ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎

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ロリっ子がおじさんに種付けされる話

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 20xx年。世界は核の炎に包まれた。もはや国という概念は滅び、世界は秩序を失い、暴力が支配する阿鼻叫喚の地獄絵図が完成した。

 失われた秩序は絶望を作り、人々はもはや未来というものを信じてはいなかった。
 まさに退廃の絶頂。今や人類とは、この世から失われていくか細い生命の灯火に他ならなかった。


 そんな世界の中で、ある少女は崩落したビルの陰に身を潜めていた。

 背丈は成人男性の腰から腹の辺りまでしかなく、その様相から幼い身柄であることが伺える。髪は伸び放題、荒れ放題となっており、元来かわいらしい見た目であるはずの女の子が、汗と土埃で汚れ切ったその様は、まさにこの世界というものを象徴している。
 少女はボロボロの麻袋の中から、鉄製の缶を取り出した。少女はそれを見ると不気味な笑みを浮かべ、小さく「やった」と声を漏らした。


「食糧だ……! やった、やった! これでまだ生きられる……!」


 少女はいたく興奮していた。
 それも当然と言うべきであろう。彼女にとってこの食糧は、実に2日ぶりの物だったからだ。
 この世界において、食物や飲料水というものは極めて貴重だ。核の戦争により環境は破壊され、世界は汚染されている。多少の健康被害は前提として、それでも、腹を下さず飲み食いができる物というのは、この世界ではもはや金銭以上の価値があったのだ。

 秩序が崩壊した今となっては、世界に溢れたドルも、円も、その他の貨幣も、もはや金属、あるいはちり紙以上の役割を持ってはいなかった。なにせ人間が社会性を維持するために作った経済も、この世界には存在しないのだ。この世界にあるそうした経済活動と言えば、せいぜいが、相手と自分の需要がマッチした場合の物々交換がある程度である。

 少女は着ている服のポケットから尖った金属片を取り出した。
 缶切りは無い。そうした文明の利器が存在しないわけではないのだが、少女にとってそれを得ることは極めて難しいことだった。少女は缶詰の蓋に向け、勢い良く金属片を突き刺した。

 しかし、少女は久方の食糧に冷静さを失っていた。金属片を突き刺した瞬間、ガリっと音が鳴り響き、直後、「おい、コッチから変な音がしたぞ!」と男の声が聞こえた。

 まずい。少女がそう思った時には、既に遅かった。
 少女が慌てて逃げ出そうとした直後、一人の男が彼女の目の前に現れ、男は血走った目で少女のことをキツく睨んだ。


「このクソガキが! 俺たちの食い物を返せ!」


 男は少女の腹を全力で蹴りつけた。少女は空気を吐き出しながら後ろへと飛び、地面に倒れ、蹴られた箇所を抑えて悶えた。
 男の仲間が集まり、少女が持っていた麻袋を手に取る。彼らは中の食糧が無事であることを確認すると、楽しそうに笑い合った。


「よかった! まだ何も手は付けられていないぞ!」
「これで俺たち、まだもう少し生きていける!」


 少女は腹を押さえながら、地面を這いゆっくりと男たちから遠ざかる。しかし瓦礫が僅かに崩れたその音を聞き、男たちの内の一人が少女の方へと目をやった。


「おい、なに逃げようとしてるんだよ!」


 男はそう言って少女の腹をまた強く蹴りつけた。


「てめぇ、俺たちから物盗んでおいてまさか何もされねぇなんて思ってねぇよなあ? 落とし前はきっちりつけてもらうぜ」
「がはっ……い、いや……」
「うるせぇ! 足をぶっ潰して動けなくしてやる! そしたらボコボコにして、どっかのおっさんに食い物と引き換えにお前を売りさばいてやる! はは、そこそこ上物の女だからな、きっとそれなりの食い物にはなってくれるぜ!」
「いや……だ……」


 少女はそう言って金属片を手に隠し持つ。隙を見て刺してやろう、そしてその時の混乱に乗じて逃げ出してやろう……少女はそう考えていた。
 しかし直後、別の男が「おっとぉ!」と言いながら、少女の手を強く蹴り、持っていた金属片を遠くへと飛ばした。


「へへ、ガキが、ナメてんじゃねぇぞ。大人がてめぇの考えに気付かねぇとでも思ってたのかよ?」
「あぐ……あ……」
「ふへへ、痛みで声も出せねぇってか!」


 男が少女の頭を強く踏みつける。少女は痛みで悲鳴をあげるが、男たちはまるでそれを楽しむかのように笑っていた。


「ははは、よく鳴くじゃあねぇか! どうした、助けでも呼んでみるか? どうせ誰も来やしねぇがな!」
「あっ……やめ、て……」
「だったら最初から食い物を取ろうなんて考えるんじゃあなかったな! お前の運命はもう決まってるんだよ!」
「やめ……て……!」


 少女は男の足首を掴み、懇願するように言う。男はそれを受け更に踏みつける力を強くした。
 少女が更に悲鳴をあげる。――その時だった。


「……君たち」


 低く、静かな声が響いた。少女はそれを聞き、きょとんとした顔で声のした方を見る。

 そこには、些か腹周りが太っている、一人の、頭髪の薄い中年の男が立っていた。


「……なにをしている?」
「なにって、見りゃあわかるだろ。泥棒をとっちめてるんだよ。コイツが俺たちの食い物を取ったのが悪いんだ、なんか文句あるかよ?」
「…………」


 男は何も答えなかった。しかし、すると彼は、背負っているリュックを下ろし、そしてその中から、中身の入った麻袋を取り出し、男たちにそれを見せつけた。


「……食糧が入っている」
「は?」
「その子をこちらへ渡せ。そうしたら、これを全てやろう」


 中年の言葉を聞き、男たちはざわめき立つ。しばらく話し合った後、男たちは警戒した様子で、ゆっくりと中年に近寄った。


「……ほ、本当に、食い物をくれるんだな?」
「ああ。早くその子から足を退けろ」
「お、おいおい、中身の確認が先だって」


 男たちの内の一人が言うと、中年の男は少ししゃがみこみ、麻袋をひっくり返した。

 中から缶詰や紙の箱に包まれた食糧品が落ちる。男たちはそれを見て「おお……!」と声をあげた。中年の男は中身を再度麻袋へ入れると、それを男たちへと突き出し、「さあ、足を退けろ」ともう一度言った。

 男たちの内の一人が、中年の男から麻袋を受け取る。同時に少女の頭を踏んでいた男が、その足を退けた。少女は途端に立ち上がり、その場から駆けて瓦礫の裏へと隠れた。


「ありがとよ、おっさん」


 男たちはそう吐き捨てると、そのままその場から去っていった。中年の男は大きくため息をつくと、地面に置いたリュックを背負い、そして、少女が逃げ込んだ瓦礫の裏へと向かった。


「まだそこにいるか?」


 男が言うと同時、少女が瓦礫から飛び出し、拾い上げていたのであろう金属片を男へと向けた。
 目は爛々としており、息をあげ、今にも男を食い殺さんとしている。男は少女の様子を見た後、もう一度大きくため息をついた。


「元気そうだな」


 男はそれだけを言うと、彼女に背を向けてその場から去ろうとした。
 少女は少しの間、男の背中を呆然と見つめ。そして、「ま、待って!」と男に声をかけた。

 男が少女を振り返る。少女は男を睨みつけながら、ゆっくりと口を開いた。


「……なんで、助けたの?」


 男はそうと言われ、また彼女に背を向け、ただこう言った。


「……あんなものが、人の命より価値があってたまるか」


 そうして歩き去っていく男を、少女は呆然と見つめる。やがて少女は、はっと我に帰り、そして、男の背中を追って歩き始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


 男の背を追い続けた少女は、やがて、広大な土地にぽつんと建つ一軒の小屋へと辿り着いた。
 小屋はおそらく男の根城であるとして、果たして、この無駄に広い土地はなんなのか。少女は掘り返された跡のあるそれらに疑問を感じたが、しかし、そんなことよりも、小屋の方が気になって仕方がなかった。

 なにせ、あれだけの食糧を人に渡した男の根城なのだ。当然、他にもそうしたものがあると考えて然るべきだろう。少女はどうにかして、あの男から食べ物を盗めないかと頭をひねり続けていた。

 ――と。


「ついてきたのか」


 少女はその声に心臓が飛び出でるかのような衝撃を覚えた。
 少女は後ろを振り向き、声の主へゆっくり視線を向ける。そこには、鉄製のクワを持った男が立っていた。

 少女は男がクワを手にしているのを見て、反射的に後ろへと下がる。この世界においてそれは、ただの凶器でしかなかったからだ。
 しかし男は、そんな少女の様子を気にもせず、例の、掘り返された広大な土地へと歩いていった。

 そして男はある場所に立つと、突然クワを掲げ、そしてそれを、地面に向けて突き刺した。
 突き刺したクワを使い男は地面を掘り返していく。土がめくれ、深層の、少し色が濃い土が顕になる。男は何を言うまでもなく、延々とそれを続けていた。

 なにをしているのだろうか。少女は男の行動に疑問を抱いた。

 歳もそこそこいっており、太ましい体つきをしている男は見るからに体力がない。しばらくクワを地面に突き刺す作業を繰り返していると、もう汗だらけになり、息を荒らげるようになっていた。

 あんなことをしても、無駄に喉が乾くだけなのに。少女はそんなことを思ったが、ふと、自分の目的は、あんなハゲ頭の中年を観察しに来たことではないと思い出した。
 よくわからないが、男が奇妙なことをしているのなら、むしろ自分にとってはチャンスだろう。早く小屋の食糧と水を奪って逃げ出してしまおう。少女はそして、ぽつんと建った小屋の中へ足を踏み入れた。

 小屋とは言ったが、中はやはり男の根城だけあって、それなりに生活感のあるモノだった。汚くはあるが眠るための布団があり、小さいながらも机のようなものがあり、他にも様々な物がそこには並んでいた。缶切りもあればナイフもある、他にも、男が掲げていたクワのようなもの――とは言うが、クワの刃の部分は枝状に分かれていたのだが――などが、狭い場所の中に、なんとか工夫して置かれていた。
 少女ははからずも、その光景にワクワクとしてしまった。ここにあるのは、自分が触れてこなかった言わば文明の利器だ。缶切りや爪切りの類だけでも盗んでいけたら、どれほど生活が楽になるだろうか。少女はそうして、ゆっくりと、置かれていた小さな文明の利器を、自身の服のポケットにしまっていった。

 しかしそれはさておき、ここには食糧はないのだろうか。少女はそう思い周りを見渡した。
 どうにも、それらしいものは確認できない。少女がそれに焦り、がっくりと来ていると、やがて彼女は、端の方に、床下収納の扉を見つけた。

 きっとここにあるに違いない。少女はその扉を開け、中を確認する。しかしその収納の中には、一切、何も入っていなかった。


「……食糧はもう無いぞ」


 ふと、少女は小屋の出入口から男の声を聞いた。ビクリと身を震わせて、少女は男の方を見る。
 彼は汗をダラダラと流し、少女をじっと見下していた。少女は咄嗟にポケットから金属片を取り出して、それを男の方へと向けた。


「なんだ、食い物が無いから俺を食おうって言うのか」


 少女は黙り込む。いくら貧しているとは言え、流石に人間の肉は食いたくない。自分が今こうしているのは、あくまで身を守るためだ。

 少女は体を震わせて男を睨んだ。しかし、しばらくして、男は大きくため息をつくと、鉄製の片手鍋を手に取って、そのまま小屋から出て行った。

 特に何事もされなかったことに少女は驚いてしまった。しばらく呆けた後、少女はゆっくりと男の後を追い、そして、地面に着いた足跡を辿り小屋の後ろへ向かった。

 小屋の後ろでは、男が木製の椅子――というよりかは、それはもはやただの台であったが――に座り込んで、よくわからない金属の棒とナイフをしきりに擦り合わせていた。

 ナイフが金属の棒に擦れる度に、赤い火花が散り、それが乾ききった植物の繊維に落ちていく。しばらくすると植物の繊維から煙があがり、男はそれを手に持つと、ゆっくりと息をふきかけ、そして、煙が一層強くなるのを確認すると、傍らに置かれた木の枝の塊にそれを入れた。

 その後も男は息をふきかけ続け、やがて木の棒にぼっと火がついた。そうして男はポイポイと乾いた木の枝や薪をくべ、少しずつ火の手を大きくしていった。


「……なにを、してるの?」


 少女はたまらず、男に尋ねた。男は一瞬驚いたように少女を見たが、やがて何も言わずに、片手鍋を持って立ち上がった。

 男はすると、小屋の裏に置いてある、大きなプラスチック製のゴミ箱へと歩いていく。そこには水がたっぷりと溜まっており、少女はそれを見た途端、思わずそれを求めて走り出した。

 と。


「飲むなっ!」


 男の叫び声に少女はビクリと身を震わせた。大の男の咆哮なのだ、力では敵わないと分かりきった少女は反射的に萎縮してしまう。しかし少女がおずおずと男を見てみると、男は、少女が予期した反応とは違い、申し訳なさそうに顔を下げていた。


「いや、すまない。大きな声を出して。
 ……この水は飲まない方がいい。飲めば腹を下すからな」


 男はそう言うと、片手鍋を使い水を大量にすくい上げた。少女は爛々とした目でそれを見つめるが、男はそれに意を介さず、ゆっくりと焚き火の方へと戻っていった。

 少女は息を荒らげ、男とゴミ箱の水を交互に見た。
 男はああも言ったが、正直、もう腹を下してもいい。とにかくなんでもいいから水を飲みたい。少女がゆっくりとゴミ箱の方へ移動すると、男が突如、「おい、お前」と少女に話しかけた。


「こっちへ来い」


 男の言葉に少女は足を止める。しばらく、目をゴミ箱の方へと移していたが、男が「早く」と言うので、少女は仕方なく、焚き火の方へと向かった。

 男は木の台に座り、焚き火にセットした金属の台の上に、水の入った片手鍋を乗せていた。

 少女は男と片手鍋をしばらく見つめ、やがて、男の隣に座り込んだ。喉が渇いて仕方がなかったが、男の言うことを聞いた方が身のためだと思ったのだ。

 時間が経つと、片手鍋の水はぐつぐつと音を立てて沸騰を始める。少女は立ちあがる蒸気を何も考えずに見つめていた。


「よし」


 男はそう言うと、突然小さなコップを取り出し、そしてそれを少女の前に置いた。
 少女はよくわからず、目の前に置かれたその物体を見つめる。すると男は、片手鍋の中の熱湯を、そのコップの中にゆっくりと注いだ。

 少女は目を見開いた。男の行動の意味がわからなかったが、しかしまさか、自分の目の前にこうして水分を注がれるとは思っていなかったからだ。


「……どうした?」


 男は少女に語りかける。少女はキョトンとして、男の顔を見上げる。男は少し困ったような表情をすると、「飲めよ。熱いから、気を付けるんだぞ」と少女に言った。

 少女は目を見開いて、焦るようにコップを掴み、焦るように飲み込んだ。しかし途端、「熱っ、」と声を漏らし、ゴホゴホと咳き込みコップを地面に置いた。


「だから、熱いと言っただろう。ゆっくりと、冷ましながら飲むんだ」


 男は言いながら、自分の目の前に置いたコップにお湯を注いだ。そして片手鍋を地面に置いて、コップを手に持ち、息をふきかけながらゆっくりとそれを飲んでいく。少女はため息を吐いてから、男と同じように、息をふきかけながら、ゆっくりとお湯を飲んでいった。


「…………」


 少女は黙(もく)して、中に入ったお湯を見つめる。しばらくずっと、少女はそのまま、変わらず見つめ続け。

 やがて、ゆっくりと涙を流した。

 最初はただ一筋、目から水滴が流れ落ちるだけだった。しかし次第に鼻をすすりだし、小さく声をあげ、決壊したようにとめどなく涙を溢れさせた。

 顔をうつむかせ、ただ泣きじゃくる少女を、男は何も言わず、ゆっくりとその頭を撫でた。


◇ ◇ ◇ ◇


 少女は男と共に生活をするようになっていた。

 幼い身柄とは言ったものの、こんな世界では、大人に甘えて楽をすると言う訳にもいかない。少女は男の生活を手伝うようになり、願って男から様々な生活の知恵を教えられていた。

 火を起こすにはどうすれば良いか。なぜわざわざ沸騰させてから水を飲まなければならないのか。服の洗い方や調理の仕方、水や食糧の確保の仕方――。少女は幼く、また女手であるため、力が必要な作業では男の手伝いすらできなかったので、彼女の役割は、主に小屋の周りで家事を行うことであった。

 水を綺麗にしたり、使った食器を洗ったり。この世界はすっかり文明が滅んでしまったが、動植物の類が消えてなくなったわけではなく、時として男が手に入れたそうした食糧を、保存の効く干し肉にしたり、また男が遠くへ行く際の飲み水を水筒に入れたり――案外と生活は忙しかったが、それでも、これまでの日々に比べれば、現在の生活はあまりに楽なように思えた。

 いつ死ぬかもわからないという不安に襲われることもない。体にかける毛布もなく、寒い空気が流れる中を震えて過ごすこともない。少女はいつしか、男と生活を共にすることに、安心感を覚えていた。

 しかしそんな生活の中で、少女はどうしても、気になることがひとつあった。それは、男が度々している、鉄製のクワを使った作業である。

 少女には知恵も知識もなかった。それ故に、彼の行動になんの意味があるのかがわからず――少女はある日、男にその事について尋ねた。


「おじさん。なんでおじさんは、いつも変な棒で地面を叩いてるの?」


 いつも通りに焚き火の前で温かいお湯を飲みながら、少女は男に顔を向けた。男は少ししてから、「種を、植えている」と答えた。


「たね?」
「ああ。あの土の中には、麦の種が入っている。溜めた雨水をじょうろでまいて、しばらくすれば、麦が育つようになる」
「……おじさん。ムギって、なに?」


 少女は首を傾げ尋ねた。男は少し目を見開いてから、しばらく口を閉ざすと、やがて立ち上がり、小屋の方へと向かっていった。

 そして彼はしばらくすると、なにやらボロボロの紙の束を手に持ち、少女の元へと戻ってきた。


「……これは、麦という植物の作り方を書いた本だ」


 少女は男の言葉がひとつひとつわからなかった。まったくの無知ではないので、少なくともその本というのが、ムギという何かについて様々なことが書かれているということは理解できたのだが、如何せん、少女にはその言葉の意味を的確に把握することが難しかったのだ。


「……まあ、なんだ。見てみろ」


 男はそう言って少女に本を見せる。しかし少女は、そこに書かれている言葉の数々の、多くを理解することができなかった。


「…………おじさん、私、ちょっと、わかんないよ」
「……まさか、文字の読み書きができないのか?」
「えっと……ちょっとだけならわかるよ。けど、ここに書かれているの全部は……」


 男は少女の言葉に顔を覆った。少女は男のその行動の意味がわからず、ただ不思議そうな表情で首を傾げるだけだった。


「…………ついてこい」


 男は少女に言い、立ち上がる。少女は「どうしたの、おじさん」と言いながら、しかしとりあえずと言った感じで、男の背を追っていく。

 男は少女の方を向き、彼女を見下ろして、その頭を大きな手でわしゃわしゃと撫でると、


「種を植え付ける。……お前に、な」


 少女は男の言葉の意味がわからず、また首を傾げた。


◇ ◇ ◇ ◇


 その後少女は、男からまず読み書きを教わった。

 男が若い頃は、どうやら、文字の読み書きができない人間はまずいなかったらしい。人によってはそうしたものが苦手な者こそいたが、それでも生活に支障の無い程度にはできていた。何よりもそれが当たり前だったという話を聞いて、少女は驚嘆で声を出すことさえできなかった。

 生活の合間合間にそうした勉学の時間を設け、男は少女に様々なことを教えた。簡単なものではあったが、数の計算を教え、一般的なレベルではあったが、生物や化学の知識を話した。
 少女はその全てを熱心に聞いていた。少女にとってそれらは知らない世界であり、そして、その知らない世界について知ることができたのは、彼女の好奇心をよく満たしたからだ。

 話の途上では、よく「世界が崩壊する以前」のことを聞かされた。学校という場所で、少女と同じ程度の年齢の子供たちが、一堂に会して勉学を教わる。また色々な人間と交友関係を結び、楽しく遊ぶ。男は学校の明るい側面の他にも、いじめのような暗い側面についても触れて話をし続けたが、少女にとってはおおむね、その学校という場は楽しい場所であるように感じられた。


「……すごいね。私が知らないだけで、昔はそんな世界があったんだね」
「ああ。昔の世界にも問題は山積みだったが、それでも、今よりかは遥かに幸せだったと俺は思っている。食糧の奪い合いで誰かが死ぬこともなかったし、蛇口をひねれば水なんて使い放題だった。……これはあまり良くない話だが、実は食べ物なんかは、苦手な味だったら食べないで捨てることもあった」
「えぇーっ!? そんなことしたら、もったいないじゃん!」
「今の価値観だとそうだな。……いや、昔ももったいないとは思われていたし、良くないことだとは言われていたが、今とは言葉の意味が違う。昔はそれが『良くない』で終わっていたが、今は『死に直結する』だからな」


 少女は自分では想像もできない話に目を輝かせた。なにも、食糧を捨てられるという境遇に憧れたわけではない。つまりは、それだけ余裕のある生活ができる世界に憧れたのだ。


「……いいなあ。私も、そういう世界に生まれたかったなあ」
「…………」
「ねえおじさん、おじさんにとって学校って、楽しかった? 私はきっと、楽しいと思うの。……いつか私も、行けるようになるかな」
「…………なるさ」
「あはは、冗談だよ。わかってるよ、絶対、無理だって……」
「無理じゃない。…………俺はお前が、笑って学校に行ける世界がまた訪れると信じている」


 男はそう言うと、少女の頭を、力強く撫でた。そして彼は「どっこい、しょ」と言いながら立ち上がり、クワを持って小屋の出口に立った。


「…………いつか絶対に、そういう世界を、作ってみせる」


 そして男はそう小さく呟くと、小屋の外へと出て行った。少女は男の言葉の真意を、はかりかねていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 やがて時が過ぎ、冬が訪れた。少女はその間も男の生活を手伝い、男から知恵を学び、背丈も少しずつではあるが伸びていった。

 少女は男から得た知識をぐんぐんと吸収していった。生来から知能が高かったこともあるが、何よりも、少女は男から学ぶことが大好きだったのだ。勉学が上手くできれば、男は大層に褒めてくれた。だから少女は時間が空けば男から教わったことを復習し、男が持っていた、様々な知識の書かれた本を読んだりもしていた。

 その中で、少女は男がクワを持ちなにをしていたのかを理解していった。彼はこの荒れ果てた大地を耕し、畑を作っていたのだ。そしてそこに、曰く『麦』の種をまき、食糧の栽培ができるようにしていたのだ。

 麦を収穫できるようになれば、それを粉にしてパンを作れるようになるという。パンは炭水化物で、エネルギー源として非常に優秀であるため、作れるようになれば生活が大きく変わる。少女は男が、自分だけがその日を生きるためではなく、長く、また大勢の人が生きていられるようにしていたことを知り、強く感銘を受けていた。


 少女と男が出会ってからかなりの時間が流れていたので、畑はなんとか植物の栽培が可能な程度にまで状態が良くなり、また耕された土から植えた種の芽が出るようになっていた。少女は男と共に、麦が少しでも良く育つよう麦踏みなどの農作業を手伝いながら過ごしていた。自分たちが耕した畑から、育てている麦の芽が見え始めた時には、少女はおもわず涙ぐむほどの喜びを味わっていた。


「これで、夏まで頑張れば収穫ができるようになるよ、おじさん!」
「ああ、そうだな。……ようやく、ようやくだ」


 小屋の中で、少女は男と会話をしていた。正直なところ、畑がまともに機能するかも自信がなかったので、どれほどの出来であろうと、ひとまず収穫の希望が見えてきた時点で、少女たちにとってはこの上ない喜びであった。

 しかしそんな折、悲劇とは、突然にやってくる。少女が男に笑顔を向けていると、突如、微笑んでいた男がゆっくりと体を倒したのだ。


「おじさん!?」


 少女は思わず男に駆け寄る。男は息を荒くして冷たい床に倒れ、そして、口から血を吐いていた。


「……ああ、ちくしょう。これからだ、って言う、のに……!」
「おじさん、大丈夫!? しっかりして!」


 少女は男をなんとかしようと焦り、立ち上がった。しかし幼い身柄の少女には、知恵も、力も、何もかもが足りていなかった。
 男が突然血を吐いたのは、世界が荒廃した後に流行った病魔によってであった。風邪の対処でさえ難しいこの時代において、新興の病をどうにかする医療設備などあるはずもなく、ましてや、小汚い小屋の中で、幼い少女がどうにかすることなど不可能であった。

 少女は慌て、小屋の中を右往左往するが、しかし男は、「もう、いい」と、喘鳴の混じる声で少女に話しかけた。


「でも、おじさん!」
「……しかたが、ない。人間、死ぬ時は、死ぬ、もん……だ……」
「そんな、死ぬだとか、そんなこと言わないで!」


 少女は泣いて男の傍にしゃがみこむ。男は少女の顔を見上げ、少しだけふわりと笑った。


「…………なつかしいな。俺にも昔、お前くらいの……子供がいてな……」
「おじさん……もう、もう喋らないで……!」
「…………俺の子はな。食べ物も、飲み物も無くて……飢えて死んだんだ。俺はそれこそ…………人の食い物も奪ってでも、アイツに飯を……食わせてやりたくて。けど、奪った食糧を持って帰った時には…………あの子はもう、死んじまってたんだ……。
 …………この世界は……終わっている。ほんのちょっとの食い物のために、殴って、蹴って、殺して……けど、きっと、飯も何もかも失くなっちまった世界にいちゃあ……どんな人間も、そうなっちまうんだろうなあ」


 男はそして、少女の方へと目をやった。


「……お前に、頼みが、ある……」
「……なに?」
「俺の……願いを……代わりに、叶えて、くれ。この世界が、道徳を忘れちまったのは……飢えと乾きが原因だ。だから、どうか…………あの麦を、育てて、大地を耕して……未来に種を、植えて欲しい」


 少女は何も言わなかった。何も言えなかった。目の前で目を虚ろにする男を、信じる訳にはいかなくて。
 しかし少女は、それでも、男の声を、しっかりと聞いていた。


「………………ああ、けど…………お前が、学校に行ってるところ、見てみたかったなあ……。それだけが、残念で…………」


 男はそう言ったのを最後に、ぴたりと喋らなくなった。全身の力が抜け、顔からは生気が抜けていた。
 少女はわずかな水が手からこぼれ落ちたかのような絶望感を味わった。少女にとって、ヒトのその様子は、幾度も見たものであった。故に少女は、男が今、命を潰えたのだということを、ハッキリと理解してしまって。


「――おじさああああああんっっ!!!!」


 少女は泣き叫び、男の体に抱きついた。

 少女にとってそれは、初めて得た人の温もりであった。故に、初めて失った、人の温もりでもあった。
 少女はわんわんと泣いた。喉が潰れ、体中の水分が無くなろうとも、自分の衝動と感情を止められずにただわんわんと泣いた。

 そうして少女が涙を枯らしたのは、男が死んでから何時間も経った、暗く寒い夜の時間になってからであった。


◇ ◇ ◇ ◇


 少女はその後、一晩をかけて男の死体を小屋の外へと引きずり、地面を掘ってその亡骸を埋めた。
 人の体とは存外に重たいものだ。色々な道具を使い、全身が疲れから虚脱感に襲われもしたが、少女はしかし、それでも男を埋葬したいと思ったのだ。

 少女にとってそれは馴染みのない文化であった。しかし、自身が読んだ本では、死んだ人間は必ず地面に埋め、そしてそこに墓を建てると書いてあった。
 少女には力がない。故にまともな墓を建てるなどできるはずもなかった。なので、少女は拾った木片を、男を埋めた場所に突き立て、それを墓の代わりとした。

 少女は墓の前で座り込み、絶望に打ちひしがれた。
 ただの孤独であれば慣れていた。しかしそれは、言わば暖かなお湯に身を浸した後に、いきなり寒空の下に投げ出されたようなもので、少女は一度知った人という温もりを失った喪失感に、何もかもが絶望的に思えたのだ。

 現実的な問題もあった。少女は力が無いので、今後食糧を得ようと思えばかなりの苦労が強いられる。また農地をどうにかしようにも、自身の細く小さな体では、男のようにクワを大きく振るう事さえかなわない。

 とどのつまり、少女は詰んでいたのだ。男という希望を失くし、この農地をどうにかする展望も失くし。少女には、墓の前でこうして涙を流す以外に、選択肢が無かったのだ。


「……おじさん……」


 少女は呟く。何もかもをやる気力が無く、ただ深淵だけがこちらを覗いている。頭が歪みそうなほどの苦しみに、少女はまた涙を流しそうになったが、しかし涙はとうに枯れ果てていた。

 受け止めきれない現実を突きつけられ、少女はさらに体を縮こませた。そして少女は、またさらにぽつりと、言葉を発し、


「こんなことなら……出会わない方が、よかった」


 蜜の味を知らなければ、このような苦味に耐えることも易かっただろう――そんな意味を込めた自らの言葉に、しかし少女は、違和感を覚えてしまった。

 そんなことはない。男と出会い、過ごした時間は、確かに価値があって、意味があった。それを『無い方がいい』だとは、そんなこと、少女は認めるわけにいかなかったのだ。

 少女は男の墓を見上げる。突き立てられた木片はみすぼらしかったが、しかし、どこか威風堂々とした佇まいがあったかのように思えた。

 文献として墓を知った時、これに果たして、意味があるのだろうかと少女は感じた。しかし、少女は今だからこそ理解した。
 これに意味はなくとも、これに、意味を付けることはできると。少女はすると立ち上がり、そして、後方に広がる、麦の芽が出た農地を見た。


「…………おじさん」


 少女の髪が風に煽られた。少女はそして、拳に一層力を込めると、小屋へと戻り、そして、重たい農具を持って歩き出した。


「…………おじさん。私、かなえるよ。おじさんの願い。たとえ、たった一人でも」


 少女は男の墓標に誓った。必ずや、男という存在に、男と過ごしたこれまでの時間に、意味をもたらしてやると。

 何もかもが足りていない少女は、しかし、それでも前に進み続けた。


………………………………
……………………
…………

◇ ◇ ◇ ◇


「それでおばあちゃん、その女の子はどうなったの?」


 木の椅子に座った老婆に、幼い少年が語りかける。老婆はしかしいやらしく笑うと、「どうなったんだろうかねえ」と答えた。

 少年は口を尖らせ、「えー、教えてよ、ケチ!」と文句を言った。しかし老婆は楽しそうにゲラゲラ笑い、「絶対に教えてやるもんか」と子供っぽく言った。

 その直後に、カンカンと甲高い鐘の音が鳴った。老婆はそれを聞き、「ほらほら、授業が始まるよ! さっさと教室へ行かんかい!」と手を叩いた。少年は「えー」と不服そうに声をあげたが、老婆が「早く行かんかい!」と怒ると、大慌てで老婆の元から走り去ってしまった。

 少年が部屋から消えるのを見て、老婆は呟く。


「…………あんた達にも、種を植え付けなきゃならんからね」


 そうして老婆は、少し軋む膝に耐えて立ち上がる。
 そしてゆっくりと部屋の窓へと歩き、そして、その窓を大きく開け広げた。

 老婆の目には、一面の麦畑が映った。

 それだけではない。様々な大人たちが農具を持ち寄り、麦を収穫し、他の作物を育てる様が広がっていた。
 遊んでいた子供たちが、何度も増改築を繰り返した建物へと掛けていく。老婆はその建物の端の部屋で、微笑みながらそれを見ていた。


「………………種は、実りましたよ」


 老婆は傍らの机にあった、ボロボロの本を撫でて呟く。
 それは老婆が、もはや一言一句全てを暗記したと言っても良いほど読み込んだ、麦の作り方を記した本であった。


~ロリっ子がおじさんに種付けされる話 fin~
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池野飛蝗
2022.08.01 池野飛蝗

面白かったです。まんまと騙されました。ロリっ子が種付けされる話ではなくて、ロリっ子が種付けする話でしたね。

2022.08.01 オニオン太郎

こうしておじさんの種は、更に他のロリ・ショタにも種付けされていく、種付けの永久機関です。酷い字面だな。
読んでいただきありがとうございました。非常に嬉しい限りです。

解除
花咲直
2022.01.23 花咲直

タイトルさえ変えれば感動的できました...嘘です泣きながら見ました

2022.05.10 オニオン太郎

ありがとうございます。まさかこんなクソタイトルに読者が付くとは思ってなかったのでビックリしました。

解除

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