Revenge 仕返し屋―復讐の代理人―

オニオン太郎

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第1話

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◇――第1木曜日 PM4時30分――◇

 胸ポケットのペンと黒く肩まで伸びた長い髪を揺らして、白雪未来しらゆきみらいは学校の廊下を暗い表情で歩いていた。外は薄暗く、大粒の雨が絶え間なく降り続ける。窓は常に水で濡れていて、向こう側が見辛くなっていた。

 未来の足取りはどこか迷っていた。先に進むことを恐れるような進み方で、前に進んでいるのに気持ちは後ろに行こうとしているような、そんな感じだった。
 しばらくして――未来は生徒玄関にある自分の下駄箱にたどり着いた。下駄箱はしっかり蓋がしまっているので中を見ることはできない。だが未来にはこの中がどうなっているか知っていた。
 ため息をつくこともなく蓋を開ける。下駄箱の中には何も入っていなかった。

 ――やっぱりだ。

 未来の気持ちが沈む。もちろん、朝には下足用の靴を入れていた。しかし気付けばそれがなくなっている。それはもう、彼女にとっては慣れた日常だった。

 彼女は、ある4人の女子たちから執拗ないじめにあっていた。理由はわからない。ただ、毎日続くそれが、確実に未来をむしばんでいたのは確かだった。
 そして彼女は、生徒玄関の隅に置いてあるゴミ箱へ向かう。大きくて、中に多くのゴミを入れられる青くて蓋のついたポリバケツ。

 未来はそれの蓋をつかみ、引き上げる。中には、自分の靴が入っていた。
 こんなことはもう日常だ。それこそ朝起きたら歯磨きをするというくらいに自然なこと。だからと言って心まで慣れるかというとそうではない。

 未来は泣きそうな顔になりながら靴を中から取り出す。よくわらかないゴミや埃がついていて、それを軽く払う。しかし汚れは完全には落ちない。
 未来はそれを地面に置き、靴の中へ足をすべらせる。
 ねちょり。足を深く入れた所で何か、例えようもない気持ちの悪い物を踏んだ。不快感がさらに増す。
 歩く度気になるその感触を我慢しながら、未来は傘置きに向かっていく。雨自体は朝のうちに予見していたので傘は持ってきていたのだ。
 だが、やはり傘置き場には自分の傘が無かった。

 さらに嫌な気持ちが心を侵食していく。黒く、ヘドロのようなねっとりとしたツタが心に張り付いて、自分のエネルギーを吸い取っていくような気持ちだった。

 確かに「間違えて誰かが持って帰ってしまった」という可能性も考えられる。だが、雨の度にこんなことが起こるのだから、未来はどうしてもその可能性を考えてしまった。

 あいつらが、意図的に持って帰った。おそらく自分を困らせるために。

 未来の頭に、自分をいじめる女子たちの顔が浮かんだ。腹の立つ笑い声をあげながら、ねっとり離れず無意識下に消えていく。でも笑い声はどこまでも響いてくる。
 ――そういえば、いじめの主犯のあいつは傘を持ってきていなかったな。たぶん自分から盗めばいいと思っているのだろうな。
 未来は不適にふっ、と笑い、目に涙を浮かべた。

 雨がザーザーと降る外に出る。どこまでも、どこまでも、悪い事が重なっていく。雨はまるでその象徴のようで、これから先、一生こんな事が続く気がした。

 未来は雨の中、歯を食いしばって泣いていた。入学してすぐの頃から続くこの仕打ちを、心の底から悲しんでいた。


◇――第1金曜日 AM7時10分――◇

 昨日の雨とは打って変わって、今日の天気は眩しいほどに快晴だった。春と夏の変わり目、未来は少し暑い道を昨日とは別の靴を履いて歩いていた。
 学校が始まるのは8時20分。そこからホームルーム、いわゆる朝の会が始まり、授業が始まるのは30分からだ。なのに1時間近く前に登校するのは、しっかりとした理由があった。
 大概彼女の机には、悪口の落書きがされているからだ。チョークで書かれたそれを消すために、彼女は朝一番に教室へ行く。

 校門を抜け、生徒玄関へ。自分の下駄箱の前に立って、今日からまた始まる地獄を思い浮かべてため息がでる。じんわりと悲しみが目に浮かぶ中、彼女はゆっくりと下駄箱の蓋を開けた。

 ぱさり。中から、白い封筒が出てきた。
 未来は突然現れたそれを拾って、不思議そうな、驚いたような顔をする。封を閉じているシールはかわいらしい猫のシール。一体これは何だろうか?

 未来は中身を確認するために封を開ける。中からは白い紙が出てきた。綺麗に折りたたまれたそれを未来は広げて、中身を読み始めた。

<白雪未来さんへ
 こんにちは。突然こんな手紙を送ってごめんなさい。僕は後藤竜輝ごとうたつきという者です。
 以前からあなたの事ばかり考えてしまいます。おかしいですよね、少しも話しをしたことないのに。あなたを好きになってしまったようです。
 でも、おとなしくってかわいらしい、女の子らしいあなたの性格に惹かれてしまいました。

 今日の放課後に、改めて告白しに行きます。校舎裏の倉庫近くに来てください。

 後藤竜輝>

「後藤、竜輝……」

 未来はその名前を復唱して、初めてこの手紙に驚いてしまった。

 後藤竜輝。同じ学年のBクラスにいる男子で、サッカー部に所属している。スポーツ万能で体育ではいつも中心的な活躍をしているらしく、また顔立ちも端正でさわやかさがある。いわゆる「1学年のアイドル」だ。

 彼は1学年のみならず、多くの女子にとってあこがれの的。入学当初から彼の事を話題にする人が多かった。
 未来もその、「彼にあこがれを抱く人」の例に漏れず、時々彼が近くを通る時は少しだけ目で追ったりしていた。でも彼は別の世界の人なのだと思って、正直話しかけるなどとんでもないことだった。時々目があえば、それで十分。言ってしまえば、彼は「触れられないし、触れてはいけない存在」だったのだ。

 その彼が、今、自分にこんな手紙を寄越よこしてきた。いまどきラブレターなんて珍しい。そんな物は当然、彼女の中では「嘘の代物で、あいつらが自分をバカにするために用意したものだ」と思っていた。

 でも。それでも、もしも「これが本物」だったら?
 嘘だという感情を思い起こすたび、むしろその気持ちが大きくなっていた。信じてはいない。わかっている。でも信じたい。

 気づけば顔が赤くなっていた。誰かから告白されたことなんて生まれて初めてだ。明らかに自分の胸が高鳴っていたのが、未来にはよくわかった。

「……今日の放課後、か――」

 未来は靴を上履きに履き替え、白いリュックに大事そうに手紙を入れて歩き出す。その時のことを思いながら、気持ちが高ぶっていくのを感じた。

◇――第1金曜日 PM6時50分――◇

 今日も自分をいじめるグループたちに執拗な嫌がらせを受けながらも、なんとか耐えきった授業。放課後のホームルームが終わった後、サッカー部が終わるこの時刻まで図書室で好きな推理小説を読んで時間を潰した。
 そして、現在。未来はむざむざと校舎裏に来ていた。背丈ほどの高さはあろう、観賞用の草がたくさん伸びてる向こう側から川の流れる音が聞こえる。未来はその音にも、前に横一列に並んだ草たちにも意識を向けられなかった。

 もしかしたら、これは罠で、あいつらのいじめのための計画なのかもしれない。ここに来てから、そんな気持ちが沸き上がってきていたからだ。
 もしもそうだったらどうしよう――。未来の中の一粒の不安が今はどうしようもなく大きく感じた。やっぱり逃げ出してしまおうか。でももしかしたらという可能性もある。それに、ここまで来て今更。未来はドキドキしながら落ち着かない様子で足をそわそわ動かしていた。
 しばらくして、未来は極わずかに足音がしたのを聞いた。

 どんどん大きくなる。校舎の角を曲がった所からだ。未来の不安が心臓の音と共に大きくなる。
 ドクン、ドクン、ドクン。心臓の動きで肺が圧迫されるような苦しさを感じた。もう逃げられない――。
 未来がそう覚悟を決めた時、校舎の角から現れたのは、

 後藤竜輝だった。

 サッカー部の練習着を着て、その短く切られた黒髪を汗で濡らして。ちょっと疲れたような、慌てたような、申し訳なさそうな顔でこちらに歩いてきている。未来はそれを見て、嬉しさを感じる前にむしろポッと魂が抜けたようになった。しかし緊張の糸が緩んだその瞬間、未来の心の中に大きな喜びが生まれた。

「ごめん、白雪さん。……待たせちゃったね」

 竜輝が苦笑いになる。その笑顔は汗だらけで息が上がっていても、どこかさわやかで、優しくて。未来は彼の表情に少しだけドキッとした。

「あ、いや……ううん。いいよ、別に……気にしなくても」

 未来が目線を逸らす。憧れの人物が目の前にいる。それだけじゃない。目の前にいる理由は、今から自分に想いを伝えるためだ。色恋にあまり縁がなかった未来にとってそれはとても大きく思えた。

「――えっと……それで、さ。白雪さん。――改めて、伝えたいんだ」

 竜輝がスッと姿勢を正す。顔も真剣な物になる。未来はその顔を見て、思わず姿勢を正してしまう。体がガチガチに緊張して、頭にいろいろ昇ってきて。声さえ出ずに、うなずくこともできずに、ただ彼の次の言葉を待っていた。
 そして――

「白雪未来さん。――俺は、あなたの事が好きです。どうか俺と、付き合ってください!」

 竜輝はハッキリと声を上げて、深く頭を下げた。その瞬間、未来の心が晴れた気がした。厚い雲を貫く光。もう良いことは何もないとさえ思っていた未来にそれは確かな希望を与えていた。

「――返事を、聞かせてください」

 竜輝が背筋を伸ばして言う。真っ直ぐな瞳と声。どこまでも真剣なそれを受けて、未来は恥じらうように顔を赤くしながら竜輝から視線を逸らした。

 心臓が高鳴る。いろいろな思いがいくつも頭を巡って、なんと言えばいいのかわからなかった。でもその思いの全てが激しくって、心地よくて。未来はドキドキをごまかすように長い黒髪を小さくかきあげた。
 なんと言えばいいのかはわからない。わからないけれど……。未来はそこまで思い巡らせてから、緊張で強張った表情のまま、顔を赤くして恥じらったまま、ただ深く頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします!」

 その声は情けないくらい上ずっていたけど、どこまでも真っ直ぐだった。
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