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第32話『リネアとフィオナ 2』
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――世界の情景が、いつもよりつまらなく見える。リネアは自室で目を覚ますと、ぼんやりとした頭を押さえため息をついた。
昨日は悪夢を見た気がした。何かよくわからない存在が、ただひたすらに悪意を向けてくるような、そんな夢だ。
内容は事細かには覚えていないが、そのねっとりとした感覚だけは覚えている。その先はわからないのだが、それ以上に『思い出したくない』という感情が勝り、どうにも、頭から離れないそれを、必死に振り払おうと首を振った。
「……なんか今日は、気持ち悪い」
リネアは呟き、しかし疲れた体を動かしベッドから這い出た。
今日も一日が始まる。勉強に、戦闘訓練に、雑務に。そう言えば、今日は師匠であるラザリアが教官を務める訳では無いらしい。あの一件で呼ばれているとのことだ、リネアは『憧れている師匠に教えてもらえない』という残念さと、他方『今日の指導はいつもより楽になりそうだ』という嬉しさが混ざり合った気持ちを感じていた。
――と。
「おっはー、リネア!」
部屋の扉を開けて、フィオナがあの少女を連れて入って来た。
相も変わらず元気だ。リネアはいつもならくすりと笑い受け流せるであろう彼女の様相に、今日はなぜか、思わずむっとしてしまった。
「――あれ? リネア、もしかして元気ない?」
フィオナが心配そうな顔を向ける。
ああ、そうだ。フィオナ・レインフォードはこういう人だ。
いつも明るくて、周りを振り回すけど、相手が本当に困っていたり、体調が悪くなったりすると、その気持ちをすぐに察して自粛してくれる。
裏表がなくて、優しくて、負けず嫌いで、でも相手のことは認められて、努力家で。
師匠が誰よりも彼女を気にかけていたのも納得できる。――私なんか、よりも。ずっと。
「――大丈夫だよ」
リネアは不快感を噛み潰しながら返した。眉間にしわが寄っていないかを、いつも以上に気にして。
◇ ◇ ◇ ◇
フィオナはリネアと共に構内の廊下を歩いていた。
白い石の壁が伸びる、甲冑や胸当てなどの装備を身につけた生徒たちが行き交う。彼ら彼女らは腰に木刀を挿し、しかし思い思いに楽しげな会話をしている。
「フィオナ、別に部屋で過ごしていてもよかったのに、ついてくるの?」
「だって、今リネアがなにをやっているのか知りたいし。あ、そうだ。ねえリネア、授業が全部終わったらさ――久しぶりに、手合わせしようよ! 今の私がどのレベルにいるのか知りたいからさ!」
「――まあ、気が向いたらね」
リネアはどうにも気が乗らない様子だった。フィオナは起きてからずっと不機嫌な様子の彼女になんとなくの違和感を覚えていた。
「……お姉ちゃん」
と、2人の後ろをついてきていたフィリアが突然フィオナに話しかけた。
「あれ、なにかな?」
フィリアが不安げな表情で、少し離れた位置を指差した。フィオナとリネアは、彼女は何を見ているのか、とその方向へと目を向ける。
――なにやら、大勢の生徒たちが集まっている。その野次馬の中心で、2、3人ほどの、教官にあたる人間が、なにやら真剣な顔で対応に当たっていた。
「なんだろう?」
フィオナは呟き、そして野次馬たちの元へと駆けた。リネアが「あ、フィオナ!」と彼女を呼び止めるが、しかし、フィオナにはその言葉が耳に入らなかった。
「すみません、なにが起きたのですか?」
フィオナはその場にいた男子生徒に話しかける。
「ああ、君は――例の滞在者か。いや、どうやら喧嘩があったみたいだ。2人くらい、男子生徒が頭から血を流して倒れていた」
「……えっ!?」
「どうやら木刀を使って殴り合ったみたいだ。しかし――」
そして男子生徒は、輪の中心を指差す。フィオナは彼の誘導に乗るがまま、そちらの方を見た。
なにやら、床や壁が焦げ付いている。フィオナはその異常な様相に困惑した。
「魔術を使って殴り合ったみたいだ。とてつもない喧嘩だったのだろう、しかしそれにしても不思議だ」
「確かに、普通こんなこと――」
「それも、そうなのだけど」
男子生徒はそう言って、血の跡が残る床へと視線を移し。
「さっき医務室へ運ばれた男子生徒――普段は、すごく仲が良い子たちみたいなんだ」
「え?」
「みんな口々に言ってる。『まさか2人がこんなことをするとは思わなかった』って。普段から、何か表に出ていない鬱憤が溜まっていたのかな。それが爆発して――と、捉えられるが。しかしそれにしたって、これほどの規模にはならないだろうに」
目の前の男子生徒は常々不思議そうな表情でいた。
――確かに、普通はこんなこと起こらない。たとえ喧嘩があったにしろ、魔術を使って、まさに殺し合うような事態にまで発展するだろうか。フィオナがふと、考え込むと――。
ゾクリと。恐怖とも言える粘ついた感触が、背中をゆっくりと撫でた。
フィオナは思わず後ろを振り返る。途端、フィオナは目を見開いて、固まってしまった。
見えるのだ。黒いオーラが、この周囲に満ち満ちている様が。それは言葉ではうまく言い表せない。だが、その感覚をフィオナはつい先日、味わっていた。
これは――あの人攫いたちが持っていた雰囲気と同じだ。あの仮面を見たとき、あの仮面の『奥』を見た時――この禍々しい気が、自分の胸の中に侵入してきた。
だが、なぜ? なぜこの怖気が、今この場に満ちている? 悪意を凝縮したと言ってもよいそれにフィオナが動揺すると、
「フィオナ!」
リネアが、フィリアを連れてフィオナの元に近寄ってきた。
「まーた勝手に走って。追う私の身にもなってよ」
呆れを見せるリネア。フィオナは苦笑しながら、「ごめん、ごめん……」と呟き、そして次の瞬間には声が出せなくなっていた。
辺りに満ち満ちた黒いオーラ。悪意を凝縮したその気を発していたのは――
「どうしたの、フィオナ?」
他でもない。自らの親友、リネアだったのだ。
昨日は悪夢を見た気がした。何かよくわからない存在が、ただひたすらに悪意を向けてくるような、そんな夢だ。
内容は事細かには覚えていないが、そのねっとりとした感覚だけは覚えている。その先はわからないのだが、それ以上に『思い出したくない』という感情が勝り、どうにも、頭から離れないそれを、必死に振り払おうと首を振った。
「……なんか今日は、気持ち悪い」
リネアは呟き、しかし疲れた体を動かしベッドから這い出た。
今日も一日が始まる。勉強に、戦闘訓練に、雑務に。そう言えば、今日は師匠であるラザリアが教官を務める訳では無いらしい。あの一件で呼ばれているとのことだ、リネアは『憧れている師匠に教えてもらえない』という残念さと、他方『今日の指導はいつもより楽になりそうだ』という嬉しさが混ざり合った気持ちを感じていた。
――と。
「おっはー、リネア!」
部屋の扉を開けて、フィオナがあの少女を連れて入って来た。
相も変わらず元気だ。リネアはいつもならくすりと笑い受け流せるであろう彼女の様相に、今日はなぜか、思わずむっとしてしまった。
「――あれ? リネア、もしかして元気ない?」
フィオナが心配そうな顔を向ける。
ああ、そうだ。フィオナ・レインフォードはこういう人だ。
いつも明るくて、周りを振り回すけど、相手が本当に困っていたり、体調が悪くなったりすると、その気持ちをすぐに察して自粛してくれる。
裏表がなくて、優しくて、負けず嫌いで、でも相手のことは認められて、努力家で。
師匠が誰よりも彼女を気にかけていたのも納得できる。――私なんか、よりも。ずっと。
「――大丈夫だよ」
リネアは不快感を噛み潰しながら返した。眉間にしわが寄っていないかを、いつも以上に気にして。
◇ ◇ ◇ ◇
フィオナはリネアと共に構内の廊下を歩いていた。
白い石の壁が伸びる、甲冑や胸当てなどの装備を身につけた生徒たちが行き交う。彼ら彼女らは腰に木刀を挿し、しかし思い思いに楽しげな会話をしている。
「フィオナ、別に部屋で過ごしていてもよかったのに、ついてくるの?」
「だって、今リネアがなにをやっているのか知りたいし。あ、そうだ。ねえリネア、授業が全部終わったらさ――久しぶりに、手合わせしようよ! 今の私がどのレベルにいるのか知りたいからさ!」
「――まあ、気が向いたらね」
リネアはどうにも気が乗らない様子だった。フィオナは起きてからずっと不機嫌な様子の彼女になんとなくの違和感を覚えていた。
「……お姉ちゃん」
と、2人の後ろをついてきていたフィリアが突然フィオナに話しかけた。
「あれ、なにかな?」
フィリアが不安げな表情で、少し離れた位置を指差した。フィオナとリネアは、彼女は何を見ているのか、とその方向へと目を向ける。
――なにやら、大勢の生徒たちが集まっている。その野次馬の中心で、2、3人ほどの、教官にあたる人間が、なにやら真剣な顔で対応に当たっていた。
「なんだろう?」
フィオナは呟き、そして野次馬たちの元へと駆けた。リネアが「あ、フィオナ!」と彼女を呼び止めるが、しかし、フィオナにはその言葉が耳に入らなかった。
「すみません、なにが起きたのですか?」
フィオナはその場にいた男子生徒に話しかける。
「ああ、君は――例の滞在者か。いや、どうやら喧嘩があったみたいだ。2人くらい、男子生徒が頭から血を流して倒れていた」
「……えっ!?」
「どうやら木刀を使って殴り合ったみたいだ。しかし――」
そして男子生徒は、輪の中心を指差す。フィオナは彼の誘導に乗るがまま、そちらの方を見た。
なにやら、床や壁が焦げ付いている。フィオナはその異常な様相に困惑した。
「魔術を使って殴り合ったみたいだ。とてつもない喧嘩だったのだろう、しかしそれにしても不思議だ」
「確かに、普通こんなこと――」
「それも、そうなのだけど」
男子生徒はそう言って、血の跡が残る床へと視線を移し。
「さっき医務室へ運ばれた男子生徒――普段は、すごく仲が良い子たちみたいなんだ」
「え?」
「みんな口々に言ってる。『まさか2人がこんなことをするとは思わなかった』って。普段から、何か表に出ていない鬱憤が溜まっていたのかな。それが爆発して――と、捉えられるが。しかしそれにしたって、これほどの規模にはならないだろうに」
目の前の男子生徒は常々不思議そうな表情でいた。
――確かに、普通はこんなこと起こらない。たとえ喧嘩があったにしろ、魔術を使って、まさに殺し合うような事態にまで発展するだろうか。フィオナがふと、考え込むと――。
ゾクリと。恐怖とも言える粘ついた感触が、背中をゆっくりと撫でた。
フィオナは思わず後ろを振り返る。途端、フィオナは目を見開いて、固まってしまった。
見えるのだ。黒いオーラが、この周囲に満ち満ちている様が。それは言葉ではうまく言い表せない。だが、その感覚をフィオナはつい先日、味わっていた。
これは――あの人攫いたちが持っていた雰囲気と同じだ。あの仮面を見たとき、あの仮面の『奥』を見た時――この禍々しい気が、自分の胸の中に侵入してきた。
だが、なぜ? なぜこの怖気が、今この場に満ちている? 悪意を凝縮したと言ってもよいそれにフィオナが動揺すると、
「フィオナ!」
リネアが、フィリアを連れてフィオナの元に近寄ってきた。
「まーた勝手に走って。追う私の身にもなってよ」
呆れを見せるリネア。フィオナは苦笑しながら、「ごめん、ごめん……」と呟き、そして次の瞬間には声が出せなくなっていた。
辺りに満ち満ちた黒いオーラ。悪意を凝縮したその気を発していたのは――
「どうしたの、フィオナ?」
他でもない。自らの親友、リネアだったのだ。
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