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第42話『ラザリアの罪 1』
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爆音が鳴り響き、土煙と共に壁が吹き飛ぶ。エルは地面を転がり、全身を擦り傷だらけにした。
エルは痛みに耐えて立ち上がり、土煙の中でラザリアの首を掴み持ち上げるイアンを睨んだ。
イアンとの戦闘が始まった直後、彼は魔術を駆使し自分たちへと攻撃した。
1人の人攫いとして彼と相対した時には使われなかった魔術だ。それがなぜ今こうして使えるようになっているのか。その答えは、明白だった。
あの仮面だ。正確に言えば、アルゴフィリアが吸い込まれたらしい仮面。
ただの人攫いとして出会った時も仮面自体は付けていた。しかし今回の仮面には、おそらく奴の魂が、あるいは魔力が宿っている。おそらくその差が、こうして魔術の行使の有無として現れているのだ。
イアンの手にラザリアがギリギリと締め上げられる。エルは彼女の苦悶した表情を把握した瞬間、親指を立て、人差し指と中指をイアンへと狙いすますように伸ばし。
「ッ――『爆ぜろッ』!」
魔力を練り上げ指先から炎弾を放った。
意志はまっすぐにイアンへと向かい、放たれた炎は見事に着弾し爆発する。塵芥が吹き荒び、イアンが衝撃にラザリアを放す。瞬間にエルは膝を曲げ力を溜め、直後に「『駆けろッ!』」と叫び、地面が沈み込むほどの爆発力で飛び出した。
エルはそのまま突風のような速度で走り、ラザリアを抱え上げイアンから逃れた。
「大丈夫ですか、ラザリアさん」
「あ、ああ。すまない、恩に着る」
エルはラザリアをゆっくりと下ろし、再度イアンを睨みつける。イアンはこちらを爛々と見、エルへと憎悪の目を向けてきた。
「なんだよお、お前さっきからよお。カンケーネーだろーが、お前はよお」
――こいつ……。エルはイアンの血走った目を見て、彼にとってのこの戦いが、私怨であることを悟った。
エルはペンを取り、空中にサラサラと文字を書く。表情は固く、歯の間に詰まり物があるかのような、そんな感情を携えて。
「……エル」
と。ラザリアが、エルへと声をかけた。
「大丈夫か?」
「はい。――ラザリアさんこそ、無理は……」
エルはラザリアへと顔を向ける。瞬間、エルは驚いてしまった。
ラザリアが、呼吸を乱し、大量の汗を流している。
攻撃を受けたから、そんな言葉では説明できない。彼女の持つ体力から考えれば、異常とも言える疲弊度だった。
同時にエルが感じたのは、禍々とした黒い感情。彼にはラザリアの体から、そんな『悪意』のようなものがにわかに立ち込めていたように思えた。
「私は大丈夫だ。アレは私が倒さなければならない。だからそんなことは――」
ラザリアが途端に弾けるように走り出す、エルは彼女を止める間もなく、咄嗟にイアンへと意識を向け魔力を練り込んだ。
「言ってられないんだっ!」
ラザリアが飛び上がり、叫び、剣を振り下ろす。イアンはそれを受け、しかし衝撃にわずかに膝が曲がった。エルは直後に「『吹き飛べっ!』」と叫び、練り上げた魔力を発射する。
魔力がイアンに当たり、イアンの腹部が蹴り付けられたかのようにめり込んだと同時に吹き飛んでいく。
イアンは宙に浮きながらも体勢を崩さなかった。しかし同時にラザリアが更にイアンへと肉薄し、剣を振るい彼を切り付ける。
「ぐあっ……!」
イアンが血を出し、後ろへと飛び退く。エルは直後にイアンの側方に回り込むように駆けた。
「『壊れ……』」
エルはイアンへと指を向け声を出そうとする。しかし直後、エルは魔を放つことを思わず躊躇した。
「ッ……『膝を折れ』ッ!」
エルは意志を込め魔力を放つ、イアンが魔力を当てられがくりと膝を折った。
イアンが「くあっ……!」と声を漏らす。直後、ラザリアが彼に迫り、剣を大きく振り下ろした。
ラザリアの攻撃がイアンの肩を切り裂く。イアンは攻撃を受けまた声を漏らし、焦るように立ち後方へと飛び退いた。
「ッ……クソ、クソがっ!」
イアンはうつむき、血の流れ落ちる肩を押さえる。そして顔を上げ血走った目でラザリアを目視しようとした。
しかしその瞬間、既にラザリアはイアンへと迫り、大きく剣を横薙ぎに振っていた。
「ッ――!」
剣が当たり、イアンが吹き飛ばされる。またも地面を転がり、全身を擦り傷と土汚れだらけにして、ボロ雑巾のように倒れ伏す。
「あっ……があ……!」
イアンが声を漏らす。と、ラザリアは彼の前に立ち、首筋に剣をあてがい、虚ろな瞳で言った。
「――もうこんなことはやめろ、イアン」
「はっ……ざけんじゃねえ。今更教師面かよ。いいよなあ、あんたみたいな優秀な奴は。こっちの事情なんざ全く気にしなくても、みんなから持ち上げられるんだからよお」
イアンが声を出す。そこには憎悪があり、そして言葉の全てが彼女に対する攻撃だった。エルは震えながら立ち上がろうとするイアンを見て、思わず顔をしかめた。
「覚えてるか、覚えてるよな? あんたが俺に除籍を言い渡した時よ……あんた俺に、“努力不足だ”って言ったんだよなあ?」
「ッ――」
「あの時俺はよーくわかったよ。はは、結局努力なんてものは“結果”で評価されるんだってな。
そういやあんたは庶民の生まれだったよなあ? それで“聖騎士にも至る”って言われ続けていたんだもんな、そりゃあみんなはあんたを持ち上げるよ。
恵まれない地位に生まれ、それから努力を重ね周囲の貴族どもを超えて昇りつめた。わかりやすい物語だ、本当に感動的だよ。けどな、それができたのは他でもなく、あんたが才能に恵まれていたからなんだよ。
対して俺はどうだ? この学校に入ってよ、必死に必死に努力を重ねてもよ、ゴミみたいな力しか出すことができなくてよお。挙句その努力も否定されて、俺はここでの将来を断ち切られたんだ。
その後もどう頑張っても結果は出せなかった。俺は周りから否定されて否定されて、否定され続けた。俺もガキだったぜ、世間様は結局のところ、俺がどうしてきたかなんて興味がない……なんて、簡単なことにも気づけなかったんだからよ」
ラザリアが歯を食いしばる。「……やめろ」、彼女がつぶやき、イアンが自嘲するように、彼女を嘲るように笑った。
「だとしたら答えは簡単だ。ようは、どんなことをしてでも力を身に着けりゃあいいんだ。それが例え他の大勢を蹴り落とすことだったとしても、世界が、神様が許してくれないような大罪だったとしてもよ。当然だよなあ、てめえらは俺のことを蹴落としてきたんだから」
エルはイアンの言葉が耳に入り、未だ戦闘中であるにも関わらず、完全に動きを止めてしまった。
戦う意思が削がれていく。頭が、心が凍ってしまったかのように認識が鈍くなる。エルにとってイアンの言葉は、決して他人事には思えなかったからだ。
「けどそれでも……それでも俺は、どうやらあんた1人さえぶち殺せないようだ。
ふざけんじゃあねえよ。必死に努力を積み上げても、悪魔に魂を売ってもなお近づけないって言うのか?
そうだよな。これも結局のところ“努力不足”で、“力不足”だ。はは、俺にはどうにも、努力を積み上げる力も、自分で力を身に着けていく才能も無いらしい。クソったれが、クソったれが、クソったれが」
ふと、エルはイアンの周りに、黒い瘴気が集まってきているのを視認した。エルは直後に、直感した。
ダメだ。アレは、ヤバイと。
「これだけ悪魔に魂を売ってもダメだって言うのなら――なら俺は、もっと、もっと、自分の魂を売りつくすだけだ。あんたをぶち殺せるように。
はは、もうどうでもいいんだよ。名誉も栄光も、世間もクソもなにもかも。ただあんた1人に――俺を地獄に突き落としたあんたただ1人に復讐が果たせたら、俺はそれで十分だ。
だからそれ以外はなにもかも、なにもかも全部全部捨ててやる」
イアンの全身から黒い瘴気が――悪意が、吹き出す。エルは直後に大声で、「ラザリア、離れろッ!」と叫んだ。
しかしラザリアは、うろたえるようにその場に留まるだけで、ほんのわずかに体を揺らす程度の反応さえしなかった。
「わからせてやる。あんたがどれだけ、罪深いかってことを――」
直後、イアンの体が黒く発光した。
それはまさしく、闇の顕現。怒りが、憎悪が、彼の持つ悪意が、通常はあり得ないであろう、闇が目を刺すその感覚を周囲にまき散らしていた。
そして気が付くと――イアンは、異形の姿となって、黒い瘴気を噴出させてそこに立っていた。
「殺してやる。苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、殺してやる。あんたはこの世界に、生きていちゃあいけないんだ」
イアンの全身は無数の黒い蛇によって包まれていた。
黒い蛇たちは、互いに絡まり合うようにして、1つの人間の形を形成していた。
それはさながら、藁を編み人形を作ったかのようであり。あふれ出る瘴気もあり、エルはその姿形に吐き気を催すほどの不気味さを感じていた。
「――あっ」
エルは言葉を発することができなかった。
それはまさしく人の“悪意”――怒りと憎悪に捉われ、抜け出すことのかなわなくなった人間の成れの果て。通常至ることはあり得ない形状は、同時にアルゴフィリアが扱っていた“悪意”の――すなわち、【言霊】という魔術の恐ろしさを、物語っていた。
黒い瘴気は火事場の黒煙のように辺りを埋めていく。エルは本能的にその危険性を察知し、思わず駆け出した。
「逃げろ、ラザリアッ――」
彼女を救わんと足を踏み出し、爆発的に加速する――その直後に、
『ダメですよ』
エルの脳内に声が響いた。
『あなたが見るべきは、それじゃあない』
時が止まったかのようだ。ほんの一瞬の間のはずなのに、その声が響いた瞬間、何十秒という時間が過ぎたかのような錯覚に陥った。
そしてエルは、目前に声の主を――ある男の姿を見た。
『それでは始めましょう。第3のテストです』
アルゴフィリアが楽しそうに笑い、そしてエルの目の前に巨大な闇の穴を作り上げる。
エルはそのまま声を出すことさえかなわず、彼の作り上げた巨大な深淵へと吸い込まれていった。
エルは痛みに耐えて立ち上がり、土煙の中でラザリアの首を掴み持ち上げるイアンを睨んだ。
イアンとの戦闘が始まった直後、彼は魔術を駆使し自分たちへと攻撃した。
1人の人攫いとして彼と相対した時には使われなかった魔術だ。それがなぜ今こうして使えるようになっているのか。その答えは、明白だった。
あの仮面だ。正確に言えば、アルゴフィリアが吸い込まれたらしい仮面。
ただの人攫いとして出会った時も仮面自体は付けていた。しかし今回の仮面には、おそらく奴の魂が、あるいは魔力が宿っている。おそらくその差が、こうして魔術の行使の有無として現れているのだ。
イアンの手にラザリアがギリギリと締め上げられる。エルは彼女の苦悶した表情を把握した瞬間、親指を立て、人差し指と中指をイアンへと狙いすますように伸ばし。
「ッ――『爆ぜろッ』!」
魔力を練り上げ指先から炎弾を放った。
意志はまっすぐにイアンへと向かい、放たれた炎は見事に着弾し爆発する。塵芥が吹き荒び、イアンが衝撃にラザリアを放す。瞬間にエルは膝を曲げ力を溜め、直後に「『駆けろッ!』」と叫び、地面が沈み込むほどの爆発力で飛び出した。
エルはそのまま突風のような速度で走り、ラザリアを抱え上げイアンから逃れた。
「大丈夫ですか、ラザリアさん」
「あ、ああ。すまない、恩に着る」
エルはラザリアをゆっくりと下ろし、再度イアンを睨みつける。イアンはこちらを爛々と見、エルへと憎悪の目を向けてきた。
「なんだよお、お前さっきからよお。カンケーネーだろーが、お前はよお」
――こいつ……。エルはイアンの血走った目を見て、彼にとってのこの戦いが、私怨であることを悟った。
エルはペンを取り、空中にサラサラと文字を書く。表情は固く、歯の間に詰まり物があるかのような、そんな感情を携えて。
「……エル」
と。ラザリアが、エルへと声をかけた。
「大丈夫か?」
「はい。――ラザリアさんこそ、無理は……」
エルはラザリアへと顔を向ける。瞬間、エルは驚いてしまった。
ラザリアが、呼吸を乱し、大量の汗を流している。
攻撃を受けたから、そんな言葉では説明できない。彼女の持つ体力から考えれば、異常とも言える疲弊度だった。
同時にエルが感じたのは、禍々とした黒い感情。彼にはラザリアの体から、そんな『悪意』のようなものがにわかに立ち込めていたように思えた。
「私は大丈夫だ。アレは私が倒さなければならない。だからそんなことは――」
ラザリアが途端に弾けるように走り出す、エルは彼女を止める間もなく、咄嗟にイアンへと意識を向け魔力を練り込んだ。
「言ってられないんだっ!」
ラザリアが飛び上がり、叫び、剣を振り下ろす。イアンはそれを受け、しかし衝撃にわずかに膝が曲がった。エルは直後に「『吹き飛べっ!』」と叫び、練り上げた魔力を発射する。
魔力がイアンに当たり、イアンの腹部が蹴り付けられたかのようにめり込んだと同時に吹き飛んでいく。
イアンは宙に浮きながらも体勢を崩さなかった。しかし同時にラザリアが更にイアンへと肉薄し、剣を振るい彼を切り付ける。
「ぐあっ……!」
イアンが血を出し、後ろへと飛び退く。エルは直後にイアンの側方に回り込むように駆けた。
「『壊れ……』」
エルはイアンへと指を向け声を出そうとする。しかし直後、エルは魔を放つことを思わず躊躇した。
「ッ……『膝を折れ』ッ!」
エルは意志を込め魔力を放つ、イアンが魔力を当てられがくりと膝を折った。
イアンが「くあっ……!」と声を漏らす。直後、ラザリアが彼に迫り、剣を大きく振り下ろした。
ラザリアの攻撃がイアンの肩を切り裂く。イアンは攻撃を受けまた声を漏らし、焦るように立ち後方へと飛び退いた。
「ッ……クソ、クソがっ!」
イアンはうつむき、血の流れ落ちる肩を押さえる。そして顔を上げ血走った目でラザリアを目視しようとした。
しかしその瞬間、既にラザリアはイアンへと迫り、大きく剣を横薙ぎに振っていた。
「ッ――!」
剣が当たり、イアンが吹き飛ばされる。またも地面を転がり、全身を擦り傷と土汚れだらけにして、ボロ雑巾のように倒れ伏す。
「あっ……があ……!」
イアンが声を漏らす。と、ラザリアは彼の前に立ち、首筋に剣をあてがい、虚ろな瞳で言った。
「――もうこんなことはやめろ、イアン」
「はっ……ざけんじゃねえ。今更教師面かよ。いいよなあ、あんたみたいな優秀な奴は。こっちの事情なんざ全く気にしなくても、みんなから持ち上げられるんだからよお」
イアンが声を出す。そこには憎悪があり、そして言葉の全てが彼女に対する攻撃だった。エルは震えながら立ち上がろうとするイアンを見て、思わず顔をしかめた。
「覚えてるか、覚えてるよな? あんたが俺に除籍を言い渡した時よ……あんた俺に、“努力不足だ”って言ったんだよなあ?」
「ッ――」
「あの時俺はよーくわかったよ。はは、結局努力なんてものは“結果”で評価されるんだってな。
そういやあんたは庶民の生まれだったよなあ? それで“聖騎士にも至る”って言われ続けていたんだもんな、そりゃあみんなはあんたを持ち上げるよ。
恵まれない地位に生まれ、それから努力を重ね周囲の貴族どもを超えて昇りつめた。わかりやすい物語だ、本当に感動的だよ。けどな、それができたのは他でもなく、あんたが才能に恵まれていたからなんだよ。
対して俺はどうだ? この学校に入ってよ、必死に必死に努力を重ねてもよ、ゴミみたいな力しか出すことができなくてよお。挙句その努力も否定されて、俺はここでの将来を断ち切られたんだ。
その後もどう頑張っても結果は出せなかった。俺は周りから否定されて否定されて、否定され続けた。俺もガキだったぜ、世間様は結局のところ、俺がどうしてきたかなんて興味がない……なんて、簡単なことにも気づけなかったんだからよ」
ラザリアが歯を食いしばる。「……やめろ」、彼女がつぶやき、イアンが自嘲するように、彼女を嘲るように笑った。
「だとしたら答えは簡単だ。ようは、どんなことをしてでも力を身に着けりゃあいいんだ。それが例え他の大勢を蹴り落とすことだったとしても、世界が、神様が許してくれないような大罪だったとしてもよ。当然だよなあ、てめえらは俺のことを蹴落としてきたんだから」
エルはイアンの言葉が耳に入り、未だ戦闘中であるにも関わらず、完全に動きを止めてしまった。
戦う意思が削がれていく。頭が、心が凍ってしまったかのように認識が鈍くなる。エルにとってイアンの言葉は、決して他人事には思えなかったからだ。
「けどそれでも……それでも俺は、どうやらあんた1人さえぶち殺せないようだ。
ふざけんじゃあねえよ。必死に努力を積み上げても、悪魔に魂を売ってもなお近づけないって言うのか?
そうだよな。これも結局のところ“努力不足”で、“力不足”だ。はは、俺にはどうにも、努力を積み上げる力も、自分で力を身に着けていく才能も無いらしい。クソったれが、クソったれが、クソったれが」
ふと、エルはイアンの周りに、黒い瘴気が集まってきているのを視認した。エルは直後に、直感した。
ダメだ。アレは、ヤバイと。
「これだけ悪魔に魂を売ってもダメだって言うのなら――なら俺は、もっと、もっと、自分の魂を売りつくすだけだ。あんたをぶち殺せるように。
はは、もうどうでもいいんだよ。名誉も栄光も、世間もクソもなにもかも。ただあんた1人に――俺を地獄に突き落としたあんたただ1人に復讐が果たせたら、俺はそれで十分だ。
だからそれ以外はなにもかも、なにもかも全部全部捨ててやる」
イアンの全身から黒い瘴気が――悪意が、吹き出す。エルは直後に大声で、「ラザリア、離れろッ!」と叫んだ。
しかしラザリアは、うろたえるようにその場に留まるだけで、ほんのわずかに体を揺らす程度の反応さえしなかった。
「わからせてやる。あんたがどれだけ、罪深いかってことを――」
直後、イアンの体が黒く発光した。
それはまさしく、闇の顕現。怒りが、憎悪が、彼の持つ悪意が、通常はあり得ないであろう、闇が目を刺すその感覚を周囲にまき散らしていた。
そして気が付くと――イアンは、異形の姿となって、黒い瘴気を噴出させてそこに立っていた。
「殺してやる。苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、殺してやる。あんたはこの世界に、生きていちゃあいけないんだ」
イアンの全身は無数の黒い蛇によって包まれていた。
黒い蛇たちは、互いに絡まり合うようにして、1つの人間の形を形成していた。
それはさながら、藁を編み人形を作ったかのようであり。あふれ出る瘴気もあり、エルはその姿形に吐き気を催すほどの不気味さを感じていた。
「――あっ」
エルは言葉を発することができなかった。
それはまさしく人の“悪意”――怒りと憎悪に捉われ、抜け出すことのかなわなくなった人間の成れの果て。通常至ることはあり得ない形状は、同時にアルゴフィリアが扱っていた“悪意”の――すなわち、【言霊】という魔術の恐ろしさを、物語っていた。
黒い瘴気は火事場の黒煙のように辺りを埋めていく。エルは本能的にその危険性を察知し、思わず駆け出した。
「逃げろ、ラザリアッ――」
彼女を救わんと足を踏み出し、爆発的に加速する――その直後に、
『ダメですよ』
エルの脳内に声が響いた。
『あなたが見るべきは、それじゃあない』
時が止まったかのようだ。ほんの一瞬の間のはずなのに、その声が響いた瞬間、何十秒という時間が過ぎたかのような錯覚に陥った。
そしてエルは、目前に声の主を――ある男の姿を見た。
『それでは始めましょう。第3のテストです』
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