愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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恋愛編

第16話「複雑な乙女心」①

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 月曜日の朝というのは、一週間の中でも一際憂鬱だ。私こと姫川詩子は、そんなことを思いながら、大学までの道を歩いていた。

 そも、前日が休みであるのに、どうして学校や仕事へ行かねばならないのか。世の人々は口をそろえて言うのだから、これは国が全力で取り組むべき社会問題だ。ただでさえ月曜というのはそんなものであるのに、私に限っては、今日と言うのはより一層嫌気のする日でもあった。

 河野は結局、先週の水曜日には遊びに行かなかった。突然清水から断られて、土曜日にまで延期したのだと言う。
 この手の不安なイベントは、延期されるとかえって辛くなる。私は胸が締まるような地獄を、いっそ早く終わらせてくれ、と祈っていた。

 ――結局、河野は清水と付き合うことになったのだろうか。私は、そんなことを思い浮かべる。

 自分でもよくわからなかった。付き合っただろう、と言うような思考が流れる一方、付き合って欲しくない、という気持ちも溢れてくる。

 受験生だった頃、大学の合格発表にドギマギとしていたのを覚えているが。アレに近い不安である一方、私にとってこれは、どちらの結論であっても嫌だ、と言う、不思議な物であった。

 どこか、足が無意識にアイツと出会うのを避けている気がする。そんなふわふわとした足取りの中で、私はふと、前方に、見覚えのあるもじゃもじゃ頭がいるのを目にした。

 ――河野だ。以前は見間違えて、知らない奴に声をかけてしまったけど、今回は見間違いではない。

 ドキン、と心臓が跳ねた。裏返しのテスト結果をめくる時のようなドキドキが酷く喉元をせり上がって来て、私は思わず足を止めてしまった。

 ――今は、話しかけたくない。私はふと、そんな想いに駆られたが。しかしとは言え、テストの結果は見なければならないわけで。
 私は吐いてしまいそうな不安を「よしっ、」と呟き飲み込むと、息を止めるように胸元に力を入れ、おそるおそると言った感じで河野の背後へと近寄った。


「――こ、河野!」


 声を出し、彼の背中をポンと叩くと。河野は「ぬおっ、」と驚いたように声をあげて、私の方へと振り向いた。

 河野は目を点にして、私の方を見つめる。私は彼のぽかんとした顔に、にへり、と笑いかけた。


「よう! おはよう!」

「あ、ああ。おはよう。……珍しいね、学校行く時間被るなんて」

「そ、そうだね、あはは」


 ……やべえ、なんか、すごくぎこちない。私は油の切れたロボットのように、カチコチと河野の横に並んだ。


「河野、今日朝飯なに食べた?」

「え? いや、普通に……卵かけごはん」

「手軽! アンタのことだから、目玉焼きでも作ってるのかと思った」

「目玉焼きくらいはまあ作るけど。でも、僕だって毎回料理しているわけじゃないし。特に朝は忙しいし」

「意外とそういう所あんのね」

「僕はキチっとしなくていい所はキチっとしなくていいって思ってるから」

「なるほど。私は今朝なんも食べてないなぁ。朝飯食わないと余計太るっては言うけど」

「なんか、朝食べない方が痩せるって話もあるらしいよ? シンプルにカロリーが少ないから」

「え、そうなの? じゃあアレなんだったの?」

「さあ、よくわからない俗説じゃない?」


 私は河野の話に「はへ~」と感心しながら、他愛ない会話を続ける。

 ……結局、河野は清水と付き合ったのだろうか。その疑問を尋ねようとしたのだが、どうにも勇気が出ない。
 だって、そんなことを聞いたら、まるで私が河野のことを気にしているようじゃないか。

 いやまあ、気にしていないわけではない。わけではないのだけれど、それが河野に悟られるか否かというのは、非常に重要なところなわけで。私はそうして、そんな意識が粘り強く貼りついている中、ゲームのガチャがどうとか、そんなどうでもいい会話を重ねて。

 しばし歩いていると、そろそろ大学の校門前、というところまで来てしまった。

 私と河野は授業が違う。となると、予定が終わるまで、ここでお別れということで。しかしそうなると、この何とも言えない不安地獄は、またしばらく延びてしまうということで。

 ――ああ、もう。し、仕方がない。私は涙が出そうになるのを抑えながら、河野に話題を振った。


「そ、そういえば、話変わるんだけど……。河野、結局、あの子とどうなったの?」


 と。河野が、ピタリと足を止めた。私は、露骨に様子が変わったことに殊更不安を覚えて、若干息を震わせてしまった。
 やがて――沈黙が場を埋めて、河野が眼鏡の位置を直した後。彼は、ため息を吐くように、無理に淡々とした調子で、私に言った。


「――振った」


 私は彼の言葉を聞き、「え?」と聞き返す。河野は表情を変えずに、私の応答に、もう一度、回答を被せた。


「振ったよ。好きでいてくれるのは嬉しいけれど、君とは付き合えないって」

「……あ、あ~。そ、そう言えば、前も振ってたよね。なんだ、まだじゃあ、流れてる感じなんだ」

「いや。今回は、キッチリと断った。絶対に、付き合えないって。……その、まあ、えっと……まあ、うん。そういう感じで」


 ……やけに歯切れの悪い言い回しだ。私は、河野が妙に奥歯に何かが引っかかっているような感じを醸したので、目を点にさせてしまった。

 ――いや、でも、待って。てことは、河野、もう、あの子と付き合うことはないってことなの? 私はふと、そこで、彼の言葉の意味を理解した。

 となると、そうか。河野はまだ、誰とも付き合っていないのか。私はそれを理解すると、張り詰めた風船から空気が抜けるような、そんな気持ちが心の底から沸き上がった。

 ――しかし、となると。それは、もうひとつ、別のことを意味しているわけでもあって。


「……えっと、話、変わるけどさ、姫川」


 河野が改まったように声を出す。私はちょっとだけドキリとして、「あ、ハイ」と妙な返しをする。すると河野は、凄く真剣な表情で、私の目をジッと見つめて。


「今日、学校終わったら、どこか遊びに行こう」


『遊びに行こう』、たったそれだけのことを伝える割には、彼の様子は、あまりに異様だった。

 私は少しばかり頭が混乱して、「え、あ、ああ、うん」と、気の無い返事をしてしまう。すると河野は、「うん」、「ありがとう」と言って、小さく口角を吊り上げると、軽く私に手を挙げて、明るめな声を出した。


「それじゃあ、また終わったら」


 河野はそう言うと、私の前からそそくさと去ってしまった。私はそんな彼の背中に、「あっ、」と言って、手を伸ばし。

 しかし、私の手は彼に届かず。私はそのまま呆然と佇むと、ぽつんと、青空の中、地面を見下ろして。


「――」


 何を言う訳でもなく、拳を強く握り絞めた。


◇ ◇ ◇ ◇


 どこに遊びに行くのだろう、とは思っていたが。結局私と河野は、学校が終わってから、その場のノリで、カラオケにへと向かう事となった。

 何度も歩き慣れた道を歩き、何度も入り慣れた部屋へと入ったのにも関わらず、今日の私と河野は、まるで世界の何もかもが初めてであるかのようにしどろもどろとしていた。ただの友達であるはずの距離感が、いつの間にか、気まずさが漂うような、そんな関係になっていた。

 狭い個室は居心地が悪かった。いつもなら結構上手く歌える歌も、今日は平均点に届くか届かないかが関の山で、ずっと声が上ずっているような感じがした。

 料金を払って、私と河野は日の沈んだ道を歩く。カラオケがある、やや栄えた区域を抜けると、ひたすらに街灯が並び、どこぞの事務所や小さなビル、あるいは、ぽつぽつと佇むコンビニがあるだけの、特別見る所があるわけでもない道が長く、長く続いているだけだった。


「……今日はなんか、調子悪かったわ」

「うん」

「フリータイムだけど、二時間半くらいで追い出されちゃったしさ。なんか、今日は人が多かったね」

「……うん」


 河野の応答は、聞いているのか聞いていないのかわからないような、手応えの無い物だった。垂らした暖簾を押すような感触に、私は内心で、辟易としてしまっていた。

 どうしたって、今日はこんなに――とは、考えなかった。正確に言えば、考えないようにしていた。私は何か話題が無いかと、埋蔵金でも探すかのように自分の会話デッキを掘りまくり、見つけた物を手当たり次第に投げつけるように、河野にどうでもいい話を振った。


「そう言えば今、ゲームでイベントやってるけど、どれくらい走った?」

「……うん」

「私はまあ、100くらい走った。なんかツイ〇ターとか見てると、もう200とか、300とか行ってる人とかいて、やべーって思ったわ。河野はどんくらいいったの?」

「ん……あ、ああ。えっと、昨日で50くらい」

「少ないな。アンタ、案外ガチ勢じゃないのね」

「まあ、うん。……」


 河野はそう言って、また押し黙ってしまった。私は何を考えているのかわからないその様相に、やはり、どことない気まずさを覚えてしまって。

 ――ああ、クソ。今日は、ダメだ。

 とにかく、早く家に帰らないと。家に帰って、お風呂に入って、さっさと寝ないと。それで、明日になったら、きっと、また元通りになれるはずだから。私はそんな感情が、自分の中に先走り。

 ――もう、今は、河野とは話さない方が良い。そうして、彼と隣り合って、黙することを決めると。


「――姫川、」


 これまで、ずっと口を閉ざしていた河野が、ようやくと言った感じで、声を出した。

 それは、話しかけた、というよりかは、絞り出したかのような声だった。私はドキリとして、「えっ、」と、キョトンと彼を見つめる。


「……その、えっと。……ごめん、変な、感じになって。……なんていうか、その……。……じ、実は、今日、君を誘ったのは、えっと――は、話したいことが、あって」


 河野は、照れたように顔を赤くしていた。だけど一方で、何か、怯えているような、そんな漂白さも見て取れて。

 私は目を見開いて、無理矢理口角を吊り上げて、河野に歪な笑みを向けた。


「な、なに? べ、別に、ここで話せばいいよ?」

「い、いや。その……ここだと、人通りが。その、ほら。こ、ここの近くに、公園があったと思うけど。この時間なら、たぶん、誰もいないから。よ、よかったら、そこまで……」

「なに、それ。ここで話せないような内容なの?」

「……うん。どうしても、今日、言いたくて」


 河野の顔を見ると、一滴、頬を汗が伝っていた。臆病ながらに覚悟の決まっている表情に、私は何も言えなくて、「あっ、」と呟き、足を一歩後ろへ下げた。


「――こ、河野。その、明日に、しない? だってさ、もう、遅いし……」


 と。私が河野から距離を取ると、彼は、焦るように私の手を掴んできた。

 ビクリと、体が跳ねた。冬の寒い気温の中なのに、河野の手はやけに温かくて、私の体はそれにほだされて、一気に全身が紅潮するのを感じた。


「ま、まだ、時間的には9時くらいだし。それに、その――今日、じゃないと、ずっと、ずっと、先延ばしに、してしまいそうだから。そ、それじゃあダメだって、気付かされたから」


 河野は声を詰まらせながら、私にそうと言った。

 覚悟を感じる声だった。私は彼の声を聞いて、彼が、今から何を言おうとしているのかを、完全に、確信してしまった。


「こ、河野。何言ってんのよ。別に、そんなの、どうだって――」

「良くないんだよ。だって、ようやく、本当の意味で、理解したんだ。曖昧なままが、一番ダメなんだって。大事な時に迷えば迷うほど、僕は、大切な誰かを、ずっと傷付けていくんだって」


 河野の、私の手を握る強さが増す。痛みはなかったけれど、私のことを、絶対に逃がしたくないという思いが伝わって来て、私はますます焦ってしまった。


「お願いだ、姫川。今だけでいいから、」


 頭が混乱した。自分の中で、心が弾むような、嬉しいと言えるような気持ちが無いのかと言えば、それは間違いなく違っていた。

 だけど。嫌悪感とはまた違う、酷く大きな心の壁が、私の前には立ち塞がっていて、


「どうか、僕の気持ちを――」


 私は、彼から放たれる、『好き』というメッセージを、全身に受けて。

 だけど、瞬間――私は勢いよく手を振りほどいて、そして、奥歯で感情を噛み殺して、彼の好意に、背を向けた。


「ごめん、無理――」


 よくわからないうちに出た言葉だった。動揺して、言葉を選んでいる余裕なんて、無かった。

 私は前のめりになりながら、河野の前から去る。河野はしかし、私の背中を、追って来ることはなかった。
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