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投獄

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 翌朝、俺たちは部屋を激しくノックする音によって普段の起床時間より早くに目を覚ました。ベッドの上で上半身だけを起こして眠そうにしている大和を見て、俺は仕方がなく立ち上がって扉を開ける。

「こんな朝早くに何――」

 扉を開けて用件を聞こうとしたところで来訪者の顔が目に入った。そこに立っていたのは甲組の担任である黒澤先生だった。メガネの奥から厳しい視線を向けてきている。その両隣に挟むようにして立っていたのは、これまた甲組の東郷と西村だった。二人は先生とは違いニヤニヤと楽しそうに口角を上げて笑っている。

「おはようございます神崎さん。いきなりですが確認をさせてください。昨夜、寮の屋上で忍術を使っていたというのはあなたたちで間違いありませんね?」

 確信を持ってそう言った黒澤先生に気圧されて、俺はすぐに言葉が出なかった。しかし一度唾を飲み込むとどうにか口を開くことができた。

「はい。ですが校則で禁止されていることでもないので問題はないと思っています。もしかして誰かから騒音などの苦情があったのでしょうか?」

 校則違反ではないことをアピールしつつもあくまで迷惑をかけたのなら反省をするつもりだというスタンス。校則違反ではなく誰かへの迷惑行為というだけならば、厳しい罰則が科せられることはないはずだ。そう、甘い考えを持っていた。

「ここにいる西村さんからの報告で調べさせてもらいましたが、命力の残滓から術を使っていた三人は特定されています。神崎さん、古賀さん、そして加賀美さん。夜に遊んでいることは褒められたことではありませんが、校則で禁じているわけでもありません。ですのでその点については注意だけに留めさせていただきます」

 黒澤先生の発言に東郷と西村は納得がいかないのか、明らかに不満な顔をしていた。しかし俺は黒澤先生の言葉に違和感を覚えていた。

「その点については……?」

 注意だけであれば担任の成瀬先生を通じてホームルームの時にでも伝えればいい。しかし、朝一にわざわざ部屋まで来ているのだ。その上でその点についてと限定的なものを言うような言葉を使っている。つまりは別の要件もあるということ……

 そこで大和もベッドから出てきて俺の隣に立つ。俺と同じく何を言われるのかと緊張をしている顔だ。

「どうしようもない馬鹿ではないようですね。では賢い返答を期待します。昨日一緒にいたというもう一人は誰ですか?」

 誤魔化す、隠すと決めていたから俺と大和はその質問に驚いて顔色を変えることはなかった。しかし、なぜもう一人いたと分かったのか――

「そうです。先程先生がおっしゃった奴らだけのはずありません。確かに人影を四つ見たのです」

 俺と大和を交互に指さした西村は早口で先生に訴える。なるほど、昨日俺たちを見て声を上げたのは西村だったのか。西村は命力操作学入門の一件以来、前にも増して俺のことを嫌い、絡んでくることが増えていた。今も鬼の首をとったかのように嬉々として喋っている。

「いいえ。俺たちは黒澤先生に言われた三人で屋上にいました。西村の見間違いではないでしょうか」

「俺たちは他に深夜にまで一緒にいるような仲の良い人もいませんし」

 まるで準備をしていたかのような俺と大和の返答。それでも西村は何度もでもと言って食い下がっている。西村の報告以外に確かな証拠がないのだとしたら隠し通せるはずだ。もし芽依の部屋に行ったとしても、ベータには押入れの更に奥にある隠し扉の中に隠れてもらうようになっている。だからそう簡単に見つかるはずもない。

「本当ですか? もし虚偽の報告だとしたら監房行きは免れられないと思ってください。もう一度聞きます。神崎さん、古賀さん、加賀美さん以外にその場にいたものは?」

 俺の顔を下から覗き込むようにしてじっくり観察しながら質問を繰り返す黒澤先生。俺たちの発言を全く信用していないようだ。しかし、俺は繰り返す。

「屋上にいたのは三人です」

 その俺の言葉を最後に黒澤先生は体を引いた。西村と東郷は悔しそうな顔をしていたが、先生がそれ以上言わないことに対して文句を言うようなことはなかった。それで一安心だと思って少し力を抜く俺たちだったが、次の黒澤先生の一言で再度緊張感を取り戻すのだった。

「それでは部屋の中を確かめさせてもらいます。何か、いえ誰かを匿っているようであればすぐに見つかります」

 そう言った黒澤先生は俺にも分かるような命力のプレッシャーを放ちながら部屋の中をぐるりと回る。俺だけでなく大和も更には東郷と西村も微動だにできなかった。一分足らずで部屋を一周し終えた黒澤先生は特に変わったものはありませんねと言うと部屋から出る。そして続けてこう言った。

「これから加賀美さんのもとへと向かいます。あなたたち二人も同行しなさい」

 まるで死刑宣告のような言葉に、俺たちは逆らうこともできずにただただ後ろを付いて歩くのだった。一階を通って女子寮へと向かう。俺は初めて入る女子寮への緊張など忘れるほどに今後の展開に不安を感じていた。朝の早い時間にもかかわらず、女子寮は男子寮とは違って廊下や談話室に何人も人がいる。彼女たちから数奇な目で見られながらも俺たちは芽依の部屋がある三階まで移動をした。黒澤先生に先導されて三〇一二と書かれた部屋の前に到着すると、先生は迷うことなくノックをする。中からはハツラツとした芽依の返事が聞こえ、十秒と経たずに扉が開けられた。

「おはようございます加賀美さん。昨夜寮の屋上で忍術を使っていた件で確認をさせていただいています。神崎さん、古賀さんの話によると三人で遊んでいたとのことですが、加賀美さんも同じ意見でしょうか?」

 芽依は黒澤先生の質問を聞いて俺たちの方をちらりと見ると頷いて答えた。

「はい。三人で遊んでいました」

「四人ではないのですね?」

 黒澤先生は芽依に顔を近づけてそう聞くが、芽依にも一切の動揺はなかった。黒澤先生はその様子を見てそれ以上の追及が無意味だと思ったのか、すぐさま姿勢を正して部屋の中へと足を踏み入れる。

「中を確認させていただきますね」

「……どうぞ」

 黒澤先生に続いて俺と大和、東郷と西村も部屋の中に入る。部屋の構造や広さは男子寮と変わらないが、ベッドは一つで一人部屋なことが分かる。ベッドだけでなく、他の私物を見ても一人で使っている部屋にしか見えない。いつ誰が来ても大丈夫なようにしているし、ベータが隠し部屋に逃げる訓練もしていると言っていたが本当に徹底していたのだと理解した。

 しかし、そんなことはお構いなしに黒澤先生は俺たちの部屋を調べた時と同じくプレッシャーと共に命力を放出しながら歩き回る。そして押入れの前で立ち止まるとおもむろに扉を開けた。

 隠し部屋を作っていると聞いていた俺もその瞬間に心臓が跳ね上がるほど驚いた。だが押し入れの中はただの物置で、もちろんベータの姿はそこにはない。すると先生は中の荷物に手をかざすと命力操作で全て外に出してしまった。芽依のベッドの横には押入れの中身が山のように積まれ、押入れの中は空っぽ。

 後ろから見ていた俺の目には押入れの中に隠し部屋への扉は映らない。しかし黒澤先生は押し入れの中のコンクリート床を撫でると、土遁・戊の術の印を結んで再度床に手をついた。

 徐々にはがれていくコンクリート板。土がこすれる音と共に俺の心音も激しい音を立てる。術が発動して五秒程だろうか。とても長く感じる五秒だったが、ついに先生は術を解いた。

「これは何ですか?」

 黒澤先生はそう言うと床下で丸まっていたベータを手荒くつかんで俺たちの前に放り投げた。ベータは空中で身をよじると四つん這い状態で着地する。そして怯えるように俺の顔を見た。

「こいつだ! こいつです! 間違いありません!」

 姿を現したベータを見た途端、西村は指をさして叫ぶ。そして釣られるようにして東郷が口を開く。

「なんだこいつ? 変な耳に尻尾まで生やして。気持ち悪いな」

 東郷はそう言いながらベータの耳を鷲掴みにする。その瞬間、俺はベータが痛そうに顔をゆがめるのを見て、咄嗟に東郷の手を離させた。そのまま東郷を睨み付けるが、本人は口笛を吹いてにやにやと笑っている。

「これは紛れもなく三人グルでこいつを隠してたみたいですね。ねえ先生?」

 東郷は俺の態度を見て証拠を一つ掴んだとばかりにそう告げる。黒澤先生も東郷の言葉を否定することなく話を続ける。

「これは……妖ですね。昨夜寮の屋根に四人でいたのを見たとの証言にも一致します。三人でしかいなかったという発言が虚偽であった可能性も高いと判断しますが、証拠もありませんのでそちらは結構です。しかし――」

 虚偽報告の件を流したことによって西村が不満の表情を浮かべたが、黒澤先生ははっきりと続きを述べた。

「妖などという危険分子を引き入れた罰はしっかり受けてもらいます。三人は監房行き。期間は追って通達します。この妖は人型という特殊な形態でもありますし……。処理が決まるまでは同じ監房にて過ごしてもらいます」

 監房……実際に見たことはないが、刑務所のようなものだろうか。隣で大和が苦虫を噛み潰したかのような表情をしていることから、かなり絶望的な状況となったことだけは分かる。

「処理なんて解剖に決まってんだからよ。それまでに最後の別れでもしとくんだな」

「そうだ先生。罰っていうなら、せっかくだしこいつらの目の前で解剖してやれば懲りるんじゃないですかね? なあ武司」

「ああ、いい提案だな瑛斗」

 解剖という言葉を聞いてベータがより怯えた表情を作る。芽依が咄嗟にベータを抱きしめるが、ベータは体を震わせたままだ。

「それを決めるのはあなたたちではありません。上忍理事会が決めることです。さあ、あなたたち行きますよ」

 黒澤先生はそう言うと懐からロープを取り出して俺たち四人の手を縛った。俺たちはそれに黙って従う。

「妖を隠してたってことはこいつら抜け忍のスパイの可能性があるんじゃないですか? そうなったら身内も処罰の対象ですよね?」

 黒澤先生が俺たち四人を縛り終えたところで西村がそう言った。少しでも罰則を重くしようという魂胆なのだろう。しかしそこで芽依が声を上げる。

「そんなわけないじゃない! 抜け忍なんて奴らと一緒にしないで!」

 抜け忍というものが何なのかは分からないが、西村と芽依の言い方からして忍者のテロリストか何かなのだろう。芽依の反論に対して更に西村が何か言おうとしたところで、今度は黒澤先生が口を開いた。

「入学者の情報は入学前に忍術協会によって全て調べつくされています。忍術協会の情報は全世界で最も信用のある情報です。抜け忍との繋がりがないことは再調査依頼を出してはみますが、その心配までは無いでしょう」

 てっきり黒澤先生も俺たちのことを毛嫌いしていて罰則を強めようとするのかと思っていたが、思いの外あっさりと西村の意見を撥ね退けた。それほどまでに忍術協会の情報とやらは信用されているのだろう。しかし、入学前に全てと表現するほどの調査がされていたという事実に俺は少しだけ驚いた。

「さ、行きますよ」

 それから俺たちは黒澤先生に寮の裏手にある林の奥へと連れていかれた。全く足を踏み入れたことのない場所。そこにあったのはコンクリート造りの頑丈そうな小さな建物。俺たちはその中に閉じ込められたのだった。
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