サイコミステリー

色部耀

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62.自己紹介

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 そして放課後。先週とは違って俺は一人で生徒指導室に向かった。一週間も経てば学校の主要な教室の場所は大体覚える。入学後一週間で生徒指導室の場所を覚えている生徒はあまりいないかもしれないが。
 先週と違って一人。それは生徒指導室に向かうまでの同行者がいないことだけではない。生徒指導室に入ったとしても一人。先週はもう一人、会ったこともない人だったが美波さんが来ることを知っていた。だが、今日は俺一人。それだけでも気が重くなるのには十分だった。

「失礼します」

 ノックした後にそう言って扉を開ける。気分と一緒に視線も落ちている。しかし、扉を開けた瞬間に鼻をくすぐる香りに心臓が跳ねた。なぜこの香りが――。この金木犀の香りが――

「こんにちは。えっと……」

 そこには一人の女の子が立っていた。とても小柄で華奢で少しの風で倒れてしまいそうな女の子。肩甲骨あたりまで伸ばした髪が傾げた頭に釣られて少し広がる。綺麗なストレートの髪から何か葉っぱのようなものが落ちたが、それすらも絵になる。

「何か悪いことをして呼び出されたのですか?」

「いきなり失礼だな」

 それでも失礼な発言に安心感を覚える。いや、その声に安心感を覚える。

「美波さん……。久しぶり」

「えっと……どこかでお会いしましたか?」

 安心したのも束の間。俺は美波さんのそのセリフによって心臓が締め付けられるように苦しくなった。

「ああ……そう……か……。いや……いい……んだ」

 格好悪くも動揺して途切れ途切れの言葉で返すしかできなかった。今目の前にいる美波さんは何も覚えていない――。そう思うと寂しくなってしまった。

「おかしなことを言いますね。あなた、みんなから変わってるって言われませんか?」

「変わってるって言うな。俺は普通だ」

 同じようなやり取りを……以前したような気がする。しかし、その事実がまた辛く感じさせられた。

「え、普通なんですか? 信じられませんね。とりあえず自己紹介してくださいよ。自己紹介」

 美波さんはそう言いながら俺の手の届くところまで歩いてくる。そしてニヤリと笑いながら俺の顔を覗き込むと、続けてこう言った。

「自己紹介はお得意ですよね? 真壁君?」

「は? ふざけ……騙したな!」

「あははははっ!!」

 顔から火が出るほど恥ずかしくなりながら叫ぶと、美波さんはお腹を抱えて笑い、逃げるように後ろに下がった。

「ちゃんと覚えてますよ。真壁君と過ごした二日間のこと」

「なら、よかったよ!」

 少し怒りを込めて言い放つと、先週と同じ椅子に座った。不安になった自分が馬鹿みたいだ。

「ごめんなさいって。そんなに怒らないでくださいよ」

「怒ってない」

「怒ってますー」

「じゃあ怒ってる」

「怒らないでくださいよ」

「どうしろって言うんだよ」

「へへ」

 美波さんは隣の席に座ると楽しそうに笑った。そんな顔を見せられると、本当に起こる気もなくなる。

「記憶は……あるんだな」

「はい。とは言っても、やっぱり先月より前のことは覚えていませんが」

「そうか」

 美波さんのお父さんが亡くなったとき。お父さんの『死んだ人間を一人だけ健康な状態で生き返らせる能力』は解除されることになった。
 それなのになぜ美波さんは今こうして俺の隣に座っているのか。それには少し特殊な事情がある。それを説明するにはお父さんが亡くなった日。そのときについて語らなければならない。
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