願い!運命を超えて

色部耀

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時は金なり4

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「さて、早速本題の手品と行こうか? それとも、少し雑談でもしようか?」

 一週間前に会った時と、何一つ変わらない雰囲気で飄々と話す田中さん。なぜだろう、その話し方がとても安心する。

「そうですね。少しだけお話をしませんか?」

 何か話したいことがある……という訳ではなく、寧ろ田中さんの話が聞きたくてこう切り出した。

「いいとも。なんだい? 聞きたいことがあるのだろう? 何でも質問してごらん」

 答えるとは限らないけど……田中さんはそう付け足した。

「では……田中さんは、この町の人……ではありませんよね? どうしてこの町に来られたのですか?」

 以前会って話をした時は、旅の途中……とだけ言っていた。しかし、旅の途中にこの町を選んで、さらに公園で手品をしている……それは不思議だった。

「まず、初めの質問に答えようか。この町の人かどうか。答えはイエス。この町の人だよ。とは言え、この町で生まれた――と言うだけだ。二つ目の質問。この答えは一つ目の答えと繋がっている。つまりは、旅の途中に生まれた町が気になって立ち寄った――。それだけだ。ちなみに、手品は本当についでの趣味でやっていただけ……」

「ここの生まれだったのですね。年も近そうなのに、全く知りませんでした」

「ははっ! 前も言ったことだけど、知らないことが有っても良いんだよ」

 確かにそうなのかもしれない。けれど、知らないことと、知りたいことは話が違う。これは知りたいことだ。

「残念だけど、そこから先は内緒だ。他に聞きたいことはあるかい? 一応、人生の先輩として聞かれてあげるよ?」

 答えるとは限らないけど……田中さんはそう付け足した。

「旅の途中――と仰っていましたが、なぜ旅をされているのですか? これは……答え辛かったらかまいません」

 傷心旅行とか……そんな可能性だってある。それならば聞かない方がいいだろう。

「ははっ! そんなに気を遣わなくても良いんだよ。別に傷心旅行なんてわけでもないし」

 ――心を読まれていた。

「そうだな。強いて言うなら『この頭にどれだけのものを詰め込めるかが知りたい』と言ったところかな。知の探究だよ」

「もしかして、旅と言うのは世界中だったのですか?」

「いいや」

 田中さんは一息つく。

「行ける場所全てだよ」

 世界中と行ける場所と言う二つの言葉に相違点はあるのだろうか? 世界以外に行ける場所と言うものがあれば、そこも……ということだろう。宇宙? いや私の認識では宇宙は世界に含まれる。世界以外……つまり異世界……なのだろうか?

「異世界なんて馬鹿馬鹿しいとでも思ったかい? それでも私は可能性がゼロでない限り、旅の計画から除外することができないんだ。まあ、実を言うと異世界は諦めたから、故郷のこの場を最後に尋ねた訳なのだけれど」

「本当に……心が読めているみたいですね。それも手品の一種ですか?」

「いやいや、簡単な論理パズルのようなものだよ。今日君と会う前に、いくつもの会話パターンを想定していて、君からの質問を省略させて貰っただけなんだ。なぁに大したことじゃない。君にだってできるさ」

「それは……コミュニケーションの取り方として、少し寂しいと思います……」

 田中さんとのやり取りを楽しみにしていた私は、ついつい口をついてそんな言葉が出てしまう。

「ははっ! 確かにそうだ。君の言うとおり。そんなことを言われるとは、流石に想定外だった」

 想定外……田中さんがそう言うと、なんだか少しだけ嬉しかった。私の発言に興味を持ってもらえたような気がした。

「お詫びに、そうだ。先週見せた手品と全く同じ手品を見せてあげよう。同じ手品を二回見せるなんて、まずもって無いことだよ」

 田中さんは、そう言ってポケットからコインを取り出すと、右手に握った。もちろん、ここで素早く左手に飛び移ったところが見えている。――私の目には。

「本当に目がいいね。いや、目だけという言い方はまずいかもしれないね。さて、今どちらの手にコインが握られているかな?」

 コインは確かに左手に移動した。移動した後に死角を通って移動させた様子もない……勉強したし。光の屈折なんてトリックを挿んでもいないし、初めからコインを二枚仕込んでおいて、手を開けた瞬間に左手のコインを隠すなんてことも無い……。やっぱり――。

「悔しいですけど、左手……です」

「残念」

 手を開くと、やはり右手にコインが乗っている。左手の陰には隠れていない。

「その様子だと、種は分からなかったようだね。では、他の手品を見せてあげよう」

「種……分かりました」

 そう言って私は、田中さんを引き止めた。

「そうかい。なんとなくだけれど、君なら分かってしまうのではないかと思っていたよ。しかし、そこから先は心して言葉にした方がいい。私は君に嘘を吐きたくないから、当たっていれば本当のことを言うつもりだ。覚悟があるなら……言うと良い」

「超能力ですよね?」

 私は、何の戸惑いもなく言い放った。覚悟? そんなものは必要ない。私はただ知るだけ。そう、知るだけ。

「ははっ! 豪胆な子だ。女は強いと言ったものだが、そうか。でもね、君はもう少し危機感と言うか……自分を大切にするべきだよ」

「それは――どうもありがとうございます。ところで――」

「ああ。正解だ。超能力だよ」

 田中さんは両の手を開き、右の手のひらにコインが乗っているのを見せてくれた。

 次の瞬間――。

 コインは一瞬にして左手の上へと移動した。移動――と言うより右手の上から消えた瞬間に左手の上に現れた――と言った方が正しいのかもしれない。

 瞬間移動をしたように見えた。

「この通り、私は瞬間移動ができる超能力者なんだ。触れていると認識できるものならなんだって。もちろん自分自身も」

 そう言って、田中さんは一歩分ほど横に瞬間移動をした。

「そんなに驚かないんだね、君は」

 私は、田中さんの言葉にはっとなった。普通の高校生なら驚かないと!

「今の動き……有り得ない……有り……得ない」

「ははっ! わざとらしい小芝居だ。どこでそんなことを習ったのやら」

 どうやら、先日会った動きを止める男のマネはウケたみたいだった。田中さんはニコニコと笑っている。

「私が、なぜこの事実を知ることに対して覚悟がいると言ったか分かるかい?」

「この世界に超能力があると知ってしまうと、超能力と関係が無い事にも疑いの視線を送るようになってしまうから……とかでしょうか」

「君は本当に聡明だな。確かにそれも有る。しかし、それだけではない。私は、君の口から出る次の質問を心配しているんだ。君はこう……いや、君の口から聞くのがコミュニケーションだな」

 田中さんは、コインを空中移動させて誤魔化すように言った。気を使ってくれているのだろうか? それにしても、私の次の質問が分かっているみたいな口ぶり……。期待に応えるべきか……。

「私も――超能力者なのでしょうか?」
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