殺生神

色部耀

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未知との遭遇

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 俺は殺生神。生物の終わりと始まりを司る神だ。基本的には何もしなくていい楽な仕事である。

 この世には『神』がいてあの世には『死神』がいる。基本的には、彼らが全ての仕事をやってのける為、俺に仕事がまわってくることは稀なのだ。

 だからと言って全く仕事が無いわけではない。現に、今、現在進行形で、この瞬間、仕事をしている最中なう。

 その仕事と言うのはだ。所謂、幽霊退治。そして今回の幽霊は、極めて稀な『実体を持った幽霊』なのだ。

 つまり、今回の仕事は幽霊を殺す処にある。

 その幽霊の生前は、女子高生だったらしく、未練があったであろう学校の校門の前に立ち、校舎を見上げていた。

 暗闇の中、純白で飾り気の無いワンピースを来た女性は極めて異様であった。

 異様さを極めていた。

 俺はターゲットである幽霊に背後から近付いた。そして、ひとおもいに殺すために気配を完璧に消す。幽霊の長く黒い髪は風に揺れ、闇が実体を持って風自体になったかのようだった。

 後ろから頭に触れて力を流し込む……。気付かれなければ、ただそれだけの簡単なお仕事です。


「そこにいるのは分かっているぞ」


 その声に驚いた俺は、歩みを止めてしまった。一応、神の端くれであるところの俺の気配に気付いたのだ。警戒するに越したことはない。伊達にイレギュラーな幽霊と言うわけではないようだ。


「なぜ、後ろから近付いている事に気付いた?」


 俺の問いに振り向いた幽霊は、この世のものとは思えない程の眩しい笑顔だった。確かにこの世の者ではないのだが……。

 そして、後ろからでは分からなかったが、異常とも言えるほど整った顔立ちをしていた。おおよそ人が望む綺麗なものを寄せ集めたかのようだった。強いて言うなら、あなたが惚れている女性の顔です。

 描写が卑怯だなんて言わせない。

 満面の笑みで振り返った彼女は、さらに言葉を発した。それはまた、透き通るような綺麗な声で。


「うーわ! あたしビックリし過ぎて死ぬかと思った。まぁ死んでるんですけど。この台詞も365回目で、そろそろ寂しいわ痛いわでやめようかと思ってたところだったのよ。ところで、そこのイケメンなお兄さん誰? ナンパ?」


 ……ああ、早く殺してえーー。


「俺は殺生神。生死のバランスを崩しているお前をしっかりと殺しに来た」


 さっきの台詞に腹が立った為、もうさっさと殺してしまおうと一歩近付いた。


「やめてーー! 殺さないでーー! 体で良いならいくらでも払うからーー! 半分どころか全部あげるわよ! あっ……やっぱ全部は無し、9割……いや8割? かな? 7……じゃないな、8.5かも」


「ウィンリィの真似してもダメだ。さっさと死になさい」


「あわてるこたーない。おちついて攻めよう」


 幽霊は、人差し指を立てて爽やかに言い放つ。全くもって腹立たしい。


「さ……いこーか!!」


「待てや、仙頭」


 颯爽と駆け出した幽霊の肩を掴んで引き留めると、彼女は勢い良く転んでしまい、俺を睨み付けた。


「呪い殺してやる!!!!」


「やってみろ」


 俺はそう言って、近くにあった原付を、倒れた女の横に叩き付けた。

 自分が死んだことを知ってしまった時みたいな顔をしてやがる。


「そろそろ、あたしが死んだ理由を話さなければいけないようね」


「それより成仏できない理由を言えよ」


「そろそろ、あたしが成仏できない理由を話さなければいけないようね」


 素直な良い子だった。


「親友に忘れられて、悔しくて逝けないの。逝きたくても逝けないの!」


「だから、俺がちゃっちゃと逝かせてやるよ」


「うほ! 良い男!」


 近くにあった禿げたおっさんの胸像を投げてやった。

 すると、胸像も吃驚するような石になりやがった。


「まあ、思ったより簡単な理由みたいだから、解決した上で成仏させてやるよ」


 この時の俺は、イレギュラーな幽霊退治の難解さを知る由もなかった。


「こんなに濃いキャラを忘れるなんて、いったいどんな親友だよ」


「そうよ。どんな親友だよ。カルピスの原液ばりに濃い、このあたしを忘れるなんて! さあ早く水で割りなさい! さらに原液を足して水を引くのよ! そしてあたしがその物欲しそうな顔面にかけてあげるわ! どうよこの四則演算のコラボレーション! イッツパーティーナイト! 掛け算……、奴は四則演算四天王最弱なのだ。なんつって!」


「黙れカルピス。体にピース食らわすぞ」


「おわふ! これからあのCMが怖くて見れなーい」


「良いから案内しろ。その親友とやらのところに」


「はいはい。せっかちさんね。早いと嫌われるわよ」


 うだうだ言いながら幽霊は、親友が通っている塾まで案内してくれた。

 学校からあまり離れておらず、数分しかかからなかったのだが、幽霊のマシンガントークで俺の疲労度はスカイツリーのエレベーターばりの急上昇を見せた。

 塾の前で待っていると、幽霊の親友とやらが姿を現した。なぜ分かったのかと言うと、隣で幽霊が指を指して跳び跳ねていたからだ。ちなみに、鬱陶しかったので、体にピースを喰らわせた。

 補足しておくが、このハイテンション幽霊にはまわりの人間に気付かれないように軽い変装をしてもらった。

 そして、親友とやらが一人で帰るところを捕まえることにした。

 幽霊が死後に親友に会ったのは一度だけで、その時は完全に忘れられていたらしい。


「優子! あたしよ! 礼子よ! 分かる?」


 優子と呼ばれた少女は、しかし無表情を貫き通している。


「ああ、昨日の塾の帰りに話し掛けてきた方ね。覚えているわ」


 覚えている。その言葉を聞きたかった幽霊、礼子は俺が今日見たなかで最も辛そうな顔をしていた。

 しかしそれは一瞬で、読んで字のごとく瞬きを一度する間程度の時間で元の笑顔に戻った。


「そいつは良かったっす! またあなたと会えたらお話したいなーーって思ってたんで声かけちゃいました」


「そう、ありがとう。でも、ごめんなさいね。私、急いでるからまたの機会に」


 優子はそう言って、足早に帰路についた。

 好きな男にフラれた直後のようなどんよりとした雰囲気を身に纏って、礼子は俺の元へと戻ってきた。それはもう落ち込んでいて、右手で頭を抱えながら……。見ていて痛々しかった。


「フーーッ!!」


 痛々しいほどにムーンウォークだった。驚くほどマイケルだった。マイケルなジャクソンだった。華麗なターンまで決めやがった。


「……気は済んだか? 取り敢えず顔を上げろ。ドラゴンフィッシュブローを決めてやるから」


「おわふ! あたし間柴さんじゃないから耐えられない! 首飛んじゃう! 死んじゃう! あっ、もう死んでた。てへぺぺろん」


「あの世に行きたくなったらしいな。この鎌で首切ってやろうか?」


 そう言って俺は、偶々道端に落ちていた草刈り鎌を首に押し当ててやった。ちなみに俺の姿も鎌も常人には見えない仕様でございます。


「ちょ! 死神の鎌が草刈り鎌とか、夢ブロークン! しかもダイソーで298円の詐欺商品じゃあ~りませんか! せめて格好良く成仏させてください」


「悪かったな。斬魄刀じゃなくて」


「いやいや! 死神と言えばデスノートでしょ女子高生的に考えて」


 ……残念ながら、俺はデスノートとやらを知らなかった。仕方がないので、スケジュールノートでぶん殴ってやった。


「格好良く成仏できたか?」


「ちょ! 使い方ぁ! てか、なにそれ?」


「ノートです」


「うわ言っちゃったよこの人」


 なぜか幽霊が冷たい視線を向けてきた。殺生神生活で最も腹が立った瞬間であることは言うまでもない。


「礼子、知ってるか? 幽霊は痛みを感じる」


 俺は草刈り鎌を礼子の足の甲に投げた。

 見事に刺さった。

 生け花ならぬ生け鎌のコンクールがあったなら、優勝間違いなしだろう。


「あぁぁぁっ!! この人マジで刺しちゃったよ!! 先っちょだけとかレベルじゃないよ!! 奥まで刺さってるよ!! でも血は出ない、なぜかしら? それはね? 大人のじ・じょ・う」


 痛いはずなのに何故かハイテンションな幽霊に若干引いた。


「おわふ! その見下したような視線。テラキラ」


「キラ・タクトか? 俺はそんなに優しくないぞ」


「何でデスノート知らないで満月を探してを知ってるのよ! 猫耳着けて出直しな!」


 適当な話にも丁寧にツッコミを入れてくる礼子には尊敬の念を抱かざるを得ない。


「そんな話はどうでもいい。で、あの子は全く思い出してくれる気配無しじゃねぇか。このままじゃ、本当に未練を残したまま消えてもらうことになるぞ」


 望み薄なら、無駄な手間をかけるつもりはない。仕事は即断即決。早いに越したことはない。早く仕事を終わらせて家に帰って寝る。それがベストだ。

 ちなみに俺の欲求の中で最も強い欲求は睡眠欲だ。Tウィルスに感染したら即行で寝る自信がある。


「そんな事言ってないで最後まで付き合いなさいよ。どうせ帰っても寝るだけでしょ」


 礼子はそう言って口笛を吹き鳴らした。図星だから反論ができない。何かさっさと終わらせる理由ができないものかと画策していたのだが、礼子が蝶を追い掛けて走り出したのでどうでも良くなった。

 そして礼子は、手の届かない電信柱の上の方に止まった蝶を指さして言った。


「見て! おっきい蛾! 超キモい」


 蝶と超を掛けたつもりかもしれないが、気付かないふりを貫き通す。

 てか、蛾だったのかよ。


「強行作戦だ。お前たちの記憶を順を追って再現させる。そうすれば、嫌が応にも記憶は再構築されるだろ」


 蛾ながら良い提案だと思った。失礼、我ながら良い提案だと思った。


「了解しました! セッちゃん隊長! では何から始めましょう!?」


 きびきびとした動きで敬礼をしながら幽霊は応える。


「うむ。素直でよろしい。可愛い奴め。まずは出会いの瞬間を再現することからだ。覚えてるか?」


「もちろんであります! まずは、優子が歩道橋で落としたBL小説を拾って話を盛り上げることですね! 早速行って参ります!」


「ちょっと待て」


「あぅ!」


 颯爽と回れ右をし、駆け足で向かおうとした礼子の髪を捕まえて止めた為、間抜けな声が木霊する。


「そんな有り得ないシチュエーションがあるか! 違う作戦を考える!」


「えっ? やろーよー。試そーよー。この根性無しー。やーい、お前んちおっ化けやーしき!」


「お化け屋敷関係ねぇだろっ!!」


 本気で怒鳴った。


「そんなに怒らなくて良いじゃん……」


 実家がお化け屋敷で悪いかよ。こちとら昔からそれをネタに虐められてんだよ。

 涙が溢れてきた。


「ま、ま、取り敢えず行きましょ」


 幽霊に気を使われてしまった。そしてこの後、奇跡が起こるのであった。

 俺は幽霊を追い掛けて走った。ふと疑問に思ったのだが、何故この幽霊はこんなにも足が早いのだろう。離されないようにするので精一杯だ。


「おい幽霊。お前ちょっと速すぎないか? 疲れない体とは言えおかしいだろ」


 今思えば、わざわざ走るのもアホらしいので、俺は宙を飛びながら近付いてそう言った。


「こう見えて、あたしは国体選手だったの。百メートルを十一秒フラットで走る変態と言えばあたしの事よ」


「自称百メートルを十一秒台で走るホモを謳うエガちゃんも吃驚だな」


「ちなみに体を赤く塗れば三倍の速度が出せます」


 ジオンも吃驚だな。


「それに、変態って……。お前そんな事で有名なのか?」


 俺がその質問をすると幽霊は、ふふふっと笑って立ち止まった。


「それを聞くとは、さてはもぐりだな。良いだろう。この礼子さまが直々に教えて差し上げましょう。……そう、あれは良く晴れた高一の夏の日……」


「要点だけまとめろ」


 長話を聞くのは面倒だったので、俺は偶々スーパーの前に陳列されていた釜で幽霊を殴った。


「おわふ! 死神のカマって広義なのね。あたし驚きすぎて頭が痛い」


「それはね。俺が殴ったから痛いんだよ」


「そうでした。てへ」


 幽霊は可愛らしく自分の頭を小突いたが。思いの外痛かったらしく、涙を流していた。

 多分、心の汗だから心配無用だ。


「要約しますと、上半身裸で胸にスポーツタオルを乗せて、それが落ちないように百メートルを走り切った訳です」


「どこの忍者だよ。で成功したんだ」


「当たり前! で、それから友達が出来ない」


「当たり前!」


 で、それから一人で黙々と練習を続けたお陰でここまで速くなったのだそうだ。そして今、その力を遺憾無く発揮している。


「ほら、あそこ! あそこって言っても恥部じゃないわよって、おわふ!」


 言い回しが一々うざかったので恥部を蹴りあげてやった。まあ、流石に避けられたが……。


「そこまで鬼畜だとは思ってなかったわ……。それよりあれ!」


 そう言って幽霊は歩道橋を指差した。そこには丁度階段を上ろうとしている優子の姿があった。


「なるほど、あの階段で本を落とすのか……」


「BL小説!」


 ……わざわざ訂正するところか?


「まあ、流石に落とさないだ……ろ……?」


 そうだ。見事に落とした。しかも落としたことに一切気付く事なく階段を一歩一歩踏み締める。


「来ました来ました! やって来ましたー! あたしのデバーン!!」


 走り出した幽霊は止まらない。行く行く。あの人の所まで。

 ここからは俺は部外者になる。少し寂しいが地の文だけで参加させてもらおう。


「何か落としましたよ! って、これは有名なフジミシリーズではあ~りませんか! あなたなかなかやりますな」


 それを聞いた優子は一瞬だけ目を丸くしたが、直ぐに真顔に戻ってこう言った。


「……知らないわ。違う誰かが落としたものじゃないかしら」


 確かに彼女が落とした。しかし、優子は平然と言ってのけたのだ。自分のものではないと……。


「じゃあ良いの? あたしが貰っちゃっても? あっ栞が挟んである。良いところに挟んじゃってまあ。圭はその後……」


「ちょっと!」


「あれれ~? あなたのじゃ無いんでしょ?」


「違うわよ。好きじゃないわよそんなの」


 どう見ても礼子は悪役だった。こんなののどこが運命的な出会いなのだろう。


「好きなものを好きだと言えない人間に、人を好きになる資格なんてないわ!!」


 なぜだろう……。良いことを言っている気がするが、イライラするのは……。


「って、あたしが尊敬するヒキオタニートのジョニーさんが言ってたわ」


 ニートの言葉かよ! そんな人を尊敬するな! それにジョニーって外人か偽名じゃん!

 そんな俺の言葉が幽霊に届くはずもなく、暫くシリアスな空気が流れる。……謎だ。


「ぷっっ! あなた面白い人ね。ごめんなさい。それ確かに私のよ」


 優子は自らの嘘を認めて手を伸ばした。


「あたしがそんな簡単に返すとでも?」


「えっ……? 返してくれないの?」


 優子はキョトンとした顔で立ち尽くしていた。まるでおあずけを食らったハムスターのようだった。


「ちょっとお話しようよ。良い隠れスポットがあるから」


 そうして、礼子は優子の背中を押す。更に振り返ると俺に向かって小声でこう言った。


『もうちょっとだけ』


「何か言った?」


「何も言ってないわ。拙者の残像でも見えたでござるか?」


「……私、赤松有人じゃないわ」


 優子って子……あれを知ってるとは流石礼子の親友。ただ、常に小声なのが礼子と対象的だな。

 それから俺は少し離れた上空から二人の後ろを付いて行った。夜風が程よく涼しく、仕事なんてやめにしてぼんやり月でも眺めていたい気分になる。

 しかし、もう少しだけだとお願いされれば、その程度の願いを叶えられないなんて神様失格だと勝手に思い込んで付き合うことにした。

 ……別に俺が優しいとか言う訳じゃないからな。

 しばらくすると、優子と礼子は住宅地のブロック塀の上に登り始めた。二メートル程の高さはあると思われるそれに簡単に登ってしまった二人は、身体能力が高いと言わざるを得ない。

 二人は、迷路のような壁の上を歩いて進んでいたが、危なげなど一切感じさせることはなかった。

 それはまるで野生の動物のよう。

 特に優子の方は、足音も立てないようなしなやかな歩みで、まさしく猫。

 猫オブザ猫。

 一方の礼子は、常に大きな身振り手振りで優子に話し掛けており、それはまるで猫の前ではしゃぐ烏のようだった。

 烏オブザ烏。

 話の内容までは聞こえないが、礼子が話をして、優子が相槌を入れながらたまに笑う……。そんな感じが終始続いた。

 そうこうしながら辿り着いたのは、低いビジネスビルに四方を囲まれた公園だった。

 忘れ去られた子供の国……。そう表現することが最適かつ最速であると言える風景だった。

 周りをビルに囲まれたせいで一切の入り口がなく、壁の上を歩いて来なければ入れない。

 隙間を縫って、人目に付かず、道のりを知らなければ辿り着けない場所。

 元は誰もが知る遊楽の場であったそこは、周囲が勝手にビジネスビルへと変わり、取り残され、本当に求める者にしか姿を現さなくなった。

 その公園は、昼間でさえあまり日が当たりそうでないその公園は、さしずめ大人になれなかった空間。取り残された場所。社会と言う世界から隠れたいと願う人の居場所……。

 ……本当に秘密の場所だ。

 取って置きの場所と言うに相応しかった。

 そして、その中心で踊るように、彩るように、想い辿るように、その身をその手を何度も翻した。

 周りを気にしない振る舞いを見せていた礼子ですら、この場では『ありのまま』で居るのだと心に訴えかけるものがあった。

 俺が上空をフワフワと漂っている間に、二人の女子高生は楽しそうにはしゃいでいた。はしゃいでいたと言っても、礼子が一方的なハイテンションで舞うように話し掛けて、優子がそれに対して恥ずかしそうに笑ったり、腹を押さえて悶えたり……。

 つまりは、礼子の独壇場。お笑いライブ真っ只中である。

 俺自身は少し離れて眺めていただけの為、会話の内容までは聞き取れなかったが、楽しい話をしている事は確かであった。

 それからしばらくすると、二人は壁を登り始めた。……おそらく、もう帰るつもりなのだろう。元来た大通りまで相変わらずのテンションで戻って行ったのであった。

 そして、礼子が大手を振って見送るのを確認して、俺は礼子の後ろに降り立った。


「どうだった? 出会いを再現できたか?」


 俺のその言葉に、礼子は笑顔で振り向いて答えた。


「一言一句間違えずに再現してやったわ! どうよこの記憶力。ハリウッド女優も吃驚の台詞まわしよ! ほら! 撫でて誉めて!」


 それはそれは頭を撫でられるような姿勢とは思えない程偉そうに胸を張って言いやがった。

 胸を張っていたが、大して胸は無かった。


「ほらよ。これでいいか?」


 そう言って俺は偉そうな胸を撫でてやった。


「そうそう。これで胸を撫で下ろせる。って、違うわ! 全然違うわ! セッちゃん最低! 絶対許さない!」


 ほほう。どう許さないのか見ものだ。そして、セッちゃんで定着させようとしていることが気になって仕方がない。


「絶対許さない! ボケはあたしの担当よ!」


「そっちかよ」


 そんなにボケたいのであれば、その願いを叶えてやろう。一応、神のはしくれだからな。


「そいじゃ、まあ帰りますか?! あたしんちはあっちだから」


 礼子は指を指しながらそう言って歩き出した。しかし、帰宅を許す訳にはいかない。


「ちょっと待て。お前を自宅に返す訳にはいかないんだよ。幽霊を血縁者に会わせると魂が引かれ合って成仏が難しくなっちまうからな」


 霊魂にも色々な法則がある。その中でもこれは有名であり、良くある事例の一つだ。姿が見えない普通の幽霊でさえ、血縁者には見える事も多いほど、血縁者と言うものは厄介なのだ。


「じゃあ何? あたしに野宿でもさせる気? 野生化させる気? 明日にはターザンみたいに電線で移動するようになってるわよ。いいのね? 野生の礼子が現れるわよ? そしてここで注意事項。モンスターボールじゃ捕まえられません。いいんですか? 本当にいいんですか?」


「それは困ったな。スーパーボールを使うのはもったいない」


「おわふ! あたしの価値の低さに全米が笑った。フルハウスのドラマ中にちょこちょこ入ってる笑い声並みに笑った」


「それ、たいして笑ってねえよ」


「なんだと? 墓ったわね!」


 何やらテンションが上がりっぱなしの幽霊のようだが、落ち着かせるために近くに落ちていた墓を礼子に投げた。しかし、見事に避けやがった。


「……墓った……わね」


 自分の墓を見たような顔をしてやがる。そして、墓石は破壊し尽くされた……。


「なんだか寒いわ。ちょっとセッちゃんち泊めてよ。大丈夫、ただ寝るだけだから安心して。襲ったりしないから。あなたは死なないわ。だってあなたの童貞はあたしが守るもの」


「童貞は関係ねぇだろ!!」


 本気で怒鳴った。


「ま、ま、取り敢えず行きましょ。セッちゃんちどこ?」


 少しだけ申し訳なさそうな幽霊は、俺から視線を逸らしてそう言った。てか、泊まること確定かよ。


「ちなみにお前の寝床は炬燵だ。文句は言わせない」


「今って九月頭なのに炬燵が出てるとか親近感沸くわ。まんまあたしんち。お母さん一頭身。お祖母ちゃん二親等」


 下らないボケには突っ込まない。それが俺の忍道。


「喋ってないで行くぞ。野宿が嫌ならさっさと来いよ」


「ちょ! 喋りながら行きます! あたし、喋らないと肺が破裂しちゃう病気だったの言い忘れてた」


「じゃあ息吸うな」


「やだ。しんぢゃう」


「安心しろ。これ以上死なない」


「そうでした。だってあたしが守るもの」


 どんどんレイが汚されていく気がする。まあ、俺はミサトさん派だがな。


「ほら、あたしって礼子って噂じゃん? 次からレイって呼んで良いわよ。ごめんやっぱり綾波でお願いします」


 もはや名前の近似性が関係無い。


「ほら! さっさと行くぞ、霊!」


「おわふ! あながち間違いじゃない。またもや全米が笑った。ロリコンの走りはミシェルとサクラちゃんです。NHKの性教育って素晴らしいよ」


 ……ジャロに訴えられるぞ。

 九月頭とは言え、薄着の為体感気温は低く、俺のアパートに着くまでに少しだけ体が冷えた。少しだけ冷えたと表現するだけで間に合う程の短い距離だったが、アパートに到着した。

 ちなみに、ずっと外にいたんだから最初から体が冷えているじゃないか、と言う突っ込みは不要だ。


「おわふ! 耐震強度大丈夫? こんなボロアパート昭和の漫画でしか見たことないわ。可愛い大家さんとか住んでそう」


「残念ながら、響子さんはいないよ」


「激しく残念だ。禿残!」


 ……かなり悔しそうな顔をしている。可愛い大家さんがいたとして、いったい礼子は何を望んでいるのだろう。

 俺は、今にも錆びて落ちそうな鉄階段を登り、二階の一番奥。我が家へと案内した。


「神なのに、何でこんな所に住んでるの?」


「俺のバイト代じゃ、これくらいが限度なんだよ」


「どこの苦学生よ。まあ、あたしんちよりは裕福かしら」


 そう言った礼子は、俺が鍵を開けたのを見計らって、勢い良く扉を開けて中に飛び込んだ。


「うわーー! なんか良いな! こういうの」


「そうか?」


 少し散らかった一人暮らしのボロアパート。耐震強度に不安があり、昭和の漫画でしか見たことないような、可愛い大家さんが出てきそうな。お世辞にも良いとは言えない居住スペースだ。


「あたしんちね。家だけは無駄に広かったんだけど、貧乏で、家の中には物がほとんど無かったの。体育館に住んでるような感じかな。重度の認知症のお祖母ちゃんと二人暮らしだったし……寂しかったな……」


 炬燵で小さくなっていた礼子は、これまた小さい声で呟いた。


「お父さんもお母さんも音信不通だしね。あたし、こんな狭い部屋で家族揃って炬燵で御飯食べるのが夢だったんだーー」


 えへへ、と言いながら炬燵の上に手を伸ばす。


「狭くて悪かったな。俺はもう寝るぞ。今日は疲れた」


「疲れさせたぜーー!!」


「自覚があるならさっさと寝ろ! この寄生虫コタツムリ」


「既成事実を作ってやるぜーー!!」


 枕を投げ付けてやった。もちろん俺の枕だ。


「それ使って良いからさっさと寝ろ」


「……ありがと」


 俺の枕と厚意はしっかり受け取ったみたいだ。


「よだれいっぱい付けといてあげるね」


 ……激しく枕を取り返したくなった。
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