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同級生 上野真紀
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私がぼんやりと思い出していると生田先生が名指しで聞いてくる。ちょうど言葉がまとまったところだったので私は直ぐに答えた。
「栄養を自分の体の一部にすることですか?」
それでも自信はなく疑問形で返す。しかし生田先生はそんな私の答え方を指摘することなく頷いた。
「その通りです。なぜ私がその話をしたかというと、今の高木先生の状態を説明するのに丁度良い例え話になると思ったからです。同化というのは生物全てにおいて行われる作用です。豚肉を食べて体が豚肉になるのではなく、利用できる形まで分解された物を、再構築することで自らの筋肉や骨、臓器を作るといった風に。生物の体が高木先生の心、栄養が真紀さんや今後出会うであろう生徒の悩みとします」
生田先生はそう言いながらホワイトボードに簡単な図を描いていく。心はハート形、悩みは丸で囲われているが、高木先生や真紀さんの体は妙に整った人型で流石生物の先生だと感心してしまった。
「私は心も体と同様に栄養無くしては育たないと考えています。心にとっての栄養というのは他人との関わりです。その中でも悩みや諍いなんかは心にとって栄養豊富な存在だと思います。では摂取しまくればいいのではないかと思われるかもしれませんが、そんな単純なものではありません」
図解してある悩みの項目から伸ばされた矢印に生田先生はバツ印を付けながらそう言った。私は今の話を聞いていて悩みを聞けば聞くほど心が強くなるのではないかと漫然と解釈してしまっていたがために意表を突かれた。高木先生は生田先生の話しぶりに食い入るように聞いている。真紀さんも泣き出しそうな顔を落ち着かせながら聞き入っている。
「この同化という反応。実はそれ自体に多くのエネルギーを必要とするのです」
生田先生はエネルギーと書いて四角で囲う。
「実際の同化では元から蓄えられているものや摂取した栄養から作られたアデノシン三リン酸を使いますが、心ではそうはいきません。心が使えるエネルギーは休養とリフレッシュによって生み出すしかないのですから」
それを聞いたところで私は少しだけ疑問を覚えた。
「でも先生。人の悩みとか愚痴とか聞いたりしても心のエネルギーを使ってないような人もいますよね? 逆に噂話にして裏で元気になるような人とか」
女子トークでよくあることだ。親身になって聞いていたかと思うと、本人のいないところで馬鹿にしたり笑い者にしたりする。そんなことにエネルギーを使っているとは思えない。
「そうですね。それも生き物の体と似ていると思います。摂取した栄養を体作りに用いずにそのままエネルギーに変えることもあります。その場合、同化とは違って消費するエネルギーもありませんが、当然体が成長することはありません。心も同じく、人との関係で起こるあれこれを考えずに過ごしているとその場の活力にしかならずに成長することはできないのでしょう」
私は生田先生の言葉になるほどと納得して黙った。確かに人から聞いた秘め事を自らの中で持ち続けたり考え続けたりすることはエネルギーを使うことだろう。しかしそうして考えたものを相手と親身になって共有することで本当に心が成長するのかもしれない。他人との関係を軽く考えていたら心は成長しないということか……。
「つまり、今高木先生は真紀さんからの悩みを自分が成長するための栄養にしている状態です。しかしその為のエネルギーが枯渇してしまって寝不足になってしまったりしているわけですね。軽く受け止めず真剣に向き合っていればこそ、そのような状態になったのでしょう。生徒と共に成長する素晴らしく理想的な教師です」
「いえ、まだまだ未熟なだけです……」
「そんなことないです! 素晴らしい先生です!」
謙遜する高木先生の言葉を真紀さんがすぐさま否定する。しかし高木先生も本心からの言葉のようで、真紀さんからの言葉にありがとうと返してはいるものの表情は言うほどありがたいと思っているような顔をしていなかった。自分の考えは自分の考えで別物として分けているといった感じ。
「なんだか二人を見ていると大丈夫なように思えますね。高木先生も何かあればいつでも私に話をしてください。私自身あまり他人に共感するような人ではありませんが、聞くくらいならできますので」
「はい。ありがとうございます」
「栄養を自分の体の一部にすることですか?」
それでも自信はなく疑問形で返す。しかし生田先生はそんな私の答え方を指摘することなく頷いた。
「その通りです。なぜ私がその話をしたかというと、今の高木先生の状態を説明するのに丁度良い例え話になると思ったからです。同化というのは生物全てにおいて行われる作用です。豚肉を食べて体が豚肉になるのではなく、利用できる形まで分解された物を、再構築することで自らの筋肉や骨、臓器を作るといった風に。生物の体が高木先生の心、栄養が真紀さんや今後出会うであろう生徒の悩みとします」
生田先生はそう言いながらホワイトボードに簡単な図を描いていく。心はハート形、悩みは丸で囲われているが、高木先生や真紀さんの体は妙に整った人型で流石生物の先生だと感心してしまった。
「私は心も体と同様に栄養無くしては育たないと考えています。心にとっての栄養というのは他人との関わりです。その中でも悩みや諍いなんかは心にとって栄養豊富な存在だと思います。では摂取しまくればいいのではないかと思われるかもしれませんが、そんな単純なものではありません」
図解してある悩みの項目から伸ばされた矢印に生田先生はバツ印を付けながらそう言った。私は今の話を聞いていて悩みを聞けば聞くほど心が強くなるのではないかと漫然と解釈してしまっていたがために意表を突かれた。高木先生は生田先生の話しぶりに食い入るように聞いている。真紀さんも泣き出しそうな顔を落ち着かせながら聞き入っている。
「この同化という反応。実はそれ自体に多くのエネルギーを必要とするのです」
生田先生はエネルギーと書いて四角で囲う。
「実際の同化では元から蓄えられているものや摂取した栄養から作られたアデノシン三リン酸を使いますが、心ではそうはいきません。心が使えるエネルギーは休養とリフレッシュによって生み出すしかないのですから」
それを聞いたところで私は少しだけ疑問を覚えた。
「でも先生。人の悩みとか愚痴とか聞いたりしても心のエネルギーを使ってないような人もいますよね? 逆に噂話にして裏で元気になるような人とか」
女子トークでよくあることだ。親身になって聞いていたかと思うと、本人のいないところで馬鹿にしたり笑い者にしたりする。そんなことにエネルギーを使っているとは思えない。
「そうですね。それも生き物の体と似ていると思います。摂取した栄養を体作りに用いずにそのままエネルギーに変えることもあります。その場合、同化とは違って消費するエネルギーもありませんが、当然体が成長することはありません。心も同じく、人との関係で起こるあれこれを考えずに過ごしているとその場の活力にしかならずに成長することはできないのでしょう」
私は生田先生の言葉になるほどと納得して黙った。確かに人から聞いた秘め事を自らの中で持ち続けたり考え続けたりすることはエネルギーを使うことだろう。しかしそうして考えたものを相手と親身になって共有することで本当に心が成長するのかもしれない。他人との関係を軽く考えていたら心は成長しないということか……。
「つまり、今高木先生は真紀さんからの悩みを自分が成長するための栄養にしている状態です。しかしその為のエネルギーが枯渇してしまって寝不足になってしまったりしているわけですね。軽く受け止めず真剣に向き合っていればこそ、そのような状態になったのでしょう。生徒と共に成長する素晴らしく理想的な教師です」
「いえ、まだまだ未熟なだけです……」
「そんなことないです! 素晴らしい先生です!」
謙遜する高木先生の言葉を真紀さんがすぐさま否定する。しかし高木先生も本心からの言葉のようで、真紀さんからの言葉にありがとうと返してはいるものの表情は言うほどありがたいと思っているような顔をしていなかった。自分の考えは自分の考えで別物として分けているといった感じ。
「なんだか二人を見ていると大丈夫なように思えますね。高木先生も何かあればいつでも私に話をしてください。私自身あまり他人に共感するような人ではありませんが、聞くくらいならできますので」
「はい。ありがとうございます」
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