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罰則
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入学式を除いて初日ということもあってか、午後の長いホームルームが終わると放課後ということになった。授業は九十分らしく、解散となったのは午後二時半だった。放課後……つまり成瀬先生からの呼び出しがあった時間ということ……。
「はー……気が重い、足が重い」
先に教室を出た成瀬先生をゆっくり追いかけるようにして廊下に出ると、大和が肩を落として呟いた。
「そんなこと言ってると空気も重くなるじゃない」
「お、芽依上手いこと言うじゃん」
「二人とも結構余裕だね。もしかして罰則が何か心当たりでもあるの?」
冗談めいたやり取りをしている二人に、本気で不安になっていた俺は聞いた。しかし芽依は両手を上げてさあ? と言うだけ。大和は少し唸ってから答える。
「兄貴がよくやらされた罰則は、掃除と見回りだったらしいけど……」
「大和のお兄さんってなんでも知ってるっていうか、結構ハチャメチャな人だった?」
「まあそう言われればそうかもな。俺は尊敬してるけど」
話をしている内に俺は少しだけ不安がまぎれていた。先程まで胸の辺りが締め付けられるような感覚があったのもなくなっている。それも罰則の内容に見当がついたからなのかもしれない。
軋みのない柔らかな木造校舎を迷わずに進み大和に俺と芽依は付いて行く。二階建て校舎の二階、その東の端から二番目の教室だった一年丙組からちょうど校舎の中央にある階段を下りて北向きに続く渡り廊下に出た。渡り廊下に出ると、すぐ目の前に小さなコンクリート製の入り口が見える。まるで地下鉄の入り口のようだった。その向こう側には、俺がこの学校に来た時に通った森とは違う雰囲気の管理されたような林が広がっており、入り口の東側には食堂と畑がある。
「学校で何か作ってるのかな?」
俺の素朴な疑問に答えてくれたのはやはり大和だった。
「忍術生理学とか薬学で使う植物じゃないの? 奥の林は……。一応学校の壁の内側みたいだし、安全に実習するために使うとか? 俺もその辺は聞いたことないや」
流石の大和も何でも知っているというわけではないらしく、推測を交えた回答だった。
「ふーん」
大和の説明に相槌を打ちながらも俺はまた別のものに視線を移していた。それは西側にある巨大な建物。そこへ早めに教室から出ていた一年生が入っていく。
「もしかしてあれが寮?」
俺たちがいた校舎と同じく木造の二階建てで、校舎よりも古ぼけて見える。昨日成瀬先生から木造校舎は五年ほど前に吹き飛んだと聞いたのを思い出す。それと比べても断然古く見えるということは、しばらく吹き飛んだりはしていないということだろう。
「そうそう。奥が女子寮で手前が男子寮。てか、知らないってことは蓮って昨日どこで寝てたんだ?」
「ええっと……。医務室で」
「また面白そうなネタ持ってんな! 後で詳しく聞かせろよー」
「ははは」
俺は乾いた笑いで誤魔化すと大和に続いて地下へ降りる入口に足を踏み入れた。今は誰も階段付近にいないのか、俺たち足音だけが響く。ジグザグに踊り場を二か所経由して降りると、警備員室のような場所の前に出た。そこから見える内装は、俺たちがいた校舎とは違いまるで病院や研究施設のような近代的で綺麗だった。床は傷一つない硬質な石材のようで、灰色の鈍い光を反射している。天井全体がまるで外にいるかのように光り、いったいどういう仕組みなのかさえ想像できなかった。
そして短く伸びる廊下の先。そこには円形のホールのような場所があり、何人もの人が行き交っている。
「足音が聞こえないって思ってたけど、ここでは足音を消すのが当たり前なんだね」
「そうらしいね」
芽依は俺の感想に笑いながら答えると、すぐに足音を立てないように歩き始めた。俺にはそんな芸当とてもできそうにない。努力だけはしてみたが……
「もしかして大和はずっと足音消して歩いてたの?」
芽依は思い立ったかのように大和の隣に並ぶとそう問いかけた。確かに言われてみればそうだったかもしれない。
「俺の里では昔から言い聞かせられてきてたから。他の一年生見てたけど、多分俺みたいな方が少数派だと思うし気にしなくても良いんじゃない?」
「なんか悔しいわね」
そう言いつつも完璧に足音を消し始めた芽依も俺からしてみれば大差ないように思えた。
「着いたぞ」
警備員室のような場所を素通りしてすぐ、ホールのような場所の手前に職員室と書かれた部屋があった。俺たちはその扉の前に立ち、息を整えるとノックをして中へと入る。扉は嘘のように軽く開き、自動で閉まった。
「失礼します」
「おう、こっちだ」
俺たちが声を揃えて言うと、すぐ近くの席から成瀬先生が手招きをする。職員室の中は普通の学校と同じように机が整然と並び、疲れた顔の先生たちが事務作業をしている風景があった。ああ、学校はどこも一緒なんだなと心の中で呟くほどに見慣れた職員室の雰囲気だ。
「えーとだな。お前たちへの罰則はこれだ」
成瀬先生はそう言って俺にデジタルビデオカメラを渡してきた。ごく普通の、というか二〇二〇年の現代にしては古いと思えるようなビデオカメラだ。
「正門から出て真っ直ぐ南、富士地下大迷宮の入り口にある大鳥居までの見回りだ。主に足下を注意しながら撮影してきて欲しい」
「富士地下大迷宮?」
聞き慣れない単語に俺はオウム返しをする。罰則としては大したことではないのか、大和と芽依は安堵の表情を浮かべていた。
「はるか昔に作られたとされる樹海に存在する迷宮だ。その深さはマリアナ海溝を超えるかもしれないとまで言われている謎の遺跡。そこには天然の妖が繁殖していて、奥に進めば進むほど強力な妖が縄張りにしている」
「妖?」
俺はまたしても分からない単語を大和の耳元で囁くように聞いた。その名のとおり妖怪の類いだろうか。
「命力を知覚して忍術のようなものを使う獣の総称だよ。だいたい身体強化的なのにしか使えないけどな」
「要するに、昨日神崎を襲っていたようなやつらだ。あれはデカすぎだけどな」
「妖に襲われてたってマジか? あー、だから医務室」
大和はそう言うと納得したように手を叩いた。芽依は目をキラキラさせながら俺を見ていたが、おそらく彼女は妖と戦いたいとでも思っているんじゃないだろうか。
「まあ神崎が襲われたってのにも関係があるんだが、最近妖の目撃情報が増えていてな。見回り強化中なんだ。森の深いところは危険だから中忍や中忍学生が見回らないといけないが、大鳥居までなら妖が出てもそこまで凶暴なのは出ないだろうってことで、お前たちにやってもらおうとな」
「あんなのが出るんですか?」
俺は昨日の妖を思い浮かべて血の気が引いた。誰かを助けられるほどに強くなりたいとは思ったものの、まだあれと対峙する勇気もなければ力もない。しかし、成瀬先生は笑って答えた。
「ははは。お前が追われていたのは森のかなり奥だ。その辺ならせいぜい熊か熊と同程度の強さの妖くらいだ。ちなみに加賀美」
「はい!」
唐突に名前を呼ばれた芽依は姿勢を正すと軍隊のような返事をした。
「熊と遭遇して何か問題があるか?」
「熊……ですか? 五歳くらいの時に投げ飛ばしたことがあるので、今なら何匹いても問題ないと思います」
「マジか……」
「俺も今は大丈夫だけど、五歳で熊投げ飛ばすとか金太郎か!」
驚く俺と違って、大和はツッコミを入れながら腹を抱えて笑っていた。五歳で熊を投げ飛ばすのは規格外っぽいが大和も熊くらいなら問題ないらしく、ここでは本当に俺の常識が通用しないらしい。
「ということだ。神崎も安心して行って来るといい。それじゃ、任せたぞ。日が落ちるまでには帰ってこい」
成瀬先生はそう言うと椅子をくるりと回転させてデスクに置いてあるパソコンに向かった。意識を切り換えて集中し始めたあたり、かなり仕事が溜まっているのかもしれない。
「よっしゃ、さっさと行って帰って来ようぜ」
「あ、そうそう。古賀にはまだ罰則が残ってるから逃げないように」
「マジかよ……」
三人揃って成瀬先生に背を向けたところで、大和は先生から釘を刺されて肩を落としていた。いったいこいつは一日で何度肩を落とすのだろうか。見回りの道中よりも大和のことの方が心配になって来た。
「はー……気が重い、足が重い」
先に教室を出た成瀬先生をゆっくり追いかけるようにして廊下に出ると、大和が肩を落として呟いた。
「そんなこと言ってると空気も重くなるじゃない」
「お、芽依上手いこと言うじゃん」
「二人とも結構余裕だね。もしかして罰則が何か心当たりでもあるの?」
冗談めいたやり取りをしている二人に、本気で不安になっていた俺は聞いた。しかし芽依は両手を上げてさあ? と言うだけ。大和は少し唸ってから答える。
「兄貴がよくやらされた罰則は、掃除と見回りだったらしいけど……」
「大和のお兄さんってなんでも知ってるっていうか、結構ハチャメチャな人だった?」
「まあそう言われればそうかもな。俺は尊敬してるけど」
話をしている内に俺は少しだけ不安がまぎれていた。先程まで胸の辺りが締め付けられるような感覚があったのもなくなっている。それも罰則の内容に見当がついたからなのかもしれない。
軋みのない柔らかな木造校舎を迷わずに進み大和に俺と芽依は付いて行く。二階建て校舎の二階、その東の端から二番目の教室だった一年丙組からちょうど校舎の中央にある階段を下りて北向きに続く渡り廊下に出た。渡り廊下に出ると、すぐ目の前に小さなコンクリート製の入り口が見える。まるで地下鉄の入り口のようだった。その向こう側には、俺がこの学校に来た時に通った森とは違う雰囲気の管理されたような林が広がっており、入り口の東側には食堂と畑がある。
「学校で何か作ってるのかな?」
俺の素朴な疑問に答えてくれたのはやはり大和だった。
「忍術生理学とか薬学で使う植物じゃないの? 奥の林は……。一応学校の壁の内側みたいだし、安全に実習するために使うとか? 俺もその辺は聞いたことないや」
流石の大和も何でも知っているというわけではないらしく、推測を交えた回答だった。
「ふーん」
大和の説明に相槌を打ちながらも俺はまた別のものに視線を移していた。それは西側にある巨大な建物。そこへ早めに教室から出ていた一年生が入っていく。
「もしかしてあれが寮?」
俺たちがいた校舎と同じく木造の二階建てで、校舎よりも古ぼけて見える。昨日成瀬先生から木造校舎は五年ほど前に吹き飛んだと聞いたのを思い出す。それと比べても断然古く見えるということは、しばらく吹き飛んだりはしていないということだろう。
「そうそう。奥が女子寮で手前が男子寮。てか、知らないってことは蓮って昨日どこで寝てたんだ?」
「ええっと……。医務室で」
「また面白そうなネタ持ってんな! 後で詳しく聞かせろよー」
「ははは」
俺は乾いた笑いで誤魔化すと大和に続いて地下へ降りる入口に足を踏み入れた。今は誰も階段付近にいないのか、俺たち足音だけが響く。ジグザグに踊り場を二か所経由して降りると、警備員室のような場所の前に出た。そこから見える内装は、俺たちがいた校舎とは違いまるで病院や研究施設のような近代的で綺麗だった。床は傷一つない硬質な石材のようで、灰色の鈍い光を反射している。天井全体がまるで外にいるかのように光り、いったいどういう仕組みなのかさえ想像できなかった。
そして短く伸びる廊下の先。そこには円形のホールのような場所があり、何人もの人が行き交っている。
「足音が聞こえないって思ってたけど、ここでは足音を消すのが当たり前なんだね」
「そうらしいね」
芽依は俺の感想に笑いながら答えると、すぐに足音を立てないように歩き始めた。俺にはそんな芸当とてもできそうにない。努力だけはしてみたが……
「もしかして大和はずっと足音消して歩いてたの?」
芽依は思い立ったかのように大和の隣に並ぶとそう問いかけた。確かに言われてみればそうだったかもしれない。
「俺の里では昔から言い聞かせられてきてたから。他の一年生見てたけど、多分俺みたいな方が少数派だと思うし気にしなくても良いんじゃない?」
「なんか悔しいわね」
そう言いつつも完璧に足音を消し始めた芽依も俺からしてみれば大差ないように思えた。
「着いたぞ」
警備員室のような場所を素通りしてすぐ、ホールのような場所の手前に職員室と書かれた部屋があった。俺たちはその扉の前に立ち、息を整えるとノックをして中へと入る。扉は嘘のように軽く開き、自動で閉まった。
「失礼します」
「おう、こっちだ」
俺たちが声を揃えて言うと、すぐ近くの席から成瀬先生が手招きをする。職員室の中は普通の学校と同じように机が整然と並び、疲れた顔の先生たちが事務作業をしている風景があった。ああ、学校はどこも一緒なんだなと心の中で呟くほどに見慣れた職員室の雰囲気だ。
「えーとだな。お前たちへの罰則はこれだ」
成瀬先生はそう言って俺にデジタルビデオカメラを渡してきた。ごく普通の、というか二〇二〇年の現代にしては古いと思えるようなビデオカメラだ。
「正門から出て真っ直ぐ南、富士地下大迷宮の入り口にある大鳥居までの見回りだ。主に足下を注意しながら撮影してきて欲しい」
「富士地下大迷宮?」
聞き慣れない単語に俺はオウム返しをする。罰則としては大したことではないのか、大和と芽依は安堵の表情を浮かべていた。
「はるか昔に作られたとされる樹海に存在する迷宮だ。その深さはマリアナ海溝を超えるかもしれないとまで言われている謎の遺跡。そこには天然の妖が繁殖していて、奥に進めば進むほど強力な妖が縄張りにしている」
「妖?」
俺はまたしても分からない単語を大和の耳元で囁くように聞いた。その名のとおり妖怪の類いだろうか。
「命力を知覚して忍術のようなものを使う獣の総称だよ。だいたい身体強化的なのにしか使えないけどな」
「要するに、昨日神崎を襲っていたようなやつらだ。あれはデカすぎだけどな」
「妖に襲われてたってマジか? あー、だから医務室」
大和はそう言うと納得したように手を叩いた。芽依は目をキラキラさせながら俺を見ていたが、おそらく彼女は妖と戦いたいとでも思っているんじゃないだろうか。
「まあ神崎が襲われたってのにも関係があるんだが、最近妖の目撃情報が増えていてな。見回り強化中なんだ。森の深いところは危険だから中忍や中忍学生が見回らないといけないが、大鳥居までなら妖が出てもそこまで凶暴なのは出ないだろうってことで、お前たちにやってもらおうとな」
「あんなのが出るんですか?」
俺は昨日の妖を思い浮かべて血の気が引いた。誰かを助けられるほどに強くなりたいとは思ったものの、まだあれと対峙する勇気もなければ力もない。しかし、成瀬先生は笑って答えた。
「ははは。お前が追われていたのは森のかなり奥だ。その辺ならせいぜい熊か熊と同程度の強さの妖くらいだ。ちなみに加賀美」
「はい!」
唐突に名前を呼ばれた芽依は姿勢を正すと軍隊のような返事をした。
「熊と遭遇して何か問題があるか?」
「熊……ですか? 五歳くらいの時に投げ飛ばしたことがあるので、今なら何匹いても問題ないと思います」
「マジか……」
「俺も今は大丈夫だけど、五歳で熊投げ飛ばすとか金太郎か!」
驚く俺と違って、大和はツッコミを入れながら腹を抱えて笑っていた。五歳で熊を投げ飛ばすのは規格外っぽいが大和も熊くらいなら問題ないらしく、ここでは本当に俺の常識が通用しないらしい。
「ということだ。神崎も安心して行って来るといい。それじゃ、任せたぞ。日が落ちるまでには帰ってこい」
成瀬先生はそう言うと椅子をくるりと回転させてデスクに置いてあるパソコンに向かった。意識を切り換えて集中し始めたあたり、かなり仕事が溜まっているのかもしれない。
「よっしゃ、さっさと行って帰って来ようぜ」
「あ、そうそう。古賀にはまだ罰則が残ってるから逃げないように」
「マジかよ……」
三人揃って成瀬先生に背を向けたところで、大和は先生から釘を刺されて肩を落としていた。いったいこいつは一日で何度肩を落とすのだろうか。見回りの道中よりも大和のことの方が心配になって来た。
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