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第伍念珠
#046『折れ達磨』
女流怪談朗読師・アミさんのお母さんが、2017年くらいに体験した話である。
その当時、お母さんは原因不明の腹痛に悩まされていたという。
キリキリと、締め付けられるような。いやな痛み。
「動こうと思えば動けるくらいだよ」と我慢強いお母さんはアミさんに語っていたというが、「うちのお母さんが〝痛い〟と言うくらいだから相当の痛みだったと思う」とは彼女の弁だ。
「この時、私も独立して親元から離れていましたし。母の様子をつぶさに把握していたわけではないのですが・・・ ひとたび痛み出したら、かなり酷かったみたいです」
忙しいこともあってか、なかなか病院に行かなかったというが。いざお医者様を頼って診察をして貰っても、その原因がわからなかったのには閉口したという。
「内科、胃腸科、産婦人科―― ぜんぶ同じように首を傾げられまして・・・」
結局、半年近く放置するしかなかった。
※ ※ ※ ※
そんなある夏の日。
スピリチュアル好きな従兄弟に誘われ、青森県内の有名な温泉地に日帰り旅行に行ったお母さんは、そこから少し離れた場所で開業しているという地元でも有名な霊能者の所を訪ねた。
何でも、口コミで紹介して貰った人しか視てくれないような、〝知る人ぞ知る〟先生だったという。青森という土地柄、イタコのような方だったのかも知れない。
お母さんはちょっと疑いまじりの目で、従兄弟が謎の施術を受けているところを見ていたという。本人はどっちかというと怖い話や怪談などが好きで、時々実話怪談の本を買ってきて読むような人だったというが。実際そういうモノを無批判に信じるかと言われれば、それは別次元の問題である。
しかし従兄弟の施術が終わったところで、何故かお母さん自身も「先生から見て貰える」的な運びとなってしまった。
「う、うーん。 じゃあ折角だし お願いしようかしら・・・」
流れに身を任せてみたものの。当然、お母さんは半信半疑。
まず、数珠を絡ませた先生の手が頭上へ翳された。
そしてそれはだんだん、下方向へゆっくりゆっくりと移動してゆき、
お母さんのお腹へと じわじわ じわじわ 達した瞬間――
「!! 気持ち悪いッッ」
先生の手が、素早く引っ込められた。
え、何?呆気にとられるお母さん。
こういう経験は初めてだが。まがりなりにも霊能者がお客を相手に「きもちわるい」なんて、ふつう言ってはいけないのではないだろうか・・・?
「・・・・・・失礼。お腹から、どうにも厭な〝気〟が出ておりましたもので・・・ 続けます。ちょっと〝視て〟みますね」
変な緊張感が出来上がってしまった中、続いて施術は『霊視』に入る。
先生はしばらく お母さんのお腹へと意識を集中していたが、
「ふむ。 家に達磨さまが御座いますね」
「だ、達磨?!」
「左様です。達磨さま・・・の、ようなもの かも知れない。しかも、お腹が大きい」
「え、 え、 え、 え??」
先生の言うことを要約すると、大体 次のようなことになるらしい。
〝貴女の実家の中の何処かに、強い念を発する存在がある。それは、お腹の大きな達磨(もしくは達磨に似た何か)であり、「この家の奴らは俺のことを忘れやがって、まったく腹立たしい!俺の気持ちがわからんのか、お前たちばかり幸せになりやがって、許せない!!」・・・というようなメッセージを、強烈に発している〟
何だそれは、という話になった。
お家に達磨っぽい何かなどあった覚えはなく、骨董品や神仏に関する古物を集めるのが趣味だったお祖母ちゃん(アミさんの父方の祖母)に訊いてみても、「達磨?さぁ??」との返事。
霊能者を頼ったことで逆に弱り切ってしまう結果となったお母さんだが。そんな彼女に、長い連れ合いであるお父さんはとても協力的だったという。
「話はわかった。とにかく、その達磨は忘れ去られたことを怨みに思って、母さんのお腹を痛くしているってわけだろ。つまり、目に見えるところにある可能性こそ低いんじゃないか。徹底的に家捜しとかしないと、ダメなんじゃないか?」
「うん、そうらしいんだけど・・・
力貸してくれる?信じてくれる? お父さん」
「当たり前だ。それで母さんのお腹が治れば、安いもんじゃないか!」
そんなわけで、実家の中を大捜索となった。
家中を虱潰しに探しまくり〝隠された達磨〟を追うわけだ。
しかし。
「・・・・・・フーム。達磨の〝だ〟の字もないな・・・」
「・・・・・・〝だ〟の字も見つかりませんねぇ・・・」
当然の如く、捜索は難航した。
あっちも無いなぁ、こっちも無いなぁ、
納屋も全部探したしなぁ、何処だろなぁ、と――
いい加減、疲れの色が捜索隊に見え始めた
そんな最中。
「あ、何だこれ」
縋るような気持ちで、屋根裏まで調べた時だった。
お父さんが、一幅の掛け軸を見つけてきた。
屋根裏に掛け軸。
どう考えても、意味深すぎる。
「あれっ? あ、そうか、思い出した、アレは〝達磨〟だ!」
「え。 ど、どうしたんですか、お父さん?」
「いや、確かに達磨だよ、母さん。しかし、何でコレが?」
「・・・・・・・・・・・・??!」
とにかく、それを展開してみた。
「えっっ・・・」
お母さんは、言葉をなくした。
お腹の大きな、〝達磨〟
・・・っぽい人の姿絵。
眼光鋭く、野に座して禅に耽り、
背後には 円い月の輪が描かれている。
そして。
その絵の男性の、衣からまろび出たお腹の部分には
かなりシッカリ目の、〝折り目〟が出来上がっていた。
これだーー!!!
疑いようは無かった。
※ ※ ※ ※
掛け軸を仕舞う時に全体をきつく巻きすぎてしまうと、その際にかかったストレスが長い年月をかけて〝折れ〟を作ってしまう場合があるという。おそらくこの掛け軸の折れも納められた時は無かったもので、経年劣化の結果として出来上がったものなのであろう。
「何でも、この掛け軸は30年近く 箱の中に入れられて、ほったらかしだったそうなので・・・」
さもあらん、である。
まぁ、そんな考察はさておき。
結果として、それから事態は一気に好転した。
専門の職人さんを頼って修繕した掛け軸を和室に飾ることにしたところ、いつの間にやらお母さんの腹痛は治まっていたのだという。
ちなみに、その掛け軸の正体とは お祖母さんが若い頃、お嫁に入った時に実家から持ってきたものであった。つまり結局、お祖母さんゆかりのものだったのだ。
「俺が子供の頃、仏間に飾ってあったのを思い出したのさ。ほら、何かこの絵・・・怖いだろ?だから印象に残ってるんだ。思い返してみれば、達磨さまのお姿だったんだなァ」
「でも、何で屋根裏なんかに・・・・・・」
「きっと引っ越しの時に仕舞ってそのまんまだったんだよ。おふくろも、おそらくこの絵はあまり気に入ってなかったんじゃないかな。掛け軸を季節ごとに掛け替えるくらい風流だったおふくろが、あんな所に直し込むなんて そうとしか考えられない」
全てお父さんの推測通りだった。
お祖母さんは、その掛け軸のことを潔いくらいすっかり忘れており、見つかった現物を見るまですっかり記憶から失念されていたらしい。嫁入り道具の一つだったにも関わらず、全然思い入れなどは無かったようだ。
ともあれ、これで一件落着である。
以後、お母さんの腹痛は ぶり返すこともなかったそうであるが、
実はアミさん。 この一件について ある推理を働かせている。
くだんの絵の男は、やはり疑いなく 禅宗の開祖である達磨大師なのではないかという。
一方、アミさん一家の宗派は浄土宗。
つまり、「お腹が折れていた」のとは別の次元でのイザコザ、「信仰の相違」が原因となった〝仏様同士の火花を散らす緊張状態〟が家の中に出来上がっていたのではないか、と仰るのだ。
それに加えて、
「うちのお祖母ちゃん、やたらパワフルな人で・・・ 信仰心は強いんだけど我も強いから、あちらの世界の方々と いろいろ相性が悪いみたいなんですよ。 だから、」
だから、直接掛け軸と関係のあるお祖母さんの代わりに
心優しいお母さんの所へ、障りが出てしまったのではないか、と。
つまり とばっちり というわけだ。
だが。
「ねぇ、ちょっと聞いてよアミ。お母さんのお腹、嘘みたいに治っちゃったんだけどね。信じられない一騒動があったの!やっぱり不思議なことって、あるものなのよ~!!」
・・・・・・洒落にならないレベルのとばっちりを受けながらも。お母さんは、この事後報告をアミさんに語る時、とても興奮しておられたという。
しかも相当に人生観を揺さぶられたのか。それから風水や占いにも興味を抱き、怪談や怖いお話にもそれまで以上に愛着を持たれるようになられたのだとか。
「ウチの母、昔から『自分には霊感がないから、逆に怪談とかが好きなんだ』って口癖みたいに言ってました。 私も一緒です。 私が怪談の朗読を始めたのも、そんな母の影響なんです。 明るくて、前向きで、我慢強くて、 でもちょっと天然気味の 昭和のお母さん――」
アミさんは
そんなお母さんが、大好きである。
その当時、お母さんは原因不明の腹痛に悩まされていたという。
キリキリと、締め付けられるような。いやな痛み。
「動こうと思えば動けるくらいだよ」と我慢強いお母さんはアミさんに語っていたというが、「うちのお母さんが〝痛い〟と言うくらいだから相当の痛みだったと思う」とは彼女の弁だ。
「この時、私も独立して親元から離れていましたし。母の様子をつぶさに把握していたわけではないのですが・・・ ひとたび痛み出したら、かなり酷かったみたいです」
忙しいこともあってか、なかなか病院に行かなかったというが。いざお医者様を頼って診察をして貰っても、その原因がわからなかったのには閉口したという。
「内科、胃腸科、産婦人科―― ぜんぶ同じように首を傾げられまして・・・」
結局、半年近く放置するしかなかった。
※ ※ ※ ※
そんなある夏の日。
スピリチュアル好きな従兄弟に誘われ、青森県内の有名な温泉地に日帰り旅行に行ったお母さんは、そこから少し離れた場所で開業しているという地元でも有名な霊能者の所を訪ねた。
何でも、口コミで紹介して貰った人しか視てくれないような、〝知る人ぞ知る〟先生だったという。青森という土地柄、イタコのような方だったのかも知れない。
お母さんはちょっと疑いまじりの目で、従兄弟が謎の施術を受けているところを見ていたという。本人はどっちかというと怖い話や怪談などが好きで、時々実話怪談の本を買ってきて読むような人だったというが。実際そういうモノを無批判に信じるかと言われれば、それは別次元の問題である。
しかし従兄弟の施術が終わったところで、何故かお母さん自身も「先生から見て貰える」的な運びとなってしまった。
「う、うーん。 じゃあ折角だし お願いしようかしら・・・」
流れに身を任せてみたものの。当然、お母さんは半信半疑。
まず、数珠を絡ませた先生の手が頭上へ翳された。
そしてそれはだんだん、下方向へゆっくりゆっくりと移動してゆき、
お母さんのお腹へと じわじわ じわじわ 達した瞬間――
「!! 気持ち悪いッッ」
先生の手が、素早く引っ込められた。
え、何?呆気にとられるお母さん。
こういう経験は初めてだが。まがりなりにも霊能者がお客を相手に「きもちわるい」なんて、ふつう言ってはいけないのではないだろうか・・・?
「・・・・・・失礼。お腹から、どうにも厭な〝気〟が出ておりましたもので・・・ 続けます。ちょっと〝視て〟みますね」
変な緊張感が出来上がってしまった中、続いて施術は『霊視』に入る。
先生はしばらく お母さんのお腹へと意識を集中していたが、
「ふむ。 家に達磨さまが御座いますね」
「だ、達磨?!」
「左様です。達磨さま・・・の、ようなもの かも知れない。しかも、お腹が大きい」
「え、 え、 え、 え??」
先生の言うことを要約すると、大体 次のようなことになるらしい。
〝貴女の実家の中の何処かに、強い念を発する存在がある。それは、お腹の大きな達磨(もしくは達磨に似た何か)であり、「この家の奴らは俺のことを忘れやがって、まったく腹立たしい!俺の気持ちがわからんのか、お前たちばかり幸せになりやがって、許せない!!」・・・というようなメッセージを、強烈に発している〟
何だそれは、という話になった。
お家に達磨っぽい何かなどあった覚えはなく、骨董品や神仏に関する古物を集めるのが趣味だったお祖母ちゃん(アミさんの父方の祖母)に訊いてみても、「達磨?さぁ??」との返事。
霊能者を頼ったことで逆に弱り切ってしまう結果となったお母さんだが。そんな彼女に、長い連れ合いであるお父さんはとても協力的だったという。
「話はわかった。とにかく、その達磨は忘れ去られたことを怨みに思って、母さんのお腹を痛くしているってわけだろ。つまり、目に見えるところにある可能性こそ低いんじゃないか。徹底的に家捜しとかしないと、ダメなんじゃないか?」
「うん、そうらしいんだけど・・・
力貸してくれる?信じてくれる? お父さん」
「当たり前だ。それで母さんのお腹が治れば、安いもんじゃないか!」
そんなわけで、実家の中を大捜索となった。
家中を虱潰しに探しまくり〝隠された達磨〟を追うわけだ。
しかし。
「・・・・・・フーム。達磨の〝だ〟の字もないな・・・」
「・・・・・・〝だ〟の字も見つかりませんねぇ・・・」
当然の如く、捜索は難航した。
あっちも無いなぁ、こっちも無いなぁ、
納屋も全部探したしなぁ、何処だろなぁ、と――
いい加減、疲れの色が捜索隊に見え始めた
そんな最中。
「あ、何だこれ」
縋るような気持ちで、屋根裏まで調べた時だった。
お父さんが、一幅の掛け軸を見つけてきた。
屋根裏に掛け軸。
どう考えても、意味深すぎる。
「あれっ? あ、そうか、思い出した、アレは〝達磨〟だ!」
「え。 ど、どうしたんですか、お父さん?」
「いや、確かに達磨だよ、母さん。しかし、何でコレが?」
「・・・・・・・・・・・・??!」
とにかく、それを展開してみた。
「えっっ・・・」
お母さんは、言葉をなくした。
お腹の大きな、〝達磨〟
・・・っぽい人の姿絵。
眼光鋭く、野に座して禅に耽り、
背後には 円い月の輪が描かれている。
そして。
その絵の男性の、衣からまろび出たお腹の部分には
かなりシッカリ目の、〝折り目〟が出来上がっていた。
これだーー!!!
疑いようは無かった。
※ ※ ※ ※
掛け軸を仕舞う時に全体をきつく巻きすぎてしまうと、その際にかかったストレスが長い年月をかけて〝折れ〟を作ってしまう場合があるという。おそらくこの掛け軸の折れも納められた時は無かったもので、経年劣化の結果として出来上がったものなのであろう。
「何でも、この掛け軸は30年近く 箱の中に入れられて、ほったらかしだったそうなので・・・」
さもあらん、である。
まぁ、そんな考察はさておき。
結果として、それから事態は一気に好転した。
専門の職人さんを頼って修繕した掛け軸を和室に飾ることにしたところ、いつの間にやらお母さんの腹痛は治まっていたのだという。
ちなみに、その掛け軸の正体とは お祖母さんが若い頃、お嫁に入った時に実家から持ってきたものであった。つまり結局、お祖母さんゆかりのものだったのだ。
「俺が子供の頃、仏間に飾ってあったのを思い出したのさ。ほら、何かこの絵・・・怖いだろ?だから印象に残ってるんだ。思い返してみれば、達磨さまのお姿だったんだなァ」
「でも、何で屋根裏なんかに・・・・・・」
「きっと引っ越しの時に仕舞ってそのまんまだったんだよ。おふくろも、おそらくこの絵はあまり気に入ってなかったんじゃないかな。掛け軸を季節ごとに掛け替えるくらい風流だったおふくろが、あんな所に直し込むなんて そうとしか考えられない」
全てお父さんの推測通りだった。
お祖母さんは、その掛け軸のことを潔いくらいすっかり忘れており、見つかった現物を見るまですっかり記憶から失念されていたらしい。嫁入り道具の一つだったにも関わらず、全然思い入れなどは無かったようだ。
ともあれ、これで一件落着である。
以後、お母さんの腹痛は ぶり返すこともなかったそうであるが、
実はアミさん。 この一件について ある推理を働かせている。
くだんの絵の男は、やはり疑いなく 禅宗の開祖である達磨大師なのではないかという。
一方、アミさん一家の宗派は浄土宗。
つまり、「お腹が折れていた」のとは別の次元でのイザコザ、「信仰の相違」が原因となった〝仏様同士の火花を散らす緊張状態〟が家の中に出来上がっていたのではないか、と仰るのだ。
それに加えて、
「うちのお祖母ちゃん、やたらパワフルな人で・・・ 信仰心は強いんだけど我も強いから、あちらの世界の方々と いろいろ相性が悪いみたいなんですよ。 だから、」
だから、直接掛け軸と関係のあるお祖母さんの代わりに
心優しいお母さんの所へ、障りが出てしまったのではないか、と。
つまり とばっちり というわけだ。
だが。
「ねぇ、ちょっと聞いてよアミ。お母さんのお腹、嘘みたいに治っちゃったんだけどね。信じられない一騒動があったの!やっぱり不思議なことって、あるものなのよ~!!」
・・・・・・洒落にならないレベルのとばっちりを受けながらも。お母さんは、この事後報告をアミさんに語る時、とても興奮しておられたという。
しかも相当に人生観を揺さぶられたのか。それから風水や占いにも興味を抱き、怪談や怖いお話にもそれまで以上に愛着を持たれるようになられたのだとか。
「ウチの母、昔から『自分には霊感がないから、逆に怪談とかが好きなんだ』って口癖みたいに言ってました。 私も一緒です。 私が怪談の朗読を始めたのも、そんな母の影響なんです。 明るくて、前向きで、我慢強くて、 でもちょっと天然気味の 昭和のお母さん――」
アミさんは
そんなお母さんが、大好きである。
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