願い!時を超えて

色部耀

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メリーゴーラウンド

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 遂に遊園地へ行く日が明日へと迫っていた。天気予報では降水確率ゼロパーセント。雲一つ無い快晴のようだ。しかし、そんな明日の予報とは裏腹に今日はどんよりとした曇り空。何だか嫌なことでも起こらなければいいが……。
 嫌な予感を抱えたまま昼休みを迎える。翌日の遊園地の事もあるので、少しだけ話をしようと俺は屋上に三人を呼び出していた。

「明日の遊園地の事なんだけど、四人で適当にまわるだけの予定だったんだよな?」

 その台詞に首をかしげたのは雄介だった。

「五人の間違いだろ? 別にこれと言ってイベントを企画してるわけじゃないし、何も考えずに行ったんで良いんじゃねえか? 俺の提案としては、俺と若菜さんを二人組にするってのがあるけどどうよ?」

「却下ね。一応、薫のMVPを祝う体裁で行くんだから基本的に五人行動よ」

「実際はMVPなんて取れてないけど、そう言う話だったからな。そういえば、玲菜も追加される予定なんだったな。すっかり忘れてたよ」

 俺がそう話すと雄介がとぼけた顔をした。狐につままれたようなとはよく言ったものだ。

「追加されるってか、初めから五人じゃねえか。もしかして、また変わったのか?」

 ああ、嫌な予感はこの事か……。

「だから昨日のうちに写真を撮っとこうって言ったんだよ」

 そうなのだ。俺は昨日写真を撮ろうと言ったのだが、雄介がカメラを家に忘れたとかで撮らなかったのだ。カメラを取りに帰るという選択肢もあったのだが、いかんせん面倒だとかで先伸ばしにしてしまった。多少の手間暇なら惜しんではいけないと言う良い教訓だ。

「今週はどれだけ変わったのやら……。俺と春菜がワールドメモリーの能力だって話は記憶にあるか?」

 連日頭を抱えてばかりいるとこのポーズが俺の個性の一つにでもなってしまったかのような錯覚に陥る。溜息と共に聞く俺の言葉に春菜と茜ちゃんは同時に頭を振って否定した。そして、茜ちゃんが話し始めた。

「もしかしたら、丸岡くんの記憶の中の私が既に提案した事かもしれないけど……。ワールドメモリーシンパシーで丸岡くんの記憶を共有できないかしら?」

 さすが茜ちゃんは頭の回転が速い。春菜でさえ話に付いていけていない。雄介に至っては論外である。

「じゃあ、シンパシー発動のために軽く説明を始めようか」

 こうして、無駄に一週間の回想をしなければいけなくなったのだった。

「変わった過去ってのは、玲菜が遊園地に一緒に行くって話だ。実際は玲菜を除いた四人で行く予定だったらしいんだけど、そこで過去変が行われるって推測した。ここまでは分かる?」

「なんとなくだな」

「じゃあ次な。そこで茜ちゃんが皆で話し合うことを提案したんだよ。それが一昨日の話だ。その時に茜ちゃんが提案した対策が二つ。まずは、ワールドメモリーシンパシーを使って記憶を共有させること。そして、茜ちゃんが能力を注いだカメラで集合写真を撮ることだ」

「本当になんとなくしか分からないわ。てか茜ちゃんの能力って何?」

「干渉させない能力。物理的な干渉から認識的な干渉、超能力的な干渉まで防ぐことができる能力らしい。細かい事は記憶を共有した時に分かるから」

「私には記憶が無いからはっきりと言えないけれど、説明も発動条件もかなり端折ってるわね」

「多分、こんなもんでシンパシーを使えるかなって思ったんだけど? ちなみに、シンパシーの発動条件は、簡単な説明の後にワールドメモリーの能力者同士が触れ合うこと。その瞬間に他人が触れても共有はできる」

「つまり、後はあたしと薫が手でも握れば記憶を共有できるって訳?」

「多分そういうこと。実際に俺の記憶を共有させたことなんて無いから確証はできないけど……」

「できるわ。あたしと薫だもの」

 春菜は、一昨日と同じ台詞を同じ表情で言い放つ。それは俺に自信を持たせるには十分なものであった。

「じゃあ、手を出してくれ」

「何だか照れるわね」

「何でだよ。ただ手を握るだけじゃないか。アイドルじゃあるまいし」

「……それもそうね」

 春菜は、そう言うと小さく右手を出して俯いていた。また気のある女のフリをして俺を弄るつもりなのだろう。ここで間違って恥ずかしい反応でもしてしまえば、末代まで語られるネタとしてボイスレコーダーに記録されてしまう。今回はそんなへまはしたくないので、あえて無反応で手を握ってやろうではないか。

「いくぞ」

 俺はそう言って春菜の手を握った。

 その瞬間。体から全てのエネルギーが吸い出されるかのような感覚に陥って、そのまま倒れこんでしまった。倒れる前に俺と春菜を二人が支えてくれてたのがかすかに視界に入り、意識を手放す前に少しだけ安心をした。

 そして一週間分の記憶が大量にフラッシュバックされる。それはまるで、もう一度同じ一週間を経験するかのように鮮明に写し出された。俺が普段記憶を再生すると言って過去の出来事を思い出す際に五感全ての感覚を思い出すと言ったが、それに近い。だがいつもなら現実にある感覚が残っており、感覚の比率で言ったら大体八割が現実の感覚、二割が記憶の感覚と言った感じで思い出す。しかし今回はそんなものでは無かった。十割、百パーセント過去の感覚が体を支配していた。全身、動かない身体を使って一週間分の感覚を上映している。過去をもう一度経験している。
 違うことと言えば、行動を選択できないと言う点くらいである。まるまる一週間、記憶の海に沈んでいた俺は、今日の今と言う時間に到着すると共に目を覚ました。目を覚ました瞬間、俺は時間が気になった。不眠不休で五日くらい起きていたような疲労を覚え、どうにか雄介に支えられて立っている状態だ。頭もぼんやりして今にも意識を手放しそうだ。
 春菜は隣で眠っているし、雄介と茜ちゃんも明らかに疲れた顔をしている。

「今何時だ? あれから一体どれくらいの時間がたった?」

 今すぐ気絶してもおかしくない頭を気合いで保ち、どうにか携帯電話を開いた。日にちは変わっていない。それに、時間だって一分もたっていなかった。

「頭が破裂しそう。あんなに大量に記憶を流し込まれたら堪らないわ」

 そう言う茜ちゃんは頭を押さえながら、眠る春菜を支えてくれていた。俺と違って体の方は大丈夫みたいだ。一方の俺は、体の感覚もほとんど失っていた。ただ、雄介が俺を支えていたのは認識できた。

「ごめん雄介。保健室までお願いできるかな?」

「俺だって無性に眠たいんだけどな。保健室のベッドは三つしかないし、俺は教室で寝させてもらうよ」

 雄介は、文句を言いながらも俺と春菜を担いで保健室まで連れていってくれた。厳密に言うと、連れていってくれたらしい。なぜそんな言い方になるのかと言うと、俺は途中で意識を失ったからだ。ちなみに茜ちゃんは、早退したそうだ。
 らしいだの、そうだの言っているが、それは則ち後日談だからだ。後の日になって耳にした談話だ。未来で聞くべき話を今から語っているのもおかしな話だが、その辺は余り気にしないで頂きたい。話は変わるが、現状で俺が陥っている問題について話をしようではないか。
 なぜだろう。今布団で目を覚ました俺の目の前には幸せそうな顔で横になる玲菜がいる。夢なのだろうか。そうだ、夢に違いない。何て言ったって、ここは宮内家の客間だ。
 それに朝日が差し込んでいて、時計の針が九時を指している。明らかにおかしい。俺の記憶が正しければ、遊園地に出発するのは九時半だった気がする。いや! もう一度目を閉じれば、保健室のはずだ。そう思って俺は目を閉ざした。現実からも目を逸らそうとした。しかし、それも束の間である。引き戸が音を立てて開かれると聞き慣れた声がした。

「おーい、薫! 生きてる!? って、何で玲菜が隣で寝てるわけ? 節操の無い死体ね」

「死体じゃねぇよ! てか、玲菜に関しては完全に不可抗力だ!」

 寝ようとしたところでも、突っ込みを入れざるを得ない台詞をかましてくる。それが春菜クオリティ。ドゥー・ユー・アンダースタンド? 理解したか?

「あら、生きてたの? せっかく遺影まで準備してあげたのに」

 そう言って春菜は、写真を見せてきた。それはまさしく、つい数分前に撮ったであろう、仰向けに寝ている俺の顔に白い布が乗せられている写真だった。なんてことしてくれてんだ。

「おい、春菜。遺影は普通の顔写真だぞ。そんなものは使えない」

「墓ったわね!」

「謀ってない! ちなみに墓ったなんて書いたら納骨後みたいだからやめろ」

「あら、そんな無駄話してても良いのかしら? 遊園地に出発する時間を忘れたわけじゃ無いわよね? 薫様ともあろう御方が? ……あと三十分よ」

 やっぱり夢じゃなかった。夢みたいだけど夢じゃなかった。急いで布団から出ようとしたが、玲菜が俺の袖を握っている。

「薫お兄ちゃん後五分だけ……」

「春菜、後五分だけ」

「本当に死ねば良いのに」

 春菜は、問答無用で部屋から出ていってしまった。ちょっと酷くないか? こんな幸せそうな顔で袖を掴まれてたら、しょうがないだろう。本当に、この子が幸せになるためになら、過去くらい変わっちゃっても良いような気がしてきた。この笑顔を見ていると、過去が変わることでさえ可愛らしい我儘くらいで笑い飛ばせそうだ。……流石にそろそろ準備しないとマズイかな? 風呂にも入らなきゃいけないし。さて、この袖に付いたちっちゃな手はどうしたものか……。

「玲菜。薫お兄ちゃんが困ってるわよ。寝たフリなんてしてないで放してあげなさい」

 そう言ったのは、若菜さんだった。まるで母親のような口調で玲菜に起きるよう促す。それを聞いた玲菜は、こっそりと片目を開けて俺の様子を伺った。

「後五分だけ……ダメ?」

 もう一度可愛らしく言う玲菜だったが、若菜さんは厳しかった。厳しいのだが、口調は優しく諭すようである。

「薫君が困るようなこと言っちゃダメよ。あんまり我儘なことしてたら、薫君に嫌われちゃうわよ?」

「それはヤだ!」

 玲菜はそう言って飛び起きた。本気で俺に嫌われるなんて思ったのだろうか?

「ごめんなさい薫お兄ちゃん……。嫌いにならないで」

 少しだけ俯き、小さな声で言う。さっきまで俺の袖を握り締めていたその手は、今や自分の服の裾を握り締めている。俺も起き上がると、玲菜の頭に手をのせた。

「大丈夫だよ。玲菜を嫌いになったりしないから」

「ふにゅ」

 玲菜は照れ臭そうに笑った。ずっと撫でてやってても良かったんだけど、本格的に時間が迫ってきていた。競輪ならば鐘が鳴るだろう。

「風呂にも入ってない奴なんかと遊園地には行きたくないんだけど」

 部屋の外からドスの利いた春菜ヴォイスが聞こえてきた。
 俺は体が千切れそうなほどに走った――――
 結論から言うと雄介以外は全員遅刻した。集合場所は九時半に学校近くのバス停。俺と宮内三姉妹は雄介が待つそこへ一緒に向かったわけだが、俺の仕度が遅れた為、道連れで遅刻した訳だ。

「今日は若菜さんワンピースなんですね。とっても似合います」

 待ちぼうけを食らいバスを一本見送ったはずの雄介は、怒ることも無くそんなことを言った。確かに、シンプルなワンピースを着た若菜さんは綺麗だった。そして、ありがとうと言って微笑む姿は、とても絵になる。

「玲菜ちゃんは今日も可愛いね」

 玲菜は、柔らかい生地のワイシャツに膝たけのスカートで、可愛らしいリボンを付けていた。可愛い。確かに可愛いんだが、歩くと揺れるマウント富士に視線が捕まってしまう。頑張って顔だけを見ようと努力をしていると、玲菜に目をそらされてしまった。
 俺は最低だな。
 ついでに春菜は、ポロシャツ&ホットパンツにスニーカーだ。それに何故か野球帽みたいなのも被っている。こいつは動き易さしか考えてないのか? 部活の時と大差無い格好に見える。そんなことを考えていると、春菜からハイキックがとんできた。しかし、それを紙一重で避ける俺。あっ、パンツ見えた。

「危なっ! 避けてなかったら頭に当たってた! てか、なんで蹴り?」

「惜しっ! 避けてなかったら頭に当たってた! てか、あたしをついでみたいに見たからさ~。うっかり!」

「うっかりで蹴られてたまるかよ! それより、あたしってドジッ子ーみたいに自分で頭を叩くな! 余計に腹立つ」

 舌をペロッと出しながら、自分の頭をコツコツ叩く春菜。

「うっかり! うっかり! うっかり!」

「頭を叩く度にうっかりって言うな! お前の頭にはうっかりスイッチでも付いてるのか?」

「叩いてみる?」

 そう言って頭を差し出した春菜を野球帽の上から軽く叩いてみた。コツっと。

「女の子の頭を叩くなんて最低ね」

「うっかりって言わないのかよ! あー腹立つ! そして一応、叩いてごめんなさい」

「許してあげないこともない」

 マジで腹が立つ! でも、こういうノリ嫌いじゃない。予定より十五分遅れて遊園地前停車のバスに乗り込む。遊園地も、言ってしまえば隣町な訳だが、いかんせん中途半端な田舎な為田んぼ道を通って三十分かかる。バスの中の席は、一番前に俺と春菜。一つ後ろに雄介と玲菜。そのさらに後ろに若菜さんが座っている。俺の隣の春菜は、鞄から遊園地のチラシを取り出すとじっくり読み出した。

「今日は何もイベントは無し……と。しけた遊園地ね」

 ひどい言い方だが、実際廃れている。

「いいじゃないか。名物の『恐怖! 壊れそうなジェットコースター』と『恐怖! 軋む観覧車』があるじゃないか」

「何よ。恐怖ばっかりじゃない。しかもどっちも遊園地側が意図してない怖さだし」

「忘れてた。地獄のコーヒーカップもあるぞ」

「期待しとくよ」

 なんだろう。普段の春菜ならもっとハイテンションでウキウキ気分を全面に押し出していてもおかしくないだろうに……。何故か俺の隣に座る春菜は外ばかり見て俺の方を見ない。考え事でもあるんだろう。春菜は普段の様子からは分からないが、結構悩みがちな人間だしな。

「まあ、あんまり考えすぎるのも良くないぞ。話くらいなら聞いてやるよ」

 その後いつものノリで肘で春菜の腕を小突こうとしたところで

「触らないで!」

「ご、ごめん」

「あ、いや、こっちの方こそごめん……。ちょっと昨日の事もあったし……」

 言われて気付いた。『触れることで発動する』という事は、少しでも過去の思い出を話しただけで倒れるほど体力を消耗させてしまう事態になりかねないという事。玲菜と雄介は春菜の声には反応なし、若菜さんだけ少しこっちの様子を伺っていた。ある意味いつも通りのやり取りでもあるから玲菜と雄介はは気にしていないんだろう。

「直ぐに謝るなんて珍しく素直だな。ジェットコースターでも降らなきゃいいけど」

「一言余計よ! でもまあ、薫が私の事ちゃんと見てくれてるって分かっただけでちょっとは気が楽になったかも。ねえ玲菜ー、遊園地に着いたら何乗りたい?」

 席から身を乗り出して玲菜にチラシを見せる春菜は、いつも通りの笑顔に戻っていた。

「玲菜ね、高いところ苦手なの……。だからジェットコースターはむり……かな?」

 少し申し訳なさそうに玲菜はそうったが、すぐに明るい表情になって言葉を続ける。

「でもね、でもね! 他のは全部乗りたい! メリーゴーランドもコーヒーカップも! 観……覧車……も」

「あれ? 玲菜ちゃんは観覧車ダメなの? あれもなかなか高いもんなぁー」

 雄介は隣で一人納得しながら言った。

「玲菜だってそのくらい頑張るもん! 観覧車くらい乗れるもん!」

 玲菜は、頬を膨らませて、雄介の足を叩きながら言いはった。別に無理して乗る必要までは無いんだけどな……。そうか、俺のお祝いも兼ねてるから気を使ってくれてるのか? 玲菜は良い子だな。それに引き換え、事あるごとに後ろを振り返る犬みたいな雄介は、祝う気などさらさら無いようだ。実際、祝われた物では無いのだけれど。
 それにしても雄介は、振り返って若菜さんと目が合うと毎回幸せそうに前に向きかえる……。本当に恋ってやつはすごいよ。皆、恋をするとこうなるのだろうか? 俺はいつも疑問に思うところである。
 そうして揺られること三十分。ようやく遊園地に着くと、時刻は十時半だった。

「うわぁ。さびれてるって言ってもこれは無いなぁー」

 雄介がそう言葉を漏らすのはもっともであった。何せ、客が俺達を除くと三人家族が一組とカップルが二組……。実質、貸しきりと言っても過言ではない状況だった。

「……来年には潰れてるわね」

 春菜の感想も仕方がない。

「ライブとかショーとかの舞台に使われるから、しばらくは潰れないと思うわ。今日は人が少なくてラッキーって思って楽しもっか」

 不満げな二人の背中に手を当てて若菜さんが言うと、そのまま遊園地の受付に進んだ。並ぶ必要が無いと言うのも更に寂しさを加速させる。先頭で雄介が人数分のフリーパスを購入し五人で入園した。
 園内に入ったところで俺は地図を見ると何に乗ろうか悩む。寂れた遊園地と言えども、アトラクションは一通り揃っている。悩むのも仕方ないだろう。他のやつらはと言うと、春菜はチラシを見始める。玲菜は俺に乗りたいものを尋ねてくる。雄介は若菜さんに見とれているし、若菜さんは風を楽しむかのように遠くを見つめて清々しい顔をしていた。
 風に飛ばされないように麦わら帽子を押さえる姿がまたしても絵になる。……いったいいつの間に麦わら帽子なんか被ったのだろう? そんな疑問はさておいて、このままでは一向に動きそうに無い。そこで俺は、とりあえず近くのアトラクションから乗るように主張したのだった。

「一番近くにあるのはメリーゴーランドだけど、それから乗るか?」

 春菜と雄介の視線が痛い。その目からは、メルヘンチックなチョイスかよ。って訴えが聞こえてくるようだ。

「はぁ~。まあいいけど、まさか薫からメリーゴーランドに乗りたいなんて耳にするとは思ってもみなかったわ」

 春菜に続いて雄介も話す。

「薫の合理主義からしたら納得の選択だなぁ。まあ、コーヒーカップを選ばなかっただけ良しとするか」

 ……なんでこんなにも否定的なんだよ。

「玲菜は賛成です! すごく良いと思います! お馬さんに二人乗りとかも出来るみたいだし!」

 それを聞いた雄介は、まさに手のひらを返すように意見を変えた。

「早く行こうぜ薫!」

 魂胆は見え見えだが、イベントは早めに進めたい派の俺はツッコミなど入れず、歩みを進めた。……ツッコミと言う言葉を使うと、茜ちゃんの下ネタが脳裏をよぎる。毒されてしまったか……。アトラクションのスタッフのところに行くと、待ち構えていたかのように案内された。本当に貸しきりみたいだ。

「あんたは玲菜と白馬で二人乗りよ。ほら、玲菜だってあんなに嬉しそうにして……。悔しいわね」

 妹大好きな春菜にとっては、俺に玲菜を取られた感じが嫌なのだろう。

「玲菜は可愛いなー。誰かさんと違って」

「当たり前じゃない! あたしの大切な自慢の妹なんだから! もし玲菜があんたになついてなかったら、その誰かさんは一生口を利くことは無かったでしょうね。精々飽きられないように頑張ってね」

「へいへい」

 饒舌になったかと思えば、こうだ。俺が軽い意地悪を言えば、何倍にもなって帰ってくる。ある種の呪詛返しだな。だが、台詞の中にちゃっかり自分を低評価してしまう辺りが春菜の不思議なところだ。

「私達は三人で馬車に乗ろっか?」

 若菜さんの提案に、雄介は少しだけ残念そうな顔をしたが、ノリ気な若菜さんの顔を見て直ぐに笑顔になった。そうしてメリーゴーランドは回りだす。

「薫お兄ちゃん覚えてる?」

 ゆっくりと上下に動き出した白馬の上で俺の背中にしがみついた玲菜が言う。俺のメリーゴーランドのイメージでは、女の子が前だったのだが、玲菜が後ろに乗ると言ったのだ。お陰で背中に……なんでもない。

「昔、玲菜が公園で足の怪我をした時に薫お兄ちゃんが自転車で家まで連れて帰ってくれたこと」

「……ごめん。覚えてないや」

 本当は覚えている。春菜が玲菜を後ろに乗せて家まで帰ったは良いものの、最後の最後でバランスを崩して春菜も怪我をしたのだ。それで、脇腹に大きな傷を負ったのだ。しかし、今の話し振りだと玲菜を乗せたのは俺みたいだ。……過去が変わったのだろうか。

「こんな感じで薫お兄ちゃんの後ろに乗ってると、その時を思い出すなー」

 その時、服から血を滲ませながらも春菜は玲菜の心配ばかりしていたのを思い出す。始めは春菜の傷に気付かずに、手を引かれて家へ入った玲菜も、玄関で春菜の傷を知り心配をしていたな。それを必死で隠そうとした春菜が、今思えば微笑ましい。今でも、傷痕が残ってるのだろうか。いや、過去は変わったのか……。

「白馬の王子様の後ろなんて夢みたい!」

「ははっ。俺が王子様なら、玲菜はお姫様だな」

 キャラクターもぴったりだ。楽しい時間は、終わるのも早いもので、メリーゴーランドはゆっくりと停止した。メルヘンチックな音楽だけは音量が小さくなるだけで、鳴り止むことはない。そして俺達はメリーゴーランドから出ようとした。しかし、俺の袖を引いて止めた人物がいた。

「もう一回乗ろ!」

「なんで一番ノリ気じゃなかったお前がもう一回乗りたがるんだよ、なあ春菜さんよ」

 俺を引き留めたのは他の誰でもない、春菜だったのだ。

「いいじゃない別に。一回くらい! ねっ!」

 目をキラキラさせて、俺より少しだけ低い身長だから自然と上目遣いになる。少しだけ心臓の鼓動が跳ねるのが分かった。

「おい春菜、その顔……」

「なぁに?」

 首を傾げて質問を返してくる。

「何か良からぬことを考え付いたな」

「……」

 図星だな……。

「みんな、もう一回乗るってよー」

「ごめん! みんなは外で判定してて!」

 判定? なんだそりゃ? 何を始める気なんだ? 雄介と若菜さんは事情を知っているみたいで、呆気に取られた玲菜の手を引いてベンチに座った。

「じゃあ、始めるわよ」

 そう言って俺と春菜はメリーゴーランドの反対側に陣取った。
 説明しよう! ルールは至って簡単。メリーゴーランドには、スタッフの死角となる位置が存在する。その死角となった瞬間に、バレずに他の乗り物に乗り換えるゲームだ。おそらく、スタッフは危険行為を止めるだろう。より奇抜な事をして、なおかつスタッフに注意されなかったら勝ちだ。罰ゲームは、定番の『何でも言うことを聞く』だ。
 そしてメリーゴーランドは回りだす。
 俺の場所からは春菜は死角で見えない。俺は初めのターンで馬から馬車に乗り換える。……スタッフは全く気付かないようだ。次は馬へ。……気付かないようだ。……何度か繰り返し、あと二ターンを残すところとなり、俺は攻めた! 子供用の極小馬へ乗り換えたのだ。……端から見たら相当滑稽である。しかも、俺の顔は真剣そのもの。スタッフもおかしいと思ったのか、こっちを凝視してくる。スタッフめ、気付くのが遅すぎたな。始めに座った時点で気付いても良いものだろう。
 そして、春菜がスタッフの死角から出てきたところで、スタッフは吹き出して笑い声を上げた。それと同時に俺は勝ちを確信した。あとはスタッフの注意を待つだけ。
 ……あれ?
 笑い続けているだけで、注意しないだと? とうとう俺の最終ターンになり、俺は乗ってはいけない馬車の引馬に乗り換えた。

「えーお客様、危険な行為はお止めください」

 なんと笑いが収まったスタッフは、俺に注意をしたのだ。メリーゴーランドの反対側から歓喜の声が聞こえる。
 俺は負けたのか? ……目の前が真っ暗になった。

「いったいどういうことだよ!」

 俺は評議会の雄介氏を問いただした。すると彼はこう答えたのだ。

「ああ、あれはお前の完敗だよ。しょうがないさ」

 若菜さんも玲菜も納得の表情だ。雄介は、先程まで録っていたカメラの動画を見せてくれた。その内容には、流石の俺も度肝を抜かれた。

「こんなに綺麗な鯉のぼり見たことねーよ!」

 説明しよう! 動画の中身を見てみると、俺がスタッフに気付かれる瞬間まで春菜は微動だにせず、普通に手を振ったりしていた。そして、スタッフが不審な目をしているのを確認した春菜は馬車の上のパイプまで一瞬で移動し、鯉のぼりになったのだ。鯉のぼり……。それは、パイプなどに腕だけで掴まり、体をパイプと垂直にする技だ。かなりの筋力が必要となる、男でも難しいそれを完璧にやってのけたのだ。しかも、メリーゴーランドが一周する間ずっとである。

「完敗だよ。春菜。流石言い出しっぺは違う」

 負けを認めるしか選択肢はなかった。俺の言葉を聞いた春菜は、親指をグッと立てていい笑顔を作る。そしてこう言った。

「側筋つりそう。痛い」

「バカめ」

「でも、罰ゲームはやって貰うわよ」

「へいへい」

 罰ゲームは、また後日と言うことで決議した。メリーゴーランドを後にした俺達は次に、これまた定番であるコーヒーカップを見付ける。ここで最も食いついたのは、意外にも春菜だった。そして、一番喜びそうだと思っていた玲菜が全くの乗り気ではない。と言うか警戒している。確かにコーヒーカップには乗りたいと言っていた記憶があるし、俺は不思議に思って玲菜に聞いてみた。

「どうしたんだ玲菜? コーヒーカップは嫌なのか?」

「えっと……。コーヒーカップが嫌って訳じゃないの……。でも昔、春菜お姉ちゃんと乗ったときに怖かった記憶が……」

 なるほど。春菜は思い切りコーヒーカップを回して玲菜に怖い思いをさせたわけだな。ここはひとつ、春菜に本当のコーヒーカップと言うものを教えてやるしかないな。そう考えていると、案の定春菜が俺に一緒に乗るようにせがんできた。そこで俺は快く承諾し、俺と春菜でひとつのカップ。後の三人でもうひとつのカップに乗ることとなった。
 さて、地獄の始まりだ!
 スタッフに注意されなければ良いが……。そんなオーラを読み取ったのか、スタッフは俺達が入場する際に近付いてきた。

「君たち、分かってると思うが!」

 先に釘を刺されてしまう。緊急停止なんてされたらたまったもんじゃないから、無理はできないし……。

「コーヒーカップは二つ楽しみ方がある。どっちを選ぶかは君たち次第だけど、怪我だけはしないように」

「「はい!」」

 スタッフが大好きになった瞬間だった。後から聞いた話だが、このスタッフさんはコーヒーカップで無茶をする人が見たいが為にわざわざここの担当になったのだとか……。どおりで、イメージしてたコーヒーカップより縁が高く、外に飛び出しにくくなっているわけだ。いざ俺と春菜がコーヒーカップに乗り込むと、一気に周囲の空気が変わった。今この場に剣客が居たならば、迷わず抜刀して構えをとっていることだろう。それ程までに研ぎ澄まされた念が俺達から放たれていた。スタッフもそれに気づいたのか、険しい顔をしてコーヒーカップの扉を閉めた。

「それでは皆様。短い時間ではありますが、自らの力を信じ、全身全霊を持って楽しんでください。健闘を……。コーヒーカップ! スタート」

 スタッフの競馬中継のような有り得ない台詞によってコーヒーカップは場違いな音楽と共に動き出す。そして、コーヒーカップが動き出すと共に、俺達も動き出す。俺は席に取り付けてあるバーを左手で掴み、中心の円盤の奥を右手で持つ。そこから円盤を時計回り回転させるようにに思い切り引っ張った。しかし、春菜は俺とは逆方向に円盤を回そうとした。そこで一瞬お互いの動きが止まる。だが所詮陸上部の女子がバスケ部男子の腕力に敵うはずもなく、時計回りに回転を始める。
 厳密に言えば、円盤は回らずに俺達のカップが半時計回りに回り始めた訳だが……。

「一気に方をつけさせて貰う」

「先手を取らせたのは作戦よ。いつから自分が攻撃を仕掛けていると錯覚していた?」

「なん……だと?」

 俺達の会話とは関係なしにコーヒーカップは回転速度を上げていく。徐々に重力が遠心力に取って変わられていくのが分かる。そしてついに、カップの縁に押し付けられる形でないと姿勢を保てなくなった。外の景色は、もはや横線のみで構成された世界でしかなかった。遠心力に負けないように首を前に向けるが、そこで認識できる物はコーヒーカップの中にしか存在していない。

「なんだか……。あたし……と薫だ……けの世界みたい……ね」

 呼吸も途切れ途切れな春菜はそんなことを口走る。いい台詞を言っている様に感じるが、事実は単なる感想でしかない。とうとう、俺達の力の限界によって、コーヒーカップの回転速度は上がらなくなった。加速度がゼロの状態だ。つまり、減速もしていない。そこで俺達は気が付いた。……宙に浮いているということを。浮いていると言っても、吹っ飛ばされた訳ではない。コーヒーカップの縁にへばりついて足も腰も浮いてしまっていると言うことだ。おそらく、三百rpm程の回転をしているであろう、このコーヒーカップは、重力よりも強い遠心力を発生させたようだ。ちなみに、三百rpmは一秒間に五回転程だ。しかし、そこで音をあげたのは春菜だった。

「ごめん……。あたしの……負け。胸が……苦し……」

 それを聞いた俺は、コーヒーカップにブレーキをかける。手では危険すぎて止められないため、足の裏で軸を挟みこんだ。ゴムが焦げる臭いがするがかまわず踏ん張って、徐々に減速していった。そして、周りの景色が戻って来た頃、ちょうど良く終了のブザーが鳴った。

「薫お兄ちゃん凄かったよ。なんだか、おっきな独楽が回ってるみたいで、玲菜ビックリしちゃった」

 玲菜は、コーヒーカップから降りると、すぐさま俺に駆け寄ってきて楽しそうにそう言った。一方の俺と春菜は、体力を使い果たしてぐったりしていた。話しかけに来てくれた玲菜に対しても、あぁと言う素っ気ない返答しかできなかった。

「君たちの勇姿は一生忘れないよ。コーヒーカップのスタッフ人生で最高のものを見せてもらった。ありがとう」

 そうですか。スタッフの嬉しい言葉にも、あまり良い反応を返すことが出来ない。それほどまでに疲弊していた。

「ホントにお前らはバカだな。そこまではやる奴は他にいないだろうな。そんなんじゃ次のアトラクションに行けないだろうが」

 うるせい雄介……。バカなことをしたのは良く分かってるよ。それでも男にはやらなければいけない時があるんだよ。

「で、次のアトラクションはどうする?」

「「ベンチ休憩でお願いします」」

 俺と春菜の台詞が、一言一句違わずハモった瞬間だった。

「じゃあ、休憩がてら記念写真でも撮るか?」

 そう言ったのは雄介だ。鞄から例の一眼レフのデジカメを取り出すと、俺と春菜にアイコンタクトをとってきた。なるほど、このタイミングでおまじないの写真を撮るわけか……。

「いいわね。なら、あの時計台の前とかはどうかしら?」

 若菜さんはそう言って、遊園地で一際大きな時計台を指差した。

「この遊園地がオープンした頃は、この町出身のデザイナーが造ったあの時計台を売りにしてたらしいわ」

 若菜さんはそう教えてくれた。相変わらず良く知ってるな。時計台を見ると、時針はそろそろ十一時半を指し示すところだった。

「そろそろ十二時だし、薫お兄ちゃんと春菜お姉ちゃんが落ち着いたら、ご飯にしようよ」

 俺と春菜が回復するまで待ってくれるあたり、玲菜の優しさが見える。

「そうだな、俺は大体良くなってきたけど、春菜がしんどそうだしな。とりあえず、時計台の下まで行こうか」

 隣を見ると、春菜が俯いてフラフラと歩いている。汗だくだし、ポロシャツの前もはだけてしまっていた。

「おい春菜、肩貸そうか?」

「触らないで……あたしの胸元ばっかり見てる変態に借りる肩なんて無いわ」

「あんまり見てねーよ。まあ、それだけ憎まれ口叩けるなら大丈夫そうだな」

 あんまりって言ってしまうあたり、俺って正直者だと思う。時計台の下にあるベンチに着くと、雄介がさっさとカメラマンを探しに行った。探しに行ったと言っても、すぐ側に家族連れで来場していた人がいたので、その人たちに頼んでいるだけである。

「なんとか写真を撮ってくれる人がいたから、先に撮っておこうか」

 その言葉を聞いて、皆でベンチ横にある階段に集まった。階段と言っても五段だけのものだ。一番下の段に俺と春菜、二段目に玲菜、三段目に雄介と若菜さんが位置取った。

「それじゃ、撮りますよー」

 三人家族のお父さんと思われる、ガッチリした眼鏡の男性が声をかける。しかし、男性は満足な構図にならないのか、色々な角度で構えては首を傾げていた。

「時計台の頂上まで撮したいんだけど、なかなか上手くいかないなー」

 そう溢した男性に対して、五才くらいの娘が大きく手を挙げる。

「あたしが撮る! あたしが撮る!」

「すまないけど、娘に写真を撮らせても構わないかな?」

 男性は申し訳なさそうに、そう言った。

「どうぞどうぞ! 撮っていただけるだけでありがたいんで」

 雄介の許可を得た少女は、男性からカメラを受け取ると、顔付きが一瞬で変わった。そうそれは、戦場カメラマンか猛獣カメラマンのようだった。俺達は計らずとも身構えてしまう。体は固くなってしまっていた。

「……もっと楽しそうにして」

 注意を受けてしまった。そして、その後もカメラ少女の指示の元、撮影を行った。少女の頑張りにより、撮り終わったものは満足の一品となった。

 「写真は後で現像してみんなに渡すから、お楽しみに」

 おまじない自体は、実行に移すことができた。実際に効果を発揮するかどうかは、まだ分からないが……。

「じゃあ、ご飯にしよっか。私と春菜と玲菜で作ったお弁当よ」

 若菜さんは、鞄の中から五人分の弁当箱を広げた。偶々なのか若菜さんの計算なのかは分からないが……、いや後者の可能性が高い。ベンチの前には、ちょうど五人分の弁当箱を置いて食べられるようなテーブルがあった。

「若菜さんのお弁当! むっちゃ楽しみにしてました! その為に昨日から何も食べてないんですよ! 若菜さんのお弁当を美味しく頂くために!」

 雄介の熱弁は素晴らしかったが、空腹でお弁当にのぞむなんて失礼な気がする。なんだか、何でも美味しく感じてしまう状況を作ってしまっているように思えるのは俺の気のせいか……。

「玲菜も頑張ったんだよ! 玉子焼きは玲菜の自信作なんだよ!」

「おっ! 弁当の主役である玉子焼きを任されるなんて玲菜は凄いな。楽しみだな」

「へへへ……」

 玲菜は誉められたのが嬉しかったのか、頭を掻きながら照れ笑いを浮かべている。今のでこの調子なら、実際食べた後に誉めたらどれだけ照れてしまうのだろうか。

「春菜は何を作ったんだ?」

「あたしは魚を焼いただけよ。近所の工場で溶鉱炉を借りたから、火力はバッチリよ」

「溶鉱炉とかで焼き魚を作ったら燃え尽きるから! 焼却魚だから! 食べられないから!!」

「あら、食べてくれないの? 鉄分たっぷりよ」

「溶鉱炉が本当なら、鉄分て言うより鉄だからね?」

「嘘に決まってるじゃない。魚の血合が鉄分豊富って意味よ。あんなに長い時間寝てたんだから、鉄分がいるでしょ。しっかり食べなさいよ」

 春菜は水筒からお茶を注いで、そしらぬ顔で口に運んだ。そこで、若菜さんが俺の隣に来ると、こっそりと耳打ちをしてきた。

「本当は、春菜もギリギリまで目が覚めなくて料理を手伝える状態じゃなかったんだけど、一品だけでも作るってきかなくてね。無理して作ったのよ。薫に食わせるんだ! ってね」

 実は言われなくても、無理をして作った事くらいは分かっていた。若菜さんも分かっていることを分かっていて、そう言ったのだろう。しかし、改めてそう言われることによって春菜の優しさが再認識させられた。そして……、俺は鯖の塩焼きが好きだった。

「なあ春菜、お前が作ったのって鯖の塩焼きだけだよな?」

「……そうだけど」

「全部俺が食べても良いか?」

「……良いわよ。……あたし、ちょっとトイレ行ってくる」

 春菜はそう言うと、小走りで駆け出した。それを見届けた若菜さんは、一人微笑みながら俺を見た。

「青春ね~~」

「からかわないでくださいよ。俺が鯖の塩焼きを好きなだけです」

「青春ね~~」

「わ・か・な・さん!」

「ふふっ。まあ、食べましょ」
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