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ヒーロー変身ベルト
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『ヒロシ、誕生日おめでとう。昔お前が欲しがっていた物が手に入ったから送るよ』
アメリカに単身赴任中の親父からの誕生日プレゼントが届き、包装紙の外に付けられたメッセージカードを読んだ。昔欲しがっていた物? かれこれ十年以上会ってないはずなんだけどな……。
包みを開けて、中から出てきたのはフライパンでも入っているのかと思うようなサイズの木箱。しかし、その蓋にはしっかりとこう書かれていた。
――ヒーロー変身ベルト
確かに……確かに十年前に欲しいって言ったかもしれないよ? でもさ、でもさ? 俺もう子供じゃないんだぜ? 十八なんだぞ? それに、この平和な世の中にヒーローとか、アホですか。
そうは言っても、中身も確認せずにしまい込むわけにはいかない。一応開けてみる。
「なんだよ。普通の黒革でできたベルトじゃん」
普通に学ランのズボンに使えそうだな。柄もないし、バックルもシンプル。箱だけ作ったのかな? ……いや、よく見たらバックルに小さく『HERO』と彫り込まれている。
まあ、よく見ないと分かんないし、明日から学校に着けていくか。
***
翌朝――。
「ひったくりー! 誰かその男を捕まえてー!」
登校中にひったくりに遭ったおばあちゃんが声を上げていた。バッグを抱えた男は俺の方に走ってきている。
――足でもひっかけとけばいいか。
すれ違いざまに足を出すと、男は嘘みたいに盛大にこけた。
「ありがとうございます!」
早歩きで近寄って来たおばあちゃんは、そうお礼を言って警察に電話をしていた。盛大にこけたひったくり犯は、善良な市民に取り押さえられている。
「おばあちゃん気を付けてね。じゃあ」
学校に着いて、教室前――。
「さっさと財布出せよ」
同じクラスの坂口くんがカツアゲされていた。
「今日は、財布持ってきてないんだってぇ……」
「嘘つくんじゃねえよ。こっちはお前がいっつも購買で昼飯買ってるの知ってんだよ」
「今日から弁当なんだよぉ……」
「じゃあ弁当出してみろよ。そしたら信じてやる」
坂口くんは、俯いて鞄を抱きしめていた。――はぁ。
「坂口くん、さっき学校の前でお母さんに弁当渡されたんだけど。忘れて学校行くなってさー」
俺は、そう言って弁当を渡した。もちろん、これは俺の弁当だ。
「ちっ」
不良どもは俺を見て去っていく。
「ありがとう!」
「とりあえず、この弁当は食えよ。でも、俺の昼飯が無くなるから、二百円くれ」
坂口くんはポケットからこそこそと財布を出して、俺に二百円を渡した。
「弁当箱は帰りにでも返してくれたらいいよ」
一時間目前の教室内――。
「おはよう京子」
「あ、おはようヒロシ」
幼馴染で隣の席に座る京子は暗い顔をしていた。
「一時間目から模試じゃん?」
「そうだな」
「筆箱を……ね」
忘れたらしい。
「シャーペンと鉛筆、どっちが欲しい?」
「鉛筆でお願いします!」
俺は自分の筆箱から、鉛筆二本と消しゴムを取り出して渡した。
「ありがとう! もう、ヒロシは私の救世主よ!」
鉛筆に頬ずりをしながらお礼を言われても困る。
一時間目――。
模試も解き終わり、終了のチャイムを待ちながら静かな教室にいると、ふと考えてしまう時がある。もし突然銃を持った立てこもり犯が教室にやってきたとしたら――。
俺はその時にどういう行動を取って窮地を脱しようかと妄想する。
まあ、こんなことを妄想する人なんて普通はいないだろう。多分俺は頭がおかしい。同じような妄想をしたことがある人なら親友になれそうだ。
でも、実際はそんな事件は起こらないし、起こったとしても俺に何かできる訳ではないのかもしれない。
教室の扉が勢いよく開かれる。そして、銃声が上がる。
「大人しくしろー!!!!」
教室は、パニックというより静かなまま。みんなは銃を持った男をじっと見つめていた。
「全員これを付けて後ろに集まれ!!!!」
男は箱一杯の手錠をばらまいて怒鳴る。しかし、生徒は誰も動かなかった。
「早くしろ!!!! お前が付けてまわれ!!」
一番扉に近かった生徒が銃口を突きつけられた。……俺だった。
「あの……」
「なんだ?」
できるだけ刺激をしないように話しかけた。天井にあいた銃弾の跡を見る限り、本物だし。本物のP230JP。最大九発の弾が入れられるオートマチックの銃。
「その銃ってP230JPですよね? 弾数は最大九発。全員じゃなくて五人くらいに絞った方が良いと思うんです」
男は俺の目をじっと見つめて離さない。
「いいだろう。その提案に乗ってやる。前の列に座ってる女子だけ残って他は全員後ろの扉から出ろ! 早く!」
男は、俺の提案をすんなりと受け入れ、人質の人数を減らしてくれた。後は俺が内側からどうやってこの犯人を出し抜くか……。
「なにやってる。お前も出て行くんだよ」
なんですと?
「お前はなんか、置いとくと危なそうだ。ほらさっさとしろ」
くそうっ! 長年妄想した展開が本当に訪れたというのに!
渋々教室から出ると、先生が他の教室の生徒を避難させていた。これからが本当の立てこもりになるのだろう。身代金目当て……だろうか。
俺は、同じ階にある男子トイレでのんびり便器に座って考えていた。
なぜトイレか? 時間が経って、犯人がトイレに来たところを取り押さえようかと思っただけだ。
トイレで待つこと四時間――。
トイレに入ってくる男の足音が聞こえた。小便器の前に立つ男……。個室の足元から覗くと、間違いなく犯人だった。対角線上の遠くだが……。
小便をするときには銃も置くだろう。
よし!
俺は素早く扉を開ける。
男は驚いていたが、銃を手に持ったままだったみたいで、すぐさま迷わずに俺に引き金を引いた。
一発、二発、三発、四発――。
幸いなことに、一発肩に当たっただけで他は外れてくれた。俺はデッキブラシを槍代わりに男に突き立て、もみ合うかのように男に掴みかかった。もみ合って倒れた男は、馬乗りになる俺の顔に向かって撃つが、またもや三発連続で外した。
しかし、四発目――それが俺のわき腹に刺さった。
痛みで意識が遠のくのが分かる。
でも……気付いてくれ……。
誰か、外の警察に伝えていてくれ……。
俺は祈るように目を閉じて意識を手放した。
***
病院のベッドの上――。
意識を取り戻すと、俺は病院のベッドの上だった。
枕元に置いてある新聞に手を延ばす。
『学校立てこもり犯、機動隊の突入により逮捕』
細かく記事に目を通すと、銃の種類が分かっていた状態で八発の銃声が聞こえたため、機動隊は突入を決意。教室を離れていた犯人の確保に成功……とあった。
被害者は、犯人を取り押さえようとした男子生徒一名が意識不明の重体――か。
生きてて良かった……。
退院からしばらくたったある日、俺はメディアからヒーローインタビューを受けることになった。
初めに大勢を逃がしたこと、犯人と一対一で戦ったことなどが、報道としていいネタになるそうだ。
***
拝啓、父上殿
さっそくですが、例のヒーロー変身ベルトは処分しました。
学校での立てこもり事件だけでなく、色々なことが耳に入っている事と思います。あれからも、ヒーロー変身ベルトを着けていると、事件や事故にとめどなく遭遇しました。どれもこれもあのベルトが原因だったとは、もっと早く言って欲しかったものです。
あれから、たった一か月で、日本中からヒーロー扱いされるようになりましたが、今身に染みて思っていることがあります。
平和が一番。
ヒーローになるために事件を引き寄せるベルトなんて必要ありません。これからは、普通の高校生として生活していこうと思います。
追伸
お前、ホント馬鹿じゃねぇの
ヒロシより
アメリカに単身赴任中の親父からの誕生日プレゼントが届き、包装紙の外に付けられたメッセージカードを読んだ。昔欲しがっていた物? かれこれ十年以上会ってないはずなんだけどな……。
包みを開けて、中から出てきたのはフライパンでも入っているのかと思うようなサイズの木箱。しかし、その蓋にはしっかりとこう書かれていた。
――ヒーロー変身ベルト
確かに……確かに十年前に欲しいって言ったかもしれないよ? でもさ、でもさ? 俺もう子供じゃないんだぜ? 十八なんだぞ? それに、この平和な世の中にヒーローとか、アホですか。
そうは言っても、中身も確認せずにしまい込むわけにはいかない。一応開けてみる。
「なんだよ。普通の黒革でできたベルトじゃん」
普通に学ランのズボンに使えそうだな。柄もないし、バックルもシンプル。箱だけ作ったのかな? ……いや、よく見たらバックルに小さく『HERO』と彫り込まれている。
まあ、よく見ないと分かんないし、明日から学校に着けていくか。
***
翌朝――。
「ひったくりー! 誰かその男を捕まえてー!」
登校中にひったくりに遭ったおばあちゃんが声を上げていた。バッグを抱えた男は俺の方に走ってきている。
――足でもひっかけとけばいいか。
すれ違いざまに足を出すと、男は嘘みたいに盛大にこけた。
「ありがとうございます!」
早歩きで近寄って来たおばあちゃんは、そうお礼を言って警察に電話をしていた。盛大にこけたひったくり犯は、善良な市民に取り押さえられている。
「おばあちゃん気を付けてね。じゃあ」
学校に着いて、教室前――。
「さっさと財布出せよ」
同じクラスの坂口くんがカツアゲされていた。
「今日は、財布持ってきてないんだってぇ……」
「嘘つくんじゃねえよ。こっちはお前がいっつも購買で昼飯買ってるの知ってんだよ」
「今日から弁当なんだよぉ……」
「じゃあ弁当出してみろよ。そしたら信じてやる」
坂口くんは、俯いて鞄を抱きしめていた。――はぁ。
「坂口くん、さっき学校の前でお母さんに弁当渡されたんだけど。忘れて学校行くなってさー」
俺は、そう言って弁当を渡した。もちろん、これは俺の弁当だ。
「ちっ」
不良どもは俺を見て去っていく。
「ありがとう!」
「とりあえず、この弁当は食えよ。でも、俺の昼飯が無くなるから、二百円くれ」
坂口くんはポケットからこそこそと財布を出して、俺に二百円を渡した。
「弁当箱は帰りにでも返してくれたらいいよ」
一時間目前の教室内――。
「おはよう京子」
「あ、おはようヒロシ」
幼馴染で隣の席に座る京子は暗い顔をしていた。
「一時間目から模試じゃん?」
「そうだな」
「筆箱を……ね」
忘れたらしい。
「シャーペンと鉛筆、どっちが欲しい?」
「鉛筆でお願いします!」
俺は自分の筆箱から、鉛筆二本と消しゴムを取り出して渡した。
「ありがとう! もう、ヒロシは私の救世主よ!」
鉛筆に頬ずりをしながらお礼を言われても困る。
一時間目――。
模試も解き終わり、終了のチャイムを待ちながら静かな教室にいると、ふと考えてしまう時がある。もし突然銃を持った立てこもり犯が教室にやってきたとしたら――。
俺はその時にどういう行動を取って窮地を脱しようかと妄想する。
まあ、こんなことを妄想する人なんて普通はいないだろう。多分俺は頭がおかしい。同じような妄想をしたことがある人なら親友になれそうだ。
でも、実際はそんな事件は起こらないし、起こったとしても俺に何かできる訳ではないのかもしれない。
教室の扉が勢いよく開かれる。そして、銃声が上がる。
「大人しくしろー!!!!」
教室は、パニックというより静かなまま。みんなは銃を持った男をじっと見つめていた。
「全員これを付けて後ろに集まれ!!!!」
男は箱一杯の手錠をばらまいて怒鳴る。しかし、生徒は誰も動かなかった。
「早くしろ!!!! お前が付けてまわれ!!」
一番扉に近かった生徒が銃口を突きつけられた。……俺だった。
「あの……」
「なんだ?」
できるだけ刺激をしないように話しかけた。天井にあいた銃弾の跡を見る限り、本物だし。本物のP230JP。最大九発の弾が入れられるオートマチックの銃。
「その銃ってP230JPですよね? 弾数は最大九発。全員じゃなくて五人くらいに絞った方が良いと思うんです」
男は俺の目をじっと見つめて離さない。
「いいだろう。その提案に乗ってやる。前の列に座ってる女子だけ残って他は全員後ろの扉から出ろ! 早く!」
男は、俺の提案をすんなりと受け入れ、人質の人数を減らしてくれた。後は俺が内側からどうやってこの犯人を出し抜くか……。
「なにやってる。お前も出て行くんだよ」
なんですと?
「お前はなんか、置いとくと危なそうだ。ほらさっさとしろ」
くそうっ! 長年妄想した展開が本当に訪れたというのに!
渋々教室から出ると、先生が他の教室の生徒を避難させていた。これからが本当の立てこもりになるのだろう。身代金目当て……だろうか。
俺は、同じ階にある男子トイレでのんびり便器に座って考えていた。
なぜトイレか? 時間が経って、犯人がトイレに来たところを取り押さえようかと思っただけだ。
トイレで待つこと四時間――。
トイレに入ってくる男の足音が聞こえた。小便器の前に立つ男……。個室の足元から覗くと、間違いなく犯人だった。対角線上の遠くだが……。
小便をするときには銃も置くだろう。
よし!
俺は素早く扉を開ける。
男は驚いていたが、銃を手に持ったままだったみたいで、すぐさま迷わずに俺に引き金を引いた。
一発、二発、三発、四発――。
幸いなことに、一発肩に当たっただけで他は外れてくれた。俺はデッキブラシを槍代わりに男に突き立て、もみ合うかのように男に掴みかかった。もみ合って倒れた男は、馬乗りになる俺の顔に向かって撃つが、またもや三発連続で外した。
しかし、四発目――それが俺のわき腹に刺さった。
痛みで意識が遠のくのが分かる。
でも……気付いてくれ……。
誰か、外の警察に伝えていてくれ……。
俺は祈るように目を閉じて意識を手放した。
***
病院のベッドの上――。
意識を取り戻すと、俺は病院のベッドの上だった。
枕元に置いてある新聞に手を延ばす。
『学校立てこもり犯、機動隊の突入により逮捕』
細かく記事に目を通すと、銃の種類が分かっていた状態で八発の銃声が聞こえたため、機動隊は突入を決意。教室を離れていた犯人の確保に成功……とあった。
被害者は、犯人を取り押さえようとした男子生徒一名が意識不明の重体――か。
生きてて良かった……。
退院からしばらくたったある日、俺はメディアからヒーローインタビューを受けることになった。
初めに大勢を逃がしたこと、犯人と一対一で戦ったことなどが、報道としていいネタになるそうだ。
***
拝啓、父上殿
さっそくですが、例のヒーロー変身ベルトは処分しました。
学校での立てこもり事件だけでなく、色々なことが耳に入っている事と思います。あれからも、ヒーロー変身ベルトを着けていると、事件や事故にとめどなく遭遇しました。どれもこれもあのベルトが原因だったとは、もっと早く言って欲しかったものです。
あれから、たった一か月で、日本中からヒーロー扱いされるようになりましたが、今身に染みて思っていることがあります。
平和が一番。
ヒーローになるために事件を引き寄せるベルトなんて必要ありません。これからは、普通の高校生として生活していこうと思います。
追伸
お前、ホント馬鹿じゃねぇの
ヒロシより
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