魔王の娘がこちらを見ている〜人間に手違いで召喚された俺は、魔王たちと仲良くやります〜

オニオン太郎

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敗北

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 闘技場は学校のはずれにある、円形の建物だった。屋根はなく、真ん中に置いてある円状のステージと、それを取り囲むような芝生、さらにそれを囲むように並んだ観客席が特徴的だった。観客席は階段式に高くなっており、それぞれの場所で座って戦いを見物できるようになっていた。
 ローマかどっかの闘技場みたいだ。俺が最初に抱いたのは、そんな感想だった。

 俺はステージの真ん中で、アキレス腱を伸ばしながらユキアスの準備が整うのを待っていた。
 既に観客席がいくつか埋まっている。噂を聞きつけた学校の生徒や教師、ただの野次馬、そんな奴らが見に来たのだ。

 俺はその観客の中で、心配そうに俺を見つめるラキアと魔王に手を振った。ラキアも控えめな感じで俺に手を振り返す、俺は大きく肩を回すと、準備運動をしているユキアスにニヤリと笑った。

「準備はいいか?」
「私はいつでも」

 俺たちは会話をかわす。すると、なにやら審判役を務める魔族の男が、闘技場の真ん中に立った。

「いいな、戦闘不能と判断されたらそこで試合終了だ。骨を折ったり、気絶するなどしたらその時点で終了だからな」

 俺が審判に「オッケー」と言うと、ユキアスは「わかりました」と呟いた。

 ジリジリと迫る緊迫感。しばらくの間があった後、審判の男は、ステージから離れながら「はじめ!」と叫んだ。

 先手必勝、俺は即座にユキアスに迫る。俺ができることなんざたかが知れてる、それは単純に殴ったり、投げたりをすることだけだ。

 俺は助走をつけ拳を突き出す。瞬間、ユキアスはその手を取り、俺を軽々と投げ飛ばしていた。

「んなっ……」

 地面に叩きつけられる、受け身をとって被害を最小限にする。俺は立ち上がり、一度大きく咳き込むと、ユキアスを睨みつけた。

「――かかってきなさい」

 ユキアスはなんとも思っていないかのような顔で告げた。俺は、「言われるまでもねぇ!」と叫び、ユキアスに向けて突進した。

 迫り、瞬時立ち止まり、拳を突く。パンチは即座にいなされ、俺はまた投げられぬよう拳をすぐに引いた。

 殴る、腕を突き出す、引く、そしてまたパンチ。しかし俺の攻撃は全て軽くいなされ、ユキアスは終いにはあくびをしだした。
 こいつ……! 瞬間、俺の怒りが爆発した。大きく振りかぶり、渾身の右フックを顎に向けて放つ。

 と、ユキアスは腰を回し、左腕で俺のフックをガードすると同時に、右ストレートを俺の鼻っ面に叩きつけてきた。俺は鼻を抑え後ろへ下がる。
 鼻からたらりと、血が流れてきた。

「まだやりますか?」

 ユキアスは冷めた目で俺を見つめてきた。俺は無性に腹が立ち、ユキアスをぶっ飛ばそうと足を踏み出した。

 瞬間、ユキアスが攻撃を仕掛けてくる。パンチ、パンチ、そしてローキック。
 速い、俺が思ったのはただそれだけだった。反応ができない、全ての攻撃が体に当たる。ガードができない、鈍い痛みが体を刺していく。

 俺は数歩下がり、蹴られた太ももを抑えてうずくまった。尋常じゃない、筋組織が切れたのではないか。そんな事を考えていると、ユキアスは俺に対し、「まだやりますか?」と語りかけた。

「やるに、決まってんだろ」

 俺は地団駄を踏むように足を地面に叩きつけ、息を荒げてユキアスを睨んだ。

 顔は既にボコボコだ、視界だって安定していない。やっぱり慣れねぇやり方はするもんじゃねぇ。俺は瞬間、ユキアスに迫った。

 ユキアスは当然とばかりに拳を打つ。だが俺はそれを受けながらも前身を止めず、そしてすぐに奴の懐に潜り込んだ。

 左手で右腕を、右手で襟首を掴む。

「つっかまえた!」

 俺はユキアスの外側へと体を移動させ、そのまま大外刈りを決めようとユキアスの体勢を崩させた。
 右足が相手のもも裏を蹴る。瞬間、ユキアスはそれに耐え、体勢を持ち直した。

「んなっ……」

 直後、ユキアスは俺を巻き込むように腰を回し、そのまま地面に叩きつける。
 背中が衝突する、俺は「カハッ……」と息を吐き出し、腹部まで響く鈍痛に腹を抑えた。

 瞬間、ユキアスが俺を足蹴にしようと踏み出してきた。俺は即座に転がり、その攻撃を避け、よろめきながらもなんとか立ち上がった。

「――1つ、言っておきますが」

 と、ユキアスは俺に再度語りかけてきた。

「私はですね、実のところ……武術があまり得意でない。戦闘の要は魔術であり、私は今日、それを封印して戦っています」

 俺はその言葉に、目を見開いた。

「つまりですね。私は全く本気を出していない。それなのに、あなたは、私のほんのちょっとの力にさえ及んでいません。これがどういうことか、わかりますかね?」
「うるせぇ……」
「さ、観念してください。謝れば、許してやらないこともありませんから――」
「うるせぇんだよ!」

 俺は直後、魔術を使った。ラキアと共に身につけた、俺の切り札――そう、濃霧だ。

 俺の体から蒸気が吹き出る。辺りは一瞬にして、霧に包まれる。ステージはもう、外から様子がわからない位になっていた。

 これで奴は俺の位置がわからない。俺はその間にあいつに近寄って、ぶん殴ってやろうと笑った。

 だが、俺は重大なミスを犯していた。

 相手に俺の姿が見えない。それはつまり、自分からしても、相手の姿が見えないことを意味していた。

「クソ、迂闊だった……」

 俺は吐き捨てると、先程までユキアスが立っていた所にまで駆ける。そして大きく振りかぶり、拳を全力で突き出しながらユキアスへ迫る。

 しかし俺の攻撃は壮大に空ぶってしまった。

「クソ、どこだ? どこだ!?」

 俺は辺りを見回す。と、突然、俺の後頭部が鈍い衝撃を感じた。

「あなたは本当にバカですね。マナの量的に一度しか使えない魔術を、相手が有利になるように使うなんて」

 俺は後ろを振り返る。しかしそこには誰もいない。直後、脇腹にとてつもない衝撃が響いた。

「この魔術ですが、第一に敵の居場所がわからなくなる。それが戦場においてどれほど致命的か、あなたにはわかりますかね」

 俺は側面を向く、しかし誰もいない。と、今度は背中を強く蹴られた。

「第二に、こんな霧少し本気を出せば簡単に振り払えます。文字通り無意味にあなたの魔術は霧散してしまうのです」

 俺は地面に前のめりに倒れた。直後、俺の頭を、足が強く踏みつけた。

「ぐあああ!」
「第三に。この霧の中でも、私はあなたの居場所を察知できます。音、風の流れ、敵意――情報は気を集中すれば多いもの。つまりあなたは、自分が一方的に不利になるように魔術を使ったのですよ」

 俺は、立ち上がろうと地面に手をつく。しかし、どれだけ力を入れてもそれは叶わない。

「さて、名前はなんでしたっけ? ……そうそう、ムダさんでしたね。何ともまああなたらしい名前です。
 負けを認めなさい。でないと、ずっと痛いのが続きますよ?」
「ざけんじゃ、ねぇ……俺はまだ、負けてねぇ……」
「いいえ、あなたに勝ち目はありません」
「だとしても……俺は、てめぇを、許さねぇ……! ラキアの努力を見もしねぇで、結果ばかりを見て、あいつの全てを否定して……それが、俺には、どうしても許せねぇんだよ!」

 俺は立ち上がろうと足掻く。しかし、それは、叶わない。

「やれやれ、全く。本当に、あなたという存在は愚かですね。
 知恵も、勇気も、力も無い。初めて会った時からそう思ってましたよ、私は。そんなあなたが、なぜラキアさんのためにここまでしているのか――それを看破してさしあげましょう」

 ユキアスは大きく嘆息すると、言葉の続きを語り出した。

「あなたは、ラキアさんに自己投影をしているだけなのです」

 その言葉は、俺の心を大きく揺らした。やめろ、やめろ、そんなわけない。

「あなたの言動を見れば、それだけでわかります。無能、そしてそれが故に何もしてこなかった、何も生み出してこなかった。あなたの怠惰のツケが、巡り巡って今この瞬間に響いているのです。どうです、違いますか?」

 違う、違う。俺は必死だった、何もしてこなかったわけではない。ただ、ただセンスとか、才能とかがなかっただけなんだ。それで――

「あなたは、自身の才能がマイナス部分を見つけてしまった。そして、それを言い訳に、才能がマイナスでない部分にまで努力を怠ってしまった。違いますか?」

 ドクンと。心臓がはねた気がした。

 否定したかった。違うと言いたかった。反論したかった。しかし、俺は口を開いては閉じるだけで、それ以上の事は何も、できなかった。

 ――つまり、図星なんだろ? 自分の中で問いかける。

 お前は結局、才能がどうこう言って、何もしようとしてこなかった。そんなただのクズだ。確かに脳はダメージを受けていた、それで傷害されたのは運動神経だけだ。知能に遅れは、なかったはずだ。ならばなぜ、お前は受験に失敗した?
 何もしてこなかったからだ。大した努力もせず、所詮は才能だとひねくれ、そしてその結果全てを失った。

 気づいてしまった。俺が何者であるかを。俺がラキアにどんな想いを抱いていたかを。

 やっぱり、俺はクズだ。自分が出せなかった結果を、ラキアに出してもらうことで、代償しようとしている。

 涙が出た。顔が歪んだ。しかし否定する材料が見つからなかった。俺はすすり泣き、嗚咽し、そして大きく咳き込んで。

「――俺の、負けだよ」

 そう言うと、ユキアスは俺の頭から足をどけた。奴は満足気に頷いて、そして俺に言い放つ。

「土下座して、詫びてください。私に言った全ての言葉を、訂正して」

 俺は、ゆっくりとした動作で、ユキアスに土下座をした。直後、ユキアスは霧を吹き飛ばし、俺の無様な姿が、観客に見えるように手を施した。

「さあ、訂正してください。そして、私に謝ってください」
「――すまな、かった」
「声が小さいですし、敬語がなっていません。さあ、皆さんにも聞こえるように。さあ!」
「すみません、でした! あなたに言った言葉の、全てを! 俺は! 訂正します!」

 俺は泣きながら、無様に叫んだ。
 観客席から笑い声がした。ラキアと魔王の姿は、どうしても、見る気にはなれなかった。
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