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優しい彼が豹変して一言
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私には優しい彼がいる。そろそろ付き合い始めて五年が経ち、私も彼も今年で三十歳を迎える。
知り合ったのは、バーで独り飲みをしていた彼に私が一目惚れ。声をかけて、連絡先を交換し、一週間もしないうちに交際が始まった。
彼の仕事は小説家で、細々と生活をすれば、一生食べるものには困らない程度の印税があった。私もパートでレジ打ちをしているし、多少の贅沢はできる。子供ができても問題は無い。
以前から私は「三十歳までには結婚したい」と彼に言っていた。子供は、結婚してから考えようと思っている。だから、夜の営みはまだしていない。彼も「バージンロードはバージンで歩いてほしい」と言ってくれていた。
――五年間性欲が無いなんて有り得ない。それほどまでに優しい彼なのだ。
小説が上手く進まなくても、大事な賞を逃しても、締め切り前で眠れなくても……。弱音も吐かずに私の事ばかり気にかけてくれる。
いつでも私を一番に思ってくれている。
だからこそ私は、誕生日である今日、プロポーズをしようと決意していた。
彼も、私の決意を薄々感付いているのだろう。最近少しだけ様子がおかしい。あからさまにそわそわしている。
それでも、プロポーズをするのは私の方からなんだからね!
「ねえ、真(まこと)さん。大切な話があるの」
私は、机で向かい合わせに座った彼に語りかけるように言葉を発する。
「あのね。私、今日で三十になるんだけど、これを機に……」
私が最後まで言い終わる前に、彼は豹変し、頭を抱えて発狂したように叫んだ。
「むりだぁぁぁああああ!!!! 俺にはむりなんだぁぁぁ!!!!」
彼の口から初めて聞いたネガティヴな台詞。泣きながら、頭を抱えながら――。
「どうしたの? 真さん? 大丈夫よ? 大丈夫」
「大丈夫じゃないんだ。大丈夫じゃないんだよ! すまない……晶(あきら)にずっと黙っていた事があるんだ。だから大丈夫じゃないんだ……。すまない――許してくれ」
閻魔様にでも赦しを請うような勢いで謝り続ける彼。いったい、何を隠していたと言うのだろうか? 私は、どんな事があってもあなたと一緒にいたいと思っているのに。あなたがどんな事をしていようとも、清も濁も全てを受け入れて……。
「実は、俺……」
「女なんだ」
優しい彼(彼女)が豹変して一言……。
このカミングアウトの為に、こんなにも追い詰められていたのか……。こんなにも顔をくしゃくしゃにして泣いて詫びているのか……。
でも、私はそんなになるまで悩んで、私に対して誠心誠意向き合ってくれる真さんを、より一層好きになってしまっていた。
私を騙していたということなんて気にならないくらい、心臓が張り裂けそうなほど愛おしく感じていた。
私は、名前入りで用意していた婚姻届を膝の上でバレないように折り畳んだ。
「大丈夫。大丈夫って言ったじゃない。私はどんな事があっても真さんの事を愛し続けるわ。だから大丈夫」
今まで男らしく、感情を無駄にぶつけたりしない大人の強さを持った真さんは、ただただ泣き続けていた。
私が守りたくなるのは、本当はこういう弱さを持ちながらも、無理をして頑張る真さんを感じていたからなのだろうか。
そこが愛おしかったのだろうか。
ならば、私も誠心誠意向き合わないといけないんだと思う。
無理と言われるとしても、決意だけは伝えようと思う。
私は膝の上で折り畳んだ婚姻届をそっと机の上に置いて、真さんに差し出した。
真さんは、開かれていない紙を見ただけで何なのか分かったようだった。流石、小説家。知識は私の持っているものと全然違う。
「ありがとう。気持ちだけ……受け取っておくよ。いや、名前くらいは書こうか……。役所に出せなくても、夫婦として一緒にいてくれるなら……」
私が笑顔で頷くと、真さんはゆっくりと婚姻届を開いた。
私の名前が先に書いてある婚姻届を。
「な、なんで晶の名前が夫の欄に書かれて……」
真さんは目を、溢れ落ちるくらいに見開き、私を真っ直ぐに見た。
本当は知っていた。真さんが女性だということも――。
「ごめんね、真さん。私たち……結婚できるんだよ?」
異性だから、結婚ができるということも――。
「こんな私だけど、結婚していただけますか?」
プロポーズは男性からしないとね。
真さんからの返事は……ご想像にお任せします。
知り合ったのは、バーで独り飲みをしていた彼に私が一目惚れ。声をかけて、連絡先を交換し、一週間もしないうちに交際が始まった。
彼の仕事は小説家で、細々と生活をすれば、一生食べるものには困らない程度の印税があった。私もパートでレジ打ちをしているし、多少の贅沢はできる。子供ができても問題は無い。
以前から私は「三十歳までには結婚したい」と彼に言っていた。子供は、結婚してから考えようと思っている。だから、夜の営みはまだしていない。彼も「バージンロードはバージンで歩いてほしい」と言ってくれていた。
――五年間性欲が無いなんて有り得ない。それほどまでに優しい彼なのだ。
小説が上手く進まなくても、大事な賞を逃しても、締め切り前で眠れなくても……。弱音も吐かずに私の事ばかり気にかけてくれる。
いつでも私を一番に思ってくれている。
だからこそ私は、誕生日である今日、プロポーズをしようと決意していた。
彼も、私の決意を薄々感付いているのだろう。最近少しだけ様子がおかしい。あからさまにそわそわしている。
それでも、プロポーズをするのは私の方からなんだからね!
「ねえ、真(まこと)さん。大切な話があるの」
私は、机で向かい合わせに座った彼に語りかけるように言葉を発する。
「あのね。私、今日で三十になるんだけど、これを機に……」
私が最後まで言い終わる前に、彼は豹変し、頭を抱えて発狂したように叫んだ。
「むりだぁぁぁああああ!!!! 俺にはむりなんだぁぁぁ!!!!」
彼の口から初めて聞いたネガティヴな台詞。泣きながら、頭を抱えながら――。
「どうしたの? 真さん? 大丈夫よ? 大丈夫」
「大丈夫じゃないんだ。大丈夫じゃないんだよ! すまない……晶(あきら)にずっと黙っていた事があるんだ。だから大丈夫じゃないんだ……。すまない――許してくれ」
閻魔様にでも赦しを請うような勢いで謝り続ける彼。いったい、何を隠していたと言うのだろうか? 私は、どんな事があってもあなたと一緒にいたいと思っているのに。あなたがどんな事をしていようとも、清も濁も全てを受け入れて……。
「実は、俺……」
「女なんだ」
優しい彼(彼女)が豹変して一言……。
このカミングアウトの為に、こんなにも追い詰められていたのか……。こんなにも顔をくしゃくしゃにして泣いて詫びているのか……。
でも、私はそんなになるまで悩んで、私に対して誠心誠意向き合ってくれる真さんを、より一層好きになってしまっていた。
私を騙していたということなんて気にならないくらい、心臓が張り裂けそうなほど愛おしく感じていた。
私は、名前入りで用意していた婚姻届を膝の上でバレないように折り畳んだ。
「大丈夫。大丈夫って言ったじゃない。私はどんな事があっても真さんの事を愛し続けるわ。だから大丈夫」
今まで男らしく、感情を無駄にぶつけたりしない大人の強さを持った真さんは、ただただ泣き続けていた。
私が守りたくなるのは、本当はこういう弱さを持ちながらも、無理をして頑張る真さんを感じていたからなのだろうか。
そこが愛おしかったのだろうか。
ならば、私も誠心誠意向き合わないといけないんだと思う。
無理と言われるとしても、決意だけは伝えようと思う。
私は膝の上で折り畳んだ婚姻届をそっと机の上に置いて、真さんに差し出した。
真さんは、開かれていない紙を見ただけで何なのか分かったようだった。流石、小説家。知識は私の持っているものと全然違う。
「ありがとう。気持ちだけ……受け取っておくよ。いや、名前くらいは書こうか……。役所に出せなくても、夫婦として一緒にいてくれるなら……」
私が笑顔で頷くと、真さんはゆっくりと婚姻届を開いた。
私の名前が先に書いてある婚姻届を。
「な、なんで晶の名前が夫の欄に書かれて……」
真さんは目を、溢れ落ちるくらいに見開き、私を真っ直ぐに見た。
本当は知っていた。真さんが女性だということも――。
「ごめんね、真さん。私たち……結婚できるんだよ?」
異性だから、結婚ができるということも――。
「こんな私だけど、結婚していただけますか?」
プロポーズは男性からしないとね。
真さんからの返事は……ご想像にお任せします。
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