、3秒くらい前まで、マッチョがあそこで・・・え、えっ?!)
周囲には、ガタイの良い男がそんなに素早く身を隠せそうな場所など無い。
というか、そもそもあの大男は一体何処からやって来たというのだ?車道を隔てたあの側溝には、平下さんが通り過ぎる前までは絶対に誰も居なかった筈だ。それなのに、彼がその前を通り過ぎて5秒ほど後には既に、男は金網の上へ這うような姿勢で叫んでいた。
まるで降って湧いたように現れたとでも考えなければ辻褄が合わないのである。
「や、やべ。変なもの見た」
足早に帰って、その日は早めに寝た。
正気を疑われたら嫌なので、お世話になっている親戚の叔父さんや叔母さんには何も言わなかった。
※ ※ ※ ※
その翌年。
無事に進級出来た平下さんは、また夏休みを利用してこの田舎町へのんびり骨休めにやって来ていた。
そしてまた煙草を切らし、夜中の8時過ぎ頃にコンビニへ買い物に出た。
夜のとばりも程よく降りた寂しい通り。あの側溝の側に差し掛かった時、「あ、そういえば・・・」と去年のおかしな体験を思い出した。
(あのとき見た変なマッチョは、幻覚だったのかお化けだったのか)
首を捻りながら金網の辺りを見るが、そこには何の変哲もない。
やっぱ気の迷い、幻か何かだったのだろう――そう考えつつ、通り過ぎる。
あの凄まじい呼び声は 聞こえて来ない。
ホラ見たことか、と思った。
思った、が。
何気なく、振り返ってみたという。
ほんとうに何気なく、そうしたという。
光るものが浮いていた。
――えっ。
金網の上に。
ちょうど、大人の頭の高さあたりに。
ぼわっと青白く発光しながら、人の姿をした小さいものが浮いている。
それが市松人形だとわかった時には、まだ平下さんには恐怖の実感がなかった。
何故、あんなものが浮いてるんだろう?
光っているようだが、どういう仕掛けなんだろう?
誰かの仕業、悪戯か?
あっけに取られつつもしばらく観察していると、もう一つわかったことがあった。
人形が、動いている。
正確に言うと、ゆっくりゆっくり、空中で回転しているのである。
――横ではなく、縦方向に。
頭が下を向いた時、艶やかに切りそろえられた髪がわさっ、と重力に従って地面の方向に逆立った。
その時、真っ黒な瞳と目と目が合った。
恐怖が爆発した平下さんは、無言のまま親戚のお家まで全力疾走で帰宅した。
※ ※ ※ ※
その直ぐ後、平下さんの様子が明らかにおかしいのを心配した叔父さんと叔母さんが「どうしたんだ」「何かあったのか」と尋ねてきたので、正直に先ほど見た光る市松人形の話をした。
二人の表情が曇る。
あんた、アレを見たの・・・と同情に満ちた口調で言われた。
「あの金網の辺りではね、ずっと昔に女の子が殺されてるのよ。30年だか40年だか、ほんとにずっと昔。でも、かなり惨たらしい殺され方だったらしくてね。犯人も捕まってないの」
「それから、あそこには時々、夜になると人形が出るようになった。空中に浮いてたり、金網の辺りをトコトコ歩いてたりするという」
「ぼやっとした火の玉みたいなのが浮いてるのを見たっていう人もいるわ」
「私ら夫婦は見たことないんだけどね。霊感のある人は夜中にあそこを通っちゃいけないって、近所の者は誰でも知ってることなのさ」
女の子が殺された当時。いま現在側溝の金網がある辺り(当時は狭い農道が通っていた)にはお花やお饅頭と一緒に、きれいな市松人形が長く飾られていたという。女の子が大切にしていたものだと言われているが、定かではない。その人形が、今でも亡くなった持ち主を探すために夜な夜な現れているのだ――というのが叔父叔母が話す『あの場所』の由来だった。
「そ、そうですか。そんな過去があったんだ・・・」
戦慄した一方、「あそこにはやっぱり怪しいものが出没するんだ」ということを知って安心もした。そんなこんなで少し気が楽になった平下さんは、「実は去年もあそこで変な体験をして・・・」と例の〝叫ぶ大男〟のことを二人に聞かせた。
そんな話はぜんぜん聞いたことがないし、そんな立派な体格をした人はこの辺りには絶対に住んでいない、と断言された。
――〝たくさんの人が目撃している人形の怪異を自分も見た〟と知った時より、〝誰も見たことがない奇態の大男を自分だけが目撃した〟と知った時の方が、何とも言えずゾッとした という。
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